音をたてて崩れる
別離6
ある日、刹那はいきなりニールから呼び出しを受けた。なにか仕事でトラブルでも?と思いながら刹那
はその呼び出しに応じた。
後に刹那はこの呼び出しに応じた事を、後悔する事になる。
ライルの死亡を告げてからと言うもの、ニールは覇気がなくなりやつれていった。それはそうだろう、
唯一の身内が死んでしまったのだ。ニールはここ最近フェルトとペアを組んで活動しているらしい。刹
那はフェルトに頼んだ。どうかニールを救ってやって欲しい、と。フェルトは寂しそうに笑って、出来
るだけ頑張るからと答えた。だが妹のように可愛がっていたフェルトにも、ニールの悲しみを癒す事は
できなかった。結局ニールは心の中に家族しかいないのだ。確かに刹那やフェルトを可愛がって懐には
入れてくれた。だが肝心の心の中には、どうしても入り込めなかった。フェルトはそれが悲しくて、悔
しいと刹那に言った。それはライルの心が欲しくてもがく、自分も一緒だ。
いつもなら疲れきった顔をして出迎えるニールが、刹那を睨みつけていた。
「?どうした、ロックオン・・・?」
訊ねる刹那に答えず、ニールは「まず座れ」と言い、自分も腰掛ける。
「刹那、俺に嘘をついていないか?」
「え?」
ついている。ライルが生きているのに、死んだと。だが刹那もそんな動揺を見せることはしない。
「俺はある情報筋から、確定情報を掴んだ」
「そうか・・・・・どんな?」
「・・・・・・まだしらを切るつもりか?」
ニールの眼光が鋭くなる。
「ライルだよ」
「!」
「ライルが生きていると。そしてお前がライルと共にいるという情報をな」
刹那は一瞬、言葉を失った。ライル救出は極秘裏に行われた事だ。実行部隊も皆口が堅く、信頼の置け
る者達ばかりだった。なぜ・・・?どこから・・・・?
「俺が嘘をついているというのか、ロックオン。大体その確定情報は当てになるのか?」
「ま、切欠は姫様だけどな」
「姫様?」
「アザディスタン第一皇女、マリナ・イスマイール」
「マリナが・・・・?」
マリナはライル生存を知っている、数少ない人物だ。だが彼女は事情を全て知っている。情報漏洩をす
るような人ではない。刹那の表情から何かを察したのだろう、ニールは苦笑した。
「とあるパーティーでな、俺はSPとして行ってたんだが・・・・。俺を見て絶句している女性がいた。
それがマリナ姫だ。その驚き方が尋常ではなかったから、訊いてみた」
「まさか・・・・手荒な事を?」
「するわけないだろ。俺は女性には優しいんだ。けど問い詰めちまったな。彼女も相当口を割るまいと
頑張っていたんだが、最後に知っている人に似ていたからと言った。彼女が漏らしたのはそれだけだ。
彼女を責めるなよ?で、俺はピンときた。それからヴェーダも使って、あらゆる情報をサーチしたよ。
苦戦したけどな。大した奴だよ、お前は」
「その情報は間違っている」
「ほお?」
「俺は言った筈だ、ロックオン。ライルは死んだと。それはクラウス・グラードも肯定していただろう?」
刹那はとぼけた。ライルは二年の月日を経て、やっとたどたどしいながら会話が出来るほど回復した。
だがなんらかの刺激を受ければ、また心が死んでしまう。ここで、はいそうですライルは生きています
と肯定することは出来なかった。ライルの為に、そしてニールの為にも。
「刹那」
「・・・・・・・・」
「ライルに会わせてくれ」
「死人に会わせる術はない」
「ライルに会わせてくれ、刹那。アイツの無事を確認したい。この目でライルを見たいんだ」
「だから・・・」
ダンッ!
