ライルと刹那






 
ヴァンパイア6

(俺ん家を救急病院かなにかと勘違いしとらんか、ライルの奴)
自分のベッドで昏々と眠り続ける刹那を眺めながら、ニールは心の中でぼやいた。いきなり落ちてきた
刹那は、ライルの時の比ではないくらいの重傷を負っていた。人間なら余裕で死んでいるレベル。だが
刹那はなんとか命を繋いでいた。素人の知識とはいえ、ヴァンパイアハンターとしてのスキルの中には
ちゃんと治療の項目がある。それが今回役に立った。本当に父には感謝してもし足りないくらい。

ばちっ

音がしそうな勢いで、いきなり刹那が目を開いた。
「ライル!」
そう叫んで起き上がろうとしたが、その身体はぴくりとも動かなかった。そりゃそうだ、あんなレベル
の怪我がすぐに治って溜まるかよとニールは心の中で呟いた。
「よう、お目覚めか。気分はどうだ」
「お前は、ライルの兄だな・・・・」
「おや流石に見分けがつくか。取りあえずスポーツ飲料でも飲んどけ。水分と塩分と糖分が一気に取れ
 てお得だぞ」
ニールは慎重に刹那の小さな背を支えて、座らせた。スポーツ飲料を差し出すと、小さな声で礼を言っ
て口を付ける。身体が欲していたのだろう、凄い勢いで飲み干す。
「落ち着いたか」
「こんなトコにのんびりしているわけにはいかない、俺は行かなくては」
刹那はニールをガン無視してベッドから降りようとする。が、やはり身体が思うように動かない。その
顔が悲壮に歪む。
「今の状態のお前が行った所で、ライルの役に立てるとは思えん」
事実を突きつけると、刹那の赤茶けた瞳が怒りに燃えた。
「お前に言われる筋合いはない」
「あるさ、ライルが何故お前を逃がしたと思っているんだ?今、お前がそんな状態でむかったところで
 ライルは喜ばないぞ」
刹那は悔しそうにニールを睨む。両手が掛け布団をきつく握りしめる。刹那が此処に飛ばされたという
事は、ライルは非常に厳しい状態にあるという事が良く分かる。分かるが自分を頼って、刹那を託した
ライルの心情が分かるだけに、ニールも動けないし刹那を行かせるわけにも行かない。それはニールに
とっても非常に辛い事だった。


