会いにいこう、お前に

       別離4

          ライルが消えてから、刹那とニールはあからさまに元気が無くなった。心配したクルー達が問いかけて
          くるが、彼らは口を割らなかった。ただスメラギだけは
          「彼がいなくなったのね?」
          と確認をしてきた。頷く自分達を見て、スメラギは眉を顰めた。


          最愛の弟に再び背を向けられたニール。
          好意を持ったライルに何も伝えられなかった刹那。
          ライル・ディランディという存在は、少なくとも二人にとってはとてつもなく大きかった。知らないの
          はライルだけだ。カタロンには行ったのだろうが、ドコの支部に行ったのかは分からない。CBの情報
          網も、何ももたらしてはくれなかった。


          「ロックオン、最近元気がないですね」
          展望室でぼうっとしていたニールは、急に声を掛けられて驚いた。振り向くとそこにはアレルヤの姿。
          「アレルヤ・・・・」
          アレルヤは展望室に入ってきて、ニールの隣に並ぶ。
          「もう一人のロックオン・・・・ライルは本当にトレミーにはいないんだね」
          「知ってたのか・・・・」
          「なんとなくね」
          アレルヤは肩を竦めて、苦笑した。
          「僕達も悪かったんだろうな。違うと分かっていても、どうしても貴方と比べてしまった。彼はマイス
           ターの能力はない、と思っていたようだけど、あれだけ戦闘が出来れば大したものだと思うよ」
          アレルヤの淡々とした話を、ニールは外を見たまま聞いていた。
          「思い上がりかもしれないけど、僕はライルの気持ちがわかるよ」
          「なに?」
          ニールはアレルヤの方を向いた。
          「貴方も知っている通り、僕は超人機関の出身だ。そこではいつでも、科学者の冷徹な目による選別が
           されていた。そして劣っていると判断されれば、最終的に待っているものは・・・死だったよ」
          「アレルヤ・・・・・」
          「そして僕は劣っていると判断された。だから処分対象になった。その時の気持ちは忘れられないよ。
           みじめで・・・・悔しくて・・・・・」
          「・・・・・・・・・・・・・・・」
          「きっとライルも、そう思ったんだろう。周囲の人間は無責任に、差別したがる。でもそれはロックオ
           ンが悪いわけじゃない。ライルが悪いわけじゃない。ただ貴方達が似すぎていて・・・・信じられな
           いくらいに・・・・・」
          アレルヤは言葉を切った。ニールはアレルヤの続きを黙って待っていたが、なかなか続きは出てこない。
          ふぅ、アレルヤは溜息を一つついた。
          「知っていたはずなのに、分かっていたはずなのに。なのに僕は、あの科学者達と同じ事をしていたん
           だよ。情けないね」
          困ったように笑う。そんな笑みに引きずられるように、ニールは口を開いた。
          「俺は、全然気がつかなかったよ。どうしてライルが俺から離れようとしていたか、なんて。離れてい
           こうとするアイツを、訳が分からないままに俺は必死で繋ぎ止めたかった。アイツの気を引こうとし
           て、失敗も多くやった。でも結局、ライルは俺から離れて行ってしまったよ。兄さんには俺がいなく
           てもエイミーがいるじゃないか、なんて言ってな」
          「それはロックオンがライルよりも優れていた・・・という立場だったからなんだろうね」
          「俺は、アイツと自分を比べた事なんて」
          「ライルも他人から言われるまでは、あまりそういう事はなかったと思うよ。優位に立っている人間は
           劣勢の方の存在には鈍感だ。でもさっきも言った通り、どちらも悪いわけじゃないよ・・・」
          ニールの記憶に残っている、笑顔のライルは本当に幼い顔をしている。消えていく笑顔、離されようと
          している手、どちらもニールには苦々しい思い出だ。笑って欲しくて、ずっと繋いで欲しくてもがいた
          幼い自分。そして今ももがいている。
          「ねぇ、ロックオン。貴方は今もライルに会いたい?」
          「会いたいな・・・・たった一人の肉親だ」
          「じゃあ、頑張って生き残ってあげないとね」
          「会ってくれるかな?アイツ」
          「うん、きっとね」
          アレルヤは優しく笑った。たとえその場しのぎの相槌だったとしても、ニールは背中を押された感じが
          した。そうだ、あいつの拒絶が怖くてずっと遠くから眺めているだけだった。実際に拒絶されたが、そ
          んな事気にしない。何回でも会いに行こう、ライルが根負けしてそのドアを開いてくれるまで。



          アロウズやイノベイターとの戦いは、熾烈を極めた。何度も死ぬかという目にもあった。しかしニール
          にはこの戦いが終わった後の、目標がある。四年前には戦いが終わった後の事なんて、考えていなかっ
          た。咎を受ける、そんな曖昧な事しかなかった。だが今は違う、この戦いが終わったらライルに会うの
          だ。そしてもっとゆっくりと話たい。多分逃げるライルを追いかける鬼ごっこになるだろうが、逃がし
          はしない。今度こそ、昔ライルが離した手を捕まえる。そう決めたのだ。
          「刹那」
          廊下で刹那を呼び止める。大人になった刹那は、無表情に振り返った。ライルが去ってからというもの
          元々乏しい表情が、更に乏しくなった。最後にニールが見た刹那の感情を乗せた表情は、ハロを手に乗
          せて声も出さず、ただただ涙を流していたものだった。
          「どうした、ロックオン」
          「ちょっと話がしたくてさ、良いか?」
          刹那は頷いた。
          「ああ、此処でするのか?」
          「いや・・・そうだな、展望室へでも行こうか」
          「分かった」
          ニールはいつもの癖で、刹那の前を歩き出した。刹那も何も言わずその後を歩いてくるが、なにか言い
          た気な視線を寄越していた。


