こそばゆい






 
24.好き


ガンダムマイスターとして、ライルはトレミーに迎えられた。全員が微妙な距離を置いて接してくるな
か、自分をスカウトした刹那はこう言った。
「なにかあったら、俺を頼ってくれればいい」
八つも年下の青年に本音を言えば、頼りたくはない。しかし大先輩でもあるのだから、その申し出を無
碍にはできなかった。
「オーライ。なにかあったらちゃんと言うよ」
とは言うものの、まったく頼る気はなかった。それでもやはり頼らなければならない時はあった。そう
いう場合、刹那は必ずライルを優先してくれた。ティエリア等と話していても、ライルが声を掛ければあ
っさりとライルに向き直る。それが素直に嬉しかった。


とはいえ、時間が経つにつれてライルは自分の気持ちが変化しつつある事に気がついた。この症状は覚
えがある。何度も経験した変化だったからだ。どうも自分は刹那に恋愛感情を抱いているらしい。流石
に男を好きになった事はなかったが、この感情はどうみても恋愛のソレで。ライルは困ってしまった。
切欠は刹那がつれて来た、マリナ姫だった。最初の頃はその事で刹那をからかっては、ティエリアに雷
を落とされてきたのだが、段々マリナを気にする刹那が気になってしまったのだ。刹那はこれ以上ない
程、細やかにマリナを扱った。トレミー内にマリナの姿がないと、あちこち探し回っていたり。そんな
姿は自分にのみ向けられていたのに・・・と面白く思わない自分がいたのだ。愕然とした。
(彼女とは同い年だが、そりゃ俺みたいな奴よりも彼女の方が良いよな)
自分の思慕が異常だという事は分かっている。それを知れば刹那は自分から離れていくだろう。それは
我慢できなかった。
(せめてこの感情の先がマリナ姫だったら、まだ良かったんだ)
身分違いではあるが、少なくとも今よりは正常な思考だ。ライルは自室で強請るハロを、ぽんぽんと放
り投げながら考える。どうしてこう、無茶な方向にいってしまったんだろう。だが知られるわけにはい
かない。だったら刹那と距離を置いて接するしかない。ライルは溜息をついた。


