事の事情






 
ヴァンパイア5


ニールはただ黙って街を歩いていた。母が示してくれた日付は今日。そして指定してくれた場所に向う
途中だった。しかし『目』がついてくるし、ヴァンパイアらしき気配もちらほら感じる。一体協定はど
うなったんだと心の中で愚痴るが、どうにもならない。結局かなり早い時間に街に繰り出し、ぐるぐる
と歩き回っている。
(ライル・・・・お前、本当に何に巻き込まれたんだよ)
傷だらけ、血だらけの弟を思い浮かべる。ライルは元々強大な力を持っている。自惚れなしに言えば、
ヴァンパイアの中でもかなりの上位に位置するぐらいだ。1対1でライルに敵うヴァンパイア等、数え
るぐらいなのに。それがあのやられっぷり。考えられる理由は2つ。ライル自身の力が衰えてきたのか
追っ手のヴァンパイア達の力が強大だったのか。後者の方が可能性が高いとは思う。どんなに強大な力
の持ち主と言えども、数には敵わない。
(さて、どんな話が聞けるやら)
そろそろ目的地に近い。追っ手の目をやり過ごさなければならない。なにげない動作で、ニールは小さ
な人形を取り出した。身代わり人形というなんともストレートな名前を持つそのアイテムは、文字通り
使った者の身代わりとなるものだ。これを囮にしてヴァンパイアの裏をかく、というのはスタンダード
な戦い方だと元ヴァンパイアハンターの父は言っていた。人形をぽとんと真下に落とすと、瞬時にニー
ルの姿となった。ヴァンパイア専門のアイテムである為に、目は誤魔化せたはずだ。そして細い路地裏
にするりと潜り込んで気配を消した。昔ならいざ知らず、今のヴァンパイア達はハンターの数が少なく
なった事も含めて、そのスキルに注意する事は無い。案の定『目』もヴァンパイア達も人形の方へつい
ていってしまった。古い技術が役に立たない事は無い。ニールはにやりと笑って、気配を消したまま目
的地に向って歩き出した。


そこは狭すぎる家だった。ドアに念のために符術を施し、時間を待つ。
(3・・・2・・・・1)
ボンッ
時間きっかりに、ニールの前に誰かが現れた。それは女性だった。かなりレベルの高い。彼女はニール
を見て、ニッコリと笑った。
「貴方ね、ニールって。初めまして、私はスメラギ。ヴァンパイア族の・・・まぁ情報屋よ」
ニールはきょとんとした。自分は結構緊迫しながら行動していたわけなのだが、このスメラギと名乗っ
た女性の大らかさはどうだ。
「貴方のお母さんに情報を届ける事を頼まれたの。聞きたい事は?」
「ある!ライルが何故追われているんだ?」
即答すれば、ちょっと困ったように笑いながら頷く。
「貴方には悪いけど、そりゃ追われるわよ」
「だからなんで?」
「始祖殺ししてるんだもの、彼」
「は?」
「だから、ライルは始祖を殺してその証である『天命のタブレット』を持ち逃げしたのよ。だから追わ
 れる」
「なんだって!?ライルの奴が・・・・・始祖殺し?」
余りの展開にニールの声がひっくり返った。


完全に勘違いされがちなのだが、ヴァンパイアは不老不死ではない。ただ人間に比べて異常なまでに寿
命が長いだけなのだ。だから老化も非常にゆっくりと進んでいく。それこそ百年単位で。人間の寿命は
せいぜい百年ぐらい。その間に同じ人物が年すらとらないのであれば、不老不死と思われても不思議で
もない。ヴァンパイア達は基本的にそれぞれが勝手気ままに生きているのだが、ちゃんとそれを束ねる
者がいるのである。それが始祖だ。別に始まりのヴァンパイアというわけではない。人間世界でいえば
王や頭領のようなもの。先代の始祖が次代の始祖を指名して、始祖の証である『天命のタブレット』を
その身体に埋め込む。そうして何かあれば、始祖の決断が全てのヴァンパイア達のルールとなるのだ。
両親が力を入れていた協定をヴァンパイア界が受け入れたのは、始祖の判断があってこそ。