          「で、話とは何だ?」
          「ライルの事だよ」
          瞬間、刹那の身体が強張った。きっとあの時の事を思い出しているんだろう。実はあれからライルにつ
          いて話してはいなかった。
          「・・・・すまない、ロックオン」
          「?何故謝る?」
          「俺は、出て行こうとするあいつを止めようと思った。でも出来なかった」
          「・・・・・・・・・・・・・」
          「今、後悔している。ライルをCBに引きずりこんだ事を。俺のエゴはあいつを苦しませるだけだった」
          刹那は下を向いて、ぼそぼそと言う。ニールは溜息をついた。まさか自分の代わりとして、刹那が弟に
          白羽の矢を立てるなんて思いもしなかったからだ。自分の知っている刹那という人物は、意外と受身だ
          った。メンバーの選出にもさして興味を持った感じでもない。それが自分から動いて(しかもニールを
          も餌にしてだ)引っ張ってくるなんて。確かにエゴなのだろう。目の前で死んだ『ロックオン・ストラ
          トス』と一緒にもう一度戦いたい、なんてライルに対してもニールに対しても失礼な話だ。
          「だがCB入りを決意したのは、ライルだ。お前は切欠を作ったに過ぎないさ。ただな・・・・」
          「?」
          「俺は此処に戻ってくるべきじゃなかった。そう思うよ」
          「そんな事はない。ロックオンは俺達の大事な仲間であり、リーダーだ」
          「じゃあ、ライルの奴は?」
          そう訊ねると、刹那は口を閉ざした。いや違う。どう言ったら良いのか、必死で言葉を探している。刹
          那の中ではニールとライルの存在理由が違う。同じ『ロックオン・ストラトス』ではあるが、刹那は無
          意識に両者を区別している。それは分かってはいたが、ニールは刹那の言葉で確認したかった。やがて
          刹那は意を決したように、口を開いた。
          「大事な存在だ。他のマイスターとはまた違う。俺は彼を守りたかった。戦場だけでなく、全てにおい
           て傷つかないように」
          「な〜るほど、恋してるって奴か」
          からかいにムスッとするのかと思えば、意外にも顔を赤くする。
          「おいおい、そこで赤くなるのか?・・・・・本気なんだな、お前」
          流石に困惑してニールは、刹那から視線を外した。しかし刹那の動揺はあっという間に鳴りを潜め、再
          びこちらを見つめてくる。
          「ロックオン、俺はこの戦いで生き延びる。そして終わったら、ライルに会いに行く。きっと会ってく
           れるはずだ」
          自分と同じ事を言う、とニールは苦笑した。
          「だがライルはドコにいるかわかんねーんだぞ?どうやって探す?」
          そう言うと、刹那が目を丸くする。
          「ライルから、連絡はないのか?」
          非常に意外そうに言われて、ニールは肩を落とした。
          「ないんだよ、昔っからそういうところはズボラな奴でな・・・・。俺はてっきり刹那に連絡の一つも
           入れていると期待してたんだが・・・」
          つまりニールも刹那も、お互い相手に連絡が来ていると当てにしていたわけだ。他のマイスターやブリ
          ッジクルーに連絡が来る事もないだろう。それにしても、とニールは思う。我が弟ながら、CBの情報
          網にも所在が掴めないなんて、抜け目がないと。多分CBに属していた時に、CBの情報の集め方を探
          っていたのだろう。いつか、こんな日が来ると予測して・・・・・。
          「つーか、ズボラってだけじゃないな。俺はアイツにとって疫病神なんだろう。だから俺に連絡なんか
           寄越さない。・・・・・情けない話だがな。なあ刹那、ライルにとって俺ってなんなんだろうな?」
          返事を期待したわけではない。ただ言葉が零れ落ちていくのを止められなかった。ライルは一種、ニー
          ルの人生そのものを支えてた存在だった。ライルの為弟の為と、ともすれば崩れ落ちそうになる足をニ
          ールは必死で支えた。本当に一人だったら、世界に絶望して自ら命を絶ったかもしれない。たとえ離れ
          ていても、直接会う事ができなくてもライルは自分の希望だった。
          「ライルはアリーのMSがお前の仇だと言われたら、詳細を教えろとティエリアに噛み付いていた。尊
           敬しているとも言っていた。本当に疫病神だと思っていたら、あそこまで詰め寄らない。俺にはライ
           ルがロックオンを本当に嫌悪しているとは思えない」
          淡々と答えられて、ニールは自分の沈んでいく思考から浮上した。刹那は嘘をつくことをしない。だか
          ら今の言葉は刹那なりの、分析なのだろう。そして刹那はニールに手を差し伸べた。
          「この戦いが終わったら、ライルに会いに行こうロックオン。その為にも今は戦いに集中しよう」
          「そうだな、俺もライルに会う為に此処は踏ん張らないとな!」
          その手をニールは掴んだ。



     

          ★というわけで、置いていかれた二人の決心を書いてみました。しかし本当に私の書くニールと刹那は            ライルが好きだなぁ、と書いている本人が苦笑しています。次回からライルは可哀想どころではなく            なりますので、ご注意下さい。        戻る