家族邂逅




こわれた時計8


ライルはニールに連れられて、人間界へとやって来た。まずはそのけたたましさに驚愕する。刹那の城
がある森や周辺はいつも静かに佇んでいたからだった。あちこちに響く人間達の声、車というものの出
すエンジン音、雑踏の中でライルは目を回していた。
「おいおいしっかりしてくれよ」
ともすればしゃがみ込みたくなるライルを、ニールは繋いだ手で引っ張り上げる。本来は抱っこでもし
た方が良いのだろうが、あいにくライルの背には割と大き目のリュックがあるので流石にしずらい。し
かもライルが割合大人しく抱っこされているのは刹那とアニューだけで、ニールがしようとすると
「子供じゃない!」
とか言って拒否されるのだった。子供じゃん、と思うのだがあんまりしつこいと本気で嫌がられるので
自重している。
「ニール兄のお家も、こんなに騒がしいの?夜寝れないよ」
弱々しい発言にニールは苦笑した。
「大丈夫、俺ん家は郊外だからこんなに五月蠅くはねーよ。心配すんな」
「なら良いけど・・・・・」
不安そうにしていたライルではあったが、やはり男の子。列車を見ると目を輝かし、貰った切符を大事
そうに握り締める。無論、ライルは窓側の席だ。余り『乗り物』に乗った事が無いライルが、乗り物酔
いしない為には、色々な処に興味を引き付けた方が良い。それに今、はしゃがせた方が今夜の眠りにも
良いだろう。動き出せばライルのはしゃぎ具合いがますますヒートアップ。
「すげーっ!はえーっ!ニール兄、凄いなこのれっしゃってやつ!」
「はいはい、凄いのが分かってもらえて恐悦至極だが、もうちょっと声を小さくしてくれ」
「しご・・・・く・・・・????」
「ああ、喜んでもらってなによりだって意味だ」
「そうなんだ。ねぇ、ニール兄のお家まであとどのくらいなの?」
「そうだな、これに乗って3時間ってとこだな」
「遠いんだ、良くニール兄は俺ん家来てたから近いとばっかり思ってた」
ニールにしたってなるべく自宅の近くまで連れて行きたかったのだが、境界が薄い処が無い。刹那など
に代表されるイノベイター達はかなり厚い境界でも突破できるのだが、人間であるニールには突破でき
る厚さがどうしても彼らには敵わない。それでもなるべく近くのポイントを使ったのだ。刹那に頼めば
自宅近くに行けたのだろうが(実際ライルと出会った時には自宅近くの境界を破っている)ライルが手
元からいなくなってしまうのを恐れている彼に、手伝って欲しい等とは言えなかった。刹那のライルを
見る瞳が頼りなく揺れていたのを思いだしながら、ついついライルの頭を撫でてぷんすかされる。
(さて、どうなるか・・・・・)
はしゃいで窓を見ているライルの姿に、ニールは溜息をついた。


駅に着いてから自宅迄は車になる。流石にお尻が痛いとライルが言いだすが、ここは我慢してもらうし
かない。途中の住宅地では余りにも家が建ち並んでいる為、ライルはまたはしゃぎだした。刹那の城の
周辺は家なんか建っていないからだ。よしんば建っていたとしても、それは刹那達から見れば小屋と呼
ぶもの。ニールは最初見た時には、別荘が境界内にあると思ったくらい立派なものだったのだが。そん
なこんなでニールの目指す家に近づく。家族には全て話してある。だがライルからしてみれば他人も同
然なのだ。できるだけ彼を刺激しないよう、ニールは頼み込んだ。人間界か、イノベイターの世界かを
選ぶのライルなのだ。例え血の繋がりがあろうとも、ライルが刹那を選んでしまう可能性も大きい。だ
から家族の邂逅ではなく『知り合いのお兄ちゃんのお家の人』として接して欲しい、と。ライルがキチ
ンと選べるように、平等の条件でいたいのだ。
「さて此処が俺の家」
ニールの家は住宅街よりちょっと離れた場所にある。ライルは物珍しそうに辺りをきょろきょろと見回
した。森の中で育ったといっても過言ではないライルにとって、家の周辺の視界が広いのがこれまた、
珍しいらしい。ともすれば飛び出してしまいそうなライルの手をしっかりと握りしめて、ニールはドア
へ向かった。

