ねこでばんなし






 
ねこねこ こねこ9



「どうしたんですか、浮かない顔してますね」
遠征の為に乗った飛行機の中で、ニールはそう声を掛けられた。自分の思考にどっぷり嵌っていたので
その同僚とも言うべき選手に気がつかなかった。紫色の髪と瞳を持つ、美形の青年。その名をティエリ
ア・アーデという。彼もかなり射撃の名手なのだが、ニールのおかげでナンバー2から抜け出せない。
負けん気が強いので、ニールにも良い刺激になるのだ。
「いや、ちょっと・・・・弟の事で」
そう素直に言えば、呆れた顔をしながらニールの隣の席に座る。一応、話を聞いてくれるのだろうと判
断したニールは、小声で呟いた。
「ライルが面倒くさい奴にとっ捕まっていてな、難儀しているんだよ」
「?面倒くさい奴?」
「ああ。商談の相手というか協力者らしーんだが、どうも一般人には理解できないノリの奴らしくてさ
 ライルの奴がグロッキーなんだよな」
「でもそれはあくまで仕事上という事でしょう?彼は優秀だと貴方から聞きました。そう心配しなくて
 もなんなく擦り抜けて成功させるのでは?」
そう答えると弟を褒められて嬉しいのだろう、ニールがへらりと笑った。
「分かってる。だけど・・・・なんだか不安なんだ。だから本当はこの遠征にも乗り気じゃなかった」
たしかに珍しくこの時期にこの国を離れたくない(正確には弟から離れたくない)と駄々をこねていた
のをティエリアも知っている。
(相変わらずのブラコンだな)
ティエリアはそう思うが、こうやってニールが弟の話をしてくれるのが嬉しかったりする。というのも
ニールのブラコンは有名だが、弟の話題はタブーとされているからだ。それにはちゃんとわけがある。



ニールがスポーツ射撃で名を上げたのは、まだ10代の頃。まぁハンカチさんやハニカミ君みたいな感
じと思って貰えれば良いだろう。射撃の天才と褒め称えられ、しかも美形ときたもんだ。世間やマスコ
ミがほおっているはずもない。彼らの家はあっという間にネット等によって突き止められ、彼らの周辺
にはマスコミやファンが殺到する事になった。これに困ったのがライルだ。容姿がそっくりなので、良
くニールに間違えられた。失礼な態度を取られる事も多かったが、礼儀正しく振舞うようにしていた。
自分のせいで兄に悪いイメージがつくのを恐れたからだ。大体、本人のニールも辟易するぐらいのつき
纏われ方をしていたから、ライルはもっと辟易していただろう。その頃には両親と妹は交通事故で亡く
なっていたので、近所の親戚がちょこちょこ通って面倒を見てくれていたのだが、彼らもマスコミやフ
ァンにつき纏われてしまった為に、なかなか訪れなくなってしまった。端末などで小まめに気にしては
くれていたのだが。だからニールはインタビューを受けた時に牽制をした。
「俺の近所にマスコミの人や応援してくれている人が大勢来ています。応援してくれる事は有難い事だ
 と思いますが、そっとしておいて欲しい。特に弟のライルは普通の学生ですので、その生活を揺るが
 す事は止めて欲しい。俺と間違えて声を掛け、弟が礼儀正しく対応しているのに『なんだ違うの』と
 か『じゃあいい』と間違えた事を謝罪もせずに立ち去っていく人を何回も見ました。どちらか分から
 ないのであれば、声をかけるのは止めて欲しい。貴方達だって人違いされた挙句に謝罪もされなかっ
 たら、腹立たしいでしょう?」
これを知ったライルが
「わざわざ兄さんが印象悪くするかもしれない事、言わなくても良いのに」
とぼやいたのだが
「良いんだよ、俺のせいでお前が傷つく方が俺は嫌だ」
と言いきってライルを感動させた。させたが・・・・
「大体、俺はお前みたいに可愛くないのに見分けがつかない事の方が理解不能だ」
とのたまって、弟からライダーキックを見舞われた。


この牽制により良識ある者達は姿を見せなくなり、日常が戻って来た。しかし渋々出たバラエティ番組
で一緒に出た売り出し中の女優とのスキャンダルが勃発した。身に覚えの無いデートを『事実』と証言
する『関係者』が腹立たしいやら、女優に申し訳ないやらであっという間に日常は崩れた。再びニール
の周辺ではマスコミ関係者が張り込みをしだし、気軽に外出もままならなかった。それは相手とされた
女優も同じで。事務所を通じて申し訳ないと言ったのだが、彼女は「貴方こそ大変な思いをしているで
しょう」とニールに同情的だった。


