俺の全て






 
ヴァンパイア7

朝、ニールが会社があるから大人しく寝とけよと言って出て行ってから、刹那はぼんやりと天井を見つ
めていた。ライルが危機に陥っているというのに、このザマはなんだ。自分に対しての怒りしか出てこ
ない。


あの幼かった日、刹那は戦場を駆けていた。大人達は少し離れた場所で、反撃の用意をするからお前達
は足止めをしろと言ってジープで去っていった。残されたのは自分と同じ少年少女兵だけ。刹那には分
かっていた。自分達が助かる為だけに、子供を捨石にするのだと。だがそんな事を言えば、殺されるの
は刹那の方だ。同じ仲間達でも、刹那を異分子と認めて殺すだろう。洗脳とは恐ろしいものだと、刹那
は諦めと共に、その運命を受け入れたのだった。
戦闘は絶望的だった。どんどん子供達が死んでいく。
パン
軽い音がして、刹那は左腹に刺すような痛みを感じて倒れた。傷口を確かめなくても分かる。撃たれた
のだ。踏ん張りきれずに、刹那は倒れる。口の中に砂と血の味が混じりあった。足音がして、自分を撃
った敵が近づいて来た事を知る。だがあえて刹那は動かなかった。
「また子供かよ・・・・」
「後味悪いよな、なに考えてんだよ。あいつらはさ・・・・」
敵兵の愚痴が聞こえてくる。それはそうだろう殺しても殺しても、自分達に特攻をかけてくる子供達が
いるのだから。普通の感覚ではそう思うだろう。だが殺さなければ自分達が死ぬ事になる。洗脳された
子供達に、恐怖はないのだから。
足音が遠ざかるのを待ってから、刹那は地面を這い始めた。もう立ち上がる気力も体力も無い。ようや
く廃墟の壁にもたれかかる事が出来た。が、すぐに失敗したと思う。なぜなら太陽の強烈な光と熱が、
直接降りかかってきていたからだ。せめて影になっている所に行きたかった。
(俺はもう死ぬのか)
(良いように利用されたまま)
(嘲笑われたまま)
自分が手をかけてしまった両親の姿を思い出す。両手を広げて抱きしめようとしてくれた母。笑って迎
えてくれた父。その温かい愛情に、冷たく銃を向けたのは自分だった。自分の意思で。
(父さん、母さん)
ふと今迄感じたことのない死への恐怖が降りかかってきた。自分には生きる権利などありはしない、だ
が自らを殺す勇気もない。いつか戦場で死ぬまでは、生きていようと思っていた。いつでも死ぬ覚悟は
できていた・・・・つもりだった。だが今、自分の心に感じる恐怖はなんだ?身体が自由に動けば叫び
たい。
(嫌だ、死にたくない)
(助けて、誰か)
(生きていたい、死にたくない・・・・っ)
その意思に反して、身体から流れる血を止められない。
(死にたく・・・・ないよぅ・・・・・・・っ)
それは刹那にとっての初めての弱音だったかもしれない。自分の叫びは誰にも聞かれておらず、誰も助
けには来てくれない。頭では分かっている。だが心が、感情が死にたくない生きていたいと喚く。視界
が歪む。この時点でも涙は溢れるものか、とどこかで思う。


ふと自分をあれだけ苛んでいた直射日光が、ささなくなった。疑問に思い、ゆっくりと顔を上げるとそ
こには黒いマントを纏った男が立っていた。敵兵に見つかったのかと絶望しかかったが、優しい翠の瞳
が、刹那を見ている。敵兵ではないようだ。
(誰だ・・・?)
問いかけると、その男はしゃがんだようだった。
「ライルだよ」
「ラ・・・・?」
声に出そうとした途端、刹那は口に広がる血に咽た。
「ああ・・・無理して声を出さなくていいよ。思うだけで俺には繋がる」
(何しに来たんだ?)
「何しに、とはご挨拶だなぁ。俺、お前の助けを呼ぶ声が聞こえたから来たのに」
(俺を・・・助けに?)
「うん。ずっと思ってたろ?死にたくない、生きていたいって」
(ああ・・・思っていた)
そこで男・・・ライルは少し考えるような素振りを見せた。やがて口を開く。
「確かにお前を助ける事は出来る。だけどその方法を使ったら、二度と人間には戻れない。人間として
 死ぬ事もまた、意味のあることだと思う。・・・・・どうする?」
刹那にはどうするもない、生きていられるその方法があるのであれば、その方法を選ぶ。たとえ人間に
戻れなかったとしてもだ。
(死にたくない、生きていたい。・・・・・・助けて)
「そっか・・・・・・」
ライルは自分から言い出したことだというのに、なにか迷っているように見えた。早くして欲しいと刹
那は思う。出血量から見て、もう長くない。その前に、助けて欲しかった。
「分かった。ちょっと痛いかもしんねぇが、腹の傷で痛覚は麻痺しているか・・・・」
そう言いながら、刹那の頬に手を添えて首筋に顔を寄せる。
(なにを・・・?)
「楽にしててくれというのも変だけど」
ちくり
なにかが自分の首筋に刺さった。だが確かに痛覚が麻痺しかかっているこの状態では、刹那には何が起
こっているのか、さっぱりわからない。しかし次の瞬間、ずっ・・・・と身体の中の何かが吸い上げら
れる感覚が襲った。先程とはまた違った、本能的な恐怖が湧きあがる。
(なにをして・・・っ!)
弱々しいながら、刹那はもがいた。その小さな身体を、ライルと名乗った男の長い腕が拘束する。その
間にも吸い上げられる感覚は消えない。恐怖が何もかも上回り、刹那はそこでぷつりと意識を途切れさ
せたのだった。


