中央線の乗り方 市ヶ谷駅と武蔵境駅



 市ヶ谷駅と武蔵境駅。両者の間には一見何の共通点もない。しかし少し注意して調べる と意外な共通項がある。
 中央線で市ヶ谷駅を通ったことのある人なら(オレンジ色の電車でも黄色の電車でもど ちらでも)大概は気が付いていると思うが、駅の下側の外堀には釣り堀がある。行ったこ とがないので何が釣れるのか知らないが、釣り堀であることは間違いない。駅のホームか らでも「釣り堀」の看板が見えるからだ。
 この市ヶ谷駅の釣り堀を釣り堀として発見したのは、実はつい最近のことである。釣り 堀らしきものがあるのは知っていたが、それが確かに釣り堀かどうか確かめたことがなか ったからである。
 この間、五月のよく晴れた日の朝、通勤の途中で「釣り堀」の看板を見た時、「ああこ んなところで日がな一日、日向ぼっこを兼ねてぼっーと釣り糸を垂らしていたいな。息子 と一緒に。」と思ったものだ。

 一方、東小金井駅と武蔵境駅の間、武蔵境駅に近い方で線路際に釣り堀がある。東京に 向かって線路の左側の脇で、電車に乗っていてよく見える所にある。
 中央線沿線で釣り堀がある所としては、前の二箇所しか知らない。
 市ヶ谷駅と武蔵境駅にはそんな共通点がある。

 さて、武蔵境駅に近い釣り堀は、そんな見やすい所にあるものだからとっくの昔から知 っていたが、それまで特になんの興味も湧かなかった。
 それが、先の市ヶ谷駅でのことがあって急に釣り堀で釣りがしたくなり、ついこの間、 前述の武蔵境駅に近い釣り堀に出掛けていった。
 一週間前から息子と行くつもりで心に決めていたのが、当日になってそのことを話して 息子を誘ったら、息子は山梨の従兄弟と遊びたいと言い張ってきかないものだから妻が連 れて行くことにし、ぼくは仕方なく娘と行った。
 息子なら小学校2年生だから少しは話も通じるし男同士の話ができると思って楽しみに していたが、娘はまだ4歳でそれができない。殆ど子守みたいな形である。釣りなんかを 楽しく思うのかどうかも分からず、少し重荷でもあったが、娘は山梨に行きたくないとい うので仕方ない。

 さて、当日の朝10時頃の電車で武蔵境駅に向かう。娘は電車に乗る前には必ずと言っ ていいほど売店で何か買いたがる。大概はチョコボールだ。その日もアーモンドチョコボ ール200円也を買った。
 改札を通る時は切符(定期券)を自分で入れたがるので、手に持たせて入れさせてやる 。改札から出てくる定期を取る時も同様である。なくすと困るので直ぐ返させるが、それ に対し特に文句は言わないで素直に定期を返してくれる。
 電車に乗る前にチョコボールを食べたがるので1個やったら嬉しそうな顔をして口に入 れた。
 電車の中ではいつも所在なげにしている。この日も暇そうでやることがないからチョコ ボールを3個も食べた。鼻血が出るといけないので「またあとで」と言い聞かせて止めさ せた。
 武蔵境駅に着く手前500メートルくらいの線路脇に目的の釣り堀がある。実際には一 度も行ったことがないので、その場で迷わないように電車の中から位置をよく確認してお こうと思っていたが、乗客が増えてきていざその近くになると移動しにくくなり、あきら めた。

 武蔵境駅で降りるのはぼくも初めてだ。上りホームに降り立つとホームを水平に移動す るだけで改札を出られると思い込んでいた。
武蔵境駅の改札  平日の通勤時間帯は確かにそうであるらしい(上りホームに臨時改札口と書かれたシャ ッター扉が降りた所があった)が、今日、休日は階段を昇ってホーム上の中央改札口を通 って線路の右側か左側のどちらかへ降りるようになっている。
 改札を出る直前に地図が掲示してあったので、目的の釣り堀へはどう行ったらいいのか 道筋を確認した。距離的にはやはりほぼ500メートル線路沿いに戻るようになっていた 。
 娘に歩かせるには少し距離が長いかなと不安になり、バス便がないか確かめたが、どう も無さそうなので仕方なく歩きはじめた。
 途中、獣医畜産大学の武蔵野校舎というのか、それに付随する馬場があって、それも電 車に乗っていて見えるのだが、馬の調教などをしている。そこで娘を肩車して馬を見せて やる。
獣医畜産大学の馬場の風景  10分くらい馬を見て、釣り堀へ向かう。電車から見れば釣り堀と馬場は殆ど隣り合っ ている。しかし、釣り堀の入口は馬場とは反対側にあって、馬場からはまだかなり歩く。 娘は馬場へ着く前から既に歩かなくなっている。おんぶにだっこ、だっこにおんぶを継い でやっと釣り堀の入口まで辿り着いた。

