久し振りの逢瀬






 
ダーナの示す先4


午後、客人が到着したという事でライルはいそいそと玄関に向かう。
「お待ちしておりました、ティエリア・アーデ様」
「君は元気そうだな」
「はい、有難うございます」
紫色の髪を揺らし、神経質そうな瞳を眼鏡の奥から覗かせた美貌の青年であるティエリア・アーデはニ
ールの学友でもあり、仕事の取引先でもある名門アーデ家の次期当主だ。気難しい事で有名な御仁では
あるが、ニールと仲が良いという影響もあってかライルに対しての反応は柔らかだ。
「どうぞ、主人が待っております。・・・お連れの方は此方の部屋でお寛ぎ下さい」
そう言って別の使用人を呼び、ティエリアの後ろに付き添っていた人物を控えの部屋に案内するように
頼む。


「ニール様、ティエリア様が来られました」
「入ってくれ」
「はい」
豪奢なドアを開ければ広い部屋の中で椅子に腰かけているニールの姿があった。ティエリアが嬉しそう
に笑う。
「良く来てくれたな、元気だったかティエリア」
「ええ。貴方こそ元気そうで何よりだ」
ニールがティエリアに椅子を勧めるのを見て、ライルは一旦部屋を退散する。すぐに用意してあったワ
ゴンを押して、その部屋に入る。客に紅茶と菓子類を用意するのはライルの役目だった。2人の会話を
聞き流しながらライルはまず紅茶を淹れ、それから専属シェフが作った菓子類をテーブルの上に置く。
ふとミレイナお手製のクッキーを思い出した。結局少ししか残っていなかったクッキーをイアンは嘆い
が、ミレイナの「今度また作るです」という発言に機嫌を直した。こんな繊細でもなく美しくもないそ
のクッキーをライルは間違いなく美味しいと感じた。そんな事を考えている事はおくびにも出さず、ラ
イルはちらりとニールを見た。今度もしミレイナのお手製クッキーのおこぼれがもらえたら、ニールに
もあげてみようか、と思う。口に合わないかもしれないから、1つだけで。
「・・・・何か良い事でもあったのか?」
「はい?」
洞察力の鋭いアーデ家の次期当主がそうライルに訊いてきて、ライルは思わず目を丸くする。
「嬉しそうに見える。勿論、僕が来たという理由ではないだろうが」
「おいおいティエリア」
「はい、確かに良い事がありましたので、申し訳ありません」
そう答えたライルを見るニールの表情が寂しそうに歪んだが、ライルは見抜かれていた事が恥ずかしく
て気がつかなかった。
「別に、良い事があればいいだろう。それにこれから良い事があるだろう」
「はい、有難うございます」
ティエリアとライルの会話にニールが割り込んで来た。
「じゃあなにかあったら呼ぶから待機していてくれ」
そう言われてライルはハッとした。いけない、使用人である自分が主人を抜かして会話するなどと。ニ
ールに窘められたと思った。
「はい」
答えて退出したライルにはその後のティエリアの溜息混じりの言葉が届かなかった。

