時は過ぎて・・・






 
A BLETILLA9


ライルがフォール・ダウンを起こして刹那の前から去って、それなりの時が過ぎた。刹那やスメラギの
元にはハレルヤ・アレルヤ経由でライルの状況は伝わってきてはいる。だがなかなか進展しない事に刹
那は苛立ちを感じ始めていた。ライルが完全に堕天使になっていないからこそ、迅速に動いたはずなの
に状況はその時からほとんど進んではいない。ただ即戦力として連れて行かれたらしいライルが戦場に
立っていない事が、刹那にとっては救いだった。天使を殺していないのならば、天界に復活しても罰っ
せられる事もないだろう。しかしそれもいつまでかは分からない。焦る心。焦ってはダメだと分かって
はいるが、それでもそれを完全には留められない。刹那はふとテーブルの上の花瓶を見た。そこには紫
の花が挿してある。

紫蘭。

『互いに忘れないように』という花言葉を持つこの花を、刹那はアレルヤに教わってから自宅の花瓶に
切らした事はない。望みなのだ、切ないまでの。ライルと過ごした日々というのはそう長い事ではない。
なのに何故こんなにも此処にいないという事が切ないのだろう。あの日から、心にぽっかりと空いた穴。
今迄、他の天使達にも興味が無かったというのに・・・・。そしてぐるぐる回る思考はいつもこんな言
葉で埋め尽くされる。

何故戦う?
何故殺す?
何故争う?
なんの為に・・・・?

神という定義が刹那の中ではぐらつき始めている。争いを否定しながら、何故この不毛な天使同士の戦
いに介入してこないのか。そもそも全知全能ならば反逆の輩など出るわけはない。そこに何かあるとい
うのだろうか。何かを成し遂げさせる為に。
(分かるわけがないか。俺はエクシアであって神ではないのだから)
刹那の葛藤は天使ではあり得ない事だ。この事があのお堅いセラフィム連中に知れれば、刹那は処分さ
れる。神を冒涜するとして。刹那としても、神を冒涜する気なぞ更々ない。ただ疑問を感じるだけだ。
それすらも許されないのだろうか。そんな考えに沈んでいるとアレルヤから伝えたい事があるから至急
来てくれという連絡を貰う。良く分からないが急いでアレルヤに会いに行った方が良さそうだ。スメラ
ギへの報告はそれからでも良いだろう。ドアノブに手をかけたまま、刹那はテーブルに振り向く。
(ライル・・・・お前はまだ、俺の事を覚えていてくれるか?)
心地よい風に揺れる紫蘭に問いかける。紫蘭の花が鮮やかに刹那の目に焼きついた。


「よう、大分サマになってきたじゃねーか。幹部さんよぉ」
からかうようなその声に、ライルは苦笑を張りつかせて振り向いた。そこにはあの時からずっと隣にい
るハレルヤが立っている。ハレルヤからふと視線を自分の背中に移す。自らの背中に生えるのは、漆黒
の翼。最初の頃はその翼の色を見る度にフォール・ダウンした事を実感するので、本当に嫌だった。だ
が慣れというのは恐ろしいもので、今では違和感なく見れてしまう。もし元の白い翼に戻ったら、きっ
と反対に違和感が伴うのだろう。ハレルヤを介してライルは天界や刹那の動向を知る事が出来るので、
割と気楽になっている。刹那が今でもライルを救おうと動いているのを感謝すると共に、やはり罪悪感
を持ってしまう。ニールも刹那も自分のせいで本来の姿からかけ離れてしまった気がする。その度に頭
の中で揺らめくのは紫の花。

