奇跡か喜劇か






 
6.一流商社マン


「それではこの件はこれで、OKということで宜しいでしょうか?」
「ええ、お願いします」
「有難うございます」

商談成立。

ウキウキと歩くライルの上から、これまた弾んだ声が聞こえて来た。
「すげーじゃん、ライル!やっぱお前は優秀なんだなぁ。俺は鼻が高いよ!」
しかしライルは答えない。少し引きつった笑顔のまま、足の速度が速くなる。だが声はめげていないよ
うで、賛美とも言える言葉が長々と発せらていく。
「今月で商談成立は何件目だったっけ?流石一流商社マンだなぁ!」
足早に向かった先はトイレ。そこに飛び込んで中に誰もいない事を確認してから、ライルは溜息をつい
た。心なしか顔がうっすらと赤くなっている。
「兄さん!褒め殺しは止めてくれって言っただろ!?恥ずかしいんだよ」
「良いじゃん!どーせお前以外には聞こえないんだし」
「つかさ、せっかく声かけてくれても返事してたら俺、単なる怪しい奴じゃんか」
「そだろね。俺だったら避けて通るよ」
「あのさー、俺の心の声を読み取れるとか出来ないのかよ。不便なんだけど」
「俺もライルがもじもじしていたから出来ねーかなーって試してみたけど、ダメだった」
ライルはもう1つ溜息をついて、見上げた。そこにはふよふよと浮かんでいる双子の兄の姿。誰にも見
えない、ライルにしか見えない兄の姿。


久々に会った兄は、死んだとかで幽霊になっていた。


夜中に邂逅したもののすったもんだを繰り返したが、最終的にはお別れを言う事が出来た。そのまま眠
りについたライルが朝目にしたのは、途方に暮れた透けている兄の姿だった。兄自身もあの邂逅で区切
りをつけて昇天しようとしたらしいのだが、何故かできなかったらしい。両親も妹も迎えに来てくれな
い、と落ち込む兄を朝っぱらから慰める事に。しかも兄のライルに対する執念が凄まじいらしく、離れ
る事が出来なくなっていた。流石にトイレとかにまで着いて来られると双方困るので、2人でなんのか
んのと色々試してみたが、まったく効果はなかった。
最初はいつも誰かがひっついていて見られているという事に落ち着かなかったライルだが、半年もすれ
ば慣れてしまう。兄は死んだ理由を絶対に言おうとしない。何回もこれで喧嘩をしたのだが、頑として
口を割ろうとはしなかった。堅気ではない事は分かっている。送金されていた金額の大きさはとても堅
気で働いていたら取得できない。それと会社に勤めていれば常識である事にすら、ほぅほぅと感心しき
りになっていたり。今ではライルの仕事ぶりをみているのが楽しいらしく、こうやって契約が取れた時
等はライル本人以上に舞い上がっていたりしていた。しかし話しかけられたらやはり返事をしたくなる
のは当たり前で。うっかり会話をしてしまい、周囲がドン引きになっていた事も1度や2度ではない。
心の声でも聞こえないかとも思ったが、やはりダメだったようだ。

因みに。

兄はライルに触れる事が出来るらしい。兄が触れている場所はほんのり暖かい。日差しに照らされてい
るような感じだ。しかしライルからは触れる事が出来ない。触れようとしてもその手は兄から擦り抜け
てしまう。ライルはそれが寂しいし、純然たる不満だ。


「ほら、ライル。そろそろ昼飯食えよな」
忙しいと食事すら抜いてしまう弟に、ニールは釘を刺した。案の定面倒くさげにこちらを見上げてくる。
口を尖らせているとしか思えないその表情に、ニールは苦笑する。
「めんどい・・・・・」
「だーめだ!ちゃんと飯食わねーと大きくなれないぞ」
「これ以上大きくなっても困るぞ」
「まったく、ものぐさなんだからなー。良いから食べろ」
「じゃ、サンドイッチで良い?」
本当はそんな軽い物ではなくて、きちんとバランスの取れた食事を取って欲しいとは思う。とはいえ再
会して文字通り離れられない状況に陥ってからニールが目を疑ったのは、ライルの食に対するあまりに
もお粗末な考えだった。それを指摘すると
「ちゃんとバランス取ってるよ」
と言うので1日見ていたらサプリメントで終わってしまったり。それはバランス取れているとは言わん!
と説教して日夜キチンとした食事を取らせるように気を配っているのだった。
「兄さんって、母さんみたいな事言うんだな」
としげしげと言われて苦笑しか出なかった。あのきかんぼう達は元気でやっているだろうか、と思う。
特にジャンクフードに目がないあの少年は、ちゃんとバランスの取れた食事をしているのかと思った。
(けどもう、会う事もないだろうな)
どこかにライルを投影してしまっていた、疑似家族。でもやはり彼はライルではない。自己満足と自己
嫌悪をいきかったあの日々は、もう帰っては来ない。
(ん?)
ライルが腰を下ろしたようなので我に返り、本当の家族を見るとどこかのオープンカフェに行ったらし
い。そして注文をしてから端末を開き、なにか操作し始めた。
(本当に忙しいんだな・・・・)
実際ライルの所属する営業課の者達はいつも忙しそうだった。移動も小走りになっている者が多い。残
業時間も半端ではない。そこに混じって夜遅くまで働く弟の身体を心配しているのだが、本人は慣れて
いるからと言って取り合わない。注文したサンドイッチとコーヒーが来たので作業を中止するのかと思
いきや、画面から目を離さずに片手はキーボード、もう片方にサンドイッチを掴んでむしゃむしゃと食
べだすので、やはり抗議の声を上げざるを得なかった。
「ライルっ!お行儀が悪いぞ!ちゃんと食事に集中しなさい!」
だがライルは反応すら見せなかった。こういう事はたまにある。仕事に集中し過ぎて周りが見えなくな
ってしまうのだ。最初の頃は嫌われているのかと思っていたのだが、本人から周りが見えなくなる事も
聞いたし、実際自分以外の人間に対しても反応を返さない処も多々見ている。流石に職場の人間は慣れ
ているようで(ライル以外にもそういう者がいる)突然肩をシェイクして呼びかけたりしている。ライ
ルの仕事を見ているのは楽しい。だがもう少し違う方面へ目を向けてもらいたいとも思う。

そして思ってしまうのだ。
(俺はあとどのくらい、お前と共にいられるんだろうな・・・・)
と。


ライルは兄がいつ昇天してしまうのか、と恐れている。
ニールも自身がいつ天に召されてしまうのかと恐れている。




お互いに恐れているから、口には出さない。




出せるはずもなかった。





★少し考えている長編の雛型です。これからどういう風になるのかは未定。本編沿いの話なので、ライ  ルがカタロンに入る時には兄弟大決戦。基本的に兄さんはライルに訓練のアドバイスはしません。す  るとライルの為にならないし、自分の死因に気付かれる恐れがある為。MSに乗っていても余程切羽  詰まらない限り、口出ししません。なので兄さんからの指示は最優先でライルは従います。そしてそ  の内、彼がナンパしにやって来ます。ここで死因もばれて兄弟大ゲンカ。アニューの正体を不安に思  いつつ、ライルが安定してきたので自分の役割は終わったと昇天を覚悟していたら、あんな事になっ  て心配でやっぱり昇天できなかったり(苦笑)根底は刹ライです。基本ですね(笑) 戻る