「全く、僕と彼が貴方を抜かしてちょっと会話しているからと言って、拗ねないで下さい。相変わらず
 彼の事が好きなのですね、貴方は」
「・・・・・・・うっさい」

退出を命じられたライルはいそいそと控えの部屋に向かい、嬉々としてドアを開けた。
「久し振りだな!アレルヤ!」
「君もね、ライル」
ティエリアの執事であるアレルヤ・ハプティズムは、ライルと同じ学校の出身だ。ついでに学年も一緒。
つまりは学友というわけだ。向かい合わせに座って、ライルは簡単に紅茶を淹れてこっそりと仲の良い
シェフに貰った焼き菓子を勧めた。
「うん!相変わらず美味しいね」
「つーかお前、なんでも美味しいって言うじゃねーか」
「心外だな、これは本当に美味しいってば」
やはり気の置けるこの人物と会えるのは嬉しい。偶然ティエリアのお伴としてついて来たアレルヤと再
会したのは1年ほど前。学友だったとアレルヤから聞いたティエリアは、それから毎回アレルヤを伴っ
てディランディ家を訪れてくれていた。
「それにしてもいつ見ても見事な猫の被りようだね。あーんな問題児だったのに」
アレルヤの言葉に苦笑する。否定材料が見つからないからだ。
「俺だって大人になったからな、猫を5匹ぐらい被るのはわけないさ」
そう言いながら気になっていた事を、アレルヤに尋ねた。
「今日、ハレルヤは?」
ハレルヤ・ハプティズムはアレルヤの双子の弟だ。温厚で良い子ちゃんなアレルヤと違い、ハレルヤは
やんちゃでいたずら好きだった。実はライルの最初の寄宿舎での同居人だった。だがこの2人のいたず
らが激しく、その割には成績はトップだった為に教師達も手を焼いたらしい。結局2人いるとロクでも
ない事が起こるので、ハレルヤはアレルヤと、ライルは寮長にまで上り詰めた人物との同室になった。
「それが・・・鬼の撹乱でね。ハレルヤは風邪ひいて今日は欠席なんだ」
「え、あいつが・・・・風邪!?」
「そうなんだよ、ティエリア様も驚いていた。ギリギリまで此処に行くって言ってたんだけど、流石に
 ティエリア様に怒られてね〜」
意外なのだが堅物と言われているティエリアだが、ハレルヤはお気に入りであるらしいのだ。ハレルヤ
の物事に囚われない考え方が、ティエリアには面白いらしい。無論、アレルヤの意見も尊重してくれる
のだが。
「アレルヤとハレルヤとは結構会えるから良いけど、クラウスは元気かなぁ」
「きっとなんでも卒なくこなしていると思うよ。真面目で良い人だからね。だから君が首席だったのに
 卒業生代表はクラウスがやったんじゃないか」
学校ではアレルヤ・ハレルヤ・クラウス・ライルのカルテットは有名ユニットだった。そんな彼らを纏
めていたのが、クラウス・グラードだ。人格といい有能さといいクラウスが執事で一生を終えるなんて
もったいないと、ライル達はいつも思っていた。今は遠く離れた地方都市でマリナ・イスマイールとい
う美人の執事をしていると聞いていた。場所が場所なだけにクラウスとはなかなか会えないのだった。
そしてライルにとっては心の恩人でもある。家族に捨てられたと嘆くライルに、めんどくさい風習を全
部兄に押し付けられて、自由じゃないかというアドバイスをくれたのだ。その一言にライルは救われて
兄を恨み憎む心を薄れさせていく事ができたのだから。
「会いたいな、またあの4人でさ」
「確かにね、僕も会いたいよ。唯一会えない人だものねぇ。クラウスってば」
「まぁアレルヤ達に会えるのはティエリア様に感謝だな」
「ニール様にもね」
「うん」
ニールとティエリアの友好がなければ、こうやって話をする事も出来なかった。元々執事は家の事を仕
切るのが仕事なので、主人の行く先について行く事は稀だ。あの時に偶然アレルヤとハレルヤに出会え
たのは、ティエリアが家にばかりいるのもなんだろうと言って連れ出したからだとアレルヤから聞いて
いる。無論ティエリアもニールも、ライルとアレルヤとハレルヤがこうやって主人達を待つというのを
理由にして、会話を楽しんでいる事も知っている。だからかティエリアが来た時は紅茶や菓子が必要な
のはいつも最初だけで、それからティエリアが帰るまで1回も呼ばれない。1度仕事なのだから気にせ
ず呼べば良い、相手も同じ職業なんだから分かるはずと言ったのだが、相変わらず今日も呼ばれる気配
すら無かった。ただ彼らが帰った後、妙にニールが拗ねているようなのが、不思議だった。余談だが、
ニールにとってライルと気兼ねなく話せる人物、というのは問答無用で羨ましいのだ。ライルが自分に
対して引いた一線をどうしても越えないので、羨ましさが拍車をかけていた。無論ライルはそんな事を
思ってはいない。ただ、不思議なだけだ。


「アレルヤから聞いていると思うが、ハレルヤは連れて来られなかった」
帰り際、ティエリアはそう言った。
「風邪をひいたと聞きました」
「覚悟しておけ、明日はカボチャでも降って来るぞ」
「は・・・?」
目を丸くしたライルにティエリアはニヤリと笑い、その後ろではアレルヤが我慢しきれないで吹き出し
ている。こんな言い草されていると分かったら、きっと主人でもハレルヤは食って掛るだろうと長い付
き合いの中で容易に想像できた。それをアレルヤが優しく止めるのも。
「では失礼する」
「お気をつけて」
「またね、ライル」
「ああ、またな」
アレルヤとの会話は小声で。


その後、恒例のように妙に拗ねているニールのご機嫌を取ろうとして悪戦苦闘するライルだった。


★ライルはこの後おこぼれに預かったのでミレイナ作のクッキーを混ぜ込んでみたんですが、ニールが  食べ慣れない味に口をへの字にしてしまったので、それ以降出していません。 戻る