 「武蔵野FC(フィッシュイングセンター)」という名前らしい。入口に次のような紙 が貼ってある。

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 ・へら鮒釣り1時間 大人○○○○円 小人○○○○円・

 ・     1日  大人○○○○円 小人○○○○円・

 ・     半日  大人○○○○円 小人○○○○円・

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 ・鯉釣り  1時間 大人、小人1000円     ・

 ・     1日  大人○○○○円 小人○○○○円・

 ・     半日  大人○○○○円 小人○○○○円・

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釣り堀小屋入り口前の看板  釣り堀に着いたら午前11時頃になっていた。それから半日も居られない。娘も何時間 我慢できるのか分からない。ここで少し迷ったが、結局、1時間でいいかということにな った。「・・・ということになった」といってもぼくが勝手に決めたのだけど。
 へら鮒釣りよりも鯉釣りの方が料金が安かったので鯉釣りをすることにした。貼り紙に 書いてある通り、親子1組で1時間で1000円である。
 入口は小屋になっていて、その小屋で受付を済ませて釣り堀へ入る仕組みになっている 。そこでまず小屋に入った。小屋の中では昼食を採っている常連らしき客が数人いた。
 小屋から釣り堀の方へ入る入口から釣り堀の方を見ると、日曜日ということもあって鯉 釣りの釣り堀は親子連れで満員に近い繁盛ぶりだ。
釣り堀小屋の入り口  鯉釣りの釣り堀のもっと奥の方は、へら鮒釣りの釣り堀で、こちらの方が相当広い。客 の数はやはり多いが、広いので人口密度の点では低く、すっきりしている。
 へら鮒釣りは常連が多いと見え大人だけである。

 受付をする。スナック菓子などが入れられた木製のショーケースを兼ねた受付らしきカ ウンターを挟んでおばさんと「鯉釣りですか?」「はい」「1000円です」「はい」と いった会話が交わされた後、金1000円也をおばさんに払い、代わりに領収書兼期限時 刻を書いた紙と釣り竿、金属製ボールに入った餌の釣り道具一式を渡された。期限時刻は 11時20分となっている。それらを持って、小屋から釣り堀へと入る。
 ぼくは、入口の貼り紙に「鯉釣り」と書いてあるが、本当に鯉が釣れるのかどうか少し 、いやかなり疑っていた。たとえ釣れなくても釣る人の技量だとも何とも言い抜けられる からであり、釣り堀の中に本当に鯉がいるとは思えなかったのである。
 鯉なんてそうそういるものではないと勝手に思っていたのである。
 だから、どうせ釣れないだろう、1000円は雰囲気を楽しむための投資、という気持 ちでいた。たとえ自分が釣れなくても、他人の釣れるのを見ることができればそれだけで も少しは雰囲気が満たされる、と思うことにした。

 鯉釣りの釣り堀は、入口から見てやや横長の長方形で、四辺に親子連れがざっと見て2 0組ほど陣取っている。
 手前側の長辺には先客がいっぱいいて割り込む隙間がなさそうだ。左右の短辺も同様で ある。これに対して向こう側の長辺にはまだ割り込む余地があったので、少し遠いが向こ う側へ回ることにする。
 向こう側へは大した距離ではないが、釣り堀の周囲を回り込んで行かなくてはならずや や危険だから本当は避けたかったのだ。ぼくは両手に釣り竿と餌と座布団とタモ網を持っ ていて、娘の手を充分にしっかりとって引いてやることができ難い状況だったからである 。
釣り堀の風景  向こう側の縁の、逆さに置いたビール瓶のコンテナの椅子を堀の縁から少し遠ざけ、そ の上に座布団を敷き、娘を座らせる。堀の縁から少し遠ざけるのは、誤って堀に落っこち るのを避けるためである。
 釣り竿と餌とタモを脇に置き、隣のコンテナにぼくも座る。
 ここで周りの状況をぐるっと見回した。
 すると、意外や、予想に反して周囲では鯉がわりと頻繁に釣れているようである。
 これは期待が持てると、ぼくも勇んで餌を付け、糸を下ろした。
 娘は緑色をした餌が気になるらしく、触ってもいいかと聞く。いいけど手がべとべとに なるよというと、平気だというから、好きにさせてやる。
 釣り糸を垂らしてからしばらくは何の音沙汰もなかった。餌を何回も食われ、何回も付 け替えている間、周囲では次々と鯉が釣れている。しかし娘はそのことにはあまり興味を 示さない。そのうち喉が乾いたというから、向かい側の自動販売機まで缶ジュースを買い に連れていってきた。
 既に手は餌でべとべとになっていたから、缶ジュースの蓋はぼくが開けてやり(もっと も自分では開けられないかも知れない)、一口飲むとチョコボールが食べたいというから 1個だけ出して口に入れてやる。
 再び針に餌を付け、糸を垂らして少し浮きの様子を見ていると、大きく浮きが沈み、鯉 がかかった気配が感じられた。そこでタイミングを見計らって竿を上げると、きたきた、 やっと小振りの鯉が釣れて上がった。
 近寄せてタモ網ですくい上げ、娘のそばに持っていって見せようとすると、娘は怖がっ てあとじさりする。お魚だよと言って触らせようとするが、いやだと拒む。
 何故いやなのか聞いたら、跳ねるからだと言った。魚が跳ねるそのことがいやなのか、 魚が跳ねることによって水が飛び散るのがいやなのか、さらによく聞いてみたら、両方い やだと言った。それなら両方いやなのだろう。
 しばらくしてまた釣れたので、もう一度同じように触らせようとしたところ、今度は横 腹をなでるようにチョコンとだけ触ってすぐ手を引っ込めた。触れというから仕方なしに 触ったもののようである。
 ちゃんと触ってみなというと、もういやと言ってとうとう二度と触らなかった。無理や り手を持っていって触らせようとしたが、いやがって泣きだしそうになったので、諦めた 。