そしてとうとう事故は起こった。


その頃、ディランディ兄弟は共同で車を所有していた。ある日その車で外出したのはライルだったのだ
がマスコミ・・・・俗に言うパパラッチ達がニールと勘違いして追跡を始めたのだ。自分が何か行動を
起こすと兄が不利になると知っているライルは、ただひたすらに逃げ回った。しかし彼らは追いすがっ
てくる。とうとうライルはハンドル操作を誤ってトンネルの壁に激突した。パパラッチ達はバイクから
続々降りてきて運転席のライルを撮り、直ぐに「あのニール・ディランディが事故!」とネットワーク
にアップしてしまった。そうして彼らはライルを助ける事も無く、さっさと退場してしまったのだ。ニ
ールは自宅でその事故を知って、これまで見た事も無いぐらい激情した。それはそうだろう、ただでさ
え両親と妹を交通事故で亡くしているのに、唯一の家族であるライルまで同じ交通事故で逝ってしまっ
たら・・・・・。幸いライルは軽い打撲で済んだのだが、ニールの怒りは収まらない。事故を起こした
要因でもあるのに救助活動もせず放置したパパラッチ達や、ライルが救急車で搬送される処を無遠慮に
端末で写すやじ馬達。特にパパラッチ達への怒りは収まらない。ニールは必ず思い知らせてやる!と意
気込んでいたのだが、どういうわけかこのパパラッチ達は軒並み警察にとっ捕まった。ニールが知る由
もなかったのだが、この頃ライルは既にスナイパーとしての訓練を受けていたのだ。せっかく育てたラ
イルを金目当ての好奇心に潰されてはたまらない。そして世界に誇るエースであるニールにこれ以上雑
念を持たせない為に、国が仕掛けた事だった。


それ以降、ニールはよっぽど信頼できる相手じゃないと弟の話はしなくなった。今回の遠征のメンバー
の中で、ニールがライルの話をするのはティエリアだけだ。それは信頼の証。
「そんな雑念抱えていたら、僕が優勝はもらいますよ」
そう言うとニールは慌てた。
「駄目だ!俺、ライルに優勝して来いって言われてるし、できなかったらペナルティがあるんだからな!」
「?ペナルティ?」
「ああ。俺、前に1回だけ優勝逃した事があったんだよ」
「え?そんな事ありました?」
「あったんだよ!そしたら約束破ったって3時間も家に入れてもらえなかったんだ」
なんだその酔っ払って家に帰ったら玄関開けてもらえなかった、みたいな話は。ティエリアは頭痛がし
てきた。
「そうですか・・・・」
それだけ言って、ティエリアは席を離れる。


(なんというか、今回のミッションを勘で嗅ぎつけているのか?)
ティエリアは自分の席に戻って、どさりと座った。
(最低でもライル・ディランディには死なないで欲しいものだな)
表向きは代表選手であるティエリアだが、実はニールのSPなのだ。なのでライルの事情も知っている。
ただし、会った事はないが。この遠征はある意味正式な試合ではない。大掛かりなミッション中、どさ
くさに紛れてエースを害されない為でもある。特にライルを目撃された場合、相手はニールだと勘違い
するだろう。それを避ける為のもの。組織にとって亡くしてはならないのはニールの方だ。惨い話だが
スナイパーは代えがいるが、エースにはいないと言う事だ。それはライルも十分承知しているはず。
生半可な覚悟ではスナイパーは務まらない。


彼らの試合はミッション終了後、1週間後に終わる。


★うちの兄さんは自分が原因でライルが不快な思いをしていたら、さっさと行動する人です。仲悪いっ  ぽい時でも、裏から必ず手を回します。手をこまねく事はありませんし、ライルに相手を許せなんて  言いません。自分が平気だから不快を示す相手がおかしいって考える事自体がおかしい事ですものね。  だから出来るだけの事をするのです。因みにライル関係でニールが不快な思いもする事があるので、  そういう時はちゃんとライルが動きます。こういうのって静観してても好転するわけもないしね。  事故のモデルはご存じのダイアナ妃です。あれ事故った直後にちゃんと救出活動していたら、助かっ  た可能性があるらしいじゃないですか。こういう事があったので、元々立派なブラコンが更にブラコ  ンになってしまったのです。なので現在のディランディ兄弟は車には乗りません。ニールから車禁止  されて不自由な思いもあるけど、事故って心配かけたのでライルも大人しく従っているのです。   戻る