分かり合えない
別離2
「よう、お前ら元気そうだな!」
四年前、死んだと思われていたロックオン・ストラトスことニール・ディランディはトレミーにやって
来た。
「お帰り、ロックオン!」
「人を心配させて、貴方と言う人は!」
トレミークルーは普段の仕事を放り出して(ブリッジにはミレイナが残っていた)、ニールを出迎えた。
右目もどうにか治ったらしく、眼帯はしていない。ブリーフィングルームで話題が盛り上がっていた時
に、何気ない調子でニールが訊いた。
「そういえばさ、俺の後釜ってどいつだ?かなり優秀な奴だって聞いてるけど?」
ぴた、と声が止まる。ニールが不思議そうに周りを見回すと、全員が固まっている。
「ん?どうした?」
「ロックオン、貴方聞いていないの?」
スメラギに訊かれて、ニールは頷いた。ただやたらと能力値が高く、ほとんど訓練もできない状態でも
初戦闘で活躍したとしか聞いていなかった。自分がトレミーに行ける事もあり、それ以上深く聞いては
いなかった。
「あのね、ロックオン落ち着いて・・・・」
「いや、俺が言う」
すっかり大きくなった刹那が、ニールをじっと見ている。
「刹那・・・・?」
「今の・・・俺達と共に戦っている『ロックオン・ストラトス』の本名は・・・」
本名?ニールは首を傾げた。ガンダムマイスターの名はあくまでコードネームであり、本名など意味が
ない。秘匿義務の最高レベルのものでもある。刹那はニールを見つめたまま、口を開いた。
「ライル・ディランディだ」
「・・・・・・な・・・・なん・・・だ・・・と・・・?」
弟たるライルはAEUの大手商社で、サラリーマンをしているはずだ。何故、此処にいて、かつガンダ
ムに乗っているのか、その接点がさっぱり分からない。
「なんでだ・・・・。なんでライルが・・?」
「彼も世界を変えたい、と戦っていたからだ」
「あいつが・・・?」
「そう。だから俺がライル・ディランディをスカウトした」
「・・・・・・・・」
「俺は、また『ロックオン・ストラトス』と共に戦いたかった」
ニールは怒りの形相で、刹那の胸元に掴みかかった。
「お前が、ライルを戦いに引きずり込んだのか!」
ニールの怒号に刹那以外の人間が、ビクリと身体を竦ませた。だが刹那は動じない。
「さっきも言った。彼は世界の変貌を望んでいた。ガンダムマイスターになる資格はある、と俺は思う」
「貴様っ!!」
ぎりぎりと刹那の胸元を締め上げても、刹那はやはり動じなかった。
「ロックオン、落ち着いて。彼だって、全てを承知して来たの。刹那は決して無理強いしてはいないの
よ」
スメラギが言う。ニールは渋々、刹那を離した。尻餅をつく刹那を、ニールは怒りに染まった瞳で見て
いるだけだった。
「分かったよ、ここはミス・スメラギを信用して引こう。で、ライルの奴は何処にいる?」
「自分の部屋だと思うわ。場所は此処よ」
「どうも。少し、ライルと話をしてくるよ」
「穏便にね、ロックオン」
「りょーかい」
ニールが出て行った後、ブリーフィングルームの緊張が緩んだ。
「大丈夫かい、刹那」
アレルヤが刹那に手を差し伸べる。その手を素直に取って、刹那は立ち上がった。
「問題は無い」
そう言ったっきり、刹那は俯いて決して視線を合わせようとはしなかった。
ドアが開くと、鏡が置いてあるのかと錯覚するほどに自分とそっくりな人物が立っていた。
「兄さん・・・・・・」
「久しぶりだな、ライル。入って良いか?」
「別に断りを入れなくても良いよ。此処はもう兄さんの部屋なんだから」
そう言ってライルはニールに背を向けて奥へ行き、ベットの上に座った。ニールは丁度その目の前の壁
に、腕を組んでもたれかかった。
「まさか、お前がガンダムに乗っていたとはな・・・・」
ライルはニールと目線を合わせない。そういう所は変ってはいない、昔から。
「悪かったよ・・・・・」
素直に謝られたので、ニールは驚く。
「いや、その、お前はサラリーマンとして・・・・」
思わず言い訳を始めるニールの言葉を、ライルは遮った。
「兄さんの真似事なんてして。とんだ思い上がりだよな、俺」
「何言ってんだ?」
「ケルディムは兄さんが乗るんだろ?」
いきなり話題をガンダムに変えてきた。
「あのなー聞いてなかったのか?俺は此処には操舵手として来たんだぜ?」
「そんなの、もったいないよ。兄さんはケルディムに乗るべきなんだ」
なにを持って弟が「もったいない」と言うのか、ニールには良く分からない。溜息をついて上を向く。
「そんな事言ったって、お前がトレミーの操舵手にでもなるのか」
「いいや」
即答だった。ニールは目を丸くする。トレミーは元々少人数で運営される母艦だ。ただでさえ操舵手が
