別れと邂逅と




こわれた時計



ある古城の1室に1人の老人がベットに横たわり、その老人を見守るように1人の青年が傍に座ってい
た。今日、老人は天に召される。その事を老人も青年も知っている。ふと老人が目を開けた。
「ごめんな」
その謝罪に青年の目が細まる。
「何故、謝る」
「せっかく一緒に生きる事を望んでくれたのに、俺は違う者になるのが怖くてお前の気持ちに答えられ
 なかったから」
「そんな事か」
言えば老人はむっとしたようだった。青年は言葉を探すように目をいったん閉じ、真っ直ぐに老人を見
つめた。
「気にしなくて良い。俺もきっと反対の立場だったら、答える事が出来なかっただろうから」
それは青年の本心でもある。今までと違う存在に躊躇もなくなれるわけもない。だが老人はそれでも謝
罪を口にする。
「謝らなくて良い」
「だが・・・・」
「なら、1つ約束をくれないか?」
「約束?」
青年の提案に老人の目が丸くなる。死にゆく自分に果たせる約束などあるのだろうか?と。
「お前達は俺達に比べれば確かに短命だ。だがまれに『転生』をする事があるという。なら、転生をし
 たお前を俺にくれ」
「んな事言ったって・・・・転生できるかどうかも分かんないってのに」
老人が渋るのは当たり前だ。それは老人の種族の中でまことしやかに伝えられる事だが、実際その転生
に成功したという話は無い。成功したと主張した処で証拠は何もないのだ。
「それでもだ。お前が転生してくれる事を願っている」
それは青年の精一杯の我儘である事を、老人は知っている。驚くほど無欲だった青年が執着した存在の
喪失に耐えようとして口にした、願いという名の我儘。
「オーライ。なら俺は頑張って転生しなきゃな。・・・だけど言っとくけどな」
「?」
「転生した俺はお前の事知らないんだから、強引な事をすんなよな」
「分かった」
どこかからかう言葉にも、青年は律儀に真面目に答える。その真っ直ぐさに老人の目がまるで眩しいも
のを見るかのように細まった。ふと、青年が老人に顔を近づけた。再び青年の顔が元の場所に戻ると、
老人の顔が赤い。
「お前な・・・・よくこんな爺さんにキスできるよな」
その言葉に青年は愉快そうに目を細める。
「心配するな。お前達の年齢から見たら俺だって立派な老人だ」
その返しに今度は老人が笑った。一頻り笑っていたが
「そろそろだな」
自分の寿命が尽きる事をまるでひとごとのように、老人が呟く。青年が頬を撫でると微かに顔を動かし
て、その手に自らの頬を押し付ける。
「色々、辛い事もあった人生だったけど、お前に出会えたというだけでも良い人生だったよ。有難う」
「礼を言うのは俺の方だ。お前は俺に色々くれた。俺と共にいてくれて、感謝している」
青年は今度は老人の手を両手で包み込んだ。老人が静かに目を降ろす。
「有難う・・・・またな、刹那」
「ああ、また会おう。ライル」


青年に見守られて、老人はその波乱に満ちた生涯を閉じた。



青年が生きるこの世界はいくつかの世界に隣接している。その境には厚い壁のようになっているかと思
えば、極端に薄くなっている処もある。その中で青年の生きる世界は基本、鬱蒼とした豊かな森と湖で
構成されている処だった。知的生命体としてこの世界を動かしている者の名称は「イノベイター」とい
われている。無論、この青年も「イノベイター」と呼ばれる種族だ。名を「刹那・F・セイエイ」とい
う。先代の「イオリア・シュヘンベルク」から古城を譲り受け、そこに住んでいる。先代がどうなって
しまったかは、分からない。偏屈な彼は老いていく姿を晒すのを嫌がり、何処かへ去って行ってしまっ
たのだ。この古城には刹那の他に、少し前だが「ライル・ディランディ」という人間が住んでいた。人
間は元々他の世界の知的生命体だ。しかし容姿が似ている事もあってか、たまにお互いこの世界や人間
の世界で暮らす事を選ぶ事がある。彼とは紆余曲折があったが、最後には強い愛情で結ばれた。そして
もう1人。「イノベイド」の女性「アニュー・リターナー」が住んでいる。イノベイドとは人間とイノ
ベイターの間に産まれた存在でイノベイター側の特徴を持って産まれる事が多い為、この世界に住んで
いる事が多い。因みに極々稀にイノベイターへ進化する者もいる。刹那の友人がその貴重な1人だった
アニューは偶然この刹那の森に迷い込み、此処が気に行って結局住みついてしまった。家事が疎か過ぎ
る刹那を心配した、というのもあるようだ。ライルとのコミュニケーションに悩む刹那を助けてくれた
のも彼女だった。ライルとはまた別に、刹那にとって大事な存在だ。



ライルが刹那の元を去ってからどのくらい経ったのかは分からないが、ある日刹那は人間界へ来ていた。
別に理由は無い。が、時々こうやって人間界をぶらりと訪れては帰っていた。今回もそのはずだった。
が、偶然通りかかった公園で1人の子供がブランコに座っているのが見えた。思わず立ち止まる。心臓
がこれ以上ないくらいに高まった。

なぜなら

子供の容姿はライルにそっくりだったからだ。


刹那の止まっていた時間が動きだす。



★「お前な・・・・よくこんな爺さんにキスできるよな」という台詞から発展したのが、このお話です。  相も変わらずの刹・ライ。根性で転生したちみっこライルと、爺(見た目は若い)刹那のハートフル  ファミリードラマです(JAROを呼んで下さい) 戻る