目の前の悪夢
A BLETILLA4
昨日も今日も、何事もなく過ぎていく。刹那がライルの元へ足しげく通って来るのも、それをいつの間
にか心待ちにしているライルも。だが動き出す。悪意が・・・・・悪夢が。
それは突然の事だった。いつもの通りライルの元に行き、いつもの通り言葉を交わしていた。
ガシャーーーン
頭上で何かが壊れる音がして、刹那は上を向いた。ライルを照らす美しい光を遮るように、黒い影が降
りてくる。
「貴様は・・・・・っ!!」
刹那の声に、ああん?と唸って振り向いたのは、戦場で悪夢と恐れられている堕天使であるアリー・ア
ル・サーシェス。身構える刹那を面白そうに一瞥した後、アリーは上を向いた。ニヤリと笑う。
「よぅ、久しぶりだな。ケルディムの子猫ちゃんよぉ・・・・」
ライルの全身に緊張が走ったのが分かった。
(ア・・・・アリー・アル・サーシェス・・・・)
「そうよ、そのとおりよ!」
カカカカとアリーは上機嫌で笑う。背中に生えている黒い翼がアリーの感情を映したように、ばさばさ
と羽ばたきをした。
「まったく、苦労したぜ。せっかくケルディムクラスを確保できたと思ったのに、セラフィムの奴らが
ここまで強力な結界を二重三重に張り巡らせやがって」
(何故、此処に侵入できた!?いくらアルケークラスといえども、この結界を破れるわけがない)
ライルの言葉がみっともないほどに震えている。それはそうだろう『堕天の印』をライルに着け、ライ
ルどころか、ニールの運命すら変えてしまった者が今、目の前にいるのだから。まるでライルの怯えに
反応するかのように、ライルを十字架に戒める黄金の鎖がキィィィィ・・・ンと音を奏でて震える。
「そんなに怯えんなよ。なにも取って食うわけじゃねぇ。堕天使になってもらえれば良いんだからよ」
(ふざけるな!俺は天界を去る気はない!堕天使にもなる気はない!帰れ!)
「ふざけてなんかないさ。こっちも人手不足でね。強力な階級の堕天使が欲しいだけだからよぉ」
アリーが1歩、ライルの方へ足を踏み出した。その瞬間を狙って、刹那はいつも帯刀している剣を振り
アリーに襲いかかった。例え階級に差があろうとも、刹那は戦闘用に特化したエクシアクラスだ。隙を
つけば、なんとかアリーからライルを離す事は出来ると判断したからだ。
しかし
「おーーーとととと。なかなか活きが良いじゃねぇか」
相手を捕捉した、そう思った時には剣は空を切り気が付けばアリーにがっしりと手首を握られている。
瞬時に足が出た。1回転するような動きで、自分の手首を掴んでいるアリーの手を狙う。
「おーーーーっと!」
アリーはぱっと手を離した。その隙に一旦下がる。それまで刹那を一瞥しかしなかったアリーの瞳に面
白がる光が宿った。
(刹那、止めろ!)
ライルの悲鳴じみた声が頭に響く。だがここで引いてしまえば、ライルはアリーによって堕天使にされ
て連れていかれてしまう。そして戦場で敵として会う事になるかもしれないのだ。冗談ではない。刹那
には譲れなかった。いつか必ずライルの呪いを解いて、共に生きていくのだと決めたのだから。ライル
制止を無視し、刹那は構える。赤い瞳が爛々と輝きを増していく。そこには戦いの化身と化したエクシ
アがいた。
ヒュッ
息を吐いて刹那は、再びアリーに向かう。大振りだと余裕でかわされるのは分かっていたので、瞬時に
手にした剣を小刀に変える。避けたアリーが反撃する前に、身体を捻って小刀を逆手に持ち後ろにむか
って円を描くように切りかかる。刹那のこの攻撃はまたしてもかわされたが、アリーの前髪を少量とは
いえ、散らすことに成功した。アリーが面白そうに目を細める。
「想いの力ってかぁ?なかなか良い攻撃だったよ。そんなにこのケルディムが大切かね」
「当たり前だ!ライルを堕天使になどさせない!」
「ますます堕天使に変えたくなったよ、あの子猫ちゃんをよぉ!」
「黙れっ!」
アリーに向かって1歩踏み出そうとした瞬間。
「!?」
刹那は今迄経験した事のない衝撃を身体に受けた。空気の塊をぶつけられたという感じだろうか。その
まま刹那は受け身を取る事も出来ずに、壁に激突した。
(刹那っ!)
