会話
A BLETILLA11
刹那の主に翼から青と緑の入り混じった粒子が、凄まじい勢いで辺りを覆っていく。腕の中のライルは
全く反応を見せない。
「刹那!?」
困惑に混乱を混ぜたようなニールの声が聞こえたような気がしたが、頭の中が真っ白になっている刹那
は気が付けない。
アリー・アル・サーシェスが、意味ありげに笑った事も。
パンッ、というなにかが弾ける音を聞いた後、刹那は一瞬気を失った。
「?」
目を開くと刹那の腕の中にライルはいなかった。
「!?」
慌てて周囲を見回して、刹那は絶句した。先程までいた森の中ではない。真っ白な世界。どこが下なの
かどこが上なのか、全く分からない。困惑して移動をしようとした時だ。
(やっと現れたか)
頭の中に声が響いた。直接脳に響く声というのはライルの時に体験済みだったので、そんなに驚く事も
なかったが、問題は声の主だ。今迄聞いた事も無い。だがどこか懐かしい、そんな感情があった。
「誰だ!」
視界は全て真っ白の世界で、声の主の姿すら見受けられない。だが視線を感じる。どこか嬉しそうな、
疲れたような視線が刹那を不躾に貫いていた。
(私は・・・・お前達の創造主・・・といえば良いか)
「!神だというのか」
(創造主をそう呼ぶなら、そうだろう)
なにか他人事のように、そっけなくその声は答える。
「さっき、やっと現れたと言っていたな?どういう意味だ?」
刹那はライルの事で頭がいっぱいになって苛立っていた為に、ぞんざいに叫ぶ。腹芸は苦手だった。
(言葉通りの意味だ。お前のような存在がやっと現れた。・・・調停者イノベイターが)
「?イノベイター?」
声の主は頷いたようだった。姿は見えず、声もどこから発せられているかも分からないというのに、そ
う感じる。自分でも異常だと思えるくらい、感覚が鋭くなっていた。
(待っていた。私を信じるだけの者達の中から、その世界に疑問を持ち自らの意志で考える者が現れる
のを)
刹那は黙り込んだ。『神』という存在に疑問と疑念を持ち続けていた事は確かだ。他の者はそんな事を
考えてはいなかった。あのスメラギやニールとてそうだ。『神』が命じれば問答無用で従う。例えその
身がどうなろうとも、盲目的なまでに。その事に違和感を感じていた。
(前にその境地に立てそうな天使はいたが、達する前に弟の手によって記憶を奪い去られ、もとの黙阿
弥になった)
「!ニールの事か」
あの聡明な兄貴分の事だ、スメラギは方法が見つからない事にうろたえていたような事を言っていたが
考えればおのずと元々その阻止する方法も救う方法も論議さえされていない事に気がついたのだろう。
だがそれは記憶と共に葬り去られてしまったのだ。そうとは知らず、やつれて衰弱していく最愛の兄の
姿に心を痛めた弟の手によって。その時、刹那の脳裏にある考えが閃いた。
「なら・・・・本来処分されるはずのライルをあそこに封印という形で留めたのも・・・・?」
(そうだ。その天使がイノベイターとして覚醒するのを期待した)
「!」
結局ニールの嘆きも、ライルの悲しみも全て利用されたという事だ。怒りが湧き上がる。
「そんな事の為にライルを!ニールを!」
怒りのあまり言葉に詰まった。
(元々フォール・ダウンも私に対して反逆するという役割の中で、考えて欲しいという理由から阻止も
救助法も伝えなかった。その為に私は魔王としてリボンズ・アルマークに協力させて、月の世界を任
せた)
「月の・・・・・世界・・?」
(そうだ、天界は陽の世界として作り堕天使の世界は月の世界として作った。ただそれだけだ)
「・・・・・・・・・・・・・」
(だがやっとその長い思惑が叶った。お前はこれから天使達の世界から離れ、私の世界と陽と月の世界
の間で調停者として存在して欲しい)
「ここまで・・・・・」
(・・・・・・)
「ここまでコケにされて、従えというのか?」
(選ぶのはお前だ。だがお前が選ばなければ、次の者を待つ事になろう)
声は冷静そのものであり、感情を覗かせる事も無い。理不尽を恐ろしいまでに冷静に切り捨てる、その
行為こそ『神』なのだろう。愛情を説きながら戦わせ、自分の望む者を作る。それは人間が欲望のまま
に動植物へ施す改良と同じだ。ただそれが天使になっただけの事。人間を見ても改良を繰り返し、最早
原形を留めず、有効であった機能ですら奪っても平気だ。『神』にとって人間の上位種と自負する天使
