もう1組の双子
A BLETILLA7
刹那はニールの家を辞退し、スメラギに指示された「アレルヤ・ハプティズム」という天使に会う為に
その住処に向かっていた。
(アレルヤ・ハプティズム?)
(そうよ。きっと彼が貴方にとって最大限の味方になってくれるわ。・・・そしてライルにとっても)
(?どういう事だ?)
(会って話を聞けばいいわ。聞けば私の言った事はわかるはずよ)
そんなスメラギとの会話を思い出しながら。確かにこの時点で彼女が推薦してくれる天使だ。自分にと
ってプラスになるという事は理解する。しかし堕天してしまったライルにとっても味方になってくれる
という意味が分からない。首を捻る刹那を、スメラギは面白そうに眺めていた。どこか茶目っ気を感じ
させる態度を見慣れてきたせいで、ニールから教えてもらった「スメラギ像」が想像できない。何故、
自分に力を貸してくれるのか?とも思ったが(なんせ刹那は1歩間違えば重犯罪人として処罰を受ける
ところだったのだから)彼女は言っていたではないか。ライルは自分の幼馴染だったと。成程、確かに
赤の他人なら何も動こうとはしなかったかもしれないが、身内であればなんとか救おうと動くのは無理
ない処ではある。実は『フォール・ダウン』の解決法がまるで無い事を指摘してきた刹那に彼女は興味
を持ったわけだが、そんな事を言われた処では刹那には分からない。彼は純粋な疑問を口にしただけな
のだから。賢者が気が付かない事を、素人が突くという事は割とあるものだ。賢者は自らの知識に頼り
すぎるフシがある。知識に縛られてしまう事がままあるのだ。だからその知識外の範囲で気がつかない
事も多い。まさにスメラギにとって刹那は、自分の常識を覆した存在なのだ。そこで意固地になるか、
受け入れるかで道は分かれるわけだが、スメラギは後者だった。無論、彼女だって昔に救えなかった幼
馴染が更に堕天してしまった事を悲しみ、救おうと思っているからこそ刹那の後ろ盾になったのだが。
「ここか・・・・」
ライルのいた森を彷彿とさせる、森の中に1件の家が建っている。お世辞にも立派な作りとは言えず、
質素を絵にかいたような建物であった。灰色の煉瓦に覆われた外装。取りあえずコーティングしました
と言わんばかりの扉には、ちゃちなドアノックが付いている。しかしそれも錆びついており、使用すれ
ば壊れるのではないかと危惧するレベルのものだった。ここに住んでいる天使はものぐさなのだろうか
と刹那は思う。刹那自身、家とは戦場から帰還して短い休暇を過ごす為のものでしかない。世話を焼い
てくれたニールが絶句するほどの、味気ない家だったので人の事は言えない。しかしそれでも最小限の
掃除はしていたし、ニールがなにかと手伝ってくれたお陰で此処までは酷くなっていない。
「・・・・・・うぅむ」
思わず唸るが、ここで唸っていたって始まらない。時間が経てばなんとか最後の1歩を踏ん張っている
であろうライルの心が折れてしまう可能性もある。刹那は決心をして、その動かなそうなドアノックに
手を伸ばした。
コン コン
幸運な事にドアノックは壊れずに、その業務を全うしてくれた。
「・・・・・・・どなたですか?」
中から小さく声が聞こえてくる。刹那は口を開いた。
「スメラギ・李・ノリエガの遣いで来た。怪しい者じゃない。開けて貰えないか?」
暫くの沈黙の後(どうも此方を観察していたらしい)中の気配が動き、ギィと音を立ててドアは開いた。
人間でいうなら青年期といえば良いのか、そのぐらいの天使がこちらをおずおずと見ている。珍しい銀
の瞳が刹那の赤い瞳と会う。
「俺は刹那・F・セイエイ。階級はエクシア」
そう言ってスメラギに渡されたレリーフを見せる。すると相手から警戒が消えた。
「確かにスメラギさんの遣いだね。僕はアレルヤ・ハプティズム。階級はキュリオスだよ」
警戒が消えた途端、彼は優しい空気を纏い刹那に微笑んだ。
「さ、入って。何も無いけど・・・・・」
「いや、感謝する」
刹那は頭を下げて、礼を言う。言いながら首を傾げた。この天使の警戒ぶりはなんだろう?と。自分が
スメラギの使者だと分かると、地の彼が出てくるようだった。
部屋の中は外とは違い、清潔に保たれていた。これでは刹那の部屋の中の方が、殺伐としている。思わ
ずきょろきょろと周りを見回していると、椅子を勧められた。テーブルには小さな花瓶が置かれ、そこ
には可愛らしい花が1輪咲いていた。紫色の控えめな花だった。
「この花は?」
普段、花など目にも掛けない刹那ではあるが、ライルの堕天や色々あった事で少しナーバスになってい
たらしい。カップを置いたアレルヤは嬉しそうに笑った。
「紫蘭というんだ」
「しらん・・・・・?」
うん、と彼は頷く。どこか幸せそうに。それからまた台所に行き、今度はポットを持って現れた。
「どうぞ」
