それこそ神の気まぐれか






 
26.過去

フォーリン・エンジェルズから二年が経っていた。刹那はCBに戻ることなく、世界を放浪。世界を見
ていたといえば聞こえは良いが、結局のところあてもなくうろうろとしていた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」
刹那は故郷でもあるクルジスの無人になった街を歩いていた時に、それは起こった。目の前にいるのは
五〜七歳ぐらいの子供。その顔に見覚えがあった。
(ロックオン・ストラトス!)
理由は良く分からないが、幼いロックオン・ストラトスが怯えた目で刹那を見つめていた。
「・・・・・お兄ちゃん、誰?此処は何処?」
ようやく、という感じで子供は刹那に尋ねる。
「・・・・・お前、名前は?」
訊ねると、翠色をした目が大きく見開かれる。それからおずおずと口を開いた。
「ラ・・・・ライル・・・。ライル・ディランディ」
その名前には聞き覚えがあった。そう、ロックオン・ストラトスの戦う理由。彼は言った。弟の、ライ
ルの未来を作りたかったと。つまり目の前の子供は、彼ではないという事だった。これは刹那も少しガ
ッカリする。しかし此処に放り出していても良いわけではない。こんな無人の街に、今迄のほほんと過
ごしてきた子供が、生き残れるはずもない。
「俺は、刹那・F・セイエイ。どうする?」
唐突な質問に子供が目を白黒させる。
「取りあえず、俺と一緒に来るか?それとも此処でじっとしているか?」
「行く!」
即答だった。本能で此処に放置されてしまえば死ぬ事が分かっているのだろう。
「そうか、なら着いて来い」
ライルを通り過ぎてずかずか歩いていると、服の裾がくん、と引かれた。
「?」
振り返ってみれば、子供が遠慮がちに刹那の服の裾を掴んで歩いている。刹那には兄弟がいなかった為
に、こういう時の世話の仕方が分からない。どっちかといえば、世話をしてもらう立場だったからだ。
少年兵としていた時も年齢が中途半端だった為、年下の者には自分よりも年上の者が世話をしていた。
少し考えてからさっと裾を握る子供の手を払うと、怯えてみるみる瞳に涙が溜まりはじめる。溜息をつ
き、しゃがんで子供と目線を合わせ手を差し伸べた。ぱちぱちと瞬きをする子供の目から涙が零れ落ち
たが、おずおずと刹那の手を握った。ロックオンのように安心させようとして笑ったつもりだったが、
表情はぴくりとも動かなかったようだ。上目遣いで自分を見る子供の手を握り、刹那は立ち上がった。
そして自分が乗っていたジープに子供を乗せる。その際、日射病にならないようにと巻いていたターバ
ンを子供の頭に被せる。
「これ・・・・なあに?」
初めて見るのだろう、子供が興味津々な顔をして聞いてくる。子供の育っている場所は此処とは正反対
の寒い場所だ。防寒には詳しいだろうが、こういう地域での予防しなくてはならない事は知らない。
「少し暑いだろうが、我慢して被っていろ。病気になりたくなければな」
「うん・・・・」
そんなこんなで刹那と子供・・・・ライル・ディランディとの生活は始まった。


ライルは意外と我侭等は言わなかったが、食べ物が口に合わないのだろう。口をへの字に曲げて、我慢
して食べているのが分かる。下手に我侭を言って刹那に見捨てられでもしたら大変なのを、ライルはキ
チンと心得ているらしい。だがやはり食べる量は少なく、刹那を心配させた。
それとやっかいなのが夜だ。ライルは望郷の念が抑えられないのか、ふらふらと寝床から外に出てしま
うのだ。しかも本人に自覚がないのがまたやっかいだ。始めは別々に寝ていたのだが、気がつけばライ
ルの姿がない。慌てて探しに行くと、夜道の往来で号泣していた。この地域ではライルは目立つ。しか
も夜にふらふらと歩き回っていたら、誘拐をされかねない。嫌な話だが、白人の子供は高額商品として
売りさばかれる可能性もある。ロックオンの弟だから、というわけでもないがライルは整った顔立ちを
しているので、余計に危ない。実際、屈強な男達に連れ去られそうになった所に刹那が追いついて、大
乱闘の末に取り返した事もある。本人も反省しているのだが所謂夢遊病なので、叱ったところで治るわ
けもない。思案した結果、刹那はライルと同じ寝床で寝てみたが、やはり抜け出されてしまう。更に思
案してライルの身体を抱きしめて寝てみた。すると朝になってもライルは刹那の腕の中で熟睡していた
のだ。甘えて育ってきただろうライルは、人の体温に直接触れる事で安心したようだ。


