邂逅と慙愧と




こわれた時計5


刹那の城に招き入れられ、ニール・ディランディは渋い顔をしてどっかりと豪勢な椅子に座った。女性
の淹れてくれたお茶に手を付ける事なく、目の前に座っている刹那を睨む。
「説明をしてくれるんだろうな」
「勿論だ。そのつもりで此処に来てもらった」
子供は城に入った時、女性・・・アニューの事だ・・・が抱き抱えて消えてしまった。
「ならしてくれ」
そう促せば、刹那は少し遠い目をして語りだした。


「俺があいつ・・・ライルに会ったのは100年以上前の事だ」
「ち、ちょっと待ってくれ。俺の弟の話がなんでそんなに古くなってるんだ?」
ニールの疑問も尤もだったが、刹那としても切っ掛けを話しておきたかったのだ。何故、ライルを連れ
ていったかという事を。それによって許されるわけでもないが、やはり知っておいて欲しかった。
「悪いがその事については後で説明する。当時のあいつは俺達の世界であちこちで喧嘩を売っていたん
 だ。それでどこかの奴に返り撃ちされてしまったらしく、俺の領域で重傷を負って倒れていた。俺は
 助けなくても良いかと思ったんだが、やはり無視できるものでもなくて療養させた」
ライルはあちこちで喧嘩を売っている人間としても、イノベイター界では有名だった。それこそ世界に
興味がない刹那でも知っているくらいに。重傷の彼を見た時、どうしても捨て置けずに城に運び込んだ
わけだが、その行為はあちこちで知れ渡って抗議を受けた。流石にライルに殺されたイノベイターはい
なかったので、抗議程度で済んだとも言える。それぐらいに当時のライル・ディランディは好戦的であ
り、それなりにイノベイターに対抗できる技術と実力の持ち主だった。
「当時は本当に荒れていた。荒んだ目をして自分を助けた俺を罵った。憐みを受けるつもりは無い、と
 言って。俺が別に憐みで救ったわけじゃないと言っても信用しなかったな」
「その時に俺はいなかったのか?」
100年以上前という話だが、思わずニールは訊いた。
「ライルは子供の頃に、あるイノベイターによって家族を皆殺しにされてしまっている。だからこそイ
 ノベイターに対する憎しみも大きい。しかもそのイノベイターがライルにだけ留めをささなかったの
 は単なる気まぐれだったんだ。家族を亡くした子供が、どう生きていくのか見たかったらしい。つま
 りお前もその時に死んでいる」
「その昔に存在していたらしい俺を殺したって奴は?」
「アリー・アル・サーシェスと名乗るイノベイターの変異体だ」
元々イノベイターは余り激しい感情を持つ事は無い。だがいつの世も「例外」という存在は現れる。ア
リー・アル・サーシェスがまさに例外の存在だった。無駄に殺生を好み、暴力を愛した。その暴走は同
族のイノベイターは勿論、人間にも及んだ。奴によって殺されたイノベイターや人間は数知れない。イ
ノベイターとしても同族の恥として討伐に乗り出していたのだ。
「ふ〜ん、じゃあ昔のライルはその仇を取ろうとして暴れていたってわけか」
「ああ。だが何回かはアリーに出会って交戦している。いつも完敗だったそうだが、奴はライルを殺さ
 ず生かし続けた」
「何の為にだ?」
「自分に純粋な憎悪のみを持って生きているあいつの存在が気に入ってたらしい。奴に言わせると穏や
 かな性質は死んでいるも同然の唾棄すべきものであったらしいからな」
だがライルは刹那と出会い、ぎこちない交流を経て愛情を育んでいった。そして少しずつ激情を穏やか
なものにしていったのだ。無論アリーを憎む気持ちは持ち続けていたが、出会う以前の荒んだ感情しか
持っていなかった時とは違うようになったのだ。そして
「結局俺と気持ちを通じ合わせたので、アリーの興味が薄れて行ってしまったらしい。ライルを弄ぶよ
 うにわざとその前に現れていたふしもあったんだが、それっきりライルの前に現れなくなった」
