単なる生贄






 
7.双子


ティエリアを庇い負った右目の負傷。だがふと目を覚ましてみるとそこは医務室で、モレノがなんとも
言えない顔をして立っていた。
「気分はどうだ、ロックオン」
「上々だ・・・・。モレノさん、どうして俺の視界は元に戻ってんだ?」
手で触っても失われたはずの、右目があるのが分かる。
「まさか・・・・再生治療したっていうのか?この大変な時に?」
「いいや」
モレノは首を横に振った。
「なんでもお前さんに右目を提供する者がいたらしくてな・・・」
「じゃあ提供者は・・・」
「良く分からん。が、お前さんの戦力が無くなる事は大変な事だからな。悪いが勝手に移植させてもら
 った」
目をぱちぱちさせても、違和感は無い。こんなに他人のパーツが自分にしっかりと適合するなんて、夢
のようだ。ただ鏡で見ると、移植された目は自分とは違う色をしていた。同じ緑だが、少し薄いような
気がする。前のように精密射撃ができるかどうかは分からないが、とにかく助かったことは確かだ。
「有難う、モレノさん」
「馬鹿野郎、俺じゃなくて提供者に礼は言え」
「でも誰か、モレノさんでも分かんないんだろう?」
「・・・・・・まあな」
モレノは複雑そうに笑った。


なんとか生き延びて身体の調子が戻ると、ニールは速攻でアイルランドに向かった。目的は勿論ただ一
人だけ生き残っている、最愛の弟のライルだ。ライルはアイルランドで一流商社で働いている。そのラ
イルの姿を見守るのが、ニールにとっても救いだったからだ。だがどうしたわけか、ライルはその商社
を辞めていた。理由は良く分からないが、ある日突然辞めてしまったらしい。ライルは意外と義理堅い
性格をしている。そんな事はしないはずなのだが・・・。ニールはライルの住んでいる部屋に向ったが
その部屋の主の名前は、もう弟のものではなかった。途方にくれ、ニールはライルを探した。しかしど
ういうわけか、ライルの所在は掴めなかった。


それから何年かして、ニールはケルディムを駆り他のマイスター達と戦場を駆けた。その頃だ、刹那が
アレルヤ救出の際に連れ出したマリナ姫の保護を、反政府組織カタロンが名乗り出たのは。マリナ姫は
アザディスタンの代表だ。CBにいて良い人ではない。早速そのカタロンの中東支部の基地に向った。


刹那・スメラギ・サジ・マリナが会見の為に席を外していた時、他のマイスターと共にニールはカタロ
ン構成員に囲まれていた。ガンダムを見てはしゃぐ姿は、まるで子供のようだ。顔は見せなかったが、
ニールはそんな彼らに苦笑していた。
その時だ。
ある人物が目に入った。その人物はガンダムや自分達に見向きもせず、すたすたと廊下に消えていく。
「!」
咄嗟に自分達に群がる構成員達を押しのけて、ニールは走り出した。後ろでティエリアとアレルヤがな
にごとか、と叫んでいるのが聞こえたが振り返る余裕もなかった。前髪が四年前のアレルヤのように長
いその人物は、ニールが自分に向って走ってくるのを見て仰天したらしい。彼も走り出した。
「待て!」
叫ぶが待ってはくれない。鬼ごっこは随分長く続いた。というのも相手の方がこの基地内を把握してい
る為、捕まえたと思う度にするりと逃げられたからだ。しかしとうとうニールの執念が勝った。袋小路
に入って、彼は振り返る。その顔が困惑を浮かべていた。そこでニールは気がついた。自分は顔を晒し
てはいなかった事に。それは逃げるだろう。ニールはヘルメットを脱いで、顔を晒した。彼の表情が驚
きに変る。
「久し振りだな・・・。探したぞ、ライル」
だがライルはニールを睨みつけ、一歩後ろに下がった。
「?どうしたんだ、俺だよ。ニールだよ」
笑顔で言うが、ライルは警戒を解かない。
「オイ・・・ライル?」
「今度は何を無くしたんだ?」
「え?」
質問の意味が分からない。
「また、俺から取ろうっていうのか、あんたは。外見上は大丈夫のようだから、イカレテるのは内臓の
 方か?」
「なに言ってるんだよ、別に俺はお前から何も取っちゃいない」
「ああそうかい、そうやってまた騙すんだな」
「ライル・・・・・?」
ライルはニールを睨みつけたまま、顔の右半分にかかっている前髪を無造作にかきあげた。
「!」
ライルの右目がある場所には、眼帯が巻かれていたのだ。
「お前・・・・・その右目は・・・・」
言いかけて四年前の事を思い出した。あの提供者はライルだったのか、しかし自分がCBにいる事を知
らない彼が、どうして提供者足りえたのだろう?ニールは無意識に自分の右目に手をやった。
「いきなり拉致されて、強引に右目を抉られた。あんたが右目を負傷したから、必要になったと言われ
 たよ。あんたは俺を自分のドナーとしていたらしいな。そうだよ、あんたのその目は俺が奪われた物
 だ」
「そんな・・・・俺がお前をそんな事に使うわけ無いだろう?」
「だが現実に俺の目はあんたに移植されている。双子だから拒否反応もないだろうって言われたよ。俺
 はそれからどこかの公園に放り出された。やっとの思いで家に着いて、麻酔が切れてこの世の地獄を
 見たよ。それから会社は正確に言うなら首にされた。・・・・・なのに、あんたはなんでもないって
 顔をして俺の前に現れるんだな」
「ライル・・・・」
ニールは絶句した。確かにライルの存在をCBにも知られてはいた。双子だという事も知られている。
だがまさかこんな事になっていようとは。衝撃が大きすぎて、ニールは心身ともに硬直してしまってい
た。そんなニールを見て、ライルは皮肉気に笑った。
「俺はもう、あんたの顔なんて見たくない。CBも大嫌いだ。今、俺が生きていられるのはクラウスの
 おかげだ」
「ライル・・・」
「その名で呼ぶな!」
壊れた機械のようにライルの名を呼ぶニールに、ライルは叫んだ。
「その名は捨てた。ライル・ディランディはもういない。俺はカタロンの構成員のジーン1だ。そして
 俺の家族はこのカタロンの面々であり、クラウスだ。あんたはもう、俺には必要の無い存在なんだよ」
そう言って、呟く。
「これ以上、なにかを持っていかれるのはゴメンだ。とっとと消えてくれ、そして二度と俺の前に姿を
 見せないでくれ」
固まっているニールを睨んだ後、ライルはその横をすり抜けて歩いていく。
「・・・っ、ライル!!」
呼んでも、彼は振り向きもしなかった。今迄良くマッチしていた右目がしくり、と痛みを伝えてくる。
自分の罪が、此処にあった。



★双子だからといって、拒否反応が出ないかどうかは知りません(おい!)そしてライルの身に起こっ  た事は、CBによって情報を消されてしまった。袋小路に陥り、会社も解雇され路頭に迷ったライル  を救ったのがクラウス。だからライルはクラウスにはとても懐いています。反対にそれまではそんな  に思ってもいなかった兄に対しては憎悪が大きくなっています。 戻る