おめでとさん
28.3月3日
その日、刹那の安眠はインターフォンの高速連射によりあっけなく破られる事となった。せっかく気持
ち良く眠っていたのに、と刹那は憮然として立ち上がる。その間にもインターフォンの高速連射は絶賛
持続中だった。
シュン
「うるさ」
「刹那ぁぁ!ライルをどこ隠した!?」
うるさい、と文句を言おうとした刹那の言葉をさえぎって叫んだのは、復活した初代ロックオン・スト
ラトスこと二代目ロックオン・ストラトスの双子の兄、ニール・ディランディだった。
「いきなりなんだ」
「ライルの奴が見つからないんだよ!トレミーの隅々まで探したってのに!」
「それで最後は俺の部屋か」
やたらとテンション高く喚くニールに、刹那は溜息をつく。何故、刹那の部屋を最後に訪ねたのか。答
は簡単。刹那とライルはよろしくやる間柄だからだ。しかしもし刹那の部屋にライルが素っ裸で寝てで
もいたら、ブラコン兄はその場でわぁと泣き崩れただろう。認めたくないのだ、最愛の弟がよりにもよ
ってほもになっちゃったのを。しかし幸か不幸かライルは刹那と休憩時間が合わず、格納庫で別れた以
来会ってはいない。
「いないぞ、俺の部屋には」
「本当か〜〜〜??」
「なら中に入って、好きなだけ調べれば良い」
「そっか、じゃあ悪いけどお邪魔するな」
ニールがいそいそと中に入っていくのを、刹那は溜息と共に見送る。大人しくがさ入れをしていたが、
どうも何かショッキングな物を見つけたらしく
「こ、こんな処にローションが・・・・・・」
と凹んでいた。
「いたか?」
出てきたニールに尋ねると、首を横に振る。蘇ったニールはライルに対してすさまじい過保護を発揮。
あのフェルトやティエリアが引くぐらいに。しかし今日のテンションは更にすさまじい。
「どうした、今日はなにかあるのか?」
きょとん、として尋ねる刹那にニールは握りこぶしを振り回し
「今日はライルの誕生日なんだよ!!!」
と叫んだ。
なにげなしに刹那はある場所に向かった。そこはエンジンルーム。そのエンジンルームの中の一角に、
カモフラージュされた空間があるのだ。ひょこ、と顔を覗かせ
「やはり此処にいたか、ライル」
と笑うと、ライルが気まずそうに笑った。実は此処、ライルの秘密の喫煙ルームなのだ。燃料にGN粒
子を使用しているので、火気にタバコが引火する事もない。しかもあまり人が訪れないという事と、や
はりなんらかの匂いがしているので、喫煙するのにもってこいの空間だ。この場所を知っているのは、
ライルと刹那と便宜を図ってくれたおやっさんぐらいだ。
「ニールがお前を探していたぞ?」
「知ってる」
「何故、隠れている?」
「んー、ちょっと」
「嫌なのか?」
ストレートに尋ねると、首を横に振る。
「いいや、あの時にぜーーーんぶ吐きだしたからな。嫌なはずないだろ」
実はニールとライルが再会した時、大ゲンカになり殴り愛宇宙になってしまったのだ。ニールは最前線
で戦うライルに怒り、ライルは金だけ送りつけて会いに来てもくれなかった事を怒り。わーわーと手加
減なしで殴りあい始めたのだ。そういう喧嘩というものに慣れない刹那やマイスター、女性陣は止めよ
うとしたのだが、ラッセとおやっさんがその場からディランディ兄弟以外を連れ出してしまったのだ。
「一回、手加減なしでぶつかれば良いんだよ」
とラッセ。
「そうそう、あれは必要な儀式なんだよ」
と、おやっさん。全て吐き出す事は大切だ、と2人は揃って言ったものだ。
翌日、顔を腫らし青アザだらけの状態でディランディ兄弟は現れた。が、怪我しているわりには2人共
さっぱりした顔をしていたものだ。今までの蟠りを解消したらしい。荒治療ではあったが、これで上手
くいき出した。まあ、刹那と宜しくやっている事が分かった時、刹那は胸倉掴まれてガクガクと激しく
揺さぶられたりもしたが。
「うわーーーん!俺の大事なライルがっライルがっ!」
色んな体験をしてきた自負はあるが、こんなにむちゃくちゃに揺さぶられたのは初めてだった。気のせ
いか、両親が川の向こう側で手を振っているのが見えた。
