現れた敵






 
ヴァンパイア10

ニールが不思議そうに周りを見回す。一様に固まったライル達ではあったが、なんとか正気に戻る。
「アレハンドロってヴァンパイアの中では古い血筋で、候補の中では最も始祖に近いと言われていたん
  だよ、兄さん」
ライルが説明すると、ニールはふーんと相槌をうった。
「でもおかしくね?1番後継者に相応しいとなれば、黙っていても始祖になれるんじゃねーの?」
ニールの疑問はもっともだ。だからこそ、ライル達も驚いて固まったのだ。
「それがそうでもないのだ」
セルゲイが溜息と共に、意外な言葉を発した。
「それはどういう事ですか?」
グラハムが首を傾げつつ、訊いてくる。
「始祖は言っておられた。アレハンドロは心の中に、野心があると。そしてそれは最近、とみに大きく
 なっていた、とな。知っての通り、始祖は基本的に私心を持ってはならない。独裁者になってはなら
 ない。始祖は密かにアレハンドロを後継者候補から外して、ライル、君を入れたんだよ」
「え!俺ぇ?そんなのになりたくないです」
本音を語ると、セルゲイはおかしそうに微笑んだ。
「そういう者の方が、始祖としての上手く統括できると言っておられたよ。それをアレハンドロはどこ
 かで聞いたのだろう・・・・。だから」
「ライルを始祖殺しとして抹消して、自分が返り咲くって事かよ」
吐き捨てるようにニールが言う。苛立っているのか、ライルのベットの淵をトントンと指で叩いている。
「その通りだ」
カティが同意した。
「我々の作戦に奴らはまんまと引っ掛かっている・・・今のところはな」
「作戦?」
ライルがきょとんとして訊く。
「ライル、君が昏倒した処で追撃者とお前の間に幻術を施した。私の自信作でな、奴らは私の作ったお
 前を殺し、その身体に宿る『天命のタブレット』を強奪したようだ。既にそういう風に奴らは発表し
 ている。始祖殺しの犯人を拘束しようとしたが、抵抗されたのでやむなく殺害したとな」
「俺、死んだんですか」
「奴らの発表ではな。実際、そこに生きているだろうが」
刹那がライルの髪を撫でる。無意識らしい行動に、ニールは密かに口元を緩めた。まったく可愛いじゃ
ないか、と。ライルは思いもかけない展開にただでさえ重傷で上手く脳が働かないので、目をぱちぱち
させていた。グラハムとパトリックは反対に涼しい顔をして、カティの説明を聞いている。マリナも同
様だった。
「それに始祖は自らの運命を悟っておられたようだ。だから、これを作って分からないように隠してお
 いてくれた」
そう言ってカティがひょい、と出したのは丸いボディのなんとも可愛らしい作り物だった。
「なんですか、それ」
「ハロ、ハロ」
ライルの言葉に、その球体が答えた。
「わ、喋った!」
驚く一同。しかし始祖は人間界で進歩している『機械技術』に興味を持ち、自分でもよくなにかを作っ
ていた。当然、弟子のようなビリーも巻き込まれてその技術に精通してしまった。良かったのか、悪か
ったのか、とビリーは苦笑していたようだったが。
「今は見せることはできないが、始祖殺害のからくりをばっちり映している」
「じゃあ、やっと反撃ですか」
「焦るな、グラハム。奴らは確かに今、ライルを殺害して浮かれてはいるがまだ隙は見せていない。そ
 れにライルが完治しなければならないからな。動くのはそれからだ」
「えー、教官。俺達いつまで待てば良いんですかぁ〜」
不満そうにパトリックが異議申し立てる。彼らとて今まで神経を使ってライルの援護を秘密裏にしてい
たのだ。やっと証拠固めに成功したのであれば、早く動いた方が良いのはライルにも分かる。
「ライル、俺の血を飲め。そうしたら、もっと早く傷は治るだろう」
「駄目だよ刹那。刹那だって傷だらけじゃん」
「問題ない」
「大有りだよ。俺が嫌なの」
「じゃあ、兄ちゃんのを飲むか?」
「もっと却下」
「なんでだよー?」
「兄さんは人間なんだから、俺が飲んだらへたすりゃ死ぬよ?」
ここまでの傷を治すにはいくら血が特効薬のようになっても、人1人全部の血を飲んでも完治は出来な
い。それは刹那もニールにも分かっている。すると
「私の血を提供します」
控えめに手を挙げたのは、マリナだった。横に立っているシーリンは苦虫を噛みしめたような顔をして
いた。
「いや、でも・・・・」
「私の血から来る魔力は治癒。だから刹那やお兄さんよりも、少ない量で済むはずよ。それに、アレハ
 ンドロ様の処へ喧嘩を売りにいくのなら、戦力にならない私が1番適任だと思うの」
確かにそのとおりではある。あるがライルとて若いヴァンパイアだ。同じ年の女性ヴァンパイアの首に
齧りつくのは、やはり無礼だと思う。首からの吸血が1番効率が良いからだ。
しゅぱ
迷うライルを尻目に、マリナは手首を切った。そしてその手首をライルに差し出す。ごくり、とライル
の喉が鳴った。それは血を好物とするヴァンパイアの悲しい性でもある。誘惑に負けて、ライルはマリ
ナの手首に唇を寄せた。ベットに座りマリナが手首にライルの口が届きやすいよう、ライルの頭を優し
く持ち上げて膝に乗せる。もう、限界だった。


