勝手にやってな
8.スパイ
「これは遊びではないんだ!」
ティエリアのイライラした声がブリーフィングルームに響く。そんなティエリアの前には、ロックオン
ストラトスことライル・ディランディがぬぼーと立っていた。戦闘後のいつもの光景だ。
「マイスターとしてやっていく気が無いというのなら、貴方にはケルディムを降りてもらう!」
この台詞もいつも通り。だが今回は違った。ライルはティエリアにニッコリ笑いかけるとこう言った。
「オーライ、なら俺はマイスターを辞めてケルディムを降りるよ。ついでにCBも抜ける」
「!?」
流石のティエリアもこれには驚愕して固まった。
「じゃ、そーいう事で」
さっさと他のクルー達に手を振って、ライルは出て行こうとする。
「君にはプライドというものがないのか!」
激昂したティエリアの声に、ライルは意外そうに振り向いた。
「自分の言動に責任くらい持ちな、教官殿。アンタの持つプライドと、俺の持つプライドが同じだなん
てどうして言える?」
今迄はハイハイと流すか、ふくれっ面をしていたのに急にライルは態度を変化させたのだった。思わず
黙り込むティエリアを目もくれず、ライルはさっさとブリーフィングルームを後にした。
「そうか、ようやく帰ってくるか」
端末に映るクラウスが、ほっとした顔をした。
「ああ、CBの情報はほとんど入手したからな。もう此処に用は無い」
「よくやってくれた、ジーン1。流石は腕利きだな」
「ははっ、おだてても何もでねーぜ?」
「本心だよ、心外だな。ヨーロッパ支部に戻るのだろう?」
「ああ、そのつもりだ」
「分かった、今度は直接会おう」
「是非」
クラウスとの交信を終えて、ライルはさっさと身支度を始めた。持ってきた私物などほとんどないが。
やっとわずらわしい此処から去れるとあって、ライルは浮かれていた。CBはカタロン自体を舐めてみ
ていた。多分こんなにも短期間で組織の情報を吸い上げられたなど、気づいてもいないのだろう。そこ
が狙い目だった。ヴェーダとやらの情報が1番欲しかったが、彼らはヴェーダを失っていた。がっかり
したのも、最早遠い思い出となろうとしている。ライルはCBの理念が嫌いだった。なのでさっさと去
ろうと鼻歌交じりにドアを出て、一瞬固まった。
「何か用かい、戦術予報士さん?」
廊下に立っていたのはスメラギだった。
「貴方・・・・本当に去ってしまうの?」
「ああ、それが何か・・・てそっか、情報が漏れるのを恐れているのか」
もう無駄なんだけどな、と心の中で呟く。
「他言はしないよ。なんなら一筆書こうか?」
そう提案すると、彼女は首を横に振った。
「ティエリアのあの言葉は、いつもの事じゃない。なにも意地になって本当に出て行かなくても・・・」
予想外の事を言われて、ライルは目を丸くした。が・・・・段々笑いがこみ上げてくる。止まらなくな
った。なんて能天気な!反吐が出る。
「アンタさ、カタロンの中東支部が壊滅した時、いっぱいの死に袋見て卒倒したんだって?」
スメラギが顔を強張らせた。
「あれは・・・・アロウズが・・」
「あんた達も同じさ」
言いよどむスメラギにライルは冷酷に言い放った。
「4年前、あんた達もアロウズと同じ事をしていたんだ。一方的に攻めて来て、一方的に蹂躙して。ミ
ッション終了後の襲われた基地は、中東支部と同じ状態だったんだ。あんたは見てなかっただけ。な
のにアロウズが悪いと来たもんだ、笑っちまうよ」
スメラギの顔が真っ青になった。ライルとしたら事実を羅列しただけであって、別段変な事を言ってい
るわけでもない。カタロンにはリストラされた軍人も多い。CBの武力介入にあった者もいる。その話
は悲惨極まりない。
「俺はあんた達が嫌いだよ、自分の痛みだけに必死になって他人の痛みなど見向きもしない。実際にさ
自分のプラン通りに基地を潰したりした時は、嬉しかっただろう?大勢の犠牲を見る事もしないで。
モラリアでは民間人にも死傷者が出た。100人以上の。それこそ中東支部なんて目じゃないぐらい
に犠牲が出てる。それを全てアロウズのせいにして、正義ぶっているのが嫌なんだ」
「あなたは・・・・ずっとそう思って・・・?」
最後だからライルは素直に俯いた。
「あんたは俺を信用してなかったな。だがお互い様だ。俺もあんたは信用してなかったんでね」
冷たく事実を言い放つ。兄の為にその後を継ぐ?ハッ、馬鹿馬鹿しい。そんな義理、どこにある。カタ
ロンに有利だと判断しなかったら、こんな偽善者の群れになんか来なかった。固まったスメラギを一瞥
して、ライルは踵を返した。言いたい事がやっと言えて、せいせいした。
次に出会ったのはティエリアだった。気まずそうにライルの先に立っている。
「そこ、どいてくれないかな。教官殿」
