ティエリア介入 こわれた時計3 パーティーの次の日から、早速ティエリアはライルを教育する為に刹那の城に通い始めた。本当はライ ルをティエリアの元に通わせるのが筋なのだろうが 「人間である彼が君の領域を出るのは危険だ。ましてや前のようなスキルもないのだからな」 と言われて辞退されていた。刹那がライルを送るとも言ったのだが、それにも賛同は得られなかった。 ライルは厳しいティエリアの授業に辟易していたが、自分と真っ直ぐに向かい合うティエリアの姿勢に 敬意は払っているらしい。それにティエリアが来る日を楽しみにしていて、その日は朝からそわそわし て落ち着かない。 「そうか、これがアイツの言っていた『ツンデレ』というやつか」 と感心した刹那に 「違うと思うわよ」 とアニューがあっさり返してくる。元イノベイドであるティエリアはアニューとも仲が良い。彼はイノ ベイターに進化したが、アニューはそれを羨む事も妬む事もしない。イノベイドである自分に誇りを 持っているのだと言っていた。だからこそティエリアも居心地が良いのだろう。 授業が終わったらしいティエリアが、勝手知ったる刹那の部屋にやって来た。いつもだったらその後ろ にはライルがひっついているのに、今日はティエリア1人だった。 「ライルは?」 「疲れたらしい、寝てしまった」 授業の途中で何回か舟を漕いだらしいが、なんとか今日の勉強は終了したらしい。アニューが淹れてく れた茶を飲みながら、ティエリアは口を開いた。 「ライルは君に会った時、全ての記憶が無くなったと言っていたな」 「ああ。・・・・・なにか分かったのか」 「一応は。僕の想像の域を出ない程度ではあるが。聞くか?」 「ああ。聞かせて欲しい」 ライルを育てていても、やはり彼の記憶消失の原因は探っておかなければならない。刹那が即答すると ティエリアも頷く。 「ライルがおかしくなったのは、君と接触した後だったな?」 少し距離を置いて名前を呼んだ時は、ライルは刹那に反応した。その時はまだ自分の名前を知っている 状態だった。問題はその後。 「僕の推定だが、君に限らず我々イノベイターは人間よりも強いオーラがある。つまり君が不用意に彼 に接触した為に、押し負けてショートしてしまったと思う。これが大人であれば人間でもそれなりに 相手のオーラを押し返す事が出来る。本能的にな。だが小さな子供である彼は押し返そうとして逆に 君のオーラに飲み込まれてしまったのだろう」 「俺のせいか・・・・」 「言いにくいがそう考えた方が辻褄が合う。君に悪気も無く、彼を害そうとする気が無かったのは分か っているが・・・」 例え、悪意が無くてもライルの記憶を飛ばしてしまったのは事実だ。昔ライルに会った時、彼はもう大 人だったし、色々有効な術を知っていた。ついその時の記憶で接触してしまった。部屋に重苦しい空気 が充満した時、がちゃりとドアが開いた。 「あー!やっぱりボク抜きでお茶してるー!ずるい!」 寝ていたはずのライルがそう言って、頬を膨らませる。そのまま刹那の方へ走って来て、ぽすんとその 膝にダイビングした。 「お前が寝ていたからだろう」 そう言うと流石にそれは認識しているらしく、又してもぷくりと頬を膨らませる。そんなライルの頭を 撫でて、刹那が膝に乗せてやるとそれだけで機嫌が直った。ライルが刹那の部屋に入ったのを知ってい たのだろう、絶妙のタイミングでアニューがライル用の紅茶と彼女お手製のショートケーキを持って来 たので、ライルの機嫌は益々良くなった。嬉々としてケーキにかぶりつく(勿論フォークを使用してい るが)ライルにティエリアが口の端にクリームが付いていると注意し、刹那がナプキンでそれを拭って やるとティエリアが苦笑した。何事に対しても割と冷静な刹那がライルを溺愛しているのを見ると微笑 ましい反面、余りの溺愛振りに心配になるらしい。まぁその分ティエリアが厳しくしているので、飴と 鞭みたいなものだろうか? 「刹那、何考えてるの?」 夜、ベットの中でライルが訊いてくる。最初は昔にライル自身が使っていたベットに寝かしつけていた のだが、1人になるのを嫌がるのでこうして刹那と共に眠るのが習慣となっていた。時々アニューと一 緒に寝てもいる。なんでもない、そう答えた処でライルが納得するはずもない。昼間のティエリアの話 をどうしても考えてしまうからだ。それを正直にライルに言う事はできなかった。 「そうだな、お前の食い意地が張りすぎた処とかだな」 美味しいケーキを食べたものの、夕食もこちらが心配するくらいの量を食べたのだ。ライルは1人でも 食事時に人数が多いと楽しいらしく、食欲もかなり出る。時々それでお腹を壊してしまう事もあるくら いだ。ライルが口を尖らせた。 「良いじゃん。アニューのご飯、美味しいんだから」 それは事実だ。アニューの作る食事の美味しさは周辺のイノベイター達には有名な話だった。子供は美 味しいモノを良く知っている。 「それでこの前食べ過ぎて、腹を壊していただろう?」 事実を突き付けてやると、ふーんだ!とか言いながら刹那にぴったりひっついてしまう。この瞬間、刹 那はいつも喜びと後悔を行き来する。こうしてライルと触れ合うのは嬉しい。だがこのライルが持って いるはずの家族の事を考えると、済まないと思う。しかし、どうしても手を離す事が出来なかった。腕 の中で穏やかに寝息をたてているライルを見ると、いつも思う。 (『お前』に怒られそうだな・・・・)
★刹那の溺愛振りが凄いです。ティエリアもなんのかんの言いながら、ライルを気に入っているのです。 オーラ云々は「波」を想像して頂けると、分かりやすいかと思います。サーファーが喜ぶビッグウェ −ブ=刹那。小さな波=ライル。小さな波はビッグウェーブに飲み込まれてしまった。本編で説明し なさいって私・・・・・。 戻る