次に目が覚めた時、刹那は今迄寝た事もないふかふかのベットの中にいた。天井には模様が敷き詰めら
れており、その天井から小ぶりながら凝ったシャンデリアが下がって優しい光を照らしていた。
(どこだ、ここは)
部屋を見回すと、首に真新しい包帯が巻かれているのに気がつく。
(そうか、俺はあの時の選択でいきなり首に噛み付かれたんだ)
バタン
なんの前触れもなしに、扉が開いた。驚いてそちらを見ると、ライルと名乗った男がトレーを持って笑
っていた。
「あー、気がついたか。気分はどうだ?」
「・・・・・よく分からないが、多分・・・・大丈夫だ」
「そっか、気がついたんならまず、腹ごしらえだよな。食える?」
「食べる」
本能的に刹那は答えていた。少年兵だった頃は、食べれる時に食べておかないとずっと空腹のままほっ
ておかれるからだ。
「オーライ。なら身体を起こさないとな」
何が嬉しいのか、ライルはニコニコと上機嫌で刹那の身体を起こして枕に背をもたれさせる。
「はい」
渡されたトレーには、パンとクリームシチューやサラダと・・・何故か牛乳が入ったコップが乗ってい
た。
「口にあえば良いんだけど、あわなかったら教えてな?」
こっくりと頷いて食べだしたのだが、ライルがニコニコと笑ったままこちらを見ているので食べにくい。
が、元々空腹を抱えて戦っていたのだ。刹那はあっという間にその食事を平らげた。
「良く食べたな!じゃ、俺これ返してくるからさ」
「ええと・・・・ライル」
「詳しい話は後で」
「・・・・助かった」
素直に礼を述べると、ライルの翠の瞳が丸くなる。そんな表情が可愛いな、と刹那は思った。
「い、いやそれほどでも・・・・じゃ、じゃあ俺コレ返してくるから」
慌ててトレーを持って出て行くライル。刹那はくすりと笑って、口元を押さえた。こんな風に笑ったの
は久し振りだった。


「さてと、一気に話すけど、驚かないで聞いてくれな」
そう言ってから、ライルは立て板に水の勢いで話し出した。
自分がヴァンパイアとハーフであること。
ヴァンパイアは血を吸った相手を、自分の意思でヴァンパイアにしたり使い魔にしたりできる。
ココはヴァンパイアの世界でも異端な始祖というリーダーの住まう聖域だということ。
刹那は使い魔として定義したこと。等等。
そしてライルは最後にこう言った。
「使い魔として定義したけれど、別に無理に俺の傍にいなくても良い。でもできれば傍にいて欲しいな
 ぁ」
「傍に居て欲しいのか」
静かに問うと、うん、と素直に首を縦に振る。刹那には初めてといっていい、晴天の霹靂だった。今迄
は戦力とか使い捨てとして必要とされた事はあっても、傍にいて欲しいと言われた事はない。
「お前には俺が必要か」
再度問うと、やはり、うん、と首を縦に振る。そして刹那は気がついてしまった。自分より大分年上の
はずのこの青年の瞳が、縋るように揺れていたのを。この瞳に気がつくと、もう何も言えはしない。刹
那は使い魔として、ライルの傍に居る事を選んだ。ライルははしゃいで、大喜びをしていた。その姿を
見るだけで、自分になんらかの存在意味がある気がして刹那は嬉しくなった。