とて家畜と同じなのだ。だからいくら苦しもうが悲しもうが失われようが、良いのだ。自らの目的が達
成されれば満足なのだ。
(ただし、イノベイターとなる見返りは用意しよう)
「見返り・・・?」
どこまで馬鹿にしているんだと、刹那の目が空を睨みつける。
(お前の覚醒を促した堕天使はもう、助からないだろう。だがお前がイノベイターとなるならば、その
命、お前に預けよう)
「!」
足元を見られている。普段の刹那であればそれを撥ね退けたかもしれない。だが目の前で一旦失われた
存在を、やっと再び手にできた彼を見捨てる事は出来なかった。
「分かった、なってやる。そのイノベイターとやらに。・・・・だが俺はお前を許さない。ライルをニ
ールを苦しめ続けたお前を」
憎々しげに吐きだすその呪詛を、声の主は無音で笑ったようだ。
(結構だ。その感情こそが・・・・私を憎いと毒づくその激しい感情こそが、操り人形の中で鮮烈に影
響を及ぼすだろう。これからは1つの種が1つの意志の統一の元に動く事はなかろう。そこには又し
てもぶつかり合いができる。個が発生したならば。お前のするべきはその者達を自らの考えで行動し
自らの責任を持つ者達のぶつかり合いを調整していく事だ)
「アンタはもうこの世界には干渉しないというのか?」
(その通りだ。自らの意思を持つ者に、独裁者はいらないだろう?)
「・・・・・・・」
(約束は守ろう)
その言葉を最後に、まるで切り裂かれたようにその白い空間は消えて行った。
目を開ければそこは元の森の中。今迄の問答は全て幻だったのかと首を傾げたが、天使達の自分を見る
目が変わっている事に気がついた。ニールも呆然として刹那を見ている。なんなのだろう?と思った時
だった。
「刹那・・・・お前その姿は・・?」
ニールの震える声。姿?なにか天使であった自分と違う姿でもしているのだろうか?更に首を傾げる刹
那の前にニールの手の平が差し出される。手の平より光の粒子が小さく渦巻き、物質を形作って行く。
それは所謂姿見の鏡だった。怪訝そうにその鏡に目を向けた刹那は、流石に固まった。
鏡の中には自分とそっくりな青年が映っていたからだ。しかも目が鮮やかな七色を発して光輝いている。
元々白く青みがかった刹那の翼は、美しい黄緑色に輝く光の粒子の結晶と化していた。その光の粒子が
辺りを照らしだしている。
「誰だ、これは・・・・」
思わず呟いた刹那に
「お前だよ、刹那」
というニールの返事が返って来る。天使は容姿すら成長する事はない。持って生れた役割がある為に、
人間で言う赤子の姿では産まれない。つまり刹那は産まれながらに16歳ぐらいの少年の姿であったし
(ただしこれはエクシアクラス全員にいえる事)ニールやライルは青年という表現がぴったりの姿なの
だ。しかし刹那の容姿は劇的に変わった。つまり彼は進化のステップを登ったという事だ。暫し、呆然
と鏡を見ていたが、慌ててライルを探した。『神』と名乗った者はライルの命を刹那に預けると言って
いた。死んでは・・・・消滅はしていないはず。
ライルはまだ目を覚ましてはいなかった。いつの間にか彼を貫いていた槍は消えている。そっとしゃが
みライルを抱き起す。ニールはまだライルに対して混乱しているのだろう。少し離れた処から、静かに
刹那とライルを見守っている。ライルを胸に抱きしめたまま、周囲を見回すとアリー・アル・サーシェ
スの姿は消えていた。その事に安堵して腕の中の存在に目を再び向ける。無意識ではあったが刹那の粒
子で構成された翼がまるでライルを守るかのように包み込んでいく。それは天使から見ても幻想に近い
美しい光景だった。刹那は祈るように目を閉じる。『神』には祈らない。そんな必要はなくなったのだ
から。刹那は祈る。腕の中の愛しい存在に向けて。目を覚ましてくれ、と。
脳裏に浮かんだのは、願いを言葉にした優しい花。
紫蘭。
紫蘭が風にたおやかに揺れていた。
★書きたかったのは自立だったりします。宗教を信じてその教義に従順であるというのは一見、尊いよ
うにも見えますが、実際は自分で考えたり責任を追う事を放棄している場合が多いと思います。誰か
にみーんな丸投げするのは、実に楽な生き方。それを拒否する者の第一号が刹那になりました。つー
か本編にリンクさせてみましたーv
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