先程と同じように、冷たく言い放つ。聞いた事もない冷たい響きに、ティエリアはハッとした顔をした。
「本当に出て行くつもりなのか」
またこれか、ライルはうんざりしだした。
「ああ」
なので短く答える。
「先程の言葉は取り消す。・・・・すまなかった」
ティエリアの初めて聞く謝罪に、ライルは目を白黒させた。だが今迄ずっとカタロンの為に我慢してこ
こにいたのだ、任務が終了したのだからとっとと出て行きたかった。
「いやあ、感謝しているよ。元々マイスターを辞めるつもりだったから。その切欠を作ってくれたんだ
からな。これで大手を振って出て行けるってもんだ」
自分で思っている以上に、ここでの生活はライルにはしんどかったのだろう。自分の声がウキウキと弾
んでいるのを自覚する。ティエリアは目を大きく見開いてこちらを見ている。
「辞める・・・?どうしてだ?」
「どうして?それは教官殿が1番良く知ってるんじゃないのか。マイスター達の中で、俺は確かに落ち
零れだったしな。ま、今度はマイスターに相応しい人物を選べば良いだけの話だ。いくらでもいるん
だろ?俺レベルのヤツは」
CBを調べていて驚いたのだが、マイスター候補は結構な数がいたのだ。別にライルをスカウトしなく
ても良いだけの能力値を持っている者もいた。なら何故、刹那はライルをスカウトしたか。それは単な
る感傷だ。ニール・ディランディを求めて、姿だけでも同じ者を整えたかっただけの。その証拠に誰も
がニールと同じものをライルに要求した。別人だというのに、自分達の頭の中で勝手に培った『ロック
オン・ストラトス』を押し付けておいて、これまた勝手に彼と違うと落ち込んだりイライラしたり。自
分が誰かの幻想を押し付けられて落胆等されれば、きっと烈火の如く怒るくせに。
「お前らの感傷にも飽き飽きしたってのもあるな。自分達は大量に殺しているくせに、仲間が1人戦死
したぐらいで、大騒ぎして。結局、自分の痛みしか分かってないんだ。自分達から喧嘩を売ったんだ
仲間の死など、当たり前に起こる事だろ」
「君は、君自身の兄の死を”ぐらい”というのか!?」
ティエリアの声が怒りを孕む。さっきまでしょぼんとしていたのに、凄いなぁとライルは場違いに感心
する。別に兄を粗末に扱っているわけではない。たとえ離れて会えなかったとしても、家族の死が自分
になんの影響もないとでも思っているのだろうか。善意の押し付けをして、誰かを殺す言い訳をライル
に押し付けて。いつそんな事頼んだ、望んだ?疑似家族で自分を満足させて。
「大体、世界を変えるなんていうが、具体的にはどういうプランを立てているんだ?何も考えてはいな
いんだろう?後始末もせずに殺すだけ殺してドロン、なんて迷惑なんだよ」
兄は刹那に言った、ライルの為に世界を変えたいと。ああ、また俺を自己正当化に使ったのかとしか思
えなかった。刹那は妙に感動していたようだが、12年も会う事すら敵わなかった奴にそんな事言われ
たところで、あーそうですかとしか言えない。
「ま、もうお別れだな。精々美化した兄さんに縋ってたら良い。そうすれば兄さんも喜ぶだろ。頼られ
ればはりきる人だからな。俺は薄情なんだ、此処にもマイスターにもあんた達にも、執着はない」
言葉の刃がティエリアを貫く。どこか見下していた。CB内しか知らないティエリアは狭い人間関係し
か知らないのだ。部外者はそれだけで、ティエリアは線を引いた。しかもニールのそっくりさんときて
は内心穏やかではなかった。だから冷たく当たった。だが最近ではフォーメーション等も完璧に近いレ
ベルになってきていて、ティエリアはライルを信用し始めていたのだ。
「貴方は・・・・・ずっと此処が嫌だったということですか?」
「ああ、嫌だね」
即答された。しかも良い笑顔で。俯いたティエリアは自分の視覚が涙で歪んでいくのが分かる。
「さっき戦術予報士さんにも言ったがな、お前達は俺を信用してはいなかった。だが俺もお前達を信用
なんてしなかったんだ。これじゃ人間関係なんて上手くいくはずもないわな。それじゃ」
ライルは今度は一瞥もせずに、そこを離れた。遠くからティエリアが「ロックオン!」と叫んでいたよ
うだが、多分心の中の兄に縋っているのだろう。大変だな、兄さんは。ライルは思わず苦笑した。
そして真打が登場した。
「よお、刹那。お見送りに来てくれたのか?」
片手を上げて、ライルは陽気に挨拶する。だが刹那は眉間に皺を寄せていた。思わず吹き出す。
「どうした?良い男が台無しだぜ?っと、『本当に此処を去るのか』と訊くのNGな。2人に訊かれて
うんざりしているからさ」
「お前はどう答えた?」
「うん、俺は此処嫌いだからさ、去るよって言ったよ」
「そうか」