その始祖をライルが殺した。それはニールには思いも寄らない事だった。確かにライルは強引に始祖に
指名されて聖域に入ったと母は言っていた。だがそれが、しかもこんなに時間が経ってから行動するも
のなのか?ニールの素朴な疑問に、スメラギはこう答えた。
「さあ、良く分からないわね。始祖になりたい奴らはごまんといるわ」
「ライルはそんな奴じゃない」
「犯罪者の家族は皆、大体そう言うわ。でも現実に事件は起こってしまっている。ライルは逃走してい
 るし?」
黙り込むニールに、スメラギは面白そうに笑う。
「弟想いなのね」
「当たり前だ、あいつは俺のたった1人の弟なんだぞ」
「でもそう思うなら、これ以上首を突っ込まない方が良いわよ?」
「なんでだ」
「ライルの事件は起こってはならない事なのよ。だからヴァンパイアの中でも強力な者達が彼を追って
 いるの。彼自身、かなり強力なヴァンパイアみたいだしね」
「・・・・・俺が人間だからって、馬鹿にしてんのか」
「違うわよ。結構熱血なのね。お母さんからも言われなかった?人間ではヴァンパイアに太刀打ちでき
 ないって」
「聞いたよ。だからなんだってんだ、アイツを・・・・ライルを救えるのなら俺は、命を捧げたって!」
ニールの言葉に、やれやれと言いたげにスメラギは肩をすくめた。
「で?貴方が命を捧げて彼を救ったところで、ライルが満足するとでも思っているの?」
「え?」
「たとえ助かっても、一生心に深い傷を負って生きていくのよ。そんな思いをさせたいの?」
「でも・・・・・」
困ったようにスメラギはニールを見つめる。やがて溜息をついた。
「分かった、情報は回してあげる。だから無茶はしないでちょうだい」
「それは約束できないな」
「本当に困った子ね。まあ良いわ、取りあえず教えてあげる。ただヴァンパイア達は今の状態を人間に
 知られたくないの。守秘義務は守ってちょうだいね」
「分かった」
「ん、じゃ大雑把に言うと始祖が館の自室で殺されていた時、近くにいたのはライルだけ。しかも身体
 に『天命のタブレット』が埋め込まれていた。これは強奪しても宿せるものなのよ。そして第一発見
 者は始祖・・・・エイフマンの助手のカタギリ氏。呆然としていたらしいけど、使い魔の子がライル
 を引きずって逃げて行ったらしいわ」
「え・・・・じゃあライルの立場悪くしたのって、あいつのせいかよ!?」
黒髪の少年を思い出す。そんな現場で逃げ出したら疑われるのは、火を見るより明らかだ。
「そうとも言えないのよ。カタギリ氏は驚いたらしいんだけど、何も言ってないのに警備を担当する者
 達がなだれ込んできたらしいから。そのままの勢いだったらリンチされかねない状態だったそうよ」
「・・・・・・・・ミス・スメラギ?」
「あら、そう呼んでくれるの?なあに?」
「あんたの言い方聞いてると、始祖殺しに関してなんか疑ってるみたいなんだが」
思った事をずばっと言うと、そのタイミングを待っていたらしい彼女がニヤリと笑った。
「そうよ、おかしいもの」
「取りあえずどこら辺が?」
「さっき始祖になりたい奴はゴマンといるって言ったわよね、私」
「ああ」
「でもライルは何度も館から出て行きたいと、始祖に直訴しているのよ。でも始祖が許さなかった。き
 っとコントロールがなんとか出来るようになったとはいえ、まだまだ不安定だったから」
「直訴!?あいつそんな事してたのか」
「お気に入りだったもの、始祖に。もし始祖から自由になりたいって思って殺しただけならまだ分かる
 わよ?だけど『天命のタブレット』を奪う理由が無い」
ニールは幼い頃に両親に連れられて、始祖に会った事がある。とはいえ遠くから米粒のような姿の始祖
を見ているだけだったのだが。因みにライルは何故か興味も示さず、ぐーすかと母の腕の中で眠ってい
た。だが始祖の印象は大きかった。高い知性を感じさせる表情と、立ち振る舞い。次々に出されるヴァ
ンパイア達の手を握り、優しく笑っていた。歴代始祖の中でもその知性と温厚さはピカ1であったらし
い。故に多くのヴァンパイア達から敬われ、愛されてきた。その始祖がなんの理由も無く、ライルを強
引に館に縛り付ける事はないだろう。その理由はライル自身が良く知っていたはずだ。
「それにね」
スメラギの声で、ニールは我に返って彼女を見た。
「追っ手は表向き捕縛する為に追っていると言ってるけれど、どう贔屓目に見ても殺す為に行動してい
 るのよね」
「その根拠は?」
「捕縛するだけなら、そんな強大な魔術は必要ないでしょ。でも彼らは殺傷能力が高い魔術ばかりを選
 んで使用しているのよ。それが分かった時には、ライルが激しく抵抗してこちらが殺されそうになっ
 たから、なんて言ってたけど数は絶対よ。10人以上でかかって返り討ちにあった?おかしいわよ」
確かにおかしい。追っ手達はかなりのてだれのはず、あの刹那という使い魔の少年が戦闘能力に長けて
いたとしても、ライルの力があったとしても、早々やられるわけはない。確かにおかしい話だ。
「つまり・・・ライルは嵌められたって事か」
「私はそう睨んでいるわ」
ニールは心の中で臍をかんだ。自分にはヴァンパイアハンターとしてのスキルは有しているが、それが
ヴァンパイア達にどこまで通用するか分からない。下手をすれば自分が捕まって、人質にされる可能性
もある。
「俺は・・・・・何が出来るんだ?」
思わず弱々しく吐いたその台詞に。
「貴方はライルの逃げ場所であればいいと思うわよ」
「え?」
「彼は親の所には帰れないわ。でも貴方の元には現れた。つまり貴方はライルの最後の頼みの綱なのよ。
 だから・・・・・」
「だから?」
「包帯と傷薬とかをいーーっぱい買って、待機していれば良いと思うわよ」
「うう・・・・・」
「ハッキリ言いましょうか?下手に動かない事が、今回は最善なのよ。それはみっともないとかいう事
 ではないわ。きっとライルはどうにもならなかったら貴方を頼る。だからその時まで待ってなさい」
スメラギはウィンクをして、まだ不満そうなニールに言った。
「若いわね、本当に。なら私からちょっとお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「私はこれから得た情報を貴方に送らせて貰うわ。そうすれば私に何かあっても、情報は残る。そこか
 ら事件の解決方法が見つかるかもしれないの。頼める?」
「さっき知り合ったばかりだというのに、随分と信用されているんだな」
「私、人を見る目はあるつもりよ?情報屋なんだから。で、どうする?」
ニールは少し迷ったが、その申し出了承した。情報は力になり得る。ライルの事に関しても突破口が開
けるだろう。
「じゃ、私はこの辺で。気をつけて帰ってね」
スメラギは情報の端末とやらをニールに渡し、帰って行った。


そしてスメラギの予想は当たった。だがニールの元に転がり込んだのはライルではなく・・・・・・・

刹那だった。
 

★またしても兄さんのターン!以後スメラギさんから次々と情報が流れてきて、それを整理したりする  ので意外と忙しい兄さんでした。 戻る