そして生きていく






 
A BLETILLA12



刹那は帰路を急いでいた。


天界に一旦帰った時、そこは神託が失われたと大騒ぎになっていた。神託を受け付ける聖なる水晶が砕
け散ったからだ。天使達はその気まぐれに現れる神託によって、天界を維持してきた。その天界そのも
のが砕け散ったのだ。特に天界を統べる者であるセラフィム達の混乱は凄まじかった。
「神は・・・・我々を見放したのか!?」
ティエリアが項垂れて呟いた。
「違う」
刹那の即座の否定に、ティエリアの顔が上がった。その顔には困惑がありありと見える。
「依存ではなく、自分の足で立てとそう言う事だ」
「君は確か・・・スメラギの部下の、刹那だったな・・・?」
「ああ、そうだ」
「しかし・・・・その雰囲気、我々とは違う存在のように感じるが・・・・」
「確かに俺は天使ではなくなったのかもしれない。が、違う存在というわけでもない。俺は俺だ」
意識したわけではなかったが一旦元に戻ったはずの翼が美しい粒子の集合体になり、周りを照らしだす。
息を飲むティエリアや他のセラフィムを静かに見つめる刹那の瞳には輝く光。
「すぐには変われないだろう。従わせておいて、急に自立しろという方が無理だ。ゆっくり変わってい
 けばいい。急激な変革は、必ずどこかに歪みを残す。俺達には時間は限りなくあるのだから」
固まるセラフィム達を見回して、刹那は長期戦の覚悟を決める。人と同じで天使とて急に変われはしな
いのだから。


一方、堕天使側にも大混乱になっていた。魔王たるリボンズ・アルマークが突然
「約束は守った。後はそのイノベイターとやらに任せるさ。満足かい?イオリア・シュヘンベルク」
と言い放ち、現れた時同様突然に同胞を連れて消えてしまったのだ。余談だが、アリー・アル・サーシ
ェスも一緒に消えた。創世記よりいた堕天使達はショックのあまり、どこかの一室に閉じこもっている
らしい。彼らには変化の時期が来たと分かってはいたが、どうしてもその変化についていけないのだろ
う。それは哀れでもなんでもなく、当然の事ともいえる。変わる事を拒否する事も1つの選択であろう。
それを殻に閉じこもっていると断ずるのも乱暴な話だ。そう言い放つ者が本当の意味で閉じこもってい
ない保障など、どこにもありはしないのだから。


予想通りあちこちでぶつかり合いが起こり、刹那は陽と月の世界とはまた違う空間にある自宅になかな
か帰れない。今回も人間感覚で言えば数カ月の月日を費やしてやっと帰路につけた。逸る気持ちを押さ
えつつ、刹那は空間を擦り抜ける。
「あ、お帰り、刹那!」
「よーう、久し振り!お疲れ!」
同じ容姿の、しかし翼の色が違う2人の天使が刹那を迎える。

1人の天使には漆黒の4枚の翼。

1人の天使には薄く緑がかった、2枚の翼。

「また来ていたのか、ニール」
どうものんびりと椅子に座ってお茶を飲んでいたらしい。とはいえライルはハレルヤの協力を得て、堕
天使側の説得にあたっている多忙な身だし(だから翼もそのまま)ニールは反対にアレルヤと組んで、
天使側の説得にあたっている。
「なーんていうのかな、ライルが凄く身近に感じてさー。離れたくないんだよなー」
最初の頃の困惑もなんのその、ニールはだらしなく顔を緩めてライルに笑いかける。ライルは困った顔
をして、刹那を見ていた。記憶はない、だが感覚として・・・直感というべきか・・・ライルが最愛の
存在だった頃を忘れていないのだ。
「刹那、お疲れ。茶淹れてくるわ」
ライルが立ちあがって、奥に消えた。刹那はニールに声をかけた。
「そういえばセラフィム達はどうだ?」
「ああ、まぁ俺もそうだけど急には変われないからな。ぼちぼちやってくさ」
「そうか、悪いな」
「なに言ってんだ。俺、この仕事楽しくってさ。面倒事をこう、片づけるってのも楽しいもんだ」
「・・・・・・・そうなのか」
世話好きなニールらしい、と刹那は思う。しかし、しかしだ・・・・。此処は本来刹那とライルの2人
暮らしのはずだったのだが、こうしてニールが入り浸っている。反対に自宅には全く帰っていないらし
い。というか自宅をさっさと引き払ってしまったようだ。この屋敷にはご丁寧にもニールの部屋が存在
したりする。ライルに対しての執着が、ここまでとは思わなかったが・・・・。この空間には刹那の許
しがなければ入れない事になっている。アレルヤとハレルヤなどもこの空間を出入りできる。スメラギ
は世話になった為、招待してみたのだが断られた。
「あの双子に当てられるのは沢山よ」
と笑って。スメラギは今の刹那と同じ立場だったのだろう。しかもニールにとってライルが最愛の存在
という事を忘れていない時だったので、もっとひどかったのだろうと刹那はしみじみと思った。
「刹那」
目を向けると見た事も無いような幸そうな笑顔を受けベているニール。
「なんだ」
「ありがとな」
「?」
「ライルと会わせてくれてさ。お前がいなかったら、きっと会えなかった。だから、ありがと」
流石の刹那もこれには言葉が出なかった。違う、本当は俺がいなくたってライルは傍にいたんだとか、
そういう言葉がぐるぐると廻るが結局は言葉にならなかった。

ふと目に入ったのは、テーブルの上にある1つの小さな花瓶。

そこには2輪の紫蘭が交差するように挿してあった。

ニールがその紫蘭を欠かさず挿している理由を聞きたがったが、ライルも刹那も笑って答えない。
ちょっと、両者共に恥ずかしかったからだ。

「お待たせ、刹那」
ライルが良い香りのする紅茶を刹那に差し出し、着席を促した。




★というわけで、一応はっぴっぴエンドです。刹那は甘い新婚生活を小姑に邪魔されている気分(笑) 戻る