紫蘭。

今もライルの自宅のテーブルの上で咲いているはずの花。ハレルヤから渡されてから、ライルは紫蘭を
テーブルの花瓶に切らした事はない。何故だか知らないが、そうする事で刹那と繋がっている気がする
からだ。
(刹那、俺はお前に会いたいよ)
素直にそう思う。あの赤い瞳をもっとじっくりと見てみたい。刹那に触れてみたい。
「なーに、物思いにふけってんだよ」
気がつくとハレルヤのドアップがライルの目に飛び込んできた。思わず盛大に後ずさりする。
「お、驚くだろっ!いきなり!」
「いきなりじゃねーよ。声掛けるまでどのくらいお前の顔覗き込んでいたと思ってんだ」
どうも自分が思っているよりも長い間、刹那に関して考え込んでいたらしい。にやにやと人の悪い笑み
を浮かべるハレルヤを睨みつけるが、頬の熱さは隠しようがない。
「ウブだねぇ・・・」
「うっさい。良いだろ、俺はお前と違って純粋なの!」
頬を膨らませると、今度は腹を抱えて笑われる。幹部であるライルとハレルヤのその様子を、行き行く
堕天使達がある者は微笑みながら、ある者は不思議そうに見ている。視線の注目に気がついたライルは
ハレルヤを促して先を急ぐ。
「んで、今回の計画ってどーなったんだ?」
「お前な・・・・。今日の会議をとんずらこきやがって」
「良く言うよ。俺がとんずらしなかったら、お前がしてただろ」
「当たり前だ。面倒くさいしなんか机の上の空論をループしてんだもんな。天界の方がよっぽど真面目
 会議してたぞ」
あれだけ天界を手こずらせている堕天使の戦略会議だ、さぞかし凄いのだろうと思ったのだが、なんだ
か姿こそ若いが随分干からびた者達が延々といつの時代の戦略だと声を荒げたくなるぐらいのお粗末な
プランを立てているのである。これはライルの幼馴染にスメラギがいたから、余計そう思うのだろう。
あのスメラギの優れたプランが、こんな欠伸が出そうな会議で出される戦略に潰されたりしていたのか
と思うと、なんともやりきれない。即戦力として堕天使になったライルではあったが、この会議ではい
くら異存を出そうとも、まったく相手にされない。なんの為に出ているのか分からない。こんな上の指
示で戦わされる下位の堕天使達が気の毒になって来る。
「まぁ、そう言うなって。創世記の戦争に出た事だけが自慢なんだからよ。黙って聞いてやれ」
「んならハレルヤがやれよ」
「嫌だね」
「お前な・・・・・」
ハレルヤはその生意気な態度からは想像できないほど、ライルや周辺に気を配っている。本来なら絶対
に出なければならない会議に、とんずらする事の方が珍しい。なにか刹那にあったのだろうかと気持ち
は逸るが、まだこの軽口を継続させなければならなかった。どこに誰の目があるか分からない。その辺
りはハレルヤの方が上手なのでライルは丸投げしている。

天界ではアレルヤから刹那に、堕天使ではハレルヤからライルに同時に告げられるある提案。
「それは本当に可能なのか、アレルヤ?」
「うん。余りにも君達が健気だからハレルヤが僕にそう持ちかけて来てね。多分、向こうではきっと僕
 が提案した事になってるんだろうけど。ただしスメラギさんに万が一迷惑がかかったらいけないから
 内緒という事でね・・・・。ただし命の保証はできないよ。どう?乗る?」
「ああ。ライルに会えるなら、行く」
確かに危険は伴う。だが刹那はライルに会いたかった。即答する。何かあっても、ライル1人ぐらい逃
がす事ぐらいはしてみせる。

「・・・・本当に出来るのかよ、ハレルヤ」
「まぁな。アレルヤの奴が五月蠅くてよ。お前らがあんまりにも健気だからどうにかできないかってな。
 ただしバレたら命はないぜ?それはお前の大好きな刹那って奴も同じだろうがよ。どうする、俺らを
 信じて行ってみるか?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「止めとくか?」
「いいや、行こう。ついでに刹那の周りの天使達の様子も聞きたいしな」
確かに危険は伴うだろう。だがこのチャンスを逃せば、今度いつそのチャンスが巡ってくるか分からな
い。一か八かの賭けは嫌いではなかった。何かあれば、刹那を逃がす事ぐらい出来るはずだ。

「よし、決まりだね」
「おっしゃ、決まりだな」

アレルヤとハレルヤの導きで、刹那とライルの邂逅が決まった。


紫蘭が各々のテーブルの上で風に揺れている。まるで2人の邂逅を危ぶむかのように。


★お花が繋ぐ絆。なんというメルヘン。てなわけで次回は久々の彼らの邂逅になります。神に反逆者と  いうのは、否定する者がいて初めて正統性が説得力を持つ事柄なのかもしれません。どんな宗教でも  反逆者は必須ですしねー。それを口実に攻め込まれる方はたまりませんが。 戻る