目覚め






 
A BLETILLA10



刹那は細心の注意を払って森の中を歩いていた。そこは天界と堕天使の世界の狭間にある境界線。薄暗
い森の中で、刹那は逸る心を鎮めながら周囲を見回した。アレルヤと彼の双子の弟のハレルヤの計らい
でライルと会うチャンスを掴んだのが信じられない。アレルヤはついては来なかった。便宜は図るが後
は当人同士でなんとかしてね、と言われた。それは刹那も納得できる事だ。ドジを踏んで彼らに迷惑を
かけるのは御免だった。行く直前にニールを尋ねたのだが、1番捕まえやすい早朝だというのに彼の家
はもぬけの殻だった。
(ニールの為にもライルを助けてやりたい)
それは偽らずな自分の心だ。勿論、刹那としてもライル本人の為に助けてやりたいと思う。ようやく辿
り着いた待ち合わせ場所に、長身の影が映っている。来てくれた、と刹那は喜びに包まれる。確かにハ
レルヤからライルの同意を取り付けた、とアレルヤに連絡があったのは知っていたが、矢張り本当に来
てくれるかどうかは未知数だったからだ。
「ライル」
小さな声で呼ぶと、その長身がこちらに振り返る。ニールと同じ美しい翠の瞳が、柔らかい光を放って
刹那を映す。
「刹那・・・・っ」
黒い翼がライルの感情を表すかの様に、忙しなく羽ばたく。ライルがフォール・ダウンした時以外は、
脳内に響く声だけが刹那に届くので、少し違和感があった。が、そんな事はお構いなしに刹那はライル
に近づいて、思い切り抱きしめた。驚いたのかライルが息を飲んで固まる。

ライルの体温に初めて触れた。

その事は刹那の胸に何か暖かい感情を連れてくる。その心地よい感情に身を浸していると、背中に廻る
長い腕。ライルも自分を抱きしめてくれたのだと理解するのに、少しかかる。

嬉しい。

素直にそう思う。もっと抱きしめていたかったが、そうもいかない。刹那は渋々という表情でライルか
ら身を離した。
「会いたかった、ライル」
「俺もだよ、刹那」
「元気そうだな」
「うん。刹那も無事でなによりだったよ」
「傷はそんなに深くなかった」
「そうは見えないな」
矢継ぎ早に会話が成立して、なんとく刹那は可笑しくなった。ふふふ、と笑うとライルが目を丸くした。
「刹那、なんか変わったな」
刹那を変えた本人が、まるで他人事のように発言する。
「お前のおかげだな」
「?そうなのか?」
首を傾げるライル。いつも磔になった姿しか見ていなかった刹那にとって、動いて普通に喋るライルの
姿は新鮮だ。


刹那は天界の事(とはいってもスメラギやニールの近状だ)を話す。ライルは切なそうに微笑みながら
聞いていた。特にニールの動向は気になるらしく、熱心に話を聞きたがり刹那にちょっとへそを曲げさ
せてしまう。それでも楽しい時だった。