いないこの状況で、ライルは何を言っているのか。だがすぐに考え直す。
「まあ・・・・良い。なら此処にいろ。俺の傍にいろ。俺がお前を守ってやる」
せっかく会えたのだ、ここで死なせるわけにはいかない。自分がガンダムに乗るのであれば、トレミー
にライルがいた方が安全だ。そして自分が操舵手になるなら、フォローができるはずだ。だが
「冗談じゃない・・・・・」
ライルから、苦渋にまみれた呟きが出る。
「ライル?」
「そうやって、格の違いを見せ付けられるのか」
ニールは瞬間的に、頭に血が上った。ガッと両手でライルの両肩を掴む。余りの剣幕に、ライルが目を
見開いた。
「お前はっ・・・!そうやって自分を卑下する癖は止めろ!大体・・・・」
ニールの怒号を、ライルが静かに遮る。
「兄さんの命中率は常に90%以上だった。・・・・そうなんだろう?」
「え・・・ああ・・・確かに」
「でも俺はデュナメスよりも命中率がアップしたケルディムでも、命中率80%迄行かない。これが現
実ってやつだよ、兄さん」
ライルの瞳には、感情が見えていない。・・・・・・いや、諦めという感情が揺れていた。ニールは愕
然とする。固まったニールの両手を肩から外しながら、呟く。
「キツイんだよ、そういうの」
そして立ち上がって、ドアへと向う。その背中は、ハッキリとニールを拒絶していた。と、ドアの前で
立ち止まり、振り向く。
「ああそうだ、これだけは言っておくよ。援助、有難う。兄さんのおかげで助かったよ」
そう言って、ドアを開けようとした時だった。
「逃げるのか」
ニールの、声。
「そうやって、また俺から逃げるのか・・・?」
ライルは振り向かなかった。
「俺は『ニールの弟』じゃなくて『ライル』なんだよ・・・」
「?なに?」
「兄さんには分からないんだろうな、比べられて劣る方の気持ちなんか。でもそれは兄さんが悪い訳じ
ゃない。気にしなくって良い事だ。俺には俺のやり方がある。此処は兄さんの家なんだろう?だった
ら俺が踏み込んで良い所じゃなかったんだ。思い知ったよ。此処は俺の居場所じゃない」
「ライル・・・・・」
今度こそドアを開けて、ライルの姿が消える。ニールは拳を握り締めて、歯を食いしばった。いつも手
を握っていた弟の顔から笑顔が消え、下を向く事が多くなったのはいつだっただろう?必死で握ろうと
する自分の手を振り払って、弟は離れて行ってしまった。帰って来ても自分のいない日で、慌てて帰っ
て来ると、その姿はもうなかった。妹の手前というのも忘れて、ニールは泣きじゃくった。なんでライ
ルは自分を無視するのだろう、どうして、どうして。自分はこんなにもライルが好きなのに。両親と妹
が慰めてくれたが、ニールの悲しみは消えなかった。
さっきまでライルが座っていたベットに、ニールは座り込む。テロの後、ますます離れていくライルに
不安を募らせたニールは、闇に手を染めて得た金をライルに送り始めた。弟の為、と思いながらしたそ
の行為は、なんとかライルとの絆を保ちたかったニールのエゴでもある。ライルが受け取れるよう、自
分の所在は一切明かさなかった。そうでなければきっと送った金は、自分に送り返されていた。そして
夢をみるようになる。ライルの未来を作る為、とCBに参加して武力介入する。その自分の行為の結果
が、ライルの安定した未来を作り出せたらと。
自分達の武力介入で生まれたアロウズ。
アロウズに反発して生まれたカタロン。
そのカタロンにライルが自分の意思で属していた事を、ニールはのちに刹那から聞くことになる。
自分の行いはライルの安定した未来どころか、結果的にライルに銃を取らせる事になったのだ。
ニールはトレミーの中だというのに、あれっきり姿を見かけないライルに心の中で問いかける。
俺のしてきた事は、お前にとって迷惑でしかなかったのか・・・?
俺はお前を苦しませる存在だけだったっていうのか・・・・?
教えてくれ、ライル。
どうやったら、お前は俺と共にいてくれるんだ?
俺は誰よりもお前といたいんだ。
その問いかけに、答える者はいない。
★代理として来たのだから、本命が来たら用済みであるとライルは思っています。カタロンからの帰還
命令も来ている事ですし。だから一緒に戦う、という発想はこの話のライルにはありません。多分、
ニールの方が優秀なので、余計自分が惨めになってしまう。それはとても辛い事。反面ニールは何故
ここまで距離を置かれるのか分からない。ライルの立場に立った事がないから。実は立つ気もない。
そんなすれ違い兄弟です。
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