更にその後
ダーナの示す先・・・おまけのおまけ
(なんて事!なんて事を言っちまったんだよ、俺ぇ!!)
必死で走りながらロックオンは後悔の嵐の中にいた。一体なんの為の我慢の1年間だったのか。しかし
覆水盆に返らず。言ってしまった、宣言してしまったものはもう取り返せない。せっかく此処での生活
にも慣れて来たというのに!後ろを振り向いたのに、他意はなかった。ただなんとなく走りながら振り
返ったに過ぎない。しかしその後ろには結構なスピートのはずなのに、息一つ乱さずにスプリンター走
りして追いかけてくる刹那の姿があったからさあ大変。顔を見ていられずロックオンは走るスピードを
あげる。刹那に対して申し訳なさで一杯だった。こんな事になるなら早いうちに刹那と自分が恋人同士
であると暴露すれば良かったのだ。それができなかったからこそ、刹那はネーナの猛攻をなかなか防げ
なかったというのに。
(ごめん!ごめん刹那!ごめんな!)
きっと呆れている、怒っているに違いない。刹那にとっての我慢の1年は無駄になってしまったのだ。
自宅に走り込んで鍵を開け、家に飛び込みドアを締めようとしたのだが・・・・
がっつん
ドアは無情にも閉まってはくれなかった。下には刹那の足が見えている。足を挟む事によってドアが完
全に閉められ、鍵をかけられる事を阻止された。しばらくは閉めようとするロックオンと開けようとす
る刹那の間で無言の戦いが続いたのだが、ついに刹那が競り勝った。しかしロックオンは素早く走り去
り自室へ飛び込んで靴を脱ぎ散らかしながら、ベットへ潜り込んだ。どうせすぐに刹那がやって来る事
は分かっていたが、それでも申し訳ないやら自分への不甲斐なさからで顔を刹那に見せられなかった。
案の定、自室のドアが開いて刹那が現れた事が分かる。。
(どうしよう、呆れてるよな。なんて弁解すれば良いんだ・・・・)
しかし割と話術に長けているはずのロックオンの頭には、まったく良い案が浮かばなかった。そうこう
している間に、刹那がゆっくりと近づいて来るのが分かる。そしてぎし・・・と音がして、刹那がベッ
トに座ったのが分かった。
完全に布団に包まって亀のように丸くなっているロックオンに、刹那は溜息をついた。大方、うっかり
自分達の関係を暴露してしまった事を悔いているのだろう。さてここで黙っていても始まらない。しか
し下手に口を開けば、刹那から言われる言葉によってますますこの中から出てこない事は明白。刹那は
少し考え込んだ。が、考え直す。ロックオンはうわべだけの言葉を見破るのに長けている。それは彼の
今迄の人生の中で必要であり、自分をひいては次期当主を守る為でもある。だからこそロックオンは嘘
偽りのない言葉に弱い。多分自分の想いが受け入れてもらえたのは、刹那の本心だけを語る事を知って
いたから。だから刹那はロックオンに嘘は言わない。本心だけを伝えている。今回もそうした方が良い
のだろう。そんな事を考えていたら、目の前の塊からぼそぼそと何か聞こえて来た。
「御免、刹那。俺、余計な事を言っちまって・・・・」
ほらやっぱり。ネガティブの方向にいつでもいってしまうのは、ロックオンの悪い癖だ。ただ彼の人生
を考えるに、それは仕方のない事だと思う。
「そんな事はない」
塊の上に手を置くと、あからさまにビクッと震える。
「俺は嬉しかった」
本心をいつもどおりに伝えると、塊がごそごそ動いてぴょこりと目までが布団から覗いていた。
「え?」
「俺は嬉しかった。いつもどこかつれないお前が、嫉妬してくれたんだからな。俺の事を好いてくれて
いるのを再確認できて、嬉しい」
「だ、だけど俺あんなトコで・・・・」
「お前が俺のものだと皆に認識されて、良いじゃないか」
「でも・・・明日からどんな顔していればいいんだ」
「後ろめたい訳でもないんだから、堂々としてれば良いだろう?」
「ほんと、ばっさりと切るな、お前は」
どこか呆れたような、感心したようにロックオンはぶつくさと言っている。刹那にしてみればこれでロ
ックオンに妙なチョッカイをかける輩がいなくなるのだから、願ったり叶ったりだ。この状況を上手く