「お前の顔に泥を塗っちまって悪かったな。それだけは謝っておくよ」
言いたい事がこれで殆ど言えたので、ライルは満足して刹那の横を通り過ぎた・・・ところで、がっし
りと腕を掴まれた。
「なんだよ、刹那。離せって」
刹那は何も喋らない。ただ腕を掴む力が増した。ぎゅうぎゅうと掴まれて、流石にライルは情けない声
を出した。
「おい!痛ぇって。お前俺の腕、千切る気か!?」
それでも掴まれた腕は離されない。ライルは困った。が、急に刹那の行動の理由が分かった・・気がし
た。
「あのさ、兄さんの代わりにって連れてきた奴が去るのが不快っていうのも分かるんだけどさ、マイス
ター候補はいっぱいいるんじゃないか。今度の奴に兄さんのお面でも被ってもらえば?CB内では兄
さん大人気みたいだし、喜んで着けてくれんだろ」
実は・・・・ライルは大真面目だった。しかしそれ以上に大真面目に刹那は言ったのだ。
「お前でなくてはダメだ」
と。ライルの頬がヒク、とひくついた。
「そりゃ声まで同じとなると、面倒くさいだろうけどさ。お前らの感傷に付き合っていられるほど、人
間できてねーんだよ。俺が面倒くさい」
「俺がライル・ディランディとして見ている、と言ってもか」
「ああ。兄さんの残像を引きずった奴は、俺にとっては迷惑でしかない。口ではそう言っていても、実
際お前だって心の中で兄さんの代わりとしている。お前にも、兄さんにも分からないんだろうけどな
ぁ。誰だってそうさ、違う奴を引きずった奴は手に負えない。相手が死んでいるなら尚更だ。死人は
美化されるからな、思い出には勝てないって名言だと俺は思うぞ」
最後なのでライルは遠慮の欠片も無く、ずばずばと言ってくる。猫を被る必要もない。だがこれはライ
ルにしてみれば、思いやりでもあった。きっと刹那は本音を聞きたいんだろうから、それに答えただけ。
普段はポーカーフェイスな刹那の表情が、歪んでいる。
「ティエリアの言動が気に入らないというのなら、改めさせる」
固い声でそう言う。しかしライルとしてはもう用もない此処にはいたくないだけだ。兄との事だけでは
なく、ライルが自分で望んで入ったのはカタロンだからだ。そりゃミイラ取りがミイラになる事もある
が、ライルにはそんなつもりはなかった。自分はスパイなのだ、そこまで肩入れできない。
「そんな事言ったら、教官殿が可哀想だぜ?別に俺はアイツの愚痴にうんざりして出るんじゃないしな」
「どうしても・・・・・・・?」
「どうしても」
刹那は結構諦めが良いのだが、何故だかしつこく絡んでくる。ライルは面倒くさくなった。一瞬で刹那
の左胸を狙って、肘を打つ。鍛えられた刹那は咄嗟にライルから離れた。そうでなければライルの肘に
よって刹那の心臓は潰されていた。よろけた体勢を整えようとして、凍りつく。見た事もない冷たい瞳
で、ライルは銃を刹那に向けていた。
「いい加減にしてくれ、もううんざりだ。弟だからって兄の後を継がなきゃいけないってか?生憎だな
俺は弱い者虐めは嫌いなんだよ。同じテロリストだったとしてもな」
「だがどうやってトレミーから出る?誰もお前が出て行く事に手を貸さないぞ?」
ふぅ、とライルは溜息をついた。
「なめられたモンだな。ちゃんと手は打ってあるさ」
その言葉が終わると同時に、トレミーがシステムダウンを起こした。
「なっ!」
「じゃあな。運が良かったらまた会おうぜ!」
ぽい、と刹那に何かが放られる。手にした途端に、ソレは激しい光を発した。閃光弾だ。
「ライル!」
叫ぶが、もう返事はなかった。システムが復帰した後に、ライルが乗ってきた小型艇が無くなっていた。
これ以後、カタロンに問い合わせても返事は来なかった。それどころか此方の施設が無断で使われたり
する始末。カタロンはもうCBに対してなんの価値も見出していないようだった。原因はライル・ディ
ランディだろう。ライルに宛がわれていた個室の端末にこんなメッセージが残っていたからだ。
よう、見下していた地上人にしてやられるのはどんな気持ちだ?天上人
★かなりCBに辛辣な内容で申し訳ありません。この中のライルの言葉は、私の言葉でもあります。そ
う、かなりのCB嫌いなので。かなり身勝手ですよね、彼らは。ルルーシュが言っている通り「撃っ
て良いのは、撃たれる覚悟のある奴だけ」なんですよね。特に一期の彼らは自分が撃たれる事を、予
想もしていないという傲慢っぷり。トレミーに武装がないのも同じ理由だと思います。本当はね、ラ
イルさんはあんなとんちきなCBではなく、カタロンに帰って欲しかったよ。でもライルさんは死ぬ
事を目的に生きて行くっぽく、私には見えます。ああああ・・・・。
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