「で、そいつは今ものほほんとどっかで暮らしてんのかよ」
顔を顰めてニールは訊ねた。過去の出来事だとはいえ、ライルが・・・弟がそんな荒んだ人生を歩んで
いたなんて面白いはずがない。
「いや、追い詰めた。追い詰めたんだが、結局誰か強力なバックがいたらしく逃してしまった。そして
 今日までその姿を見た者はいない」
生きているのか死んでいるのかも最早分からない状態なのだ。ライルはこの事を知って暫く葛藤はして
いたようだが、そのうち彼の心の中で踏ん切りをつけたらしい。そして刹那が望み、自らもそう望んで
刹那と共に寿命が尽きるまで生きたのだ。
「俺が前世のライルを看取った。そして1つの約束を取り交わした」
「約束?」
「ああ。もし転生できたなら、お前の人生をくれと」
「・・・・・・」
「だがそれは俺の側だけの問題で、そちらにしてみれば知った事ではないのは理解している」
ライルも言っていた。強引な事をするなと。だがいきなり記憶を無くし狼狽するライルを、放っておけ
なかったとはいえ、さっさと自らの手に収めてしまうのは刹那の勝手である。
「・・・・・・・」
ニールは微妙な表情をして聞いていた。無論、弟を連れ去ったこのイノベイターに対しての不満や怒り
は当然のようにある。だが少し話しただけで伝わって来るこの刹那というイノベイターの誠実さを思え
ば、軽い気持ちでなかったのは分かった。なにより弟が彼を庇うほどなのだ。よっぽど愛されて育って
いるのだろう。このまま罵倒するのは簡単だが、ニールは少し違う切り口から訊ねた。
「その事は少し置いておく。1つ疑問があるんだが」
「なんだ」
「ライルは俺の弟だ。俺が此処まで成長しているのにあいつが子供のままなのは何故だ?」
しかも双子の弟だ。普通に考えればライルとて既に成人しているはず。だが弟は消えた頃から少しだけ
成長した姿・・・・ほとんど子供の姿だが・・・・だった。
「それは簡単だ。ライルは記憶を無くしてほとんど真っ白な状態だったという事。そしてまだ幼かった
 為に、身体が人間の世界ではなく俺達の世界に順応したからだ」
イノベイターの住まう世界と人間の住まう世界では時間の流れが違う。イノベイターは元々人間よりも
長寿だが、世界に流れる時間がゆっくりなのだ。前世のライルは既に大人になっていたというのと同時
に、その身体を刻む時間というかリズムは例えイノベイターの世界にいても人間の世界に合わせてあっ
たのだ。象とネズミの寿命は違うが、一生のうち心臓の鼓動がほぼ同じ回数だというものと同じ、とい
えば分かるだろうか?
「そうか、それで子供の姿なのか・・・」
ニールは神妙な顔で座っているイノベイターを見つめた。無論、ライルを連れて行ってしまった事は許
しがたい。その為に家族がどれだけ嘆いたか分からない。だがライルの姿や行動を見ると、大切にされ
ていたのは分かる。相反する感情。しかしこの刹那というイノベイターは信頼に値する者と思う。少な
ともライルは大切に大切に育てられていると言っても良いだろうと。
「・・・・分かった。取りあえずはお前さんが反省しているってのも含めて、良いとしよう」
そう言えば刹那はすまなそうに顔を歪め、深々とニールに頭を下げた。


★この話のライルの過去は凄まじい荒れようだったのです。当たり前っちゃ当たり前なんですが、その  とばっちりを受けるイノベイターにしてみればたまったものではありません。ですが刹那は穏やかな  世界の中で、良くも悪くも強烈な感情をぶつけてくるライルに興味を持ち、次第に惹かれていったと  いう感じ。実は根底にあるのはアリーがライルに持っていた感想と良く似ているのです。ライルはど  れだけ詰っても、誠実に接してくる刹那に段々打ち解けていったのです。自分の激情を誰かに受け止  めて欲しいという願望を、刹那が叶えてしまったから。アリーを逃がしたのは無論・・・です(笑) 戻る