利用させてもらおうと思っていたりする。ロックオンが思っているよりも刹那の彼に対する独占欲は強
いのだ。伊達に数年思い続けて来たわけじゃない。全てを捨てざるを得なかった彼の、唯一になりたか
ったのだ。だから離れる気は今でも更々ない。誰かに今の位置を譲る気も無い。ロックオンは気がつい
ていなかったようだが、次期当主はロックオンの事を愛していた。兄弟愛や家族愛ではない。明らかな
恋愛感情だ。刹那はあの時メモを持って現れた次期当主の表情を思い浮かべた。その時は突然の次期当
主との邂逅とロックオンの怪我の事で刹那も動揺していたので何も思わなかったのだが、今思えばあの
複雑な表情は自分の感情と行動が違っている苦悩だったのではないかと思うのだ。ロックオンから事件
の顛末を聞いた時(あくまでロックオン視点だが)納得したのだ。死に瀕した自分の愛する者が、自分
ではなく他人の名前を呼び続けるなんてショックだったろうと思う。次期当主はロックオンの引いた一
線を飛び越えようとして、ロックオン本人の拒絶と自らの責任感で飛び越えられなかったのだ。きっと
できるならロックオンと共に生きていたかったろう、と。だが彼の背に重くのしかかった家の重圧が、
その行為を許さなかった。刹那は言ってしまえば背に負うべきモノなど、たかが知れている。だからこ
そこうやってロックオンと共にあの家を去る事が出来、こうして共に暮らせるようになったのだ。
「刹那・・・・?」
不思議そうにロックオンに名を呼ばれて刹那はハッとした。
「なんでもない。心配するな」
「・・・・・うん」
やっぱりどこか不安そうに頷くロックオンを安心させる為に、刹那は微笑んで見せた。ロックオンの白
い頬が紅潮していくのを見て、その笑みが深くなる。
俺は、俺達は幸せだ。
どう受け取られたのか分からないが、ロックオン・刹那共々会社の人間に温かい瞳で見つめられた。わ
からないのは女性の方で、ロックオンは質問攻めを受けて早々に退散したりもした。なんで自分達の夜
事情を女性に語らねばならんのだ。刹那の方は妹を溺愛するミハエルに何か報復でも受けるかと思って
いたのだが、出会い頭にナイフ振り回されたぐらいで済んだ(それでもえらい事だが)
更に分からないのがネーナである。相当な恥をかかせた事は確かなので謝ろうと思っていたのだが、ど
ういう訳か前に比べてますますロックオンと刹那の家に入り浸るようになった。目の保養になるのなん
のと・・・・・。うっかりミレイナと出会って、ミレイナをからかう事も覚えたようである。まぁ・・
石投げられるのも覚悟していたので、取りあえず平穏に暮らせる事は有難かった。
「刹那は俺のものなんだから、誰にもやらない!」
画面の中でそう叫んだ男はシ・・・ンと水を打ったように静かになった途端、青くなった挙句に赤い顔
をして舞台から飛び降りて走り去った。
「まったく・・・・・なにやってんだ、あいつは」
呆れた口調ではあったが、端末で送られてきた映像を観る男の表情は愛しくてたまらないという感情が
モロに出ていた。
「幸せ・・・・なんだな、ライル。良かった」
本当は、自分が幸せにしたかったのだけれど。
「ニール様、お車が参りました」
ドアが開いて彼の執事である青年が現れて、そう告げる。
「分かった、今行くよ。沙慈」
ニールはその映像にロックをかけて、確実にロックしてあるか確認してから立ち上がった。
★というわけでめでたしめでたしです。あ、兄さんの名誉の為に書いときますが、別に逐一ライルの動
向を見ているわけではありません。ただ個人として対処ができない事が起こった時にすみやかに救い
の手を差し伸べられるようにしているだけです。基本、放置してます。ライルの『自由』を尊重して
いるので。ちゃんと連絡員がライルのいる街にいるのですが、重大な事が起こらない限り報告無用と
言われています。ただ今回の騒動はこの連絡員が大いに受けたので、送ってきただけ。なので去年の
騒動を兄さんは知りません。
お付き合いいただきまして、有難うございました。
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