流石にライルに血を与えたマリナは、貧血を起こしシーリンに抱えられて自室に戻っていった。自分の
身体が熱い。それは治癒の血によって倍増された回復力が、体中を駆け巡っているからだ。荒い息を吐
くライルの横には、刹那が陣取っていた。が、ニールも負けてはいない。反対の横にちゃ〜んと陣取っ
ていたのだった。この分だと明日の朝にはなんとか、傷は塞がりそうだと刹那は判断して安堵の溜息を
漏らした。確かに死にたくなくて、生きていたくて使い魔としての人生を受け入れたのだが、今は違う。
ライルがいるから生きていたいのだ。共に歩いて行きたいのだ。ライルが死んでしまったら、もう自分
の生きている意味はない。
「今更ながらさ・・・・」
ニールがライルの髪を撫でながら、ぽつりと言う。瞳はライルの方を向いてはいたが、意識は刹那に向
いている。
「ありがとな、ライルを守ってくれて」
刹那はきょとん、と目を丸くした。そんな当たり前の事で、礼を言われるとは思ってもみなかったから
だ。
「なんか、俺、役立たずだよな。ライルの危機だというのに、なんにも出来ない。自分が人間属性しか
 持っていない事を、これほど悔しいと思ったことはない」
「そうでもないだろう。あまり認めたくはないが、ライルは兄であるお前を頼りにしていた。だから俺
 をお前の元に送ったんだろう」
ライルは聖域での生活において、人を見極める事に精通していた。精通せざるを得なかったのだ。うぬ
ぼれ無しに、刹那を大切に思ってくれているライルが、どうでもいい存在に刹那を送るとは思えない。
ライルにとって、ニールは頼りがいのある兄貴なのだ。そう伝えるとニールは嬉しそうにくしゃりとラ
イルの髪をかきまぜた。
「そっか、それなら・・・・」
「だがそろそろ人間界に帰った方が良いだろう」
ニールはのろのろと刹那に向き直った。
「これからアレハンドロに対してのカウンターを行うはずだ。いくらハンターの技量があったとしても
 純血のヴァンパイア達は伊達ではない。ライルはお前がいたら、存分に戦えないだろう」
惨い言い方かもしれないが、包み隠さず言った方が良い。そうでなければこの兄は無理を言ってでもラ
イルについて来ようとするだろう。カウンターでライルを囮にする事も十分に考えられる。ニールが足
を引っ張るとは思ってもいないが、集中攻撃にさらされる可能性も大きい。ただでさえ両親が軟禁され
ているのだ、兄であるニールになにかあればライルは壊れる。それだけは避けたかった。
「ほんと、お前はライルが大切なんだな・・・・」
「当たり前だ」
きっぱりと言い切って来る刹那に、ニールは苦笑を漏らす。暫く無言でライルの髪を撫でていたが、ぽ
つりと呟いた。
「オッケィ、俺は人間界に帰るよ。だけどライルが目覚めるまではいても良いだろう?」
まあ、そのくらいなら・・・と刹那も了承した。相変わらず白い頬を赤く染めて、ライルは苦しそうに
眠っている。マリナの血による回復力の膨張だけではない。そんなに長い期間でもないが、逃走生活は
ライルにかなりの疲労を与えていた。安心した事によって、これまでの疲労も出てしまったのだろう。
刹那はもっとひどい環境で戦わされた経験がある為、あまり疲労は溜まってはいない。しかもライルに
よって飛ばされた時に、ゆっくりと休息を取っている(これはライルの兄のおかげだ)どちらかといえ
ば、ライルを陥れた連中に致命的な一撃を加えられるチャンスが巡って来た事に関して、興奮していた。
許さない、ライルを害する者を。いくらグラハムにからかわれようとも、この思いは変えられない。変
えたくない。
「そういえばさ・・・・」
ポツリとニールが呟く。
「?」
「ライルの奴、始祖になるかもしれないんだな」
「それはないだろう」
「何故だ?」
「お前が考えている以上に、ハーフというのは反発が強い。ライルが始祖になんかになったら、ハーフ
 容認派と否定派に分かれて、ヴァンパイア自体が内紛になるかもしれないしな」
その時ニールの目がなにかを察したように細められたが、刹那は気がつかなかった。
「そっか、なら良いんだ。ライルがこれ以上、遠い存在になるのは御免だからな」
刹那は一瞬目を丸くし
「お前も俺の事が言えないくらい、大切に思っているんだな」
と苦笑いを漏らした。


★マリナは割とこういう危険事にも平気で首を突っ込むので、シーリンは苦労が絶えません。ただ今回  は自分も知っているライルの危機という事で、黙認しているだけです。しかし私はライルの髪をせっ  ちゃんと兄さんに撫でてもらうの好きだなーと思います。 戻る