彼の守人






 
ヴァンパイア2


いつもと変らない夜、ニールは急ぎ足で家路を急いでいた。ここ2,3日同僚との飲みの誘いを断って
ばかりいるので、彼女ができたらしいと誤解されていたが。
(弟なんだけどな・・・)
囃し立てる同僚達に、困ったように笑うしか出来ない。


ライルを連れ帰ってからもう3日。相変らずライルは目を覚まさない。気になるのはライルの身体にあ
った傷。あれはハンター達に傷つけられたものではなく、お仲間・・・・ヴァンパイアの手によってつ
けられたものだ。同族によって負った傷は、なかなか治らない。流血自体は直に止まったが、それでも
失われた血はライルの身体に大いなるダメージを与えている。
(でも人1人分の血を補給しているしな・・・)
ヴァンパイアといえども、いつでも食事が血ではない。人間と同じように普通に野菜や肉、魚等を食べ
ている。母に言わせれば、血しか吸わないバラエティのない食事なんて真っ平ゴメンであるらしい。な
ので母は良くシチュー等を作ってくれた。しかしそれでもヴァンパイア達にとって、血は特別なもので
はあるのだ。これまた母曰く、人間でいう栄養ドリンクもしくはスタミナ食なんだそうだ。人間の血を
好むのは、同じ知的生命体だから。人間だって豚の血でソーセージ作ったりして、食べてるじゃない?
と言われてしまえば、正にその通り。
ニールは実は父から、ハンターのスキルを教えられている。何かあった時に、技術は無いよりもあった
方が良いという父の方針からだった。そして今、その父から継承されたスキルは立派に役立っている。
ライルを寝かせてあるベットに、ヴァンパイアの気配を感知できなくする結界を張ってある。弱ってい
るとはいえ、ライルの力はかなり強い。自分の部屋に匿ったとしても、絶対にヴァンパイア達に察知さ
れるだろう。自分が会社に行っている間に感知されて、ライルが殺されないとも限らない。ついでに言
うと窓とドアにも、特殊な結界が張ってある。ライルが目を覚まして勝手に出て行かれても困るので、
内側にもセットしてある。


自室への廊下を歩きながら、ニールは考える。とにかくライルに目を覚ましてもらわない事には、何も
できない。
(血が足りないってゆうなら、俺のを吸わせてやるんだけどな)
ニールはほとんどが人間属性だが、ヴァンパイアに吸血されてもヴァンパイア化はできない。
15歳になって離れ離れになると知ったニールとライルは、どうすれば離れなくてすむか話し合った。
「俺が兄さんの血を吸えば、ヴァンパイア化するんじゃね?」
というライルの提案に乗って実行したのだが、ニールはヴァンパイア化しなかった。その事を知った両
親は、彼らにその理由を説明した。
まず、血縁同士ではヴァンパイア化しない。まあヴァンパイアの血縁なんて、皆ヴァンパイアであるわ
けだが・・・・・。つまり母が父の血を吸えば、父はヴァンパイア化する。これは夫婦といっても、他
人だから。しかし母がニールの血を吸っても、血が繋がり遺伝子が重なっているのでヴァンパイア化は
しないのだ。だからライルが父の血を吸っても、父はヴァンパイア化しないのだ。
それからニールの中にあるたった5%のヴァンパイア属性が、そのヴァンパイア化効果を吸収してしま
うからだ。この特徴はハーフの子供には大なり小なりある。
そんなこんなで結局は運命を変えられなかった。