家族は玄関で全員集合していた。ライルを見た母の目にみるみる涙が浮かぶ。それを見たライルが困惑
しているのがわかる。
「ほら、ライル。挨拶は?」
「あ・・・・えーっと、僕はライル・ディランディです。宜しくお願い致します」
ぺこり、と頭を下げたライルにとうとう我慢できなかったのだろう。母がいきなり抱きついた。そのま
ま抱きしめて泣き出してしまう。それを見た父と妹の瞳も潤んでいる。一方抱きつかれた挙句に泣かれ
てしまったライルは、困惑してニールを見る。
(ちっとだけ、我慢してくれ)
そう声に出さずに口を動かせば、不思議そうな顔をしたが取りあえずそのまま黙りこんでしまった。き
つく言っていたのだが、母のライルが行方不明になった後を知っているニールとしてはいきなり抱きつ
いてしまったその気持ちは良く分かる。だがライルにしてみれば見も知らない(記憶を消失しているか
らだ)女性にいきなり抱きつかれた挙句に泣かれたら、そりゃあ驚いたって無理は無い。ただニールの
言葉を受入れたらしく、困惑した顔のまま突っ立っていた。


それから両親に引きづられるようにリビングへ向かうライルの後ろ姿を見ていた妹のエイミーが初めて
声を出した。
「あれがライル兄なのね、ニール兄」
「ああ、そうだよ」
「なんだか変な感じ。ニール兄と双子のはずだし私よりも年上なのに、あんな子供の姿でいるなんて」
エイミーが物心ついた時には、既にライルは行方不明になっていた。ニールとそっくりだったという話し
から彼女なりに色々想像していたようだが、やはり実物を見ると信じがたいらしい。それはそうだ、自
分だってライルに再会した時には驚いたのだ。
「前にも話したけど、イノベイターの世界は此処よりも時間の流れが遅いからな。ライルは真っ白な状
 態で行っちまったから、身体がそっちの世界に合わせちまったんだよ」
「うん、分かってる。だけど・・・・・なんか複雑」
「エイミー言っとくけど」
「分かってるってば、ニール兄。ライル兄の前では不用意な発言はしないわよ」
「うん、頼むな。母さんが1番不用意な発言しそうだけど」
「そりゃしょーがないわよ、ちょっと羨ましいけどね」
「まあね・・・・」
双方共に複雑な心境で、母に呼ばれてリビングへ向かった。


「ほら、此処がお前の部屋」
食事とその後のお喋りが終わった後、ニールがライルに案内したのはライルの部屋だ。行方不明になっ
てからもずーーっとニールと同じ物が揃えられている部屋。ライルはぐるりと見回してから、真っ直ぐ
に机に向かう。
「?ライル?」
持って来たリュックから何やら教科書の様なものとノートを出してきたので、ニールは首を傾げる。ニ
ールの呼びかけに、ライルは糞真面目な顔をして振り返った。
「ティエリアからね、宿題が出てるんだ。遊びに行くとさぼるからって」
ティエリアらしい行動に、ニールは思わず吹き出した。それと同時にティエリアなりに、ライルが戻っ
て来る為の布石だという事も分かった。宿題はやった後に出した者に提出しなければならない。もしラ
イルが人間界を選んでも、1回はイノベイターの世界に行かなければならない。その間に説得でもする
つもりなのだろう、ティエリアは。周りが思っている以上に、ティエリアはライルを気に入っているの
だから。彼にしてみれば手塩に掛けた可愛い教え子なのだ、帰ってきて欲しいと思っても不思議ではな
い。こんな風にライルはたっぷりの愛情を一身に受けて育ってきた。刹那が連れて行かなければ、そこ
までの愛情を受ける事は出来なかっただろう。どうしても両親の愛情は子供の数だけ割かれるからだ。
ライルがやっていたイタズラも母の関心を引きたい為だったわけだし。
「んじゃ、お勉強の邪魔しないように俺はリビングに行くな」
そう言ってドアを閉めようとした時だった。
「ニール兄、お願いがあるんだけど・・・」
宿題に取りかかったと思っていたライルが、振り返っている。
「ん?どうした?」
「うん、後で僕と一緒に寝て?」
そういえばライルはずっと刹那と一緒に寝ているんだっけ、とアニューに聞いた話を思いだした。ライ
ルには1人で寝るという習慣が無い。そうすると面識もあり懐いているニールに添い寝のお役目が回っ
てくるのは当たり前。
「ああ、良いぜ。だけど宿題はちゃんと終わらせろよ?」
「うん!」
途端に元気に返事を返すライルに、自然に微笑みが浮かぶニールだった。
	

★家族が出会いました。エイミーがライルの顔を知らないのは、ライル関係の写真を家族が辛いからし  まっているからです。お母さんだけこっそり手元に1枚だけ置いていますが、エイミーには見せなか  ったのです。別にいじわるじゃありませんし、エイミーもそれは納得しています。う〜ん、上手く解  説できなくてすみません。 戻る