想いの伝え方






 
ダーナの示す先5



ふと、ソランは夜中に目を覚ました。なんの気なしに身動きすれば、横で寝ている人物の年の割にはあ
どけない寝顔が見えた。自分とは違う白い肌を惜しげもなくさらけ出し、安眠を得ているこの人物はラ
イル・ディランディだった。


出会いはソランが15ぐらいの時だった。ヴァスティ一家に引き取られてから、1年後。イアンから紹
介されたのが、次期当主の執事を務めているライルだった。会った瞬間、ソランは頭の中が真っ白にな
り固まってしまった。

所謂、一目ぼれというやつだ。

だが過酷な経験をしてきたソラン自身その事に気がつかない。ライルを前にすると緊張してしまい、元
々乏しかった表情も言葉もロクに動く事はなかった。ライルが寂しそうにしながら去って行くと、いつ
も自己嫌悪に陥る始末。どうにかイアンなどにも向けられている笑顔が欲しかったのだが、自分に向け
られているライルの笑顔は、いつもどこか緊張を孕んでいた。それがソランの固い表情と反応からきて
いる事は分かっていた。だがどうする事も出来ない。自分自身で原因すら分からなかったからだ。


血の繋がらない可愛い妹のミレイナがライルのお嫁さん宣言が会った時、ソランは唐突に自分の緊張の
意味を理解したのだ。流石に正直呆然とした。相手は自分より8歳も年上で、しかも同性ときている。
背だってソランよりも大分高い。それなのにソランはライルに『抱かれたい』ではなく『抱きたい』と
思ってしまったのだ。色々と考え熱まで出して養父母や義妹を心配させたが、熱が引いた時にそれまで
の葛藤はさっぱりと無くなっていた。
無論、ソランの告白はライルに受け入れられなかった。最初は冗談でも言われていると思っていたよう
だが、本気だと分かるとかなりの動揺を示した。断ったものの必死で食らいついて来るソランに、ライ
ルは1つ条件を出した。20歳になってもまだそう思うのなら、受け入れても良いと。20歳になるま
でにはまだ4年もある。その内にライルではなく他の女性に気が移るだろうというライルの思考が見え
隠れする。だがソランもそういう可能性を否定できない。だがこの条件を飲まなければ、今ここでこの
想いが打ち切られてしまう。そう思うとその条件を飲まざるを得なかった。その間にライルに勧められ
るままに、同年代の女の子とも付き合ってみたりもした。何事も経験だぞ、とやたらと真剣な顔をして
言われれば、ソランもお付き合いというものをしてみようかという気にもなる。とはいえお相手になる
女の子はディランディ家の使用人の子が多かった。


時が過ぎ去り20歳の誕生日の前日深夜、ソランはライルの部屋の前で『その時』が来るのを待ってい
た。そして0時きっかりにライルの部屋に飛び込んで、叫んだ。
「ライル!俺は20歳になった!約束通り、俺と付き合ってくれ!」
朝が早いライルはいつも、早々に寝てしまう。今日もそうだったのだろう。文字通りベットの上で横に
なったままの恰好で、ライルは飛び上がった。
「え?なに?・・・・ソラン?」
半分まだ寝ぼけているライルにソランはずかずかと近づき、がっしとその両手を自分の両手で包み込む。
「お前が出した条件では、俺が20歳になった時にまだお前を好きなら付き合って良いはずだったな」
寝ぼけて状況を把握できないライルに、ソランは1から説明をし直した。ぼけー、としていたライルの
目が段々光をはらんでいくのを、ソランはじっと観察していた。というか見惚れていた。ライルの綺麗
な緑の瞳がソランは好きだった。ライルはソランの瞳の方が印象深いと言っていたが、これはこの国で
は珍しい瞳の色だったからだろう。そんな事を思っていたら、ライルの頬がごおおお・・という効果音
がつきそうな勢いで真っ赤に染まる。どうやら完全に覚醒したらしい。なにか言おうとしているのか、
口をぱくぱくさせる。
「お前自身が言ったんだ。男に二言はないな?」
畳みかける。自分のように言葉が思ったように出てこないタイプでは、こうして攻めていかなければ余
裕が出来てくるライルにのらりくらりとかわされるからだ。案の定ライルの瞳があちこちに動き回る。
「・・・・・・マジかよ」
「当たり前だ」
即答にも困ったような顔をする。困らせるつもりはなかったが、ソランとしてもライルの譲歩に甘えて
晴れてお付き合いしただけなのだ。
「ライル、嫌なのか?」
「んなことないが・・・・。本当に良いのか?」
「ああ」
「・・・・・・そっか」
というわけで、めでたくソランはライルとのお付き合いを勝ち取ったのだった。


