喪失の先






 
27.未来


家族の仇でもあるアリーを狙い撃ったニールではあったが、MSから放たれたビームと自身が撃った衝
撃で宇宙空間に放り出された。痛みすら感じなくなった中、その目は地球を捉えていた。そして爆発に
巻き込まれ、ニールは意識を失った。


ふと人の気配を感じる。ああ・・・死んだ家族が迎えに来てくれたのかと目を開けると、そこは光に溢
れた不思議な空間だった。そして人の気配のする方に目をやる。そこにいたのは・・・・
「ライル・・・・・」
唯一生き残ってくれた弟であるライルがこちらを見つめていた。こんなにまともに顔を合わすのは何年
振りなのだろう、とぼんやりと思う。しかし死ぬ直前にライルに会えたことは純粋な喜びだった。
「いいや・・・・死ぬのは兄さんじゃない」
突然ライルはそう言った。
「何を言っているんだ?」
そう訊ねると、ライルは笑った。それはニールから見ても儚く、綺麗な笑顔だった。
「兄さんと俺、どっちが生き残るべきだって訊いたら、十人中十人が兄さんって答えるだろうな」
ライルが何を言いたいのか、ニールには分からない。困惑を隠そうともしないニールに、ライルは肩を
すくめた。
「俺は誰にも必要とされていない。でも兄さんは違う。兄さんを必要としている奴は大勢いる。昔から」
「そんな事ない!俺にはお前が必要だった!」
「それは勘違いだよ」
「なに?」
「俺が家族だからそう思うんだ。他人だったらそうは思わないさ」
「ライル・・・・?」
「気にしなくてもいい。俺は俺のエゴで兄さんに生きててもらうんだから」
「・・・・・・・」
「俺は最後の一人になるのは嫌だ。そして俺の為にって兄さんが殺し合いをするのも」
「!」
「だから・・・・・・」
ライルの右手がゆっくりと動き、左胸に当てられる。
「よせ!ライル!」
ライルの動きは止まらない。そのまま右手は左胸にめり込んでいく。呆然とするニールの前で、ライル
は苦しげに表情を歪ませる。

そして

ライルの右手には血まみれの心臓が乗っていた。全身がみるみるうちに、血に染まっていく。動きたい
のに動けない。ニールは喘いだ。ゆっくりとライルが近寄ってくる。
「なんでだ・・・どうしてだ!俺はお前の未来を作りたかった!なのに何故それを否定するような事を
 するんだよ!」
「そうやって俺の為にってさ、無理しなくて良いんだ。兄さんは兄さんの為に戦えばいい」
「ライルッ!」
「咎は受けるって言ったんだろう?きっと今がその時なんだろうな。でも心配しなくていい。俺がその
 咎とやらを引き受けるよ」
ついにライルはニールの前に立った。血まみれの顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。ニールの右手
取り、ライルは自分の心臓を乗せた。それは取り出されたというのに、どくんどくんと脈打っている。
「元々一つだったものが、たまたま二つに分かれた。それをまた一つにするだけだから、そう怯えない
 でくれよ」
「嫌だ!消えるのは俺でいい!お前は・・・お前だけは生きていてくれ、頼む!」
目から涙が溢れてくる。ライルを犠牲にして生きたいとは思わなかった。そして最後の一人になるのも
嫌だった。
「俺じゃなくてエイミーが生き残ってくれれば良かったのにな。こんなデキの悪い弟でごめんな」
ライルの表情に、初めて憂いが浮かぶ。
「でもこれでやっと終わる・・・。やっと兄さんの役にたてたよ・・・・長かった」
「ライル・・・・死なないでくれ、ライル!」
「兄さんが先に死のうとしたんじゃないか。俺だって兄さんを犠牲にして生きたくはないんだよ」
にこり、とライルは笑った。
「さよなら、兄さん。先に逝くよ」
その声と同時にライルの姿は光にゆっくりと消えていく。微笑を浮かべたまま。
「ライル!逝くな、ライル・・・・・ライル!!」


「ライル!」
自分の大声でニールは目を覚ました。見覚えのあるカプセルの中。蓋が開いてニールは呆然としたまま
座り込んだ。
「大丈夫か、ロックオン」
ティエリアが心配そうに、ニールを見ていた。
(あれは・・・ただの夢?そうだ、きっとそうだ。だってライルは俺がCBにいるって事知らないんだ
 からな)
そう思っても不安は消えない。ニールは立ち上がって歩き出した。ティエリアが驚いて後を追ってくる。
「どうしたんだ、ロックオン?」
「地上に行く」
「なんだって?それは無理だ」
「なんでだよ!?」
ニールの剣幕に目を丸くしながらも、ティエリアは引かなかった。
「ここはCBの拠点の中だ。今地上に行けるだけのルートはない。それに・・・」
「それに?」
「貴方は四ヶ月も眠っていたんだ。今そんな無茶をすれば身体を壊す」
ティエリアはそう言った。
「その間にクリスとリヒティは死んで、刹那とアレルヤは行方が分からない・・・・」
「そうか・・・・・・」
大打撃を受け、それでもティエリアは此処で踏ん張っているのだ。それは分かる。だがニールはライル
の生存を確かめたかった。
「なんとか地上の様子が分からないか、ティエリア」
「・・・・・分かった。なら端末は生きているから、それで調べれば良い」
ニールの様子に尋常ならざるものを感じたのだろう、ティエリアは比較的あっさりとニールに端末を渡
した。


その後自室になったという部屋に案内され一人になった途端、ニールは無我夢中で端末を操作した。ラ
イルの血まみれになった微笑が、光に消えていくその姿が脳裏から離れない。
(あれは・・・夢だ。夢だ、考えるな!ライルは生きている。生きているんだ)
縋るように祈ると、漸く必要な情報が表示された。
「!」
そこには・・・・

『ライル・ディランディ・・・・死亡』

の文字があった。なんでも会社にいた時に突然倒れて、そのままだったらしい。死因は心臓麻痺。肉親
と連絡が取れないので、友人であるクラウス・グラードという男がライルの遺体を引き取ったらしい。
その死亡日は・・・ニールがアリーと戦ったその日であり、宇宙空間に投げ出されたその時だった。つ
まりあれは夢でも幻想でもなく、現実だったのだ。ライルはニールの咎を引き受けて、永遠にニールか
ら去って行ったのだ。
「ライル・・・・・ライル・・・っ。お前が死ぬ事なんてなかったんだ、死ぬような事なんかしてない
 じゃないか」
ぽたぽたと端末に涙が零れ落ちる。誰もいなくなった、その事はニールが絶望するには十分で。CBの
メンバーでは家族にはなりえなかった。自分の家族はディランディ家の両親と妹・・・そしてライルだ
けなのだ。ライルがいてくれたからこそ、ニールは生きようと必死になった。それなのに。
「ライルっ!」
ニールの慟哭は、自室に響いていくだけだった。




★おかしい。ニールさんに健気なライルさんをプレゼントvという心意気で書き出したのに、兄さん血  ヘド吐くような事態に転がっていってしまった。ライルさんは自虐も入っていますが、兄さんに対し  て良い事したと思っています。結果は反対だったわけですが。ライルさんの遺体はちゃんとクラウス  が責任を持って、家族のお墓に入れてあげています。『ライル・ディランディ』の名前を追加して。  本編でも兄さんの言った「咎」がライルさんの死だったとしたら、兄さんはどうしたでしょうね。 戻る