「兄さん、別に刹那に強引に襲われているわけじゃないんだから」
「ライル、でもっ!でもっ!」
「いい加減揺さぶる手を緩めないと、刹那吐くよ?」
自分の顔に吐かれてはたまらない、とニールは渋々刹那の胸倉から手を離したのであった。
「じ・・・・実は」
思い出に浸ってしまった刹那は、ライルのきまずそうな声で我に返った。
「どうした」
「今日が誕生日って気ずいてなくて、兄さんになーんも用意してないんだ」
此処に来る前に覗いた普段ブリーフィングを行う部屋。そこは一気にパーティ会場と化していたのだ。
ニールの、ライルへ愛情を痛感するような。きっとライルはニールの知らない内に、その会場を見てし
まったのだろう。此処は宇宙だ、じゃあちょっと近くの街までプレゼント買いにとは行かないし、まさ
かトレミーを宇宙ステーションに停泊させるわけにもいかない。彼らは、立派なお尋ね者なのだ。
「しかしそれは俺も同じだ。お前になんの用意もしていない」
「良いよ、本人でも忘れていたんだからさ」
「ふぅむ、だが1つだけ俺ができるプレゼントはあるか・・・・」
「え?」
「でかいピンクのリボンを体に巻いて、お前に『食わせろ』と」
「何故プレゼント貰う側が、くれる側に要求されねばならんのだ」
「いやこの場合、でかいピンクのリボンが調達不可能だ」
「色々突っ込みたいけど、その無駄に恐ろしいシチュエーションはいったいどこから?」
「ミレイナが見せてくれた、アーカイブに入っていた少女漫画」
刹那はいつだって真顔だ。真顔で時々冗談を言っているらしいが(本人談)なかなか相手に通じないの
がちょっとした悩みでもある。しかしライルには分かってしまった、マズイこれは本気で言っている。
いきなり刹那がピンクのおリボンに巻かれてやって来て『食わせろ』などと言ったら、ライルはきっと
その場で失神するだろう。とはいえ、何回かは反対の上下関係でよろしくやった事もあるのだが、刹那
が『矢張り俺はお前を愛でる方が良い』と譲らないので、ライルは素直に愛でられている。
「すまない、ミレイナにでも相談してピンクのリボンを・・・」
「良いよ気持ちだけで」
ピンクのリボン云々は別にして、ライルは刹那の気の遣いようが嬉しかった。愛されてるよな、と思う。
「ニールもそうなんじゃないか?」
「え?」
「あいつはきっと今まで出来なかった分、お前を祝いたいんだ。お前に何かを期待しているわけじゃな
いだろう。家族はあいつの譲れない原点だ」
再会して殴りあって、本音をぶつけ合った時にそれは痛感した。
「確かに俺は疑似家族を手に入れたよ。だけどやっぱりダメなんだ。本当の家族のお前が、俺には必要
なんだよ」
とそう言って彼は泣いた。フェルトにも言われた。
「やっぱりあの人にとっての1番は、本当の家族なのね」
と。ライルはニールに恋する彼女の気持ちを知っているので、答えようがなかったのだが。
ふわり
刹那の掌がライルの両頬を優しく撫でる。
「なら素直にニールに甘えてみればいい。それだけであいつは喜ぶだろうから」
「刹那・・・・・」
「行こう、ライル」
刹那に促されて、ライルは会場に向かった。
素直に甘えてみたら大感激したニールに思いっきり抱きしめられ、あやうく誕生日に昇天しそうになっ
たりもしたが(刹那が止めてくれた)トレミーはご近所迷惑のレベルの歓声に包まれたのだった。
★このパーティの後、ライルさんはもちろんせっちゃんに可愛がられます(笑)男性ってこういうイベ
ントには結構関心がないですよねー。忘れ去って彼女とか奥さんに顰蹙買うの。ニールさんは自分も
誕生日だという事は忘れてます。ライルに指摘されて初めて気がつくという・・・・。ニールは物で
も喜びそうだけど、やっぱりこの人も『家族』に飢えてる気がするのでライルが歩み寄っただけで満
足しそう。せっちゃんにとっては偉大なる元リーダーとか兄貴ーではあるけど、小姑さんですよ。そ
れにしてもコレ、書いたのいつだっけかと確認したら9/30だったの巻。随分、昔に書いてたよな(汗)
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