部屋の中では陽気で甘えん坊なライルは、一歩外に出ると無表情になってしまう。それに面食らってし
まったのだが、理由はすぐに判明した。
「よう、見ろよ。出来損ないの血筋が、野良犬拾ってきてるじゃんか」
「出来損ないは出来損ない同志で、隅で大人しくしてればいいのにな」
あからさまな侮蔑。他の者達も言葉には出さないが、ライルと刹那を馬鹿にしているのがありありと分
かる。刺さる冷たい視線。思わずブルリと震えると、ライルがふわりと着ている黒いコートを刹那にか
けて、その不躾な視線から刹那を隠してしまった。なんとなしにライルの腰に両手を回して、ライルと
歩調をあわせて歩く。なんて冷たい世界。自分のいた世界もロクでもなかったが、こんな冷たいところ
ではなかった。ライルが自分が傍にいることを決めた時、異常なまでに喜んでいた事を思い出す。
(そうか・・・・寂しかったのか)
こんな冷たい世界では、誰かに縋りたくもなるだろう。そしてその相手が自分であるという事に満足し
ている自分に驚く。誰かに触られるのすら嫌だったのに、こうしてライルにぴったりとくっついて歩い
ているなんて信じられない。ふとライルの歩みが止まった。
「やあ、ライル。君の心を射止めた使い魔君には今日も会わせてもらえないのかね?」
「グラハム」
気軽に声をかけてきた者を見ようと、刹那はライルのマントから顔を出した。余談だがライルのコート
からひょこ、と顔を出した幼い刹那は可愛らしく見えた。そこにはやたらと存在が派手な男がいた。グ
ラハムというのは彼の事なのだろう。金の癖毛にライルとはまた違った濃さの翠の瞳。顔立ちも派手だ。
幼い頃に聞いた御伽噺の王子様、といえばぴったりだろうか。そこで彼と目があった。きょとん、と目
を丸くしたその男は、次の瞬間笑い出した。
「なんと、まあ・・・可愛らしい!なるほど、ライルが皆から隠したがるのも無理はない」
「グラハム・・・・俺にはそんな趣味はない」
憮然とライルは異議を唱える。刹那は説明を求めるように、ライルを見上げる。その視線に気がついた
ライルが何か言うより早く、グラハムと言われた男が喋りだした。
「君のご主人様の友人のグラハムだ。可愛い使い魔君?」
どこかからかうような口調に、刹那は眉を顰めた。
「可愛いは余計だ」
「こら、刹那」
「ほう刹那君というのか。なかなかに良い目をしているね。これは将来性がありそうだ」
「あんた・・・・」
「ん?」
「本当にライルの友人なのか?」
部屋を出てからというもの、あからさまな侮蔑の視線に刹那は怒りを感じていた。口では表面上いくら
でも調子の良い事が言える。刹那は幼いながら、人を見る目は肥えている。グラハムというこの男がど
ういうつもりでライルに近づいているのか、確かめなければ。
「ああ・・・・・あの連中ね。心外だな、彼らと同じだと思われているのか」
「口ではなんとでも言える」
「おいおい・・・刹那・・・??」
「私は優秀であれば血筋なんか糞喰らえと思っているさ。あの連中は私を辟易とさせる天才だよ」
じ・・・・・とジト目で睨むと、降参とばかりに両手を広げられる。
「すまない、グラハム。刹那、グラハムは大分おかしい人格だが信用できるぞ」
「おいおいライル。大分おかしいとはなにごとだ」
「道理は自分の無理でこじあけるが信条な奴が、おかしくないわけないだろ?」
「言うようになったな、君は・・・・」
「当たり前だ、ビリー氏が遠慮しなくても思った事叩きつけてやればいいって言ってたからな!」
「ビリーが?まったく親友をそんな風に言うとは・・・・」
「真っ当な判断だと思うぞ」
ライルとグラハムの会話を、刹那は黙って聞いていた。成る程、確かにライルに対して侮蔑等の感情を
持っているとは思えない。ただそれでもライルは部屋にいる時よりも、固い表情で対応している。つま
りライルの素の表情を知っているのは自分だけなのだと思うと、なんだか優越感がこみ上げてきた。


 
 

★刹那とライルの出会い編でした。命の恩人であるという以外に、自分を必要としてくれるライルに刹  那は最初は依存しちゃうんです。さっさと自立するけど。反対にライルは刹那に依存しっぱなし。た  だその依存が刹那には必要とされていると感じられて嬉しいのですよ。誰だって必要だと言われれば  嬉しい。誰だって自分を支えてくれる人がいれば嬉しい。そんな感じ。 戻る