ライルの悲鳴が頭に響く。
「うぅ・・・・」
それでも立ち上がろうとした刹那を、アリーは意外そうに見つめる。
「ほぉ、エクシアがこれ食らって立ち上がるとはな・・・・・成程、てめぇかなり強力な護符を持って
いたとみえる」
霞む視線の中で、刹那は護符から飛び出した魔方陣が自分の身体の周りを固めている事に気が付いた。
ニールが作った護符。あの兄貴分は普段から無茶をする刹那を心配し、刹那から要請された能力の他に
刹那を守る魔方陣を仕込んでいてくれたのだ。いくらアルケークラスのトップとはいえ、セラフィムに
匹敵するニールの力に敵わなかった、という事なのか。
「だが、その護符も限界だな」
魔方陣がそこかしこに綻びを見せていた。あと1発食らえば魔方陣は持たず、刹那は倒れる。立ち上が
ろうとした刹那だったが、体中に力が入らない。
「ま、てめぇはこの愛しのケルディムちゃんの為に良く頑張ったわな」
わざわざ刹那の前に来てしゃがみ込み、アリーはご機嫌といった感じで刹那の髪を掴み上を向かせる。
刹那はアリーを睨みつけた。それしかできない。
「ご褒美に、こいつがフォール・ダウンする処を見せてやるよ。よーーーく見てな」
「や・・・止めろ。ライルに手を出すな」
「ほんと、健気なこって」
ぽい、と刹那を放り投げてアリーは祭壇に向かう。
(貴様・・・・っ!)
「良いねぇ、その殺気。お高い天使様とも思えないね。やっぱりてめぇはコッチに来るべきなんだよ」
(だがこの鎖はセラフィム達の純度の高い力の結晶でできているんだぞ。貴様ごときに破れるとは思え
ない)
「確かにな。だが忘れてねぇか?堕天使とて元セラフィムクラスは結構いやがるんだぜ?まぁ・・・大
体は耄碌しちまって戦場では使い物にならないがな」
(!)
アリーの右手に光の珠が現れ、それは筋となってその右腕に絡みついて行く。
「準備、完了だ」
アリーは遠慮なく鎖を掴んだ。その途端、空気が揺れ大地が揺れ・・・・空間が揺れる。動けない刹那
の目の前でライルを守っていた黄金の鎖がぼろぼろと崩れていく。
パンッ
小気味いい音をさせて鎖が消滅する。ライルは十字架から成す術もなく落ちていく。
「おっとっと」
床に激突する前にアリーがライルの身体を受け止め、床に放りだした。
「ライルっ!」
「せ・・・・・刹・・・・・な・・・・・」
初めて聞くライルの肉声。だがこんな形で知りたくはなかった。
「さあセラフィムの奴らが来る前に、堕ちてもらおうか」
先程の力の余韻が残る右手をライルに近付ける。そして刹那の目にもハッキリと見えた。ライルの額に
施された『堕天の印』が光り輝くのを。
「ぐっ・・・・・・がぁ・・・・・・」
ライルが額を押さえ、蹲って苦しみ出す。
「嫌だ・・・・・堕天になんかなりたくない・・・・・・。助けて・・・・兄さん・・・・・・」
ライルの苦しみを表すかのように、彼の4枚の翼が苦しそうに羽ばたく。
「頑張るな、だが早くしてもらわねぇとこっちがやばいんでな」
「ああああああっ!」
ライルの悲鳴が響き渡る。盛んに首を振って額を押さえる。
そして
「−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−っっ!!」
これまで聞いた事もない絶叫だった。ヴィ・・ンという波動と共に、ライルの背にある翼の付け根の羽
根が散った。
「ライル!」
そしてその羽根の下に現れたのは、黒い羽根。堕天使の証。その黒い羽根はあっという間に白い羽根を
浸食するかのようにまき散らさせ、ライルの光に透かすと薄く緑が浮かび上がる翼を黒く染めていく。
フォール・ダウンだ。
黒い羽根がライルの翼を浸食しつくした後、それは完全に色を変えた。
「立てるかい?」
にやにやしながら差し出されたアリーの手を、ライルは払いのけた。
「貴様ごときの手を借りるほどでもない」
今迄のライルからは想像もできない冷たく低い声。刹那はライルが堕天使になってしまったのを感じて
茫然となる。
「セラフィム共が来る前にずらかるんだろ?行こうぜ、此処にはもう用はない」
「分かった、俺に着いて来な」
「ライルっ!」
アリーに続こうとしたライルを、刹那は必死で呼びとめた。こんな結末は望んではいない。
「そーいや頑張ったエクシア君がいたんだったな。さっさと始末しちまうか」
「待て、急ぐんだろ?」
ライルがアリーを止める。刹那には背を向けている為、その表情は見えない。が、アリーはハイハイと
お軽く相槌をうった。
「こっちだ」
「分かった」
去ろうとしたライルが、ふと刹那を振り向いた。その瞳は・・・表情は悲しみに満ちている。
(有難う、刹那。さよならだ)
その唇が音もなく動き、ライルは去って行った。
ライルは完全に堕天使にはなっていない。どこかでまだ抵抗を続けているのだ。刹那は確信する。
「きっと・・・・きっと助けてやる。ライル・・・・・きっとだ」
その思いを胸に刹那は意識を薄れさせていく。おぼろげながらに目に入ったのは、6枚の翼を持つ者達
だった。
★刹ライ恋の邪魔者アリーさん登場(笑)アルケークラスは割とレアなクラスで、元ネタと同じように
魂を刈っていく存在です。当然、天使達の邪魔が入ったりするのでエクシアと同じく戦闘に特化して
いる者も多い。アリーはそのトップエース(つーか)属性が変わって翼の羽根が白から黒へ変化する
場面は、ドミノ倒しを想像してもらえると良いかも(笑)
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