なにが、どうなって?






 
ヴァンパイア3

最愛の弟たるライルが使い魔だという刹那という少年と共に消えてから、ニールはすぐに行動を起こし
た。まず事の詳細を知らなければならない。だが直接母に接触をして、話を聞くのは危険だ。なのでニ
ールは人間界に来てから初めて緊急連絡用の魔法陣を広げた。陣の真ん中にある古代文字に自分の血を
染み込ませる。魔方陣を形成する古代文字が次々に赤い光を放ち出した。そして
「やあ、久し振りだな。ミーちゃん」
母の使い魔たる、三毛猫のミーちゃんが現れたのだった。


ニールの呼びかけに、彼女はにゃ〜んと返事をする。猫ではあるが、ニールとライルにとっては姉のよ
うな存在なのだ。

兄弟喧嘩を止めるのも彼女(しかし喧嘩両成敗で2人共、激しくひっかかれた)
寒い夜に、湯たんぽになってくれたのも彼女(兄弟の真ん中で平等に暖かくしてくれた)
まあ・・・泣いている時に顔をぺろぺろ嘗めて慰めてくれたのだが、反対にざらざらの舌が痛くてそれ
どころではなかった(傷を嘗められて、ライルが悶絶していた)

因みに本名は「ミー」なのだが、家族全員「ミーちゃん」と呼んで来たので、今更変えられない。
「ミーちゃん、母さんと話がしたいんだけど出来るか?」
ニールの言葉に、彼女は少し首をかしげていたが、すぐに連絡を取ってくれたらしい。

ボン!

という音と共に、母が現れた。だが本人はニールの部屋にはいない。ミーちゃんが経由して母の姿を映
しているに過ぎない。
「久し振りね、ニール。緊急用を使うなんてらしくないわ、どうしたの?」
本人の言うとおり、久しぶりに見た母はやっぱり変らない姿だった。ここで人間である自分と、ヴァン
パイアである母との違いを痛感する。だがそんな感傷にも浸ってはいられなかった。
「単刀直入に言う。ライルの奴になにがあったんだ?」
一瞬、母の瞳に悲しみの光が宿る。だがそれは本当に一瞬で、元の穏やかな光を宿していた。
「母さん、ライルはどうしたんだ?尋常じゃないよ」
「ニール」
段々むきになってくるニールを、母はやんわりと押しとどめた。
「別に何も無いわよ?一体どうしたの?」
ニールはぐっと唇を噛む。隠し事をされているのは、正直面白くない。ニールは馬鹿正直に起こった事
を話す事にした。

ライルが人間界に来ていた事。
傷だらけだった事。
いくらチンピラといっても、その血を吸い尽くしてしまった事。
しかも殺す必要のない2人の人間を魔術で殺した事。
使い魔の少年が来た事。
そして
傷だらけのまま、慌てて自分の元から去って行った事。

母は黙って聞いていた。
ライルが血を吸い尽くし、殺してしまったという事実を聞いた時には沈痛の表情が浮かぶ。
「可哀想に・・・・・ライル。怯えていたのね・・・・」
「やっぱり、何かあったんじゃないか!母さん、どういう事なんだよ!しかも刹那って奴・・・・」
兄である自分にすら、あんな安心した表情で甘ったれた声で名を呼ぶライルの姿は見た事が無い。それ
を他人である刹那が享受しているのかと思うと、正直ショックだった。
「せっちゃんに会ったのね」
「・・・・・・せっちゃん?」
「ええ、可愛いでしょ、あの子。だからせっちゃんって」
「母さん、いい加減何でもちゃん付けで呼ぶ癖直せよ」
「あら心外ね。親愛の証なのに」
「それあいつくらいの歳だと、捻くれる可能性があるぞ」
「大丈夫、ちゃんと義母さんって呼んでくれたしv」
「いや、ちょっと待て!それ喜ぶところじゃないよ!」
そこまで言ってから、ニールはハタと正気に戻った。危ないところであった。うっかり母のペースに乗
せられて、肝心の情報を聞き逃すところだった。母は本当に油断のならない人なのだ。
「母さん、誤魔化そうたってそうはいかないよ」
そう言うと、母は諦めたように首を横に振り、溜息をついた。
「なら私もハッキリ言うわ。貴方は何も知らない、それで良いの」
「そんな!」
「ライルもそう望んでいるはず。貴方は何も知らないし、見てもいない。良いわね?」
ここまで強気で自分の意思を貫こうとする母は珍しい・・・が、ニールとてここでハイそうですかなど
と下がるわけには行かなかった。
「分かったよ、自分で調べる」
「ダメよ」
「母さん!」
「貴方にまで何かあったら、私は生きていけないわ・・・・」
沈痛の表情で母は呟いた。その気持ちは分かる、分かっている。だがあれだけライルが痛めつけられて
いるのに、蚊帳の外は嫌だった、まるで自分だけつまはじきにあったようだ。
「お願いよ、ニール。貴方は人間界で平和に暮らしているんだから、ヴァンパイアの世界に首を突っ込
 んではいけないわ。分かっているでしょ?ヴァンパイアと人間の力の差は」
「・・・・・・・・」
確かにそうだ。ライルの何気ない魔力に、何度傷つけられてしまったか分からない。ライル自身は悪気
も悪意もなく放たれた魔力に。ニールは俯いた。母は言下に殺される可能性の高い事を示唆していた。
それを言われてしまえば、ニールも強く出れない。

