離さねーよ






 
22.通信


戦闘が終了した後、ニールはケルディムを降りて他のマイスターなど目もくれず、さっさとその場所か
ら去って行ってしまう。急ぐ気持ちもあるが、他のクルー達の怯えたような何か言いたけな視線がうっ
とうしいからだ。自分に絡み付いてくる視線は、ニールをいらいらさせた。

シュン
自室に戻ると、ニールは満面の笑みを浮かべた。
「ただいま、帰ったよライル」
黒いシャツとGパンという格好の人物は、後ろ手に縛られ足首も縛られている。そしてその身動きがで
きない彼を守るように、ベットに設置した拘束具で固定されている。口には猿轡。ニールに声を掛けら
れたライル・・・・ニールの弟は兄を睨みつけた。身体全体で拒絶を表しているライルを気にする事も
なく、ニールはベットに近づき拘束具を外してからライルを抱きしめた。ライルが逃げようと身体を揺
する。そんな弟の動きに目を細めて、ニールは覆いかぶさった。
「良い子にしてたか?」
そう言いながらライルの顔にキスをする。頬に額に。ライルが嫌がって盛んに首を振る。
「んっ!んん・・・・・・んん!」
猿轡から呻き声が漏れる。ニールの手が、ライルの右目を隠す前髪に伸びたからだ。嫌がるライルの顔
を固定して、前髪をかきあげる。

そこにあるのは閉じたままの右目。

目蓋はある。だがその中身は無いのだ。何故ならその右の眼球は、ニールの右目に収まっているからだ。
嫌悪と憎悪と恐怖の光を宿したライルの左目が、ニールを見つめている。


ゾクゾクした。


あの再会の後、カタロンはアロウズの襲撃を受けて、中東支部は壊滅してしまった。助っ人として駆け
つけたものの、かなりの惨劇が起こっていた。
「ライル!ライルはどこだ!」
ケルディムから飛び降りて、ニールは仲間の制止をも振り切って、カタロンの基地に飛び込んだ。走り
まわってもライルの姿は見えなかった。必死で探した。
見つけたのは医務室だった。ライルはオートマトンから仲間を逃がす為奮闘し、瀕死の重傷を負ってし
まっていたのだ。CBのような高レベルの医療技術はカタロンにはない。此処にいればライルは死んで
しまう。そう悟ってニールはカタロンの制止を振り切って、ライルをトレミーへ連れ込んだ。スメラギ
は驚いていたものの、ニールの弟でもありこのままあのカタロンにいれば死んでしまう可能性が高い事
を憂慮して、カプセルの使用を認めた。
1ヶ月ほどの時間を経て、ライルは目を覚ました。が、右目は再生できなかった。無くしてから既に4
年の月日が過ぎてしまっている為だった。その事に落胆したものの、命が助かって良かった失わなくて
良かったと、ニールはほっとしたのだ。しかし・・・
「あんたになんかに、助けて欲しくなかった!」
意識を取り戻したライルは、激昂してニールを責めた。自分をあくまで拒否するライルに、ニールの心
もささくれだつ。意地になってライルを自分の部屋に連れ込んだ。ライルはカタロンに返せと主張した
が、ニールにその気は無かった。元々、大事に想っていた弟だ。右目の事、今回の事でニールのライル
への感情は狂気を含んで、溺愛するようになる。たとえライルが嫌がっても、拒絶しても構わない。ラ
イルが自分の腕の中にいる、という事が重要なのだ。


だがライルは拒絶反応からか、食事をしなくなった。まるで湯水のように体力を消耗させ、やせ細って
いく。脅しても怒っても本人に食べる意思はあるのだが、身体が受け付けない。栄養ドリンクですら吐
き出す始末。虚ろな目でカタロンに帰りたがるライルに心が痛んだが、それでもニールにはライルを手
放す気はまるでなかった。だがこの惨状を知ったトレミークルーが動いた。ニールが戦闘等で自室にい
ない時、スメラギの指示を受けてイアンがライルに接触していたのだ。イアンは平穏時にこそ忙しいが
戦闘中となれば1番時間がある。そしてふらりといなくなっても定位置を持たない為、怪しまれる事も
ない。実はこの動きはニール以外のクルー全てが関わっていた。発見したのは刹那だった。彼はニール
が自室に閉じこもりがちになっていた事を、不思議に思ったらしい。本人としては気を利かせてニール
の部屋にやってきたのだが、部屋にはニールがおらずライルが拘束されていたのだ。驚くと同時に秘密
裏にライルにカタロンへの帰還を求められ、スメラギに相談した。フェルトがその腕を駆使してニール
の部屋の様子を映し出すことに成功。その惨状にクルーは仰天したのだ。そしてニールに任務と称して
トレミーの自室から引き離し、ライルへ点滴などを行った。ニールがいないとライルは冷静になれるら
しく、カタロンへの連絡も自分でこなした。カタロンにライルを帰す算段を重ね、クルー全員が団結し
て行った。


