逃避行中デス






 
ヴァンパイア4

夢を・・・見ていた。
暖かい夢を。
父がいて
母がいて
兄がいて。
皆で笑いあった。

そんな、惨い夢を。

「・・・・・・」
ライルはうっすらと目を開けた。そこは慣れ親しんだ母の居城ではなく、簡素な山小屋だった。まだ山
登りのシーズンではないので、誰かが来る心配は無い。のっそりと起き上がって目を瞬かせると、目か
ら何かが零れ落ちていく。

涙だ。

優しい、今の自分には遠い惨い夢の残像。すぐさまごしごしと擦る。それから周りをきょろきょろと見
回して、ぽつんと呟く。
「せつな?」
起きたばかりとはいえ、自分の声が頼りなく掠れて山小屋に響く。だが返事は無かった。窓の外はすっ
かり明るくなっていた。山小屋に設置してある椅子に座って、行儀悪く机に顎を乗せる。
「せつな・・・・・」
なんだか寂しくなって呟くが、ライルは刹那がどこかへ消えたとは思っていない。朝になるとライルよ
り先に起き出して、活動しているのだ。だから多分、用事があって此処から出て行った。が、帰ってく
る。その事がなによりもライルを支えていた。


「起きたのか」
ドアが開き、刹那が紙袋を持って立っている。
「せつな!」
嬉しさに声が弾む、最早自分が主人の側だとか年上だとか気にする事もない。そんなライルの素直な歓
喜の呼びかけに、刹那がふわりと微妙に笑った。ライルだから笑ったと分かるのだが、他人が見ても分
からない事も多いぐらい、刹那の表情は微かにしか動かない。その原因を思って、ライルは少し胸が痛
んだ。
「ドコ行ってたんだ?」
訊ねるが刹那の持つ紙袋からいい香りがたっているので、本当は分かっている。
「朝飯を買ってきた」
そう言ってドアを閉める寸前に周りをぐるりと見てから、閉めて紙袋を置いた。それからライルの期待
に満ちた視線に苦笑しながら、中から朝飯を取り出す。
今日の朝飯は、ハンバーガーとポテトとコーヒーだった。ちゃんと2人分ある。逃避行を始めた頃に、
時間が無くて1人分しか買えなかった時、ライルは愚図って食べようとはしなかった。嫌だったのだ、
何もしていないのに苦労して食事を用意してくれた刹那が食べれないなんて。結局すったもんだの末に
半分こというやたら可愛らしい事をしてしまったのも良い思い出だ。ライルはじっと朝食を見つめる。
この山小屋を見つけてきたのは刹那だった。そしてこうやって食事を都合してくるのも。なにもかも、
刹那に依存するこの状況。ライルは自分が如何に恵まれた環境で、のんびり育ってきたのかを痛感する。
『あの現場』で茫然自失状態で座り込んでいたライルを、叱咤激励して連れ出してくれたのも刹那だ。
刹那がいなければ、きっと今頃処刑されていた。自分だけならまだ良い、それが両親や兄にとばっちり
がいくのは我慢ならなかった。

それでも思う。
後悔する。

刹那を『使い魔』として定義つけてしまった事を。こんな事になるのなら、ヴァンパイアと定義つけて
しまえば良かったのだ。刹那の弱みに付け込んで、自らの『使い魔』としてしまったのは単なるライル
のエゴだ。暖かさなど感じさせない、あの場所でライルは温もりを求めた。その結果はどうだ、刹那ま
で巻き込んでこんな逃避行になってしまっている。味方などどこにもいない。
「ライル」
呼ばれてハッとして前を向けば、そこには刹那のドアップ。
「わあ!?」
思わず叫んだライルの眉間を、刹那は指で突っついた。
「またロクでもないことを考えていたな」
スルドイ。
「そ・・・そんな事・・・・」
違和感ありありで否定してくるライルに、刹那は1つ溜息をついた。
「良いか、何度も言っているが、俺はお前の使い魔で良かったと思っている。お前を守る事が俺の喜び
 でもあるからだ」
「でもそれは使い魔として強制的に刷り込まれたもので・・・・・」
「刷り込みだけで俺を動かす事は出来ない。お前はそこまで俺を縛ってはいない。前に言われたぞ、こ
 んなに自由意志を認められた使い魔等、見た事ないと」
確かにそうだ、使い魔は主人に従順でなければならない。支配する者される者の関係は、人間でもヴァ
ンパイアでも同じだ。支配する者は絶対的な服従を求める。だから少しでも主人に逆らえば、使い魔は
存在できなくなるのだ。主人に怯えて日々を暮らす使い魔も多いらしい。だが母は使い魔をそんな事で
縛りはしなかった、反対に出来る限り自由意志を認め反対意見も言える間柄でないと、といつも言って
いた。それにライル自身が他のヴァンパイアの使い魔への接し方が好きではなかった。無駄に威張り散
らしているくせに、なにかあれば直ぐ頼る。その時は感謝するのにすぐ忘れて、また気分次第で虐げる。
「だけどさ、あの時に刹那を『ヴァンパイア』として再生させれば良かったんだよ。そうしたらこんな
 逃避行に付き合うことも、俺を守って傷つく事だってなかったのに」
この会話は逃避行が始まってから、幾度となく繰り返されてきたものだった。刹那は使い魔で良かった
と言ってはくれているが、ライルにしてみれば心苦しい。
「お前1人で逃避行していたら、かなり最初の段階で行き倒れているぞ。そういう事は、自分でねぐら
 と食料を確保できるようになってから言うんだな」
「うう・・・・」
真実なので、ぐぅの音もでなかった。
「良いから、早く食べろ。片付かん」
せっつかれてライルはまだ暖かいハンバーガーにパクついた。もうちょっと味が薄い方が好みなのだが
そんな贅沢、言ってられない。ふと日頃の疑問を刹那にぶつけてみた。
「そういえばこういうの買う金はどうしてんだ?俺の口座は使えないはずだぞ」
答えは至極簡単に返ってきた。
「蛇の道は蛇だ」
「盗んでなんかいないよな?」
そんな事になっていたら、更に立場が悪化する。だが刹那は淡々と答えてくる。
「当たり前だ」
ライルはほっと安堵の息をついた。


