中央線の乗り方 放送その3−構内放送の2 整列乗車



 放送その2−構内放送の中で整列乗車に少し触れた。「整列乗車」とはそもなんぞや。 「整列」して「乗車」すること、と誰しもが思うだろう。ところが何を隠そうこの言葉は JRの創作だったことが分かった。分かったのは実はもう随分と以前のことになるが。
 「整列乗車」とは、「整列」して「乗車」することには違いないが、単にそれのみを言 うものではなく、むしろその言語の裏に隠された意味の方が大きいという恐ろしい言葉で ある。こういうのを隠語、スラングと言わずしてなにを隠語というべきか。
 どの駅においても聞かれて普通の筈だとおもっていた「整列乗車」が、不思議と始発駅 でしか聞かれないことに気付いたのは、都心へ電車で通勤するようになって暫くたってか らである。

 確か帰りの電車に乗るために待っていた東京駅だったと思う。ぼくは勤務先の移転やら 勤務先自体が変わったりやらでいくつかの路線を利用することを経験してきているが、東 京駅を帰りに利用した初めは今からまだ4年くらい前、都心方面へ通うようになって3年 余りしてからである。つまりそれまでは「整列乗車」という言葉すら知らなかった。
 最初に「整列乗車」という言葉を聞いた時、単に言葉通りの意味にしか受け取らなかっ た事を覚えている。そんな古いことを何故かというと、あまりにも当たり前のことを構内 放送している、という馬鹿馬鹿しい驚きがあったからである。

 「整列乗車」をお願いしております。つまり、「整列」して「乗車」して下さい、と言 っているのである。それは「整列」しないで割り込み「乗車」するマナーの悪い奴もいる が、わざわざJRが構内放送して言うことでもなかろう、とぼくは思ったのだ。それに、 そういう場合は「整列」などといわず、「順序正しく」とか「順番を守って」というのが 普通だろうが、言葉も満足に使えないのか、と思ったものだ。
 たまたまその時を含んでその後何回かは、「整列」するまでもなく列を乱すほど待つ客 もなかったため、格別整列するまでもなくごく自然に乗り込んだらそれが整列にかなって いるというような状況だったから、本当の意味の「整列乗車」は暫くの間分からないまま であった。

 暫くしてある時、丁寧な構内放送があって、始めて「整列乗車」の本当の意味が分かっ た。といっても、「整列乗車」という言葉は単に言葉通りの意味しか持っていない筈だが 、その裏にあるJR独自の意味がやっと分かったということだ。
 「整列乗車」とは、「整列乗車」することとは全く違ったところにその言葉の意味の本 質があった。すなわち何を意味していたかというと、かの丁寧な構内放送で曰く、「神田 方面からの折り返し乗車はできません。一旦降りて列の後ろにお並び下さい。」から分か るように、電車から降りずに折り返し乗車すると始発から座って乗りたくて行列を作って 待っている客に対して不公平だから一旦降りて列の後ろに並んでから乗れ、と言っていた のだ。
 これは確かに分かる。言わんとしていることは実によく分かるし正しい。しかし「整列 乗車」とは如何なものか。単に前半を省略しただけなら、その正確な意味は掴みかねるし センスは疑われるものの国語力に欠けているとは言えない。しかしそうでなくて、本当に 「整列乗車」という言葉そのものをそのような意味に疑問なく使っているとしたら、国語 力が相当に危ないと言わざるを得ない。
 「整列乗車」のどこにも、一旦降りて列の後ろへ並ぶという意味はない。これは、単に 造語としてもかなり思い切った造語である。まあJRのやることだから大概はそれが社会 現象にまでなったり、或いはそこまでに至らないにしても世間の常識として罷り通るよう になってしまう。それだけの押しの強さと普及力がある。そのくらい市場の規模が大きい 。なんだかんだ言っても、JRなしには社会生活は成り立っていかない。
 しかしJRといっても何時もそのような訳にはいかないことが、例の「E電」で証明さ れた。「E電」の呼称は一体何処へ行ってしまったのか。今は、「山手線」、「中央線」 、「埼京線」、「京浜東北線」などと、路線名で呼ぶ場合が多くなっている。東京近郊の 近距離電車を総称して呼ぶ名前をつける必要も、特にないということかも知れない。それ と、「E電」の呼び名が相当にダサイものだったということか。余談だが、前述の電車の 呼び名ももっと感覚的に色で呼ぶ方が便利で分かり易いとその筋では陰の評判を呼んでい る、ような気がする。即ち中央線=オレンジ色の電車、総武線各停=黄色の電車、などが 主として子供たちの間で健在である。また、女子学生の間でもわりとよく聞く。エメラル ドグリーンの常磐線は少し仲間外れ気味だが。以前は鶯色の山手線(後に埼京線)、青色 の京浜東北線もあったが今は新型車両の別の配色になってしまった。お陰で咄嗟の時の呼 び名に苦労する。

