出会い






 
A BLETILLA 2

「兄さん?」
刹那は首を傾げた。兄貴分のニール・ディランディに兄弟がいるという話は聞いた事が無い。だがここ
までそっくりな顔であるのに、無関係というわけでもないのだろう。どうコメントして良いやら分から
ずに、刹那はその天使を暫し見つめた。
「お前は誰だ?」
今更の様に問えば、答えが頭に響く。初めての感覚に刹那の神経がざわめく。
(ライル。ライル・ディランディ)

ディランディ

ならやはりニールの兄弟なのだ。兄さん、と呼んでいたから弟。
(今度はこちらの質問に答えて貰う。お前こそ、誰だ?)
「刹那・F・セイエイ」
(階級は・・・・エクシアか)
「ああ」
(此処には何をしに?)
そう問われて、刹那は目的を思い出した。
「歌」
(ん?)
「俺だけに歌が聴こえた。で、その歌の主を探して此処まで来た。お前なのだろう?歌っていたのは」
刹那の言葉に目を閉じたままの天使・・ライルは次の瞬間、真っ赤になった。
(え?なに?外にいたお前に聴こえてんの?)
「ああ。はっきりと」
(あっちゃ〜聴こえている奴がいるとは思わなかったな。その・・・悪かったよ)
「構わない、俺は好きだ」
思ったままを口にすれば、ますますライルは赤くなった。その顔を見て、刹那は自然と可愛いな・・・
等と思ってしまった。ニールはどんな表情をしようとも、格好良いとか大人だとかの印象しか持たない
のだが、同じ顔だというのにこの印象の違いはなんだろうか?心の中で首を傾げるが、表情には出さな
い。そして次の質問に移った。
「此処で何をしているんだ?」
ライルは一瞬虚を突かれたような表情をする。目が開いていれば、目を丸くしているのだろう。
(あのなー、此処で遊んでいるとでも?)
「確かにそうは見えないが、こんな処で何故磔になっているんだ」
更に問えば、ライルは黙り込んだ。何か気に入らない事でも言ってしまったかと危惧したが、それはい
らない心配だったようだ。
(良いぜ、教えてやる。ええと・・・刹那、俺の眼前まで飛んで来い)
「分かった」
刹那は翼をはためかせ、ライルの眼前に飛び上がった。
(鎖には触れるなよ。お前、消滅するかもしれないからな)
ライルの全身を十字架に繋ぎ止めている金色に輝く鎖は、彼の光に透けて美しく緑色に染まる4枚の翼
にも絡められていた。
(俺の額を良く見てみな)
言われた通り、刹那はライルの額に目を移し・・・・・絶句した。
(分かったかい?これが俺が此処にいる理由だ)
ライルの額にあったもの、それは『堕天の印』だった。天使がこれを着けられてしまえば最後、フォー
ル・ダウンという症状を起こして堕ちてしまう、天使達にとっては恐怖の的になっているもの。
「だがお前はフォール・ダウンしていないように見えるが・・・・」
(だからさ、此処に封じてもらってフォール・ダウンの症状を止めているんだ)
封じてもらっている、という事は少なくともライル自身が納得しているという事。
(こんな物騒な印着けてる俺の処には、もう来ない方が良いぜ)
確かにそうだ、何らかの原因で封印が解けてしまったら、刹那の方が危険だ。ケルディムの力は伊達で
はない。エクシアの自分など、一撃で吹っ飛んでしまう。最悪消滅しかねない。
「分かった・・・・・」
そう答えて刹那は自分が入って来た窓に飛んでいく。そして窓の縁にたどり着くとライルの方を向き、
こう言い放ったのだ。
「また来る」
(ああ・・・・って、おい!俺の話を聞いてたのかよ!?)
ライルの喚く声が聞こえたが、刹那は無視して先程の通路を使って外に出る。どうやらライルと話がで
きるのは、あの塔の中だけらしい。あの後続いたであろうライルの喚きを、刹那は聞く事が無かった。
高くそびえる塔を見上げ、刹那は薄く笑った。