しかしそれは突然に打ち切られた。

双方ともに相手に無事会えた、という事で油断していたのだろう。気がつけば周りを囲まれていた。堕
天使達の気ではない。天界・・・・天使達の部隊に囲まれていたのだ。
「エクシアの刹那・F・セイエイ。お前は反逆の意志が認められる。神の決めた法則を破る事は許され
 ない。よって拘束又は処分をする」
隊長らしき天使が声を高らかに上げて、宣言した。刹那はぎり、と唇を噛みしめた。何故分かった?こ
の場所が、この逢瀬の時が。回数をこなしていればバレる可能性は大いにあるが、今日が初めてなのだ。
何故嗅ぎつけられた?
(アレルヤに嵌められたのか・・・?)
その可能性は低い。アレルヤは特殊な存在である為、天使の軍に距離を置いている。自分でお膳立てし
て密告したところで、アレルヤのメリットはない。それどころか、彼自身が不浄なる者として処分され
る可能性の方が高い。それに彼はそんな危ない橋を渡るような正確ではない(ハレルヤは危ない橋に喜
んで突撃するタイプらしいが)刹那はライルを天使達から庇うように立ちはだかった。ライルはいずれ
天使に戻って天界に帰って来る。だからこそ天使達を殺害させるような真似はさせたくなかった。背に
ある青みがかった2枚の翼を大きく広げ、重心を下に移動させる。刹那の臨戦態勢に気がついたのだろ
う。天使達に緊張が走った。刹那自身は興味が無く知ろうともしなかったのだが、エクシアクラスでの
戦闘能力は他を圧倒するだけのものを持っている。たとえ同じエクシアクラスと対当したとしても、刹
那の力には及ばない。しかも今の刹那はライルを守ろうとする意志が固く、それが更に威力を増してい
るのだ。
「刹那、下がっていろ」
その刹那の前に長身が割って入った。背には大きな4枚の漆黒の翼。
「ライルこそ、下がっていろ」
刹那の言葉に、ライルは振り向かなかった。
「貴様、最近フォール・ダウンした輩だな」
隊長の言葉に、ライルは鼻で笑った。
「そうだよ、だからどうした?」
「堕天使共は神の敵。此処で消去する!」
「おーおー、勇ましいこって」
軽い口調でライルは飄々と答えてくる。元高位のケルディムクラスとあって、隊長が完全に腰が引けて
いる。ライルはボソ、と小さな声で刹那に言った。
「お前は逃げろ、刹那」
「そんな事は出来ない。それこれだけの数を相手にしたら、お前が持たない」
「俺だってこれでも元ケルディムクラスだぜ?お前を逃がす事なんて、造作もないさ」
「しかし!」
「この前、守ってもらったからさ」
ライルの背にある2枚の漆黒の翼が上に、もう2枚の翼は横に大きく広がる。まるで刹那を隠すかの様
に。否、隠しているのだ。そしてその足元から、漆黒のオーラがまるで蛇のようにライルの身体に絡み
つきながら上へ上がって行く。そのオーラは1つだけではない、その次にも同じようにオーラが這い上
がる。オーラが這い上がって行く、それだけで恐ろしいまでのプレッシャーを見る者に与えてくる。刹
那は自分の顔が青ざめていくのを感じた。これがケルディムでもトップクラスの者の実力なのだ。
「コイツをフォール・ダウンさせようと思っていたがな、予定が狂ったぜ」
ククク・・・と厭らしい笑いを響かせる。
「まあ、お前達でもいいかな?」
そう呟くと天使の部隊は明らかに戦慄している。隊長など固まってしまっている。圧倒的な戦力差を感
じた。ずい、とライルが1歩足を進めると、大げさに悲鳴が響き渡った。天使達にとって死ぬ事よりも
フォール・ダウンの方が恐ろしいのだ。と、その時だ。ライルを守るように覆っていたオーラが消えた。
それと同時に刹那の右頬の横を何かが高速で過ぎ去ったのだ。
「?」
思わず右頬に手をやり、その掌を見ると血が付いていた。
「!」
そして慌てて前を見ると信じたくない光景が広がっていた。
「ライルッ!!」
ライルの背に刹那の右頬を傷つけたものが刺さっていた。大きく禍々しい槍。その槍がライルの身体を
貫いている。ライルの後ろ姿が小刻みに震えだし、膝をつく。そしてゆっくりと左に身体が倒れていく。
ライルの前にいたのは・・・・・・
「っ!ニール、どうして此処に!?」
ライルと同じ顔を青ざめさせ、呆然としたニール・ディランディが立っていたのだ。
「俺は・・・・神の命で此処に来ただけなんだ・・・・」
「なんだと!?」
下を向き倒れたライルに視線を注いで、ニールは刹那に向き直る。
「何故、こいつは俺にそっくりなんだ?どうしてこいつは俺を見て驚いたんだ?それよりも何故俺は」
言葉が切れた。真っ直ぐにしかし呆然と刹那を見るニールの瞳から、涙が溢れ出した。
「知りもしないはずの堕天使のこんな姿にショックを受けて、胸が締め付けられるんだ・・・?」
それはかつてニールが愛した弟だからだ。その記憶は永遠に当の弟によって奪い去られた。スメラギの
言った通りだ。記憶はなくても、ニールの魂はライルを覚えている。忘れてはいないのだ。だが刹那は
ニールの動揺に付き合っている暇はなかった。ライルを助けなければ、と走りよりライルを抱き起した。
「ライル、しっかりしろ!ライルッ!」
「せ・・・・つな・・・?」
「ああ、俺だ。必ず助けてやる。少しだけ我慢していろ!」
ライルを貫く槍に思わず手をかけると、じゅっと鈍い音がして焼けつくような痛みが走った。
「やれやれ、こいつぁ面倒だなぁ」
ふてぶてしいまでのこの声を、刹那は忘れた事はない。

アルケーのアリー・アル・サーシェス。

振り向き睨みつけると、アリーは楽しそうに笑った。その卑下た笑みに怒りが湧きあがる。またしても
やられたのだ、この堕天使に。アリーの姿を見た天使達が更に動揺を見せた。アリーの悪夢のような力
は有名だ。下手をするとこの1個師団でさえも1人で撃破してしまうかもしれない。しかも彼自身は楽
しみながら。だが刹那はアリーに構ってはいられない。ライルから発せられるオーラが、急速に薄れて
いるからだ。
「せつな・・・・もう良いよ」
「良くない、俺はこんな結末は認めない」
「そうは言ってもさ・・・。は・・はは、天罰って奴かもな・・・・・・」
「ライル?ライルッ!?」
がくり、とライルは刹那の腕の中で頭を仰け反らせた。頭の中が真っ白になる。

死なせない。
頼むから生きていてくれ。
誰か
誰か・・・・・・・
ライルを
ライルを助けてくれ!!

急速に刹那の頭の中がクリアになる。自分の中からオーラが爆発的なまでに膨れ上がるのを感じた。
「あああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!」
ライルを抱きしめ、刹那は絶叫した。


★刹那に会えた時は純粋に嬉しかったライルですが、兄が現れたので非常に動揺しました。ニールも動  揺しています。 戻る