あんたにはわからない
15.コンプレックス
ライルは、さ迷っていた。先程のイノベイターとの戦闘でケルディムは大破し、自身も重傷を負った。
ハロをケルディムと共に、あるお願いをしてからトレミーに返した。全身に力が入らない。やっと潜り
込んだ艦船「ソレスタル・ビーイング」の中でライルは、致命傷を負った状態でさ迷う。もうすぐ自分
は死ぬ。だが死体は見せられない。きっと兄とオーバーラップされて、その死を間近で見てしまった刹
那のトラウマを抉るのは気の毒だからだ。死んでからも兄の影は付きまとう。だが今のライルにはどう
でも良い事だ。勿論、通信は切ってある。
(ごめんな、兄さんのように出来なくて。刹那の顔に泥を塗っちまって)
兄の代わり。それがこの歳になってから要求されるなんて、思ってもみなかった。霞む視界の中で、ラ
イルは苦笑する。
と、壁に手をついた途端、急に穴が開きライルの身体はそこに落ちてしまった。どのくらい落ちたのか
は知らないが、ライルはひどい衝撃を身体に受けて息が詰まった。
(此処はどこだ・・・?)
いまひとつはっきりしない頭と目を使って、緩慢な動きで見回す。思わず吹き出した。
(ゴミ処理場かよ!)
つまりさっきはダストシュートに手をかけてしまったという事だ。割れたメットを補強テープでいい加
減にべたべた貼ってしまった為、見えなかったらしい。声を出して笑うと、血がメットにべったりとつ
いた。もうダメだな、とひとごとのようにライルは思った。
(出来損ないの俺に相応しい最期の場所だな!)
だが都合は良い。もうすぐ生命反応も無くなるはずだ。そしてこのゴミと共に自分の遺体は処理され、
どこにもなくなる。ひょっとしたらトレミーの者達は探してくれるかも知れないが、遺体も出てこない
のではすぐに諦めるのだろう。ライルは『あの世』とやらには行きたくなかった。かといって『この世』
にもいたくない。彼の望みは魂も全て『無』になる事だった。木っ端微塵になって、消えてしまえば良
いと。視界が暗くなる、本当にもうダメなのだなとライルは抗う事もせず、ゆっくりと目蓋を下ろした。
刹那はトレミーに増設した新しいメディカルルームへ入り、嫌そうに顔をゆがめた。
「また来ていたのか、アニュー・リターナー」
メディカルルームの真ん中には透明なカプセルが配置してあった。そのカプセルに持たれかかるように
ライル・ディランディが愛したアニュー・リターナーがいた。肉体の死を迎えたアニューではあったが
その存在はヴェーダの中にある。本来はヴェーダの末端として記憶を消され、新しい肉体を与えられる
のではあるが、ティエリアに守られてライルが愛したままの彼女が存在している。ヴェーダの中でティ
エリアを補佐しているらしい。だから今、目の前にいるのはホログラムのアニューだ。だがその意思は
彼女本来のもの。アニューが厳しい目つきで、立ち上がる。カプセルを挟んでアニューと刹那が対峙し
た。
「刹那、お願いよ。彼を解放して」
アニューの何度目かの懇願に、刹那は首を横に振った。
「あんたは彼が死んでも良いというのか?」
今度はアニューが首を横に振った。
「いいえ、彼には生きていて欲しかった」
「なら問題ない」
アニューは刹那を睨みつけた。
「こんな・・・・こんな惨めな生に縛られていて、良い訳がないわ!貴方には彼の悲しみも、痛みも、
何も分かっていない!」
「そうかもな」
淡々と肯定してくる刹那に、アニューの瞳が怒りに燃え上がる。
「ただの代わりとしてしか見ていなかったくせに!そんなにあの人と同じ容姿が欲しいの!?」
今度は、刹那は答えない。
「刹那!」
「あんたには・・・・分からない」
搾り出すような声で、刹那が呟く。その声に、言葉に、アニューがはっとした顔を見せた。そのまま居