こうして一つの問題は解消した。が、一番の問題は時間すら越えてきてしまったライルを、どうやって
元の時代に帰すのかという事だった。ライルは家族の話をあまりしなかった。訊けば家族の話をすれば
悲しくなって泣くから、と答える。ライルにはほぼ二十年未来の世界に飛ばされてきたのだと、説明は
してある。流石に最初は信じていなかったが、納得をせざるを得ない。
「ねぇ、お兄ちゃん。二十六ぐらいの俺って、なにしてんだろうね?」
そう訊かれたが、刹那は知らないな・・・とはぐらかした。両親と妹は十四の時に死に、唯一の肉親で
あった双子の兄は二十四の時に死んでしまったなどと、誰が言える?確かにテロの事を話しておけば、
両親と妹が死ぬ事もなく、双子の兄とて生きているだろう。だがそれは刹那からみれば既に起こってし
まった事なのだ。過去を変える事は許されない。


別れは全く突然にやってきた。いきなり光に包まれ、呆気に取られたライルの姿が消えていく。
「ライル!」
そう叫べば、ライルの声が聞こえた。
「有難う、お兄ちゃん!俺、きっと会いに行くよ!またね!」
刹那の事を何も知らないくせに、ライルはそう言った。


ふと刹那は目を覚まして起き上がった。随分と懐かしい夢を見ていた。子供のライルが消えてしばらく
して、刹那はライルに会いに行った。自分の事を覚えてるかも・・・?という儚い期待は、打ち砕かれ
たけれど。ライルはどっかであった事があると首を捻っていた。正直、ショックだった。記憶が曖昧な
歳ではないはずだ。横を見ると刹那にとっては見慣れた、白い背中がある。何気なしにその肩を擦ると
ライルが目を覚ます。
「ん・・・・・どした・・・せつな」
「いや、ちょっと懐かしい夢をみていた」
「へえ〜、どんな?」
目が覚めてきたのか、ライルはむくりと起き上がった。
「初めてパブで会った時、お前は俺を見たことがあると言っていたな?何故だ?」
そう訊ねると、ライルは目をぱちぱちさせて刹那を見る。
「う〜ん、でも確かに知っている顔だったんだよ。つか俺さ、実は記憶がすっぽ抜けてる所があるんだ」
黙って先を促すと、ライルはぽりぽりと頭をかいた。
「俺、ガキの頃二週間ばかり行方不明になっていてな、帰って来たと思ったら突然高熱を出して入院し
 ちまって」
二週間・・・それは子供の彼と一緒にいた期間と合致する。
「熱が下がったら、綺麗さっぱりと忘れていたそうだ」
「高熱の原因はなんだったんだ?」
「ん〜、それがあり得ねぇんだけど、熱中症に近かったそうだ。アイルランドはそんな事で倒れるよう
 な気候じゃないしなー。色々と詮索されたけど俺にも良くわかんね」
「・・・・・・・・・・・・・」
気をつけていたが、やはりあの気候がライルには毒だったようだ。それに耐えられるだけの体力も、体
力を支える食欲も、ライルはなかった。
「それがどうかしたか?」
不思議そうに訊くライルに、刹那は手を伸ばした。これ以上はライルは覚えていなくても良い事だ。こ
うやってまた会えたのだから。
「おい、刹那。なんなんだよ!?」
訳も分からず慌てるライルに、刹那は誤魔化すようにキスをした。




★パブで一度も会った事のないはずの刹那に、顔を覚えているライル。ひょっとしたらあのパブの前に  ライルの周囲をうろちょろしていたのかもしれませんが。なのでこの疑問解消しようと、こんなネタ  を引っ張り出してみました。これならおぼろげな記憶でも大丈夫!(なにが?) 戻る