ねこのしゅうかい






 
ねこねこ こねこ3



ある日のお昼間、刹那は自分専用の出入口より外に出た。そのままてこてこ歩いていると、シュッとい
う風を切る音と同時に黒い物が襲いかかる。それを素早い動きでさっと避けると、その黒い物はその勢
いのまま、塀の上に飛び上がった。
刹那と同じ、黒い猫。
しかし瞳は金色だった。
その瞳が面白そうに刹那を見降ろす。

(此処からは猫人族語でお送り致しまーす)

「ハレルヤ・・・・兄さんか」
「よぅ!弟君!良く俺のファーストアタックを避けたな」
満足したように笑うその黒猫は刹那の兄、ハレルヤだった。乱暴な処もあるが実は割と気を使っていた
りする。
「もう〜ハレルヤ!刹那も大丈夫だったかい?」
「問題ない」
皆さまのご想像通り、ハレルヤの双子の兄であり刹那の兄でもあるアレルヤが呆れたように刹那の隣に
やって来て、ハレルヤを見上げた。
「そうそう、これは俺流の挨拶だからな!あ・い・さ・つ」
ハレルヤはご機嫌で刹那とアレルヤの処に降りてくる。そのまま刹那をアレルヤとハレルヤが挟んだ状
態で3匹仲良く並んで歩き出した。
「刹那、聞いたよ。例の人と一緒に暮らせるようになったらしいね」
アレルヤが笑顔で良かったね、と言うとハレルヤがフンと鼻を鳴らした。
「まったく、オスが良いなんてお前、何処か悪いんじゃないのか?」
「ハレルヤ!」
アレルヤが窘めるが、ハレルヤは意に介さなかった。ハレルヤのずけずけとした物言いに、いちいち傷
ついていたら精神が持たないので、アレルヤも刹那も慣れっこにはなっていた。
「んで?満月の夜に正体バラしたんだろ?もう食ったのか?それとも食われたのか?」
更にずけっと訊いてくるハレルヤにアレルヤは批難の視線を向ける。弟を思っての事であったが、弟は
表情1つ変えなかった。
「いや、どちらでもない」
「なんだぁ、それ。不甲斐ねーの」
「俺は確かにずっとライル・ディランディを見ていたが、あいつは俺が猫人族と知ったのはこの前だか
 らな。そこでいきなり食ったりすれば追い出されかねない。だから顔中へのちゅぅで止めておいた」
そう、実はまだライルはアーッな事にはなっていないのだ。なら何故あんなにくたびれていたかという
と、主に精神的な疲れからだ。そりゃ可愛がっていた子猫が人間形態に変身した挙句、顔中にちゅぅを
されたら、正直パニックに陥る。だがライルは翌朝、猫に戻っていた刹那を見て溜息をついただけで、
嫌悪をみせたり追い出す事はしなかった。兄のニールに刹那を会わせると約束していたのもあるだろう
が・・・・。だから刹那は自信を深めている。だが焦りは禁物。まずライルに自分が人間形態に変身で
きる事に慣れてもらう。そしてその間にライルの信頼を勝ち取っていくのだ。信頼を勝ち取れば後はラ
イルにアタックするだけだ。美味しい事はそれから。
「ま、俺様に感謝するんだな」
ハレルヤはえっへんと胸を張る。刹那はこくん、と頷いた。アレルヤは今、マリー・パーファシーとい
う1人暮らしの女性の飼い猫として暮らしている。正体はバラしてはおらず、今後もバラす気はないら
しい。ただ、ずっと見守っていければ良い、というのがアレルヤのスタンスだった。そしてハレルヤは
スミルノフ家の養女であるソーマ・ピーリスの飼い猫であるのだ。面白い事にハレルヤも正体をバラす
気はないらしい。
少し前、アレルヤに誘われてスミルノフ家のハレルヤの処に遊びに行った時、偶然訪問してきたのがラ
イル・ディランディだった。刹那はその時からなんとなくライルが気になって、彼が帰る時にはその後
ろを尾行していったものだ。何故自分はこの男を追いかけているんだろう?と疑問に思いながらも彼の
家をつきとめ、何度となく足を運んだ。そして彼にはそっくりな双子の兄がいる事も知った。だがアレ
ルヤとハレルヤを見慣れている刹那にとって、両者の判別は優しい。ライルの『仕事』を知ったのも、
彼の職場にこっそりとついて行ったからだ。そこでスミルノフ家の主であるセルゲイ・スミルノフがラ
イルの直接的ではないが、上司であると知ったのだった。しかし刹那は困惑していた。何故こんなに自
分はライル・ディランディに執着しているのだろうか、と。自分で考えても良く分からないので、最初
はアレハレの更に上の姉に訊いてみた。すると姉は優しく微笑んでこう答えたのだ。
「それは『恋』かもしれないわ、刹那」
信じられなかった。確かに恋の季節も何度か経験しているが、こんな気持ちになった事は無かったから
だ。なので今度は同じ性別の兄達に訊いてみると、やはり同様の答えが返って来た。他でもない、自分
の信頼する姉兄達が口を揃えるのだ。これは『恋』なのかもしれないと思い詰め、刹那は最終手段に出
た。ライルにアプローチをかけてみたのだ。結果、ライルと同じ屋根の下に住む事になったのだ。ここ
で初めて刹那は自分はこの人間に『恋』しているのだと自覚した。ライルが笑えば自分も嬉しいし、疲
れていれば元気を出して欲しいと思う。誰よりも近くにいて、共に過ごしたいと切望する事となった。
なので満月の夜に思い切って人間形態に変身し、ライルの反応をみたというわけだ。あれから何日か経
っているが、ライルが刹那を避けているようには見えない。脈有り、と刹那は見た。今度はライルに頼
んでみよう。ライルのやっかいな『仕事』を手伝ってやりたい、と。結果どう転ぶか分からないが、や
ってみる価値はあるだろう。


