どこまでも






 
ダーナの示す先7


ソランが病室へ入って来ると、ベットの上のライルが嬉しそうに笑う。
「ソラン」
ソランも向けられた笑顔に微笑みかけながら、ベットの横にある椅子に腰をかける。
「どうだ、調子は」
「うん。大分良いよ」
確かに顔色は一時期に比べて大分良くなった。その事に安堵しながら、ソランはライルに今日の出来事
を語り始めた。


あの日、いつもの通り庭で仕事をしていたソランの前に驚くべき人物がやって来た。その人物とはディ
ランディ家の次期当主である、ニール・ディランディだった。庭師であるソランにとって次期当主の姿
は遠くから見かける程度で、こんな風に真正面に立たれた事はない。ふと、ライルを思い出させる風貌
だと思った。のちにその時の感想は間違いではなかったと知る事になる。
「ソラン・ヴァスティだな」
「・・・・・・はい」
素直に答えるとニールの顔がくしゃりと歪んだ。どこか悲しそうなその表情に、ソランは居心地の悪さ
を感じる。顔見知りでもなんでもない人間に、こんな風に顔を歪められる筋合いはないはずだった。ソ
ランは如何して良いか分からず、ただぼけーーっとニールの前に立ちつくした。
「そうか・・・お前が・・・・。お前が・・・・・・・」
なにやらニールはぶつぶつと言っているが、小声であった為にほとんどソランには聞こえない。ますま
す居心地が悪くなる。
「あの・・・・・」
意を決して声をかけると、ギロリと睨まれる。ソランは慎重に言葉を選ぶ。ここで彼に対して失礼な態
度や言動をとれば、自分だけでなく類は大恩あるヴァスティ一家にも及ぶ事になる。そんな事はできな
かった。だが雲の上の人物との会話などした事も無い。結局なにも言えずに黙り込むハメになる。
(こんな時、ライルがいてくれたら)
彼の執事であり交流上手なライルがいてくれたなら、もっと状況はマシだったのに。8つも年上の少し
つれない恋人の顔を思い浮かべる。そういえば今日は日課となっているはずの庭に現れる時間にも、そ
の姿は見られなかった。執事は基本的に家の作業を中心としているので、そうそう主人と共に外出など
しない。だがソランも成人を迎え、仕事をしている身である。仕事で思いもかけない事が起こる事ぐら
い知っている。ふとニールからメモが差し出された。
「?・・・・これは?」
「いいから受け取れ。そしてこのメモに書いてある場所にすぐに行け。ニール・ディランディの使いで
 きたソラン・ヴァスティだと名乗れば、すぐに案内してもらえる」
・・・・意味がさっぱりわからない。メモを咄嗟に受け取れず、メモと彼の顔を交互に見やる。彼の表
情が明らかに苛立っていた。
「イアンにはもう話をしてある。早く行け」
メモをソランに強引に押し付けて次期当主は背を向けて歩き出した。少し歩いた処でその歩みを止めて
ソランを振り返る。
「俺が指示を出した事は、誰にも言うな」
それだけ言うと今度は振り返らずに、そのまま歩み去った。
「なんだったんだ、今のは・・・・・」
困惑したまま、押しつけられたメモを開く。

そこには病院の名前と所在地が書かれていた。


イアンの許しを得て病院を訪ね、次期当主に言われた通りに受付で名乗るとすぐに話は通じた。ソラン
が辿り着いた場所、それは集中治療室だった。そしてそこで治療を受けていたのは・・・・
「ライル!」
ソランの恋人のライル・アークラインだった。案内してくれた看護婦に話を聞くと、銃に撃たれたとい
うではないか。何故?どうして?ライルはあくまで執事であって、SPではない。屋敷で次期当主を庇
ってというのならまだ話は分かるが、撃たれたのは国際空港だという。そんな話はライルから聞いてい
ないし、ライルの態度からも窺えなかった。ライルは意外と心を許した者に対しては、考えとかが分か
りやすいし、ソランもライルの心情を読み間違えた事はない。それなのに今回に限ってはライルは自分
に心情を読ませなかった。
(それだけ、秘密事項だったということか)
教えてもらえなかった事に対しての怒りなどはない。ライルは自身にかけられた仕事を遂行したに過ぎ
ない。まだまだ底が深いのだと思い知った。治療を受けているライルを見て、ソランはふと気がついた。
いつもは長かった髪が短くなっている。それだけである人物を彷彿とさせた。
(次期当主に似てるな・・・・)
先程、その次期当主が来た時に感じたライルと似ているという思い。ライルがなにやら人には言えない
事情を抱えているのぐらいは分かっている。養父の態度からもそれは伺える。
(ライル・・・・・俺を置いていくな。せっかく想いが届いたんだから)