それは刹那を知っている者が見たら、驚くぐらいの優しい笑みだった。

それからというもの、刹那は暇さえあればせっせとライルの元へ通いだした。その度に文句を言ってい
たライルだったが、今ではもう諦めたのか咎める事はない。そして刹那に色々な話をしてくれた。智天
使という名を持つ彼は、戦場で堕天使と戦う事の知識しか知らなかった刹那に世界の事を教えてくれた。
知らない事を知る、という行為は基本的に楽しいものだ。刹那はライルから齎される知識を楽しんだ。
「そういえば、この前ニール・ディランディに会った」
(兄さんに?元気だったか?)
ライルからの返答は、嬉しそうだった。
「ああ。だが兄弟はいるのか?と訊いたらいないと答えられた。何故だ」
(・・・・・・・・・)
兄弟はいるか、と尋ねた刹那にニールは目を丸くして首を傾げた。
「いいや、俺に兄弟はいないが・・・・・。それがどうした?」
と反対に訊かれてしまい、こっちが困ってしまった。なんとかごまかしたものの、ニールはどこか納得
していない表情をして、刹那を見つめた。
「ライル」
刹那の声にライルは表情を曇らせた。
(分かったよ、だけどこれは誰にも喋るな。良いな?)
いくばくかの沈黙の後、ライルから念を押された。
「分かった」
頷けば、溜息をされる。あくまでライルの思考の中で、だが刹那は知りたかった。何故ライルが此処に
封じられているのか。何故ニールがライルの事を忘れているのか。その全てを。


ライルの昔話が始まった。


(お前がまだ生まれてもいない昔に、天界に魔獣が入り込んだんだ。普通魔獣レベルでは天界に侵入な
 どできるはずもないのに、だ。そこでその魔獣退治に選ばれたのが、俺だった。ケルディムは天界を
 守る者だからな。兄さんは凄い心配してさ、自分も行くって言ってくれたんだけど許されなかったな。
 で、俺はその魔獣と戦った。侮っているつもりはなかったんだが、魔獣は俺の想像をはるかに超えた
 力を持っていた。なんとか満身創痍になりながら倒したんだが、そこで話は終わらなかった。魔獣の
 中から現れたんだ・・・・あいつが)
「あいつ?」
(アリー・アル・サーシェス。階級はアルケー。人間達には死神とも恐れられているクラスだ。しかも
 そのアルケーの中でもアリーの力は抜きんでていたらしい。魔獣が異様な強さを持っていたのは、魔
 獣本来の力に、アリーの力が上乗せされていたからなんだ。俺はそのからくりを見抜けなかった。奴
 の思うつぼというやつだな。今、思い出してもはらわたが煮えくりかえるよ。自分の迂闊さにさ)
「アリー・アル・サーシェスは未だに戦場では恐怖の的だ。お前が見抜けなくても仕方がないと思う」
(そりゃ、どーも。だけど俺はそこで『堕天の印』を着けられた。あの時の恐怖といったらないな。自
 分の根本的な何かが変わるという恐ろしさ。それが縦横無尽に身体を掛けずり回るんだ。本来ならあ
 いつは俺を連れて帰ろうとしたんだろうが、俺は運が良かった。異常事態を察したセラフィム達がや
 って来たからだ。いくら強力なアルケーでもセラフィムが数人いたら、無事では済まない。アリーは
 さっさと帰って行ったよ。そして残された俺は願った。堕天にはなりたくない、天界にいたいと。そ
 の願いをセラフィム達は叶えてくれた。この塔を形作る煉瓦1つ1つがセラフィムの力の結晶。そし
 てこの塔を覆うこの結界も詳しい事態を知らないとはいえ、大勢のセラフィムが作ってくれたものだ。
 俺をアルケーであるアリーから守る為に)
「・・・・・・・やはり守る為の結界か。俺達には厳しいセラフィム達が、お前には異常なほど甘いん
 だな」
(多分、兄さんの影響があると思うよ。あの人、何故かセラフィム達に好評のようだったしね)
「確かに、デュナメスクラスでセラフィムと懇意にしているのはニールだけだな。だがそれだけでお前
 にここまでするとは思えない。お前が思っていないだけで、ライルもセラフィム達に受けが良かった
 んじゃないのか?」
(セラフィムとケルディムはお互い階級が近いし、天界の最終防衛ラインを培っているからな。他の階
 級よりは懇意だな)
「それでも俺には奇異に見えるな。セラフィム達は自分の階級より下の者達には厳しいし」
(そりゃ愛の鞭ってやつだよ。もしセラフィム達が他のクラスなどどうでも良いと思っていたら、刹那
 はもっと酷い環境で戦わされていると思うぞ?)
「・・・・・・・それはそうだな」

刹那は、話を促した。


★刹那とライルの交流の巻。自分という存在が強制的に根本的なものから変わっていくのは怖いよね。  そうそう階級は其々のMSから取ってます。 戻る