許されなかった
25.嫌い
刹那がライル・ディランディを求めたのは、自分の為だった。ニール・ディランディのように、自分を
愛して欲しかった。
だが
ライル・ディランディは刹那を愛してはくれなかった。当然だ、ニール・ディランディの代用品のよう
に扱っていたから。
ニールならこんな時、自分を抱きしめてくれたのだから、ライルにも抱きしめて欲しい。
ニールならこんな時、愛してくれたのだから、ライルにも愛して欲しい。
常時こんな調子では、ライルが刹那を避けるのは無理もない。その刹那の押し付けに、流石のティエリ
アも眉を顰めた。
「君のその押し付けは、ニールにもライルにも失礼だとは思わないのか?」
アレルヤは温厚な彼にしては珍しく、険しい顔をした。
「なら刹那、君は自分が誰かに代用品として扱われても良いというのか?」
マイスター二人に面と向かってそう言われてしまえば、刹那も路線変更せざるを得ない。ならば愛して
欲しい、ではなくライルを愛してみようと思った。
伸ばした手は、ライルに叩き落とされた。
「俺は兄さんじゃない」
そう言って刹那に背を向けた。だが刹那は諦めない。欲しいのだ、ライルの外見が。中身が別人でも構
いはしなかった。その態度を隠しもしないで、刹那はライルに手を伸ばし続けた。叩き落すその手を拘
束してライルの唇に自分の唇を重ねた。やはりニールとは違う感触がして、刹那は少し落胆する。その
感情を素早く察知したライルに、刹那は突き飛ばされた。
「何度でも言う、俺は、兄さんじゃない」
憎悪に光る瞳に睨みつけられ、流石の刹那も背筋が寒くなった。
いつしか、刹那はライルを強引に組み敷くようになった。最初は暴れていたライルだったが、今は暴れ
る事もない。ただただ無表情で声も出さず、刹那の行為を受け入れている。抵抗しても無駄だと悟った
ライルは、一貫してこの態度だった。名を呼んでも、その瞳が刹那を見る事はない。その唇が刹那の名
を呼ぶ事もない。その腕が、刹那の背に回る事もない。まるで人形を相手にしているみたいだった。
事が終わればさっさと起き出して、刹那の部屋であれば出て行ってしまう。ライルの部屋だと出て行か
れる心配もないので、刹那はライルの部屋で行為に及ぶ。出て行きはしないが、受け入れられるわけで
もない。終われば服を着て床に寝転がってしまう。それが刹那には寂しい。
この歪んだ関係は、ライルがアニュー・リターナーという存在を手に入れてからも、続いていた。
時が過ぎていき、刹那はライル・ディランディを本当に愛するようになった。
ライルはトレミークルー相手でも、無表情を崩す事はなかった。自分から発言する事もない。ただ「イ
エス・ノー」を言うだけ。そして黙々とシュミレーションをこなし、ミッションをこなす。刹那の問い
にも答える事はなかった。今更とはいえ、刹那の心情をぶつけてもライルは視線一つ寄越さない。強引
に視線を合わせても、その翠の瞳は刹那を見てはいなかった。
だがライルとて無表情ばかりではない。刹那は見てしまった。カタロン中東支部のクラウス・グラード
と笑いながら会話するのを。見た事もない嬉しそうな表情で、ライルはクラウスの肩を叩いていた。ク
ラウスが肩を擦りながら文句を言うと、悪戯っ子のように笑ってなにごとかを言っている。だが刹那の
存在に気づいた途端、ライルの顔は見慣れた無表情に戻ってしまった。如実に線を引かれてしまうその
瞬間を感じ取り、刹那はライルを見る。だがライルはその刹那の悲しそうな表情に対しても、無表情で
あり無反応だった。惨めだ、刹那は今迄の自分の態度を鑑みる事もなく、そう思った。
イノベイターとの戦いが終わった後、刹那はケルディムの残骸の前に立っていた。
ライルの扱いに眉を顰めたティエリアはヴェーダと一体となり、刹那の元を去った。
ライルの扱いに険しい顔をしたアレルヤはマリーと共に、刹那の元を去った。
そしてライルは、永遠に刹那の手の届かない場所に去って行った。
大怪我をした刹那がやっとカプセルから出られた時には、既にライルの遺体は処分されていた。イノベ
イターの一人であるリヴァイブ・リバイバルとの戦闘後、重傷を負ったのだがライルは救助信号を出さ
なかった。見るに見かねたハロがトレミーに場所を知らせた時には、ライルは既に絶命していた。血ま
みれになり、どこか幼い死に顔はクルーに衝撃を与えた。ハロに残された記録では、自分の死を悟った
時にCBの元に帰るのは嫌だと言い、宇宙空間に飛び出そうとしたらしい。だが怪我が酷すぎて、ライ
ルの願いは叶わなかった。身体がもう、いう事をきかなかったのだ。縋るように「アニュー」と呟いた
のが最期の言葉だった。
「ライル・・・・・・」
自分の我侭でCBに引っ張り込み、ニールの役を演じるよう強制し、演じる事を拒否したライルを力ず
くで押さえ込んだ。その報いが、ライルの死だとしたら。唇をかみ締める。刹那を愛してくれた人間は
最期には刹那に向く事もなく、弟を思って死んでいった。刹那が愛した人間は、最期まで刹那を許さず
に自身が愛する女を思って死んでいった。二人とも刹那を振り向く事もなく、刹那の腕から消えていっ
た。
「俺は・・・・・・」
刹那は虚無を抱き、生きていく事しか出来ない。泣く権利すら持ってはいない。
「愛していたんだ、本当にお前を」
最期まで受け入れられなかった思いを、空っぽのケルディムのコクピットに呟く。答える者は、誰もい
なかった。
★最低の刹那がいる刹ライです。ライルはもちろん、刹那も兄さんも報われません。刹那の酷いライル
への扱いで、ティエリアはライルに対しての認識を改め、アレルヤは守ろうとした。ライルの死を知
った彼らは、救えなかった事を悔やみ、刹那から離れる事を選択した。そして自分のエゴしか見えて
いなかった刹那は、ほぼ全ての絆を失う。そんな話。
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