再びベッドに寝させた刹那に、ニールは訊ねた。
「お前さ、なにが切欠でライルの使い魔をやってるの?」
と。答えは簡潔だった。
「ライルは命の恩人だ」
「恩人?」
「そうだ」
刹那はぽつぽつと話し出した。
「俺は元は人間だ。中東の出身で。あそこはいつも大小に関わらず戦いが勃発していた」
刹那は辛そうに溜息をついた。
「俺はそこでゲリラの少年兵をやっていた」
ああそれで、とニールが納得する。初めて遭遇した時のあの動き、戦い慣れしていると思ったのだ。
「だがある戦場で、俺は瀕死の重傷を負った。それまでは両親すら殺してしまっていたから、いつ死ん
 でも良いと思っていた。現実は違った。もう助からないと分かっていながら、俺は願い続けた。死に
 たくない、生きていたい、誰か助けてと」
刹那はぼんやりと天井を見つめた。
「どのくらい経ったか分からないが、俺を苛んでいた強烈な直射日光が遮られた。誰かが俺の前に立っ
 たんだ。俺は敵兵に見つかったんだと思った。絶望した、願いが叶わない事に。だが・・・」
「それが、ライルだったってわけか」
「あいつは言った『確かにお前を助ける事は出来る。だけどその方法を使ったら、二度と人間には戻れ
 ない。人間として死ぬ事もまた、意味のあることだと思う』と」
それはライルの心の葛藤でもあったのだろう。どうやって刹那に気がついたのかは分からない。だが瀕
死の少年に出会った時、ライルの中でなにか感じるものがあったのだろう。
「俺は願った。人間でなくても良い、死にたくないと。するとあいつは分かったと答えた。俺は血を吸
 われて、あいつの住んでいる始祖の館に行ったんだ」
黙って先を促す。
「とはいっても、目が覚めたら始祖の館の中にあるライルの個室にいたから、どうやって移動したのか
 は覚えていない。あいつは嬉しそうにこう言った『使い魔として定義したけれど、別に無理に俺の傍
 にいなくても良い。でもできれば傍にいて欲しいな』と。初めてだった、俺を必要としてくれた存在
 は。そしてライルがそう願う気持ちも分かる」
「何故?」
「あそこは始祖のブレーンともいえるエリート達が集う場所だ」
「なるほど、純血種のエリートさんってわけだ」
「そう、ライルは人間とのハーフだ。それなのに自分達を凌駕する力と才能を持っていたら、面白いは
 ずはない。友人がいないわけでもなかったが、いつも嘲笑されていたな。出来損ないの血筋と。だか
 ら俺は言ってやった。ライルに対して血筋しか優位に立てないなんて、気の毒にと」
「そりゃまた、思い切った事を言ったな!」
「奴らにしてみれば人間とのハーフが、何の特徴もない使い魔の俺を連れているんだ。俺の存在すらラ
 イルを嘲笑う材料にしていたんだ。そんなのは許せない。あんたも知っている通り、使い魔とてそれ
 なりの魔力等のレベルを有している事が多い、元々な。俺のように肉弾戦オンリーというのは、異端
 なんだ。始祖の傍に仕える者は、ヴァンパイアでも使い魔でも全ての点で優れていなくてはならない
 からな。・・・・・ライルはそんな事を考えてはいなかったようだが」
ヴァンパイアは各々気ままに暮らしているのだが、始祖とその周囲はそうでもないのだ。ヴァンパイア
達を束ねるのは大変な事なのだ。だが普通始祖の館に住むことを許されているのは、先祖代々始祖に仕
えている血筋が多い。つまりはヴァンパイアの中でも純血種なわけだ。彼らにとってライルは人間との
ハーフが選ばれたという事自体が、異常事態なのだ。とかくハーフは差別される。ヴァンパイアにも、
人間にも。そして血筋しか威張れない存在も、人間、ヴァンパイアの差無くあるのだ。ライルが始祖の
館に呼ばれた理由、それはライルの持つ生まれながらにしての強大な力に他ならない。ライルは行きた
くないと駄々を捏ねていたようだが、ヴァンパイアは始祖の命令には従わなければならないのだ。その
ぐらいの拘束力がなくては、ヴァンパイア達を束ねる事は出来ない。だが今の始祖・・・・殺されてし
まったが・・・・レイフマンはそういう強引な事は滅多にしない事で有名だったのだ。
「事の始まりはある情報屋から聞いた。ライルは始祖を殺しているのか」
半分縋る思いでニールは訊ねた。が、刹那はチラリとニールを見て溜息をつく。
「殺すのならもっと上手い方法を俺が教えてやれる」
いきなり物騒な方向へ話が飛んだ。あまりの物言いに、ニールはぽかんと口を開けて刹那を見つめた。
「あんな無様な事にはならないし、あのいけ好かないエリートの誰かに上手く罪を被せてやれる。そう
 いう方法を俺は知っている」
つまり殺してはいないという事だ。
「ならなんで逃げたんだよ」
「お前はあの状況を知らないからな。潔白だからそこにいればいつかは冤罪が晴れる?そんな機会はき
 と巡っては来ないだろうな」
戦闘慣れしている刹那がそこまで言うのだ、事態は随分ライルにとって不利だったのだろう。そういえ
ばミス・スメラギも言っていたではないか、リンチされそうな勢いだったと。つまりそこにそのままい
れば、始祖を殺した凶悪犯としてライルはその場で殺されていた可能性が高い。そして後からこの凶悪
犯が激しく抵抗したので殺したといえば角が立たない。経緯こそ良く分からないが、ライルは実際に
『天命のタブレット』を身に宿していたのだ。これが始祖殺害の証ともなってしまう。強奪しても宿せ
るものらしいから。ニールは眉を寄せて呻いた。
「あともう1つ訊いて良いか?」
刹那はギロリとニールを睨み、頷いた。
「初めてお前が俺の部屋に来た時、ライルと同じ気配を感じた。それはどうしてだ?」
「それは簡単な事だ。さっき言ったヤツで、俺はライルのいない時にリンチにあったんだ。かなりの重
 傷を負ってな。その時にライルが俺を死なさない為にって、自分の力の半分を俺に分けてくれたから
 だ」
「なんだって!?」
いくら死に掛けたからといって、使い魔に力を分け与えるなんて無茶だ。それはライルの力の弱体化を
呼んでしまう。そんなことをすれば下手をすれば自分の寿命まで縮めてしまうおそれがあるのだ。それ
だけライルは大切にしていたのだろう、冷たい世界で自分を支えてくれる刹那に。
「ライルの境遇に同情したのは確かだ。あいつは俺の方が悲惨だと言っていたがな」
ライルと刹那、そこには兄であるニールにすら入り込めない絆がある。ニールとて仲間や友人はいるが
ここまでお互いに必要としている人物はいない。羨ましいと同時に、兄弟という繋がりも持たない刹那
が、ライルとの強固な絆を有しているのは・・・・・・ちょっと悔しかった。



★モテモテライル(笑)本人はのっぴきならない状況に陥っておりますが。ライル出てませんが、刹ラ  イです。刹ライですよ! 戻る