 話がだいぶ横道にそれた。元に戻す。さて、整列乗車の意味は分かった。この精神には 納得できる。ずっと前からそう思っていた。また、逆の立場で考えた時、つまり自分が始 発駅に割りと近い駅にいて始発駅とは反対側へ行きたい立場だったら、よけいなお世話と 考えるだろうとも思った。確かに、神田駅から新宿、高尾方面に行きたい人にとっては 、一駅戻れば座って行けるのだから、それが座ったままでよく、行ってしかも待たずに戻 って来れるのなら時間を多少、10分くらいは犠牲にしてもその方が助かるから、誰しも それをやるだろう。
 しかし、それを1電車につき500人にやられてはたまったものではない。東京駅で待 っている人達が一人も座れなくなる。中央線の1本の電車の定員はだいたい1200人で ある。即ち定員120人強の車両が10輌で1編成を組んでいる。そのうち座席数は約5 40人分である。従って、神田駅方面からの折り返し乗車の客が、仮に少なく見積もって 200人いれば、東京駅で待っている客のうち340人しか座れなくなることになる。立 って列を作って待っている人に、それはあまりに失礼である。
 もともと折り返し乗車は不正乗車である。ただそれをいちいちチェックしないから放置 されているだけである。折り返し乗車をするためにいちいちその分の切符を買う人はいな いと思う。ただ、いないと断言する訳ではないので、ちゃんと買う人がいたら勘弁して下 さい。その不正乗車を見逃しているだけでなく、その上さらに正規の乗客を犠牲にするな どということは、正義の味方がいたら許せないことである。JR当局は正義の味方である 。バンザーイ。

 整列乗車は前述した東京駅だけでなく、ぼくの知る限りではJRの東京近郊の近距離電 車の全ての始発駅で実施しているようだ。高尾駅、三鷹駅は実際に知っている。電車によ っては始発駅となる豊田駅、立川駅、武蔵小金井駅、新宿駅でも同様のことをやっている 。中野駅も電車によっては始発駅(総武線の始発がある)となるが実態を知らない。
 総武線西船橋駅も津田沼駅も千葉駅も、京浜東北線大宮駅も蒲田駅も鶴見駅も磯子駅も 大船駅も、横浜線八王子駅も東神奈川駅も、埼京線恵比寿駅も、みんな同じように整列乗 車を実施しているに相違ない。始発駅利用客にはなんて有り難いことか。
 そうそう、帰りの電車の話にしかなっていなかったが、行きも重要だ。行き、即ち出勤 時である。帰りは時間帯がかなりバラケルため、1本の電車がそうそう混雑するというこ とはなく、またどの電車もそれほど差がない。これに比べて行きは出勤時間帯がみなほぼ 共通するため、だいたい決まった特定の時間帯の電車が決まって混雑する。その時間帯の 中であれば1本ズラしてみても全く変わらない。むしろもっと混んでいる場合がある。
 そうした時、始発から乗る乗客はいかにも恵まれている。朝、ギリギリまで寝ていたい からできるだけ遅い電車に乗るという人は、始発駅まで戻るということは到底しないだろ うが、その逆の人もかなりいる。そのような人が、始発駅の人を単に羨むだけでなく、自 分で努力して実際に自分も始発駅の人になろうとする。つまり、1駅乃至2駅戻るのであ る。これは、やってみれば分かるが、相当の覚悟が要る。やれば楽だろうな、と思ってい ても、実際に早めに起きて早めに家を出、1駅戻る面倒を厭わずにできる人は、相当の実 行派でしかも信念の持ち主であり、さらに時間の使い方の上手な人である。しかし、その ような人も、そのまま折り返し乗車はできない。折り返し乗車が許されるのなら、1駅く らい戻ろうとする人はもっといるかも知れない。

 整列乗車と知りつつも、1駅戻って始発に乗る人は、電車に乗って座ってからもちゃん と新聞を読む。居眠りなどしていない。真にサラリーマンの鏡ともいうべき人なのである 。こういう人を会社は大切にすべきである。きっと会社に貢献するに違いない。
 話がまた横道に逸れてしまった。もうやめろということか。テーブルに夕御飯が並べら れてしまった。ビールも置かれた。止めざるを得ない。この話のつづきはあるかどうか分 からない。整列乗車の意味が分かっただけでも勉強になったと、有り難く思って下さい。

 最後に一言、「整列乗車」を今では「一旦ドア閉め整列乗車」というところが多くなっ ている。まだしも分かり易い。しかし始めて聞く人には依然何が何やら分からない。さら に親切な駅では、「降りる方が済んだら一旦ドアが閉まります。再びドアが開くまでドア の前に3列に並んでお待ち下さい。ドアが開いたら前の方から順序よくご乗車下さい。」 と言う。これを電車が到着する度に毎回言うのかどうか知らないが、これが正しい日本語 である。まあ一度聞けばシステムは分かるから、そう毎回言う必要もないか。こういう放 送をしてくれる駅は実に有り難いが、ついこの間まではこんな当たり前のことを、やって いるのを聞かなかった。今は毎朝三鷹駅からの始発電車を利用しているが、ここの構内放 送は親切だ。すこしくどいほどだが。でもおかげで数秒を争う乗換えなどの時にもとても 便利だ。駅員さんありがとう。おわり。

1998.04 著作 [-10%(10% Buff)]
copyright(c)1998 [-10%(10% Buff)] all rights reserved.
無断引用、無断転載を禁じます。