そしてカタロンと接触させるべく、地球に降下。ニールを単独で行動させていたのだが、降下途中にイ
ノベイターに襲われて、音信不通になってしまったのもライルにとってはラッキーだっただろう。急が
なくてもニールとはいずれ接触が出来るだろうから。スメラギはライルのカタロンへの帰還を優先した
のだった。刹那に抱えられて降りてきたライルは、同じカタロンの構成員を見て顔を綻ばせた。まだ体
力的には衰弱していたが、命にかかわるようなこともない。
「有難う、我々の仲間を保護していただいて感謝する」
カタロンの構成員はそう言って、トレミークルーに頭を下げた。
「いいえ、私達はカタロンに帰りたいという彼の意志を尊重しただけです」
スメラギは微笑んで、ライルを見る。
「有難う、おかげでカタロンに戻れるよ。この借りはいつか必ず返すから」
ライルが嬉しそうに言う。傍で刹那が微妙な顔をしているのが、スメラギの笑いを誘った。
「じゃあ、行こうか。ジーン1」
「ああ。クラウス達にまた会えるなんて、夢のようだよ」
「クラウスが直接迎えに行くって言ってたんだけど、この状況では動けなくてな」
「分かってるさ。俺から会いに行く」
ほのぼのとしたその空間は、突然切れた。
刹那からライルを受け取ろうとした構成員が、額に穴をあけて倒れこんだのだ
「!?」
その場にいた全員が振り返るとそこには・・・・・
「・・・・・ッロックオン・・・・どうして・・?」
ライルの兄がそこに立っていた。暗い瞳でスメラギを睨む。
「あんた達が俺に隠れて、こそこそとなにかしているようだったからな。様子見をしていたんだ」
「どうして此処の位置を?」
「音信不通は嘘だ」
「なんですって?」
「言ったろ?様子見をしていたって。だけどダメだよ、ライルをカタロンに返そうなんて。カタロンに
 いたら、ライルは死んじまう。そんなのは許せない。ライルは俺のものだ、俺が守るんだ」
迂闊だった、としか言いようがない。ニールはライルに向かって殊更、優しく笑ってみせた。
「俺の元へ帰ってこい、ライル」
銃を持った反対の手で、ニールはライルに手を差し伸べる。と、アレルヤとティエリアがその間に割っ
て入った。
「なんだ、お前ら。邪魔するな」
「ロックオン、ライルさんはこのままだと衰弱して死んでしまうよ」
「そんなことはさせない」
「だが・・・実際、彼は此処まで衰弱している」
ティエリアが複雑そうにニールに言う。その2人を見ていた刹那が、ライルに呟く。
「走れるか、ライル」
「あ・・・・ああ、まあ」
「ならあの迎えの車に走り込め。そしてこの場を去るんだ」
「で、でもお前達は」
「俺達の事は考えなくても良い。分かったか」
「・・・・・分かった。本当に感謝するよ、刹那」
名前を呼ばれて、刹那がさみしそうに目を細める。が
「走れ!」
そう言われて、ライルは必死で走りだした。迎えの車までなら全力でなんとか走れる。彼らの親切を無
駄にしない為にも、ライルは振り向かなかった。
ところが
「!」
ライルは両方のふくらはぎに、激痛を感じてもんどりうって倒れた。振り向いたライルの目に映るのは
無表情で銃をこちらに構えている兄の姿。撃たれたのだ、兄に。仲間達が作ったバリケードのわずかな
隙を通して、ライルのふくらはぎに命中させた。
「ライルッ!」
刹那の叫び声が響いた途端、目の前の車が爆散した。茫然とする。
「先にそっちを片づけてたのさ、伊達に暗殺業をしてたわけじゃねぇ・・・・ライルを俺から取り上げ
 ようなんてな、不遜な奴らだよ」
固まった彼らを押しのけて、ニールはライルに近づく。
「く・・・来るな!助けて、クラウスッ!」
ずり下がりながら、ライルは必死で親友の名を叫ぶ。そのクラウスという名に、ニールの顔が歪む。
がつっ
鈍い音がしてライルが倒れた。ニールによって後頭部を強打されたらしい。そのままライルを抱えあげ
ると、すたすたとトレミーに戻っていく。彼らは、たった1度のチャンスが潰される事を悟った。


それからというものニールの警戒はますます強まり、隙が無くなった。そして戦いが終わった後に、ニ
ールはライルを連れてトレミーを降りた。狂気の愛情に守られたライルがどうなったのか、彼らには分
からない。ただ・・・・少しでもライルが幸せであってほしいと、そう願うしかなかった。



★刹那は少しだけの間だとはいえ、ライルに好意を持ち始めておりました。だって刹ライだし(分かっ  たよ)でも病み兄さんがそれを許しませんでした。ニルライ書くと、どうしてこうなってしまうのか。  うぅん・・・・・。 戻る