節分



「と、いうわけで節分をします。鬼役なんだけど・・・」
スメラギ・李・ノリエガのうきうきとした言葉が、トレミー中を響き渡った。
「また、日本文化とやらか。うちはいつから独立国日本になったんだよ・・・」
お正月の時に、その(多少間違った)日本文化『姫始め』で酷い目にあったライルが虚ろな目をしてぼ
やく。しかしそんなぼやきは母なるナイルに流して、スメラギは無視した。
「でも本当はこの発祥は中国だけど」
フェルトが少し言いにくそうにフォローする。誰へのフォローかは本人も分からない。
「で、こういう役ってアレルヤが得意だったんだけど、今回自分探しから帰って無いのよね」
多分、得意ではなく押し付けられたであろう事はライルでも予測が付く。それもあってトレミーから出
て行ったのではあるまいな、と思うライルだった。
「そういえば、アレルヤの奴は今ドコに行ったんだ?」
「はいです!この前アマゾン川流域で、未だに発見されていなかった原住民の皆さんに、槍を突き付け
 られて大歓迎を受けたと連絡があったですぅ」
ラッセの疑問に、ミレイナが笑顔で答えた。
「え、それって警戒されて囲まれたんじゃ・・・・」
フェルトの呟きは、小さくこぼれて消えた。
「なので今回は1番の新人さんにしてもらおうかと思います!」
全てを無視して高らかに宣言するスメラギ。アンタ勇者じゃよ。視線が一気にライルへと集中する。そ
の視線の中で、ライルは「俺?」と言いたげに自分を指差した。そこへ
「ちょっと待ったぁ!」
明瞭な声で待ったをかけた人物、それは
「わぁ、アーデさんですぅ!」
ヴェーダの中に入ったものの暇らしいティエリア・アーデが立体映像としてやって来た。はしゃぐミレ
イナに対し、フレンドリーにも手を振って答えたりしている。ミレイナは偉大だ。
「あらどうしたの、ティエリア。私の判断に間違いでも?」
分かっているのかいないのか、スメラギはにんまりと笑ってティエリアを見る。しかしティエリアも負
けてはいなかった。
「ライル・ディランディを鬼役にするには2つほど難点がある」
「のどあめ?」
「そうそう僕も前に舐めたが、わりと美味しかった・・・・って違う!」
「ノリが良くなったわね、ティエリア」
どういうわけかは分からないが、スメラギとティエリアの間に一瞬だけ火花が散った。しかしその火花
は点火には至らなかったようだ。
「聞きましょう、ティエリア。なにが問題なの?」
「その1鬼の格好だ。そんな恰好をしたらニールが情緒不安定になる」
「まさかぁ・・・・て、なに考え込んでんだよ、兄さん」
ライルの横に立っているニールが、ティエリアの発言直後に難しい顔をして考え込んでいる。なにやら
嫌な予感がして、ライルはニールと距離を取ろうとした。
「駄目だぁ!そんな・・・そんな恰好、兄ちゃんは認めません!」
いきなり取り乱した。しかもライルに飛びかかってぎゅうぎゅうに抱きしめる。
「鬼の格好って・・・?」
どこか圧迫に耐え切れず、虚ろにライルは訊ねる。どーせロクでもないことだろうな、と思いながら。
「ライル知らないのか!?鬼の格好といえば、腰ミノ一丁だ!」
「ええ!?アジア圏の風習なのに、格好が南国風!?」
大体合っているが、鬼が纏うのは虎ぱんつですよ兄。ま、どっちにしても同じか。
「それにライルの白くてすべすべした肌をさらけだすなんて!しかも豆当てられた処が赤くなって、大
 変色っぽい事になったら・・・・・兄ちゃんはそんな破廉恥、許しませんよ!」
「なに言ってんのーーーっ!?ミレイナの教育に悪いだろうがっ!」
最早手遅れだ。ミレイナは瞳を輝かせてディランディ兄弟を見つめていた。その頭の中にどのような光
景が展開されているのか、分からないが。
「で、もう1つは?」
彼らを速効見捨てて、スメラギはティエリアに向き直った。ティエリアが重々しく頷く。
「もう1つは、刹那が豆のコスプレをしてライルに飛びつきかねないという事だ」