「あと少し・・・というところだな」
刹那がライルの傷を見てそう診断する。兄であるニールの元に転がり込む切欠となってしまった傷は、
まだ痛々しい傷口をみせていた。ライル自身もなにかの拍子に痛みが走るので、なかなか上手く動けな
い。傷の他には打撲と火傷というオンパレード。10人近いヴァンパイアの追っ手に囲まれた時に受け
た傷。その時刹那は用事があってライルの元を離れており、ライルの危機を悟ってそこに向おうとした
時に、刹那自身も襲撃されたのだ。ただし刹那を襲撃したのは追っ手達の使い魔。さっさと蹴散らした
ものの、強力なヴァンパイア達に攻撃されたライルは無事ではすまない。重傷を負い、自分の命の危機
を実感した時、本能が働いてライルは人間界へ『飛んだ』のだ。人間界に飛んでしまったのは、ヴァン
パイア達もすぐには追ってこれないという事と、兄を思い浮かべたからだろう。
(兄さん、無事でいてくれれば良いんだけど)
ほんの少ししか会えなかった兄の、顔を思い浮かべる。10年近く離れていた兄。時間があれば、もっ
と話していたかった。だが状況が状況であるが故に、のんびりもしていられない。それに自分達が一緒
にいる事自体が、人間界とヴァンパイア界においては喜ばしい事ではない。人間達はヴァンパイアのラ
イルを恐れて兄を迫害するだろうし、ヴァンパイア達は兄を極悪犯罪者たるライルとじかに接触を謀る
者として連行するだろう。そんな事はさせないし、許さない。思いはあるのだが実際に行動には出れな
い。追撃者を撒くのだけで精一杯。使い魔レベルならライルはともかく、刹那とて苦戦などしない。刹
那の力は並みの使い魔より強く、経験豊富である為に無敵状態なのだ。本来なら絶対的なレベル差があ
るはずのヴァンパイア達と対等以上に戦えるのも。淡々と新しい包帯を巻いてくれる刹那を、ライルは
ぼんやりと見つめた。
「どうした?」
刹那の声が柔らかい。それだけでライルは心が温かくなる。家族以外にこんなにも温かい気持ちにさせ
てくれる者がいるなんて思わなかった。
(始祖は優しく偉大だったけれど、あそこは寂しい場所だったから)
ヴァンパイア界で聖域と呼ばれた、あの場所。数多のヴァンパイア達がそこに住まう事を願い、叶わず
に嘆き悲しむあの場所。
(偉大なる始祖・・・・レイフマン)

『君の力が異常に強力なのは、きっと君の兄の力をも引き受けてしまったからだね』
慈しむようにかけられたその声。
『優しい子だ。君は兄の幸せを願い、難儀なヴァンパイアの属性を全て背負った』
『その優しさが、此処には足りないのだろうな・・・』

「ライル」
刹那の静かな声に、思考は遮られる。
「刹那、俺が・・・・俺は・・・・・」
「分かっている。反撃のチャンスはきっと来る。だから諦めるな、俺も諦める事はしない」
「うん」
いつの間にか傷口は新しい包帯に守られていた。座り込んだまま、刹那はライルをその小さな身体で抱
きしめる。ライルも刹那を抱き返す。すっぽりと自分の腕の中に入ってしまう、小さな刹那。しかしそ
の意思は強く大きい。
「せつな・・・・・」
ライルは目から溢れ出したものを見られまいとして、刹那の肩に顔を埋める。刹那は何も言わなかった。


★刹ライと言い張ります。ええ、ぎっちりと。割とライルはスキンシップ過多で育っているので、不安  だったり感情が不安定になると誰かにひっつく癖があります。なので刹那はそれを察知して抱きしめ  たりするんですね。ライルを安心させる為に。どっちが年上なんだか(苦笑) 戻る