それから1年程経過したが、ソランのライルへの思いは自分でも驚くほどに変わっていない。最初は恐
る恐る接していたライルも、ソランに対してあの憧れた笑顔を見せてくれるようになった。そうなると
次に求めるものは男女の関係でもこういう関係でも同じ。ライルは自分がソランを抱く側だと思ってい
たらしいので(彼の体格や歳を考えれば不思議ではない)ソランに押し倒された時は気の毒なくらい顔
を真っ青にさせて慌てていた。
「え!?俺がコッチなの!?」
「少なくとも俺はそのつもりだが。告白した時から」
「え?そうなの?」
ソランはソランで自分がライルに抱かれる側だとは思っていなかったので、これまたライルに淡々と言
ったわけだが、少しライルの希望も聞いてみようと思った。
「なら、ライル。お前は俺を抱きたいか?」
「へ?」
目を丸くした後、返事を返さないところを見るとライル自身はそれが自分の役割だと思っていただけで
希望ではないという事に気がついたようだった。
「俺はお前を抱きたい」
あっさり言ってくるソランは無駄に男前だった。そうしてこの瞬間にベット内での役割は決まったよう
なものだ。


無論この関係は周囲にはひた隠す事になっていた。ソランは別に構わないのだが、ライルの方はそうも
いかない。下手をすれば執事の仕事も剥奪されかねない。なんせこの家の大旦那はそういうものに理解
はなかったのだから。なので夜の逢瀬はライルが次の日休みの時(これがなかなか取れないらしい)に
なる。しかもヴァスティ家の人々に悟られるのも嫌だというので、もっぱらソランがライルの部屋を忍
者よろしく足音を忍ばせ、周囲に目を配りながら通う事になった。
しかしヴァスティ家の主であるイアンは
「お前ら、最近仲良いなぁ」
と喜ぶだけだったが、流石女の勘というべきか、義母であるリンダは何か察したようだった。イアンも
ミレイナも家にいない時、ソランはリンダに呼ばれた。促されるままに席に着くと、リンダは真剣な顔
をしてソランにこう言ったのである。
「ソラン、貴方お付き合いしている人いるんでしょ」
事実なので頷く。
「相手に無理させてないの?無理強いしてない?」
これにも一応頷く。自分では無理させているつもりはないが、どこかで無理をさせているのかもしれな
いと少し不安に思う。
「義母さん、何が言いたい?」
反対に問うと、リンダは困ったように笑った。
「どんな思いであれ、貴方が幸せならいいの。今のその人との関係に後悔してないのね」
なんといっても数年越しの恋が実ったのだし、1年経った今でも彼に恋していると思う。誰か大切な人
がいる、というのはこんなにも嬉しい事なのかとソランは実感したのだ。後悔などしているわけがない。
「していない」
「そう、なら良かったわ。ちょっと変わった恋愛してるんだものね」
「・・・・・・気がついて・・?」
「あら、例え血が繋がっていなくても、私は貴方の母親なのよ。元々ソランが彼に恋しているのは知っ
 ていたもの。でもね・・・・どんな形であれ、私は・・・いいえ私達は貴方の幸せを願っているのよ」
優しく伝えられる言葉にソランは頭を垂れた。実の両親は連れて行かれるソランを取り返そうとして、
必死で追いかけて来て目の前で殺されてしまった。その心の傷は一生癒えないのだと思う。しかしここ
でヴァスティ家の家族として過ごしてきた日々は、再びソランに立ちあがる力をくれていたのだ。そし
て自分のちょっと変わった恋愛にも、こうして心配してくれている。
「俺は幸せだ」
そうライルとの関係だけでなく全てにおいてのソランの言葉に、リンダは笑った。


ソランは疑ってもいなかった。
こんな幸せが、変わって行く事に。




★というわけで、年月がぶっ飛びました。ここで1番書きたかったのは、海老のよーにベットの上で飛  びあがるライルでした。自分で想像して笑ってるんだから、救いようが無いですね(笑) 戻る