自信満々に言うティエリアに若干2名以外の目が刹那に注がれる。刹那はふ、と笑った。
「流石ティエリアだな。良く分かった」
肯定すんのか。
「君との付き合いも長いからな。特にライル関係は分かりやすい」
ティエリアも微笑みながら喋る。表情だけ見れば美しい友情を育むようだが、実際中身はトンでもない。
流石に沈黙したトレミークルーの視線に晒されながら、刹那はいきなり豆の着ぐるみを出してきていそ
いそと装着する。そして豆の着ぐるみから顔と手足をにょっきりだした刹那は、異様に浮いていた。沈
黙が支配するトレミーブリーフィングルーム。しかし刹那は動じない。人間進化すると此処までになれ
るのか。いきなり刹那はライルに体当たりをかました。
「痛ぇ!」
着ぐるみは柔らかいのでそんなにも衝撃はないのだが、それでもふっ飛ばされれば痛い。しかも兄の腕
が縋るようにひっついていたから摩擦熱で更に痛い。尻もちをついたライルに、刹那はコスプレのまま
乗り上げた。
「た、助けてぇ!豆に襲われるっっ!!」
「そう固く考えるな。豆に全てを委ねれば良い」
「刹那に委ねるのは良いけど、豆になんか委ねるなんていやーーーっ!」
「ちょっとライルッ!後半はともかくとして、前半はどういう意味ですかっ!兄ちゃんは許しませんよ!」
「痛たたたたっ!兄さん、引っ張るなよ!ちょ、誰か助けてぇ!!!」
ライルの悲鳴はいつもの事なので、トレミークルーは全員見捨てた。それはティエリアも同じであるら
しい。
「あのズッコケ3人組はほっといて、節分をしようか。皆」
「俺はズッコケてなんかねーっ!」
ライルの悲鳴は(以下略)
「でもアーデさん、肝心の鬼役がないですぅ」
「安心しろミレイナ。鬼は僕がちゃんと用意した。さあ!今回のびっくりどっきり鬼はこちらっ!」
ヴェーダに戻った事でなにかあったのか、ティエリアはやたらとハイテンションだった。ティエリアの
横にある人物が現れる。
「やれやれ、この僕がくだらない人間のゲン担ぎに駆り出されるとはね・・・・」
嘆くようなポーズをとったのは、ラスボスのリボンズだった。
(でも・・・・・随分と気合が入っているわね)
スメラギは聡明なので心の中でだけ呟いた。頭には角。腰には虎ぱんつ。足には虎レッグウォーマー。
手には釘バット(金棒の解釈を間違えたらしい)何処をどう見ても、異様に気合が入っております。ふ
と笑うとトレミークルーに視線を流す。
「君達程度、僕の敵じゃないね。悔しかったら、豆を僕に命中させてみせるんだね!」
そう宣言した途端、リボンズはアラレちゃん走りをしながら人知を超えたスピードで走り去る。少し呆
然としていたが、我に返ったトレミークルーはうぉぉぉぉぉ!と雄たけびを上げてその後を追いかけて
行った。残されたのは豆に襲われる三十路オーバーと、青い顔をして豆を引き剥がそうとする同じ三十
路オーバーと、襲う豆とティエリアだけだった。ティエリアの顔がクククッと歪んだ笑みを浮かべる。
「はーーーーーはっはぁぁ!ヴェーダの中で散々無理難題を押し付けおって!少しは反省するが良い!」
・・・・・・・ティエリアなりにストレスがかーなーり溜まっていたらしい。そのままいつの間にか手
にした豆を握り締め、リボンズの逃げた後を同じくアラレちゃん走りして追いかけていく。素晴らしい
スピードだった。
「待ってぇ〜教官殿!せめて不届き者の豆を倒してから行ってくれぇ!」
ライルの悲鳴もむなしく響き渡るだけだった。


鬼役のリボンズは豆に当たらない挙句に、手にした釘バットで豆を打ち返してくる強敵だった。
「僕は昔ピッチャーだったんだよ?豆の軌道が見きれないはずはない!」
「それは中の人の出世作だーーーっ!」(byティエリア)
そんなこんなでトレミーは今日も阿鼻叫喚な平和を満喫していた。


★ハートフル巨編でした。若干1名、豆に襲われたようですが気にしない。実はライルはちょっと刹那  にデレ気味だったりする。焦る兄さん。豆に押され気味です。 戻る