だが此処で、意外な協力者が現れた。

ミーちゃんである。ずっと黙って親子の会話を聞いていたのだが、母に向き直りにゃ〜んと鳴いたのだ。
まるでお願いをしているかのように。
「え?ダメよ、ミーちゃん。そんな事したら、ニールに何が起こるか・・・」
ようではなく、本当にお願いをしているらしい。ニールに、力を貸してやって欲しい、と。母はそのお
願いに目を丸くしたようだが、慌てて否定する。だがミーちゃんは諦めなかった。にゃ〜ん、にゃ〜ん
と何度も何度も鳴く。ミーちゃんはプライドの高い猫だ。こんなに下手にお願いをしたところなど、見
た事もない。
「・・・・・・・わかったわ、貴女がそこまで言うのなら」
とうとう母が折れたらしい。諦めたように、溜息をつく。
「母さん・・・・・」
「ミーちゃんに感謝なさいな、貴方のハンターとしてのスキルを信用しなさいと言ってるのよ」
今度はニールが目を丸くする番だった。
「でも約束して。決して無理はしないって」
「ああ・・・・約束するよ、母さん」
そう言うと母は、クスリと笑った。
「うそつきさん。ライルの為だったら無理なんていくらでもするくせに」
「ははは・・・母さんにはお見通しか」
「でもね、今、私の口からは言えないのよ」
やはり母はヴァンパイア達にマークされてしまっているらしい。息子であるライルが逃げ込む場所は、
まず両親の所だからだ。だがライルはそこには行かず、人間界に来てしまったらしい。血まみれのあの
姿を見れば、心配にもなる。たとえ、重大な罪を犯していたとしても、弟を守りたいと思うのは、双子
に生まれたとはいえ、ニールの染み付いた兄根性だ。
「私たちの事は心配いらないわ。旅行中だからねv・・・・じゃあ、私は帰るわ。無理しないで」
「うん、分かったよ」
そう答えると、母は困ったように笑って消えていった。


「ありがとな、ミーちゃん」
抱き上げた美しい三毛猫が、チラリと外を見た。ニールも感じている。ヴァンパイアがこちらを『見て』
いるのを。なのでことさらゆっくりと、彼女を撫でる。喉を鳴らしてニールに頭をこすり付けてくるミ
ーちゃんは普通の猫みたいに見える。
やがて、ふっとその『目』は逸れた。
途端、ミーちゃんは毛玉をニールの手に吐き出す。それからニールの腕の中から、魔方陣に進んでそこ
に座りこんだ。にゃ〜ん、とニールを見て鳴く。
「分かったよ、信頼には答えるさ」
そう答えても母と同じように、苦笑としか思えない表情を浮かべ、彼女は母の元に帰って行った。


ニールはその毛玉を捨て、シャワーを浴びてさっさと寝床に入る。母が突然帰ったのは、あのタイミン
グで『見られて』いるからだ。気を尖らして、辺りをサーチする・・・が、本当に誰もいない。ニール
はそっとゴミ箱から毛玉を取り出した。布団の中に深く潜り込み、その毛玉にふっと息を吹きかけた。
毛玉はみるみるうちに、紙となり母の伝言を浮かび上がらせていた。

簡単な日時と場所。

そこに行けば、詳細が分かるらしい。ニールは感謝して、その紙を握りつぶした。紙は粉々になり、消
えた。
(大丈夫だ、ライル。俺だってお前が心配なんだ。お前が俺を心配してくれたように)
守るのだ、弟を。信頼が置けるのだろうが、あの少年に任せておくのは癪に障るから。


★オリキャラ乱舞で申し訳ありません。これ以上は出てこないので、どうぞご容赦を。このままだと本  当に兄さんが蚊帳の外になってしまうので、説明をする人が必要だったのですよ。そうなると親ぐら  いしか訊ける相手が兄さんにはいないので。ミーちゃんは昔お向かいさんが飼っていた猫がモデル。  話しかけると返事をし、人の言葉を完全に理解し、更には美人で性格も良いというハイスペックの猫  でした。言葉だけのお願いをちゃんときいてくれるんですよ、ミーちゃん。助けてーっと言えば、本  当に助けに来てくれたし。彼女から見たら、私も手のかかる嬢ちゃんだったんでしょうね。 戻る