ねこがへんしん






 
ねこねこ こねこ2


ある夜、ライルは圧迫感を感じて意識を浮上させた。せっかく気持良く寝ていたのに・・・と少し機嫌
が悪くなる。しかしこの圧迫感、なんなのだろう。
(なんだぁ?刹那がまた乗っかっているのか?)
刹那は普段ライルの腿の辺りにひっついて寝ているのだが、たまに変な場所で寝ていたりするのだ。胸
の辺りが苦しくなって目が覚めた時は胸の上に乗っかっていた。あまつさえ顔の上にとぐろを巻かれた
日には真剣に自身の死を覚悟したものだ。何故バランスの悪い顔に乗っかっていたのかは不明。だがこ
の圧迫感はそれとも違う。戸惑っていると唇の辺りをざらついた何かが舐めた。

一瞬で意識が明確になり、ライルは飛び起きた。

つもりだったのだが身体はビクとも動かなかった。目を開けると赤い瞳が自分を見降ろしている。その
赤。覚えがあり過ぎる赤い瞳。ひょっとして・・・これって・・・・
「刹那・・・?」
恐る恐る呟けば、満足したかのように赤い目が細くなった。どうも刹那ではあるらしい。ライルは我を
忘れてまじまじと自分に四つん這いで見降ろしてくるモノを見つめた。
浅黒い肌。
あちこちに忙しく跳ねている黒髪。
そして
あの赤い瞳。
「あれ?」
刹那だと確信したのではあるが、刹那は猫だったはずだ。しかし上にいる不届き者はどう見ても、人間
にしか見えない。豪快にライルはパニクった。バタバタと暴れるライルを押さえつけて、困ったように
眉を顰める。
「せ・・・・刹那ぁ?」
「そうだ」
ライルとは正反対の落ち着いた声で肯定される。
「でも刹那は猫で猫なのに人間で・・・・あれ?」
「落ち着け、ライル・ディランディ。俺は刹那だ。俺は猫人族なんだ」
「なんというファンタジー」
「現実だ」
現実逃避しようとしたライルに、あっさりと答えてくる刹那だった。
「猫人族?そんなん、初めて知ったわ!」
「俺達はずっと猫として暮らしているからな」
「んじゃなんで変身してんだよ」
「俺達は子供の頃は猫から人間へ変身できない。が、俺ぐらいの歳になると満月の夜にのみ人間形態に
 変身できる。18歳を迎えると成人(猫?)とみなされて自由に変身が出来る」
「お前、いくつなんだよ」
「16だ」
つまりディランディ兄弟はこの話では24歳です。皆さん、宜しくお願いしますね。まぁそんな豆知識
はほっといて、話を続けよう。
「俺はお前の『仕事』で良い助けが出来ると自負しているんだがな」
その言葉にライルがビクリと反応した。今、刹那は何と言った?知っているのか、俺の『仕事』を?と
頭の中がぐるぐる回る。葛藤は面白いように顔に出て来ていたらしい。刹那がククッと喉の奥で笑った。
「そんなに驚愕しなくて良い。俺は大分前からお前を見ていたからな。夜に出かけて行くお前を見かけ
 て後を追って行ったら、お前の『仕事』を目撃しただけだ」
いつ?どこで?見られた?更にぐるぐると思考が回る。しかしこれ、ひょっとして脅しをかけられてい
るのか?兄さんにチクるぞって。更に更にぐるぐる。自分の本当の『仕事』は兄には内緒なのだ。バレ
たら怒られるなんてもんじゃない。
「心配するな」
人の上に覆いかぶさる不届き者は更に胸を張った・・・・・らしい。
「お前の兄にバラす気はない」
「ホントか?」
「ああ」
バラさないでくれるのは有難いが、そろそろ上からどいてくれないかなーと思う。というかこの体勢っ
て一体なんなのだろう。なんか嫌な予感はギュンギュンするのだが。
「お前は俺を受け入れた。よって俺はお前のパートナーというわけだ」
「え、受け入れた?いつ?どこで?」
「俺を飼おうとしたんだろう。それは俺のアプローチを受け入れたと判断されている。・・・俺達の定
 義では」
ライルにとっての初出会いだった刹那とのあの邂逅は刹那の演出だったんかい、と思わず突っ込みそう
になった。そんな固まったライルの唇に刹那は顔を寄せて、ぺろりと舐める。さっき唇に感じた少しざ
らついた感触、あれは刹那に舐められたんだと分かった。
「な・・・な・・・なにをするんだ!」
焦って叫ぶが、刹那は澄ました顔を崩さなかった。
「お前がいつも俺にしてくれている事をしているだけだ。何故怒る?」
そりゃ刹那が猫だったからだ。刹那を飼いだしてから何処に出しても恥ずかしくない立派な猫バカにな
ったライル。自分の膝に乗ったり(痺れるが)喉をゴロゴロ鳴らして擦り寄られて嬉しくない奴は余り
いないだろう。ついつい「せつなはかわいーなー」とバカ丸出しで抱っこしたりすりすりしたり・・・
・・・ちゅぅもした。ええ、刹那の口元に。けどそれは猫だったから!人間に変身するなんて知ってい
たら、絶対ちゅぅなんぞしなかったのに!俺のバカバカバカ!