「有難う」
アレルヤも刹那のお向かいに座って、暫くお茶を堪能する。
「で、話というのはなんでしょうか?刹那さん?」
年下と分かる刹那にも実に礼儀正しく、さん付で訊ねてくる。刹那はまっすぐにアレルヤの銀の瞳を見
すえて、頷く。
「まず最初に・・・・・・」
「うん」
「さん付はしなくても良い。階級もそちらの方が上なのだから」
「そう?ならそうするよ」
実に葛藤もへったくれもなく了承されて、刹那は一瞬きょとんとしてアレルヤを見つめるが、気を引き
締める。大分穏やかな性格ではあるようだが、そこには刹那を見極めようとしてる冷静な部分が見え隠
れしている。
「なら、話を始める」
話の全てを語り終えた時、アレルヤは真剣な顔をして何度も頷いていた。
「スメラギがアレルヤ・ハプティズムに力を貸してくれと頼めと言っていた。貴方はライル・ディラン
ディを知っているのか?」
刹那の問いかけにアレルヤは首を横に振った。
「いいや、直接的には知らないんだ。僕は昔、スメラギさんの世話になっていた事があってね。内緒の
話として『あの』ニール・ディランディの双子の弟の話を聞いたぐらいなんだ」
「そうなのか・・・・」
この様子からしてニールを直接的に知っているとは思えない。ディランディ兄弟に縁がある天使だとば
かり思っていたので(縁があるから力を貸してもらえと言われたのだと思っていた)少々肩すかしであ
った。だがスメラギの事だ。なんの意味もなくアレルヤと会わせるわけがない。刹那は自分でも思って
いた以上にしょんぼりしていたらしい。慌ててアレルヤが口を開く。
「あ、でもね、スメラギさんが僕の処へ話を持ってきた意味は分かるよ」
「・・・・・・・そうなのか?」
「うん。これは口外しないで欲しいんだけど・・・・・」
「ああ。秘密は守る」
「頼むね。僕も双子なんだ。で、弟のハレルヤは階級のアリオスで、まさに堕天の陣地にいるんだ」
「・・・・・・・・・は?」
思いもしない展開に、刹那は今日だけで何度目かの眩暈を感じた。
「僕らは産まれた時に、どういうわけか反属性を持ってしまっていたんだ。僕はキュリオス。そして弟
のハレルヤは産まれながらの堕天の階級であるアリオスとしてね。ハレルヤはもちろん、産まれた後
に天界を追われた。でもそれを助けてくれたのが、スメラギさんだったんだ。感謝したよ、勿論ね。
だけどハレルヤは親切にされっぱなしというのが苦手でね。自分から堕天の陣地に潜入してスパイを
すると言いだした。ああ、僕もスメラギさんも止めたよ。だけど産まれながらに堕天なんだから、裏
切ることはしないと言い張ってね・・・。頑固なんだ本当に」
苦笑する表情の中に、そのハレルヤへの愛情が感じられる。大切なものを噛みしめているような、そん
な表情。だがこれで合点が行った。つまりライルが最後の1歩を踏みとどまっている事を堕天の連中に
知られたら、強引にでもその1歩を進めさせるだろう。だがそのハレルヤという堕天使が常にライルの
傍にいてくれたら、何かあった時に適切な対処をしてくれるはずだ。
光明が見えた。
「じゃあ、あちらに行ったライルを保護できるという事だな」
「うん、まあそうだけど。ハレルヤにしても早々そのライルという天使を保護して天界にというわけに
はいかないさ。だが彼の様子はすぐにわかるようになるよ」
「?どうしてだ?」
刹那の質問に、アレルヤは鮮やかな笑顔を見せた。
「だって繋がっているから。僕とハレルヤはいつだってね」
アレルヤの協力を取り付けて帰る刹那の手には、先程アレルヤの家のテーブルを飾っていたあの紫蘭の
花が握られていた。
(それは君とライルって天使の望みなんだろうと思うよ)
花を刹那に押し付けてアレルヤは笑った。
(花言葉はね・・・・・)
「ああ・・・そうだ。俺もライルもこの花の象徴する言葉を望んでいるんだ」
刹那は自分の手の中で風にたおやかに揺れる花を見て、微笑んだ。アレルヤがあんな辺鄙な場所に住ん
でいるのも、警戒心が露わなのもスパイとして活動している弟の足かせになりたくないからだ。その弟
もきっと兄に迷惑を掛けない為に、上手く立ちまわっているのだろう。そう考えると、刹那はますます
困惑する。何故、天使と堕天使を争っているのかを。エクシアである刹那がそんな考えを持つ事が異端
である事は分かっている。だが思う。
何故戦う?
何故殺す?
どうしてそっとしておけない?
どうして相手を認めない?
★A BLETILLA=紫蘭の花ことばは「互いに忘れないように」だそうです。つまりアレルヤにとってハレル
ヤに語りかける意味を持っています。それとせっちゃんとライルの間にもいえることですね。ここでや
っと題名の意味が出ました(笑)
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