兄弟仲良く喋りながらある空き地に着くと、そこは猫で溢れていた。人間達が言う「猫の集会」である。
ただし何かを話し合うのではなく、どちらかといえば情報収集の色が近い。此処にいる猫全員が猫人族
なのだ。
「アレルヤ、ハレルヤ、刹那!」
刹那達の姉であるマリナが走り寄って来た。マリナはこの界隈では有名な器量良しだ。プロポーズも多
くされているようだったが、彼女が身を寄せる家であるグラード家の息子の面倒をみている為、彼があ
る程度成長しなければ考えられないらしい。グラード家の人間は全員マリナが猫人族であり、夫婦が仕
事で出ている昼間に人間形態になって自分の子供の面倒を見てもらっているのを知っている。なので子
供は下手をすれば母であるシーリン・グラードよりも懐いているらしい。
「元気そうだね、姉さん」
「有難う、アレルヤも元気そうね」
「相変わらず、ガキの面倒見てんのかよ」
「ええ、相変わらず・・・・ね」
「久し振り、姉さん」
最後に刹那が声をかけると、マリナは笑った。
「聞いたわよ、刹那。貴方とうとう思い人と一緒に住んでるって」
「ああ・・・・」
「良い感じ?」
「ああ」
別に喧嘩しているわけでもないのでそう答えると、マリナは更に嬉しそうに笑った。そしてアレハレも。
「・・・・・・・・なんだ?」
「ううん、私ね嬉しいの。あんなに他人には無関心だった刹那が好きになった人が出来て、しかも上手
 くいってそうなのがね」
割と人づきあいの良い兄弟の中で(ハレルヤは口は悪いが結構親切)刹那は他人との触れ合いを嫌がっ
ていたので、マリナが心配していた事を知っている。姉には世話になりっぱなしなので、こうやって安
心したと言われると、刹那も嬉しい。顔には出なかったが、流石に姉兄達には刹那の感情は伝わったよ
うだ。そのまま刹那を囲むような形で他の猫人族の方へ移動して行った。



★刹那の兄弟は単に黒髪not白人で纏めてみました。長女マリナ長男アレルヤ次男ハレルヤ末っ子刹那  のラインナップです。この兄弟の間では隠しごとはご法度なので、刹那もライル好きになっちゃった  時には素直に相談しているわけです。 戻る