マリナがカタロンに引き取られてからも、ライルは刹那と距離を置き続けた。それが一番の良策だと信
じて。
展望室でライルはぼんやりと、外を見ていた。視界は全て暗闇に覆われている。一般人だった頃には、
滅多に来る事もなかった宇宙。兄の・・・ニールの最期の舞台。
(兄さん・・・・・)
たとえ会うことがなくても、連絡は取り合っていたからそんなに不安になる事はなかった。数年前に、
突然連絡が途絶え、しかもこちらから連絡してもなしのつぶて。だが一般市民だった自分には、兄を探
し出す事はできなかった。
(そりゃできないよな。もう死んでたんだから)
とうとう最後の一人になってしまった。そんなことを思っていると、ドアが開いた。
「此処にいたのか、探したぞ」
癖のある黒髪を揺らし、刹那が入ってくる。ライルは心の中でしまったな、と舌打ちをした。展望室に
はライルと刹那以外誰もいない。他に誰かいれば、そちらに刹那を押し付けて逃げる事ができたのに。
「どうした?なんか用?」
仕方がないので、とぼけた。仮面を被るのは得意だ。伊達に三十年近く生きてきているわけじゃない。
刹那はライルをじっと見つめたまま、近づいてくる。思わず逃げそうになる足を、ライルは叱咤した。
此処で変に逃げれば、刹那に不信を抱かれる。ジーン1としての活動もしているライルには、不信を抱
かれるのはまずい。適当に相手をして、さっさと逃げよう。ライルはそう思った。
「お前と話がしたかった」
思いも寄らない答が返ってきて、ライルは心の中で驚愕する。だが顔には出さない。
「話ぃ?」
「おかしいか?」
「別におかしかないけど、なんだ突然に」
そうだ、突然だ。
「最近、お前に避けられている。なにかあったのか」
ストレートに質問が飛んでくる。
「別に避けていた覚えはないな。刹那の考えすぎじゃねえの?」
はぐらかす。だが刹那はそう甘い相手ではなかった。
「いいや、そんな事はない。確実にお前は俺を避けている」
見ていないようで、刹那は周りを良く見ている事は知っていた。だからライルとしても細心の注意を払
って避けていたのだが・・・・・。
「それに前のように頼ってはくれなくなった」
「あのなぁ、いい加減俺だって慣れたら頼る事はないだろ。・・・不満なのか?」
思わず口から言葉が飛び出し、ライル自身が驚く。実際刹那を頼らなくても、アレルヤなりイアンなり
に頼れば良いだけの話だ。アレルヤは元々真面目なので、自分の質問には真剣に考えてくれるし、イア
ンとてシステム関係については事細かにこちらの事情を聞いてくれる。ティエリアが入っていないのは
最初のうちにガンガン怒られていたから。話しかけると目を吊り上げ、その反応はけんもほろろだ。兄
と同じ顔の自分が気に入らないのだから仕方ないとは言え、もうちっとどうにかなんねぇの?と思う。
「不満だ」
刹那の答は意外なものだった。
「はい?」
「俺じゃなく、アレルヤを頼っている」
ほんと良く見てんな、と反対にライルは感心した。
「ティエリアも文句を言っていた。マリー・パーファシーの相手に忙しいアレルヤを頼るのではなく、
 自分を頼ってくればいいと」
「それ・・・・むっちゃ怖いんだけど」
ティエリアに頼るなんて、散々説教を聞かされてきた身としては冗談ではない。きっとまた眉を吊りあ
げられ「君はマイスターとして相応しくない」とか言われそうで。
「なら俺を頼れ。何故避ける?」
何故と言われても、言える訳がない。二十九の男が二十一の刹那に、恋愛感情を抱いているなんて。
「しつこいな、避けてないって言ってるだろ!?」
「嘘だ」
刹那の言葉には淀みがない。思わず言葉に詰まる。がし、と刹那の手がライルの胸倉を掴む。殴られる
のかと構えるが、ライルの目前に迫ったのは拳ではなく刹那の精悍な顔。
(?)
唇に暖かいものが触れる。この感覚は知っている、過去に何人もの女性とかわしたもの。
(!)
突き飛ばす前に、刹那はさっとライルから離れた。驚きの余り、ライルはずるずると床に座り込む。
「良いな、今度は必ず俺を頼れ」
そう言って、刹那は展望室から出て行った。あとには呆然としたライルだけが、残された。
「・・・・・・ひょっとして、脈アリ?」
ポツン、と現実味を全く感じずにライルは呟いた。


「刹那、抜け駆けは許さんぞ」
部屋を出た途端、刹那は仁王立ちのティエリアと遭遇していた。
「あいつは俺を、俺だけを頼ればいい」
独占欲を隠そうともしない刹那に、ティエリアが複雑そうに顔を歪めた。その横を刹那は通り過ぎる。
「君の執着が、彼を殺すかもしれないんだぞ」
「させない。死なせはしない。ライル・ディランディは俺のものだ」
刹那の顔に微笑みが浮かぶ。
「あいつ自身、俺を意識し始めている。良い傾向だ」
「刹那、彼はロックオンの弟だ。君の執着で死なせないで欲しい。僕もできるだけフォローする」
「了解。そういう時は、頼らせてもらう」
刹那はそう答えたものの、ティエリアの力など借りるつもりはなかった。
(覚悟しておけ、ライル・ディランディ)
そう口の中で呟き、刹那は微笑んだ。



★珍しい、積極的なライルさんです。せっちゃんにしても棚から牡丹餅。ちなみにマリナ様に心配った  のは自分の送ったメールでマリナ様とアザディスタンに迷惑をかけたから。まあ、当たり前ですな。  ティエリアは別に恋愛感情ではなく、やっと心の整理をつけて(自分としては)普通に接する自信が  出てきたから。と、本人も言っている通りニールの弟を守ろう、という心意気です。 戻る