「?」
ニールは自室のドアの前で立ち止まった。双子である自分にだけ感知できる、ライルの弱々しい気配。
だが今、部屋の中にその同じ気配が2つ感知できるのだ。追っ手か、とも思うが気配がそっくりだ。だ
がニールはそっと鞄の中から、父から受け継いだヴァンパイア用の弾が込められた銃を取り出した。ラ
イルを害する者は許さない。ノブに手を当て、音も無く回す。
ドアが開いた瞬間、飛び込んだニールは銃を構えたまま固まった。
ライルはまだ目を覚まさないらしく朝会社に行く時のままで眠っていたが、そのライルの唇に自分のそ
れを当てようとしていた輩がいるのだ。ニールが飛び込んできた為に、その人物は弾かれたように顔を
上げ、ライルの眠るベットの上を飛び越えてニールの前に立ちふさがった。
ぴんぴんと好き勝手に跳ねている、黒髪。
ヴァンパイアとはまた違った、赤い瞳。
浅黒い肌。
そんな特徴の男・・・・というより少年がこちらを睨んでいた。
「誰だ?」
相手の警戒心丸出しの台詞に、理不尽にも怒りが湧く。
「そりゃ、こっちの台詞だ。しかもお前、俺の弟に何しようとしてたんだよ!?」
「弟?」
「そうだ、俺達そっくりだろ!?」
そう言われてライルとニールを交互に見やったその少年は、真顔で言い放った。
「確かに。だがライルの方が可愛い」
「・・・・・・いやそれ、重大な事でもないだろ?」
見当違いな事を口走る少年に、ニールはがっくりと肩を落とした。
「で、お前さんは誰なんだよ?」
改めて問うと、ちらりとライルを見てから少年は口を開いた。
「刹那だ。ライルの使い魔」
「使い魔ぁ〜?」
ヴァンパイア達はそれぞれが基本的に独立している為、連絡を取る場合などの為に使い魔というものを
持っている。それはポピュラーな蝙蝠だったり、黒猫だったり、人間だったり。母の使い魔はそれこそ
猫だったのだが、何故か三毛猫だった。名前は「ミーちゃん」美人で頭の良い猫だった。どうも野良猫
だったのを、母が一目ぼれしてナンパしたらしい。と、話が逸れた。
「悪いが、少しそこで大人しくしていてくれ」
懐かしい思い出にうっかり浸っていた為に、ニールは刹那という名の使い魔の呪縛にまんまと捕らえら
れた。ニールが動けなくなった事を確認してから、刹那はベットに腰掛けライルの右頬に左手を添える。
(わーーーー!ライルの危機なのにっーーー!)
無駄に焦るニールの目の前で、刹那はゆっくりと顔を近づけ、ライルの唇に自分のそれを当てた。
(!)
刹那から唇を通して、ライルに精気が激しい勢いで流れ込んでいく。
そして
刹那が唇を離すと、ライルの目蓋がぴくぴくと動き、ニールの目の前でゆっくりと開かれた。
「ライル」
刹那が優しくライルを呼ぶ。ライルの翠の瞳が刹那を捉えるとライルの表情がふにゃ、と崩れた。
「刹那ぁ・・・・」
どこか甘えを含むその声に、愕然とする。そんな声、兄であるニールだって聞いたことが無い。なにげ
にショックを受けたニールは、突然呪縛が解かれてたたらを踏んだ。刹那がニールの方を見ると、つら
れたようにライルもこちらを向き・・・・・・目が大きく見開かれた。
「に・・・・・兄さん!?」
いきなり飛び起きたが傷に響いたのだろう。そのまま呻いてベットへと逆戻りしようとするライルの背
を刹那が素早く支えてゆっくりと横たえる。
「え・・・?え・・・・?なんで、刹那?」
「落ち着け、ライル。別に俺が此処へ連れてきたわけじゃない」
「え?」
「お前・・・・・・いい加減、呆けてないで声を掛けたらどうだ?」
「あ・・・・ああ」
刹那がすっかりと主導権を握ってしまっている。ニールはよたよたとベットへ近づき、跪いた。
「大丈夫・・・・ってわけじゃないな、ライル。久し振りだ」
「え・・・あ・・うん。ひょっとしなくても俺、兄さんに迷惑掛けてたんだ」
「迷惑じゃねーよ。大事な弟の一大事だぞ」
「有難う、兄さん。会えて本当に嬉しいよ。・・・・だけどなんでこのタイミングなんだ」
首を捻るライルの頭に、ニールはぽんと手を乗せてくしゃくしゃとかき混ぜた。
「お前が呼んでた。俺の事を。多分、無意識にな。だけど俺は頼ってくれて嬉しいよ」
ライルが嬉しそうに微笑む、そんな彼らをちょっとむっとした表情で刹那が見守っている。
「だけど、甘えるわけにはいかないよ。兄さんに何かあったら、俺は一生後悔するから」
そう言ってライルは無理に起き上がろうとする。
「まだ傷だって癒えてないんだぞ?無理するな」
やんわりと止めたが、ライルは呻きながら起き上がる。
「ダメだよ、今は。一段落着いたら、必ず会いに来るよ」
「ライル!」
その肩に手を当て、ニールはしばしライルとにらみ合った。何があったのかは知る良しも無いが、ライ
ルの焦り方は尋常ではない。が
「そんなに慌てる必要はない」
刹那が割って入ってきた。
「俺には兄弟がいないから、どういうものなのかは分からないが、少しぐらい話をしていってもバチは
 あたらないぞ、ライル」
「でも・・・・刹那」
困惑しきった表情で、ライルは刹那とニールの両方を見回す。刹那が力強く頷いた。
「安心しろ、俺が放ったダミーがまだ有効だ」
「そっか、悪いな、刹那」
そう言って、ライルはニールに向き直った。
「俺、いつの間にか人間界に来ていたんだな・・・。どうしよう、協定を破った事になっちゃった」
いきなり弱気の発言が出た。確かに人間界に来ただけではなく、証拠は失われたが吸血によって1人殺
し、2人を魔術で殺している。なかなかにやっかいな事になったのは確かだ。
「大丈夫だ、俺がちゃんと守ってやるから」
「兄さん・・・・・」
ライルの瞳が頼りなく揺れる。この瞳には見覚えがあった。