ライルは一命を取り留めたものの、暫く入院が必要となった。ソランは毎日彼の病室を訪れた。庭師の
仕事は遅くても夕方には終わるし、雨の時は1日オフだ。その度にライルの病室に通う。だがライルが
助かった事はキツク口止めをされていた。何故ここまで隠匿するのか?それはライルの口から明らかに
なった。

元々はディランディ家の次男として産まれた事。
長男が家を継いでいくので、ライルは執事として仕える事になった事。
今回は狙われた次期当主の代わりに撃たれるオトリをしていた事。

自分にとってかけがえのない存在をこんなにも蔑ろにされた事に、ソランは憤った。が、ライルは仕方
の無い事だと笑い、そしてニール・ディランディが無事だった事を純粋に喜んでいたのだった。恋人で
ある自分よりもそちらを選んだのかと寂しい気はしたが、ライルが失われずにいた事を喜ぼうとソラン
は思った。


「俺、ディランディ家をクビになったんだ」
ある日ライルはけろりとして言って来た。
「クビ?」
「そう。俺は世間では死んだことになっちまったからな。だからディランディ家にはいられない。どこ
 か別の場所に住むよ。名前も『ライル・アークライン』すら使えなくなったけどな」
「そうか」
なんでもないように頷いたつもりではあったが、どうも顔に出ていたらしい。ライルがぷ、と笑った。
「そんな顔するなよ。しょっちゅうじゃないけど、遊びにいくからさ」
「その必要はない」
「へ?」
「俺もディランディ家を出る」
ソランとしたら至極まともな事を言っているつもりだったが、ライルは驚いたようだ。ぽかん、と口を
開けたまま固まった。
「どこら辺に行くかだな・・・・」
「ちょ、ちょっと待てよ、ソラン」
「なんだ」
「なにもお前まで俺に付き合う事ないだろ!?おやっさんが自分の後継者ができたって、あんだけ喜ん
 でたのに」
確かにそうだ。だがソランとしてもここは譲れない。
「問題ない。養父さんも分かってくれる」
「でも・・・・・」
「ライル、俺と共にいるのは苦痛か?」
「は?・・・・そ、そんな事ない。寧ろ一緒にいられれば・・・その・・・・嬉しい・・・」
「なら良いだろう。俺が、俺自身の意志でお前と共にいたいんだ。それはダメなのか?」
聡いがなかなかに素直になれないライルは、こういう直球で攻めていった方が良い。いつも人の感情の
裏側を読み取ろうとする癖があるからだ。それは執事という職業柄でもあるのだろうが、ライルの処世
術でもある。実際にそうそう痛い目にはあっていない。
「本気なのか・・・?」
ほら、やっぱりこう言って真意を確かめようとしている。
「ああ」
嘘偽りのない言葉で返す。ライルは暫くソランの前で赤くなったり青くなったり百面相をしていたが、
やがてぽそ、と呟いた。
「ありがと、ソラン」
「礼を言われる筋はない。これは俺のエゴだ」
きっぱりと言い切る。ライルはうん、と幼い仕草で頷いた。


「良い天気になったな」
「ああ、旅立ちにはもってこいだ」
退院してきた翌日の早朝、ソランはライルと共にディランディ家の屋敷を後にする。あくまでライルの
傍にいたい、というソランの思いはあっけないほどにヴァスティ一家には受け入れられた。養母のリン
ダに至っては、そうなる事を予測していて夫であるイアンに本人よりも先に告げていたらしい。イアン
は少し残念がったが、ソランとライルが幸せになれるならと容認してくれた。1番ごねたのはミレイナ
だったが、やはりリンダに説得されたようだ。泣きべそかきながら、それでも理解してくれたのは有難
かった。ソランにしても、たとえ血が繋がっていなくても大切な妹を悲しませる事は本望ではないから
だ。無論、ライルもだ。
2人はカートを引っ張って門に向かう。これから先、何があるかも分からない。だがソランはライルの
傍に居続けたいと願う。


さあ、新しい生活を始めよう。
2人で。



★というわけでライルは助かったものの、ディランディ家から出る事になりました。本当の意味で「自  由」になったというわけです。 戻る