心地が悪そうに、目線を下に向ける。
「と、とにかく、私は諦めないわ。また来ます、貴方が嫌がっても」
刹那の返事など期待していないのだろう、アニューはふっ・・・・とその場から消えた。
アニューが去った後、刹那は拳を握り締めた。
「あんたには・・・・分からない」
どんなに彼本人を欲しても
どんなに態度で表しても
どんなに言葉で告げても
自分には何も掴めなかった。
「ライル・・・・・」
カプセルの中、ライル・ディランディは眠っていた。リボンズ・アルマークとの戦闘後、刹那はスメラ
ギからの通信でライルが行方不明だと教えられた。通信を切っており、ハロにも索敵しないように頼ん
でいた為に、どこにいるのか見当もつかないと。刹那は大破したエクシアから飛び降りて、端末を開く。
パスワードを入力すると、弱々しい反応があった。刹那はライルがどこかへ行ってしまうのを、恐れて
いた。きっと何かあった時は自分を探せないようにしてくるはずだと知っていた刹那は、CBの医療班
に頼み込んで本人も知らない間に、発信装置を埋め込んでいたのだ。
やっと見つけた時には、ライルの心臓は止まっていた。一面ゴミに溢れたこの空間で、1人で逝こうと
していたのか、と怒りが湧いた。そこまで追い詰められていたのか。死なせない、なんとしても。
その結果がアニューが言う「惨めな生」だ。止まった心臓を強引に動かし、蘇生処置を施した。今やラ
イルは人工的に生かされているに過ぎない。仮に目が覚めても全身麻痺に陥ってしまっていて、身動き
1つ出来ない状況であるらしい。医療班もトレミークルーも刹那を止めた。こんな強引に一旦死んでし
まったライルを縛るような事は許されないと。だが刹那は譲らなかった。失いたくないのだ、彼を。刹
那はライルが欲しかった。だがライルが兄を知る人間を受け入れる事は無かった。態度も言葉も全て拒
否された。
「それは勘違いだよ、刹那。アンタは兄さんへの恋慕を俺に当て嵌めたいだけなんだ。ゴメンな、兄さ
んじゃなくてさ」
手を伸ばせば伸ばすほど、ライルの心は遠ざかっていった。最初の頃は露骨に重ねてみていたクルー達
も、あのティエリアさえも渋々とはいえライルを信用したのに。
それなのにアニュー・リターナーは兄を知らない、というだけで刹那が恋焦がれていたライルを横から
奪ってしまった。しかもライルの方から歩み寄りをみせたと知った時、刹那がどれだけ絶望に染まった
かなど、知りもしないのだろう。
メメントメリ攻略の後やっとトレミーに合流できた刹那は、ライルの雰囲気が柔らかく変っていたのに
驚いた。それまでは強固な見えない壁が敷き詰められていたというのに。クルーの誰もが気がつかない
中ライルの視線の先に気がついたのは、刹那がいつもライルを見ていたからだ。その柔らかい視線の先
にいたのが、アニューだった。ライルから歩み寄り、手を差し出した。そしてアニューは望まれてその
手を取ったのだ。そして彼女はライルの兄と同じように『死』というもので、ライルの心を持っていっ
しまったのだ。なにもかも、彼女に刹那は勝てなかった。
死を望み、刹那から消えようとしたライル。
その意思を無視してこんな処置を施すのは、きっと傲慢なのだろう。
それでも
そうだとしても
「諦められないんだ、ライル」
刹那の声は、ライルを生かす機器の音の中に、消えていった。
★ライルからの兄さんへのコンプレックスは良くみかけるので、刹那のアニューへのコンプレックスを
書いてみました。いけませんよ、ふつーこの場合はアニューを取るのは当たり前だべ?なんて言って
は。ライルに関してでは1人勝ちすぎだからな、アニュー。下手すると兄さんより上かもしれん。お
お、真の勝ち組ですな。
戻る