まだ一緒に暮らしていた時の事、兄弟で今で言うプロレスごっこ的な遊びをしていた時だった。ライル
の力はこの時期に急激な伸びを見せ、両親を驚かせた。その力がライル本人も知らないうちに、ニール
を軽く押した手に宿っていたのだ。
当然ニールは壁まで吹っ飛び、強かに身体をぶつけた。すぐに母が駆けつけてくれ適切な処理をしてく
れたから助かったのだが、ニールの中にある5%のヴァンパイア属性が無かったら即死していたと聞か
された。
それから暫くライルは怯えて、自分に近づかなくなってしまった。また力が知らない内に溜め込まれ、
ニールを害する事を恐れたのだろう。逃げるライルを必死で追う毎日が続いた。怯えた目で見られるの
が苦痛だった。触れようとした手を拒絶される事が悲しかった。
そんな子供の頃の瞳が、今ニールの目の前にあった。


「っ!」
突然、刹那が額を押さえて蹲った。
「刹那!?」
ライルが慌ててベットから身を乗り出す。
「すまない、ダミーを撃破された・・・・」
「そっか、動けるか?」
「お前よりは動けるぞ」
そう言って刹那はふらつきながらも、立ち上がった。
「ゴメン、兄さん。もし俺の事訊かれても、知らない・関係ないって言ってくれ」
「ライル・・・・?」
「迷惑掛けて、本当にゴメン。出来の悪い弟でゴメン」
そこまで言ってライルは刹那以上にふらふらと立ち上がり、一度だけ振り向いて窓の外に消えた。刹那
がその後を追う。
「ライル!」
思わず叫んだニールを振り返り、彼はこう言った。
「必ず守ってみせる。俺を救ってくれたあいつを。だから心配するな」
刹那はライルの同じように、するりと窓から飛び出していった。慌てて窓に寄るが、そこには人工の光
に遮られて、愛しい弟の姿と彼に付き従う少年の姿は見えなかった。



★はい、刹那が出てきました。そして兄さんは追いてけぼりです。兄さんはライルに吸血された時、目  を瞑っていたので吸血行為というものを具体的に見た事はありません。次回はオリキャラに近い母の  出番が多いので(というか全て)オリキャラ苦手な人はお気をつけ下さい。 戻る