 尚、釣った魚は持ち帰りできない。その場で堀に返さなくてはならない。
 残り時間10分くらいになった頃から、だんだん飽きてきた。餌がまだたっぷり残って いて勿体ないから、消費しようと思い、娘に餌団子を作らせた。
 今まで付けていた餌の大きさは直径5ミリくらいだったのを、早く消費するために直径 4〜5センチくらいの大団子にして、娘に作らせた。
 娘は面白がって次から次へと大団子を作り、堀の縁に並べ始めた。釣りや釣れることや 魚に触ることよりも、団子作りが面白かったようである。
 この大団子で大分盛り上がった。二人で大笑いしながら団子を作って並べた。この団子 を針に付けて糸を垂らす時の醍醐味も捨てがたいものがあった。いかに針から落とさない ようにするかで、腐心した。
 12時20分になり受付の小屋へ戻って借りた道具一式を返し、二人で手を洗っておし まいにした。手を洗っている時、釣り堀のおじさんらしき人が来て、子供は餌いじりが好 きだーねと言って笑った。
 釣り堀を出てから、小屋の入口近くに犬が繋いであるのに気が付いた。小さいけどなん か怖そうな目つきをした犬だったので、近寄れなかった。遠くから娘と、怖そうだねと言 いながら眺めた。

 帰りにもう一度馬場の前を通る時、肩車をして馬を見た。
 そのあと、娘は殆ど歩かなくなり、仕方なくおんぶをして駅前まで戻り、丁度お腹もす いたようなので駅前のマクドナルドへ入った。
 マクドナルドでチキンカツバーガーとチーズバーガーとフライドポテトとオレンジジュ ースをとって食べたが、娘はおなかすいたといったわりには食が進まず、ほとんどを残し た。
 適当なところでお店を出ようと、席を立つ支度をしていたら、店員がやってきて残した ものを持ち帰るための袋とトレイを用意し、収納してくれた。
 娘は、乗物に乗りたいといって聞かない。さっき、駅南口の方にイトーヨーカドーがあ ったのを地図で見ていたから、行ってみることにする。
武蔵境駅南口の風景  来たときに通った通り、線路の上の駅舎の改札に向かう階段を上り、改札の前を通りす ぎて南口へ降りる。降りる前に娘が下の線路を走る電車を見たがったのでそこで暫く電車 を見る。
 その後、イトーヨーカドーに行って乗物を探すが、屋上にはテニスクラブがあるだけで 100円入れて動くような乗物はなかった。娘は代わりに何か買ってほしいとせがむが、 以前娘と出掛けた時に何か買ってやったら妻に怒られたので、買ってやれない。
 100円のシールで我慢させ、早々に店を出る。

 駅に戻り、定期を改札に入れて通り、定期はまた娘にとらせる。下りホームに降り下り 電車が来るのを待つ。その間、喉が乾いたというから、ぶどう入りのジュースを買ってや る。
 電車はかなり空いていて、シートのはじっこに並んで座れた。座ってジュースを飲みな がら、おいしいねと言って娘はニコニコ笑った。
 今日の話をして、楽しかったねと言って笑いあった。娘はかなり疲れた筈なのに眠い様 子も見せず、とても機嫌よく、ジュースを飲み、まだ残っていたチョコボールを食べ、ぼ くにも分けてくれた。
 今度はおにいちゃんとおかあさんと一緒にこようね、と言うと、うんと言って笑った。 膝の上でだっこしながら、ほっぺをすりすりしたり、いないいないばあをしたり、おでこ をこっつんこしたりして、日野の駅に着くまでぐずらないでいい子で乗っていた。少し大 笑いして大騒ぎになったりもしたが。

 今度はおにいちゃんもおかあさんも連れて、市ヶ谷の釣り堀に行ってみたいものだ。た だ、市ヶ谷までは少し遠いので、そうそういつでもというわけにはいかないかも知れない 。

BGM from KasedaMusicLabo
なかなおり/Nakanaori.mid

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