後悔も時も既に遅かった。
「うっひゃああああああああああ!!!!」
此処が一軒家で、本当に良かったと思うライルだった。


次の日、ニールが遠征から帰ってくるのでライルはさっさと帰宅した。普段はそうでもないが、遠征か
ら帰って来たニールは妙に寂しがり屋なのだ。早めに帰国できても誰もいない家に帰るのが嫌であるら
しく、他でぶらぶらして時間を潰してライルが帰って来る時間になってからやおら帰ってくるのである。
ライルとしてもそんな兄をちゃんと迎えたいと思っているので、その日に『仕事』はしない。それは最
初からの勤務先との条件でもあった。流石になにか作るという気にもならず、適当に夕飯を買って帰宅
した。
「ライル!会いたかったぞ!」
満面の笑みで抱きつこうとしたニールが止まった。そのまままじまじと顔を覗き込んでくる。
「?」
「どうした?なんだかくたびれてるっぽいぞ?」
そりゃ昨夜の信じられない出来事で気持ち的にもくたびれてもいよう。だがライルはニールに言う気は
なかった。猫が人間に大変身など、信じてもらえるはずもない。
「大丈夫だよ、ちょっと仕事が立て込んでいただけだから」
そう答えれば安心したように、再びニールは笑顔になった。ぽい、と鞄を放り投げライルに抱きついた。
「あーライルだぁ」
安心したように呟いてから、ニールはライルから離れた。そのまま自分の部屋に入って行く。その背中
を見送ってライルは溜息をついた。成程、今日は職場の人間達が自分を遠巻きに見ているはずだ。ライ
ル自身は平静を装っていたものの、くたびれ具合はバレバレだったという事だ。ラフな格好で部屋から
出て来たニールはリビングを落ち着かない感じできょろきょろと見回した。
「なぁ、ライル。噂の刹那は〜?」
「刹那」
呼べばいつものように「にゃ〜ん」と返事をしながら、刹那が何処からか出て来た。自分の出番を待っ
ていたらしい。ライルの足元にピタリと体を寄せて、ニールを見上げる。ふにゃ、とニールの顔がだら
しなく緩む。ひょい、と刹那を持ち上げて自分と目線を合わす。
「お前が刹那かぁ〜、可愛いな。会いたかったよ!俺はニール。ライルの兄だよ」
「にゃ〜ん」
「お、本当にタイミング良く返事するな。天才じゃね、こいつ?」
それは人間にも変身する知能が高い生き物だからです、と心の中でニールの言葉に答えながら、曖昧に
笑った。
そのままニールは刹那を抱っこしてうろうろしていたが、ライルに呼ばれて食卓に座った。しかしその
顔が怪訝な表情に変わる。
「ライル?刹那は俺達と同じ食事じゃマズイんじゃないのか?キャットフードとかは?」
ライルは自分の皿から、買ってきた惣菜等を刹那の皿に分けていたのだ。
「いやその・・・・うん、そうなんだけどさ」
昨日まではキャットフードをあげてたけれど、人間でもあると分かったらなんだかキャットフードでは
申し訳ない気がしたのだ。今迄不満を漏らした事は無いので、きっとキャットフードも食べるのだろう
が・・・。要は気分の問題なのだ。
「まぁ、兄さんが帰って来たお祝いでな!うん!」
そう苦しくごまかしたライルだった。


その夜
「ライル、良いか?」
ニールが枕を持ってやって来た。これも遠征から帰って来た日のお約束だ。ニール曰く、ずっと寂しく
合宿所とかホテルとかで寝ていたので、家族の体温が恋しいという。ライルからニールのベットに潜り
込む事は皆無なのでニールのベットのサイズはシングルだが、こういう時にお互い狭い思いをしない為
にライルのベットはデカめだった。
「良いよ」
そう答えればいそいそとベットに入って来る。
「相変わらず子供みたいだな、兄さんは」
「そう言うなって。今回ホテル暮らしだったけど、落ち着かないんだよなぁ。やっぱライルの体温は安
 心する」
ニコニコと言われてしまえば、ライルも何も言えなくなる。確かにホテル住まいってライルは兄ほど長
くした事はないが、やはり他人の気配を感じたりして落ち着かない。そんな仲の良い兄弟の顔のど真ん
中に、どすんと黒い物が陣取った。
「刹那?」
確かに刹那だ。いつもは直ぐに布団の中に潜りこむのに今日に限って、視線を遮る形で居座った。ニー
ルに背を向けていたせいで、刹那の背中がニールの頬に当たってニールは大喜び。しかしライルは自分
に向けられた赤い瞳にぎょっとした。

完全に拗ねている。

確かに昨日までは刹那とのマンツーマンキャット?でそれはそれは濃厚な日々だったのだが、今日はニ
ールが帰って来たので、ライルの興味はニールに向けがちだった。それが刹那には面白くなかったのだ
ろう。苦笑する。
(悪かったって。でも今日は勘弁してくれよな)
声を出さずに唇だけ動かすと、納得したのかすっくと立ち上がって布団の中に消えて行った。


★刹那猫、だいへんしーん!とまぁ、バレバレの展開でした。兄さんがこうやってあからさまに甘える  のは遠征から帰って来た時だけです。でもブラコンだけど。ライルもブラコンだけど。 戻る