手触りが良い






 
17.天然パーマ

トレミー2の食堂は、気まずい雰囲気に包まれていた。フェルトとミレイナがどうしたらいいのか分か
らないという顔をして、ある光景を見つめていた。
「・・・・・・・面白いかい、教官殿」
「ああ、意外と」
その目線の先にいたのは何故か一心不乱に栗色のくせ毛を撫で回す、ティエリアの姿があった。撫で回
されているライルの方は、椅子に座ったままコーヒーのカップを握り締めて顔面蒼白になっていた。フ
ェルトもミレイナも恐ろしいまでに顔色が悪くなるライルを心配してティエリアに声を掛けようとして
いるのだが、どのような言葉で止めたらいいのか皆目見当もつかなかったらしい。目線がうろうろとテ
ィエリアとライルとの間をいきかう。こんな時にいて欲しい空気がなんだか読めないアレルヤ、ティエ
リアにあっさりと物申せる刹那の両マイスターはここにないなかった。もちろん、司令官たるスメラギ
はブリッジにいて此処にはいない。


暫くしてから、シュンと音がしてマイスターの一人であるアレルヤが顔を出した。流石のアレルヤもミ
レイナとフェルトの救いを求めるかのような眼差しに気がつく。そして何気なしに彼女達が見つめてい
る方向へ目をやり・・・・・
「あれー?何してるの、ティエリア?」
呑気な声を出したのだった。がっくりとアレルヤとティエリア以外は肩を落とす。
「ロックオンの髪の毛をいじっている」
ティエリアの声は淡々としていた。撫でるだけでなく、興味津々といった風に指に髪を巻きつけたり、
引っ張ったり。ライルの顔色が益々白くなり、あと少しで昇天するのではないかとミレイナとフェルト
は思う。フェルトにしてみれば色々と複雑な男ではあるが、流石に気の毒になってしまう。しかし助け
になるかと思ったアレルヤは、まったく助けにはならなかった。
「面白い?」
「ああ、意外とな」
先程ライルとティエリアの会話と同じ流れ。しかしここからがちょっと違った。
「どの辺りが?」
「そうだな、僕はストレートだからこういう天然パーマの髪に触った事がなかった。ちょっとした興味
 だ」
「へえ〜、それで感想は?」
「ふわふわしていて、結構手触りが良い」
「しかしそのくらいで、止めておけ」
突然刹那の声がした。その場にいたある一人以外驚く。というのも刹那の声がする直前に、ドアが開い
た形跡がないからだ。
「ふっ、流石だな、刹那・F・セイエイ。気配もさせずに此処に入って来るとは・・・」
そんな事を言いながら、ライルの髪をいじくるティエリアだった。
「?さっきからいたが?」
「え、そうだっけ・・・・?」
フェルトが困惑を隠さずに呟く。
「アレルヤと一緒に入ってきたんだが・・・?」
「うん、丁度そこの廊下で会ってさ。なに、皆気がついてなかったの?」
「・・・・・・・・・・・」
つまりアレルヤの後ろにいたのだが、悲しいかな上背もタッパも刹那よりアレルヤの方が立派だ。刹那
は虚しくアレルヤに隠された格好になるのだった。ただ本人が気にしているかどうかは分からない。
「ティエリア、さっきも言ったがそろそろやめておけ」
「ふっ、やきもちか?」
「違う。手触りがいい、ということは髪の毛が細いという事だ」
「そうか?」
「ああ。犬等では手触りを良くする為に、わざと細い毛になるように品種改良している。ただそれによ
 って、本来の機能であるはずの保温効果がなくなってしまい、服を着ないと風邪等をひく」
「・・・・・俺は犬じゃねぇ」
「へぇ!刹那って物知りだねぇ」
ライルの這う様な声の抗議は、能天気なアレルヤの声にあっさりともっていかれた。
「細い毛は抜けやすい。あんまりいじっていると、ライルが禿げる恐れがあるからな。だからそろそろ
 止めておけ」
「!そうか、それは一大事だ。僕はニールの為にも、彼を禿げにはできない」
「多分そんな事言われても、兄さんだって困ると思うぞ」
そう言ったものの、ひょっとしたら大騒ぎするかもしれないと思った。なんてったってブラコンである。
「しかし同じ癖毛でも、やはり刹那と手触りが違うものなのか?」
あんな事言ってた割に、ティエリアの手はまだライルの髪をいじくっていた。刹那がのこのこと近寄っ
て、ティエリアに頭を差し出す。
「なら触ってみろ。俺の方が剛毛だぞ」
「ふむ、失礼させてもらう」
ライルはやっと自分からティエリアの手が退くと思ってほっとしたのだが、ティエリアはいじくってい
る手とは反対の手を伸ばして刹那の頭を撫でた。女装しても違和感がない美貌の少年が真剣な顔をして
顔面蒼白な青年と平然と頭を出している歳若い青年の頭を両手でわしわししているその光景は、どうコ
メントしていいか分からない空恐ろしいものだった。そんな光景をニコニコと満面の笑みで見つめるア
レルヤは、やはりガンダムマイスターなのだとミレイナとフェルトは思った。
「なるほど、やはりライルの方が手触りが良いな」
「納得したか」
「ああ」
「良かったね、ティエリア!」
一体なにが良かったんだとミレイナとフェルトは思ったが、だんまりを決め込む。そしてやっとティエ
リアから解放されたライルが席を立った所で、刹那に腕を掴まれる。
「・・・・・なんでしょ、刹那サン」
嫌な予感がした。
「気にするな、延々とティエリアに髪を触らせていたお仕置きをするだけだ」
「!なんで俺がお仕置きの対象なんだよ、刹那ぁ!」
「問答無用」
「ぎゃあああああ!」
そして食堂のドアへずるずると引きずられて行く、気の毒なライル。ピシャ、と閉まったドアの向こう
からライルの悲鳴が聞こえてきた。
「やれやれ、五月蝿い奴だ」
呆れたように呟くティエリアに女性二人は心の中であんまりだ、と呟いた。


★犬の毛の話は本当です。人間って、ホント身勝手な生き物だなー(笑)ティエリアは癖毛に興味があ  ったものの、フェルトの頭をわしわしするわけにもいかないし、自分は直毛で満足していてパーマか  けるなんて思いもしない。相棒はくるくるしてるけど。で、丁度良いと思ってライルをわしわし。 戻る