いきなり響いた音に驚く。ニールが力いっぱいテーブルを叩いたのだ。
「アイツは俺の人生を支えた存在だ。俺はアイツの家族なんだ。俺の唯一の希望なんだ。会わせろ、刹
那!ライルに!」
気がつけば、刹那の眉間にニールの持つ銃が当てられていた。ニールの目は本気だ。此処で拒否すれば
確実に引き金を引いて、刹那を殺すだろう。
「撃ちたければ、撃てば良い。ライルは死んだ。その事実を覆す気はない」
たとえ自分が死んでも、ライルにはクラウスがひいてはカタロンがいる。きっと守ってくれるはずだ。
多くは望まない、ライルが守れるなら。ニールが願うのと同じようにライルの未来が作れるのなら。だ
がニールはふっと笑った。そして・・・・
「なにを・・・!ロックオン!」
銃口を刹那ではなく、自分のこめかみに当てたのだ。
「ライルがいなけりゃ、俺は生きていけないんだ。だったら此処で死んでも良いな。刹那、俺の最期を
見てくれよ?」
ググッと引き金に掛かる指に、力が入る。本気だ、そう悟った途端刹那は崩れた。
「止めろっ!・・・・・・・・分かった・・・・・会わせる・・・・・・」
「・・・・・・・・お利口さん」
ニールが満足気に微笑んで、銃を降ろした。
刹那はライルの心の扉を叩かなかった。もしかしたらこの状態で会えば、心に何も届かず無事かもしれ
ないと思ったからだ。下手にライルの心を呼び覚まして、恐慌状態になる方が恐ろしかった。ライルは
いつもと同じように、椅子にぼんやりと座っている。どうか、どうか壊れないで欲しい。刹那は願った。
「入って来い、ロックオン。ただし・・・ゆっくりとな・・・・」
ニールにはライルの状況を詳しくは言っていない。精神が内に篭もった程度。ライルの隣で刹那は、入
ってくるニールを見つめた。ライルを目にした瞬間、ニールが息を呑んだのが分かった。
「ライル・・・・・・ライル・・・っ!」
思わず走り寄ろうとして、ニールはつんのめった。が、刹那の忠告を思い出したのだろう。ゆっくりと
近づいて、そっと椅子の前にしゃがみ込む。その瞳からは涙が溢れ出た。
「ライル・・・・・生きていてくれて、本当に良かった」
ライルの手を握り締め、ニールは泣いた。精神が内に篭もっていようとも、構わなかった。生きていて
くれた、それだけで。ライルの反応はない。刹那がほっとして、気を抜いた瞬間。ライルの身体がブル
ブルと震え始め
「ぁぁ・・・・・・・ああああああああああ!!!!!!」
絶叫が部屋に響いた。
どこかで聞いた声。ライルはぼんやりとそう思った。誰かが泣いている。ソランが泣いているのか?そ
れともマリナ?泣いている声はあまりにも悲痛で、ライルは意識を浮上させた。そこにいたのは、自分
と瓜二つの姿を持つ者。その者はたった一人しかいない。兄だ。
(!)
記憶が溢れ出す。常に比べ続けられた。そして劣っていると判断された。まるで兄の付属品のような扱
いを受けて、自分に自信がなくなっていく。事実、兄はなにもかも自分を上回った。どんなに努力して
も、越える事は出来なかった。友人もそして好きになった子も、皆兄を知ればライルから離れた。
「ニールの弟」
それがライルの仲間内での名前だった。ライルと呼んでくれる者は、誰もいない。誰もライルを見ては
くれなかった。いたたまれず離れようとしても、兄が頑として手を離してはくれない。まるで拷問だ。
劣等感に苛まれ続けた。それなのに兄は友人に囲まれて、幸せそうに笑って。そして手を差し出すのだ
自分に向かって。
(冗談じゃない)
(哀れんでいるのか)
(それとも気がつかない優越感か)
(止めてくれ)
(来ないでくれ)
(誰か助けて)
(俺から・・・)
(俺から・・・何もかも奪わないでくれっ!)
負の感情が膨れ上がり、自分の中で爆発した。
ニールはライルに力任せに突き飛ばされ、尻餅をついた。顔を上げて、凍りつく。そこには怯えた表情
のライルの姿。いや、恐怖に強張った弟の姿。
「く・・・・来るな!来るな!助けて、誰か!!」
椅子を蹴倒して、ライルは立ち上がった。が、すぐにバランスを崩して倒れこむ。しかしそれでもまだ
逃げようと、必死で床を這いずる。
「ライル!」
思わずニールが掴んだ腕を、力任せに振り解かれる。
「嫌だ、皆いなくなる!俺から全てを持っていってしまう!」
「お前、何言って・・・・」
「助けて、誰か!お願いだ、助けて!」
ライルから激しい拒絶を受け、ニールは呆然とした。ライルは涙で頬を濡らし、必死で少しでも離れよ
うと床を這う。ライルが必死で伸ばした手を、誰かが受け止める。その者はそのまま座り込み、ライル
を引き寄せて抱きしめた。
「大丈夫だ、ライル」
「ソ・・・ラン・・?」
「ああ、俺だ」
「ソランも兄さんを知ったのか・・・?」
刹那に縋ったライルの手に、力が入る。
「いなくなる・・・・ソランも。きっと兄さんが良くなる。そうやって皆いなくなった。俺が悪いの?
俺はそんなに嫌われ者なのか・・・?」
「そんな事はない。俺はずっとお前の傍に居る。そうだ、ライル・ディランディの傍に。俺にはお前が
必要だ」
「必要?俺が?ソランにとっては、必要なのか?」
「そうだ、たとえお前の兄を知っても、俺にはお前が必要だ。離れる事はない」
「本当に・・・・・?」
「俺は嘘をつかないだろう?」
刹那が慰めるように、ライルの背中をゆっくりと叩く。母親が子供にするような、優しい仕草。刹那は
内心穏やかではなかった。確かにニールに会わせる前に、事を話して精神科医の意見も聞いた。だがラ
イルに施された処置は、自分達の想像以上に強固だったのだ。結局恐れていた通り、ライルは膨れ上が
った自分の負の感情を処理しきれず、錯乱してしまった。呆然とこちらを見ているニールにも、気の毒
な事をしたとは思う。
ただ守りたかったのに。
やっと穏やかに生活していたのに。
なぜ、こんな事になってしまったんだろう。
★皆、不幸になっていってます。刹那のライルに対する愛情がえらく深いものになっていて、正直書い
た自分が驚いてしまいました。ニールのライルへの愛情も深いんですけどね。
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