譲れない






 
ヴァンパイア8



刹那は次第に能力を開花させ、肉弾戦しかできないにも関わらず優秀な成績を刻むようになった。理由
は簡単だ。まずライルを守る為の知識と力が欲しかったから、貪欲にそれらを求めたこと。そして刹那
が優秀な成績を取るとライルが自分の事のように喜ぶからだ。誰かに裏もなく必要とされた事の無い刹
那にとっては、重要な事。自分を高める事しか考えていなかった刹那は、段々ライルに集中していたは
ずの妬みの視線が、自分にも注がれていた事に気がつかなかった。

そして「あの」事件が起こった。

ライルが始祖に呼ばれて外していた時、刹那は使い魔を従えたヴァンパイア達に目のつきにくい場所に
引きずり出された。彼らは口々に刹那が生意気だだの、ただの元人間がいい気になっているだのと口汚
く罵った。始めは我慢していた刹那ではあったが、ライルまで侮辱されて一気に頭に血が上った。気が
つけば、その言葉は口をついてでてしまっていた。
「血筋しか自慢できるものがない奴は、可哀そうだな」
その言葉は彼らの本質をついているともいえる。彼らは一斉に黙った。痛いところを真正面からつかれ
たからだった。怒りに震えるヴァンパイア達の隣で、使い魔達がオロオロと刹那と主人を見まわしてい
る。そして
「生意気言うじゃないか・・・・・人間風情がっ!!」
随分と陳腐なセリフが吐かれた後、その場にいた全員の魔術が刹那に容赦なく襲いかかった。


「あ、刹那!気がついたのか!?」
目を開ければライルが目を真っ赤に腫らし、潤んだ瞳で自分を見ていた。
「ここは・・・・・」
ベットの中から周りを見回せば、見慣れたライルの部屋。
「俺は・・・・・・」
起き上がろうとして、ライルに止められる。
「あいつらに手加減なしで魔術をぶつけられたんだ。相当のダメージを負っているから、しばらく動け
 ないって先生が言ってた」
「そうか」
「お前を見つけてくれたのさ、マリナって子なんだ。激しい魔力の動きを悟ってその場所に行ってみた
 ら、お前が息絶え絶えで転がっていたそうだ。彼女は治癒の魔術のスペシャリストだから、その場で
 応急治療をして医務室に運びこんでくれたんだよ。後で礼を言っとけよ」
「そうか。・・・・・大丈夫か?」
刹那はライルの目を見て気遣ったのだが、反対にライルは目を吊り上げた。
「それは俺のセリフだよ!せ、刹那がぼろぼろになって医務室のベットにいた時は、心臓が止まるかと
 思ったんだからな!」
その時を思い出したのだろう、ライルの目がまた潤みだす。
「悪かった。これからは気をつける」
ライルはジッと刹那を見ていたが、一つ溜息をつくと口を開いた。
「なぁ刹那。俺考えたんだけどさ」
「なんだ」
「ん、お前に俺の魔力を半分譲るよ」
刹那は驚きのあまり、目を見開いた。魔力は人間でいえば生命力ともいえる。それを分け与えるなど
考えられない。
「いらない。今回のようなヘマはしない。早まるな、ライル」
そう言ってもライルは納得はしなかった。動けない刹那に向けて、問答無用で術を発動させる。
「ライル!」
「今回みたいな事があっても、魔力があればこんな重症は負わないんだ」
なんとか止めさせようと刹那は身を起こそうとするが、身体はピクリとも動かなかった。

ライルから発せられた光が、自分の身体に吸い込まれていく。刹那はそれを如何する事もできずに眺め
ているだけだった。
後でそれは寿命さえ縮ませる可能性があると知る。


「あらあなたはあの時の・・・・」
ライルから魔力を与えられてから、刹那の傷はいつもより早く治った。ので命の恩人らしいマリナとい
う女性の処へ、礼を言いに行ったのだ。彼女は美しく長い黒髪を翻し刹那を見ると、安堵したように微
笑んだ。その隣では珍しく眼鏡をかけた少しきつめの女性が、刹那を慎重深く見ている。マリナの使い
魔である事は明白だった。
「アンタが助けてくれたと聞いた。助かった、有難う」
なかなか言えない礼の言葉を、刹那はぶっきらぼうにマリナに告げる。使い魔の女性はむっとしたよう
な表情を見せたが、マリナは微笑んだだけだった。
「良かったわ、元気になって。あの時はあなたの怪我もすごくて驚いたけれど、あの冷静なライルが慌
 てふためいてしまって驚いたわ」
刹那と2人の時には甘えん坊になってしまうライルを知らない彼女は、そう言って苦笑した。
「ライルを守るのが俺の仕事だ。それなのに心配かけてしまった」
「良いじゃない?たまにはそんな事があっても」
「え?」
「完璧であろうとしても、やっぱり人もヴァンパイアも完璧ではないって事。無理をすると後で大変な
 事になるわよ」
「そうか」
彼女・・・・マリナはヴァンパイアの中でもかなりの名門の出ではあるが、割と他のヴァンパイア達と
変わらない生活をしてきたらしい。ライルと同じく聖域から出たいと願っていたと知ったのは、ライル
に礼を言ってきた報告をした時だった。ライルはマリナに親近感を持っており、マリナもライルに対し
ては親近感があるらしい。ただ2人共、恋愛感情はないそうだ。


ライルの魔力を得た刹那はかなりのハイスペックになったが、ライルの方は弱体化したのは目にも明ら
かだった。それを刹那は気にしたのだが、ライルは聖域から出される良い言い訳になると言って笑った。
ところが始祖にはライルのその行為がいたく気に入ったらしく、反対に珍重されるようになってしまっ
た。おかしいなぁ、こんなはずじゃなかったのにとライルは首をひねる。始祖はライルが席を外した時
に質問をぶつけた刹那に、こう答えた。
「上に立つ者は、ついてきてくれる者達に気を配らねばならない。自分の事だけを考えるようでは、こ
 の始祖はできないのだよ。自分の判断一つで世界が動く。それはとても恐ろしい事でもある。だから
 こそ私にとっては魔術や血筋などではなく、彼の君を思いやれる考えが重要なのだよ」
「しかしライルはそれもすべて自分のエゴだと言っていますが」
「エゴは確かに醜く、やっかいなものだ。だが同時に彼のエゴで君は助かり、ここに生きている。エゴ
 と呼ばれるものがすべて悪とは限らない」
そう言って始祖は刹那の頭を撫でた。ライルも尊敬する始祖の人となりがわかる、温かく優しい手でだ
った。偉大なる始祖、エイフマン。『偉大』という言葉がこれほどまでに似合う人物を刹那は知らない。
だがそのエイフマンも良く分からない死を迎えてしまった。


あの時の事はまだ鮮明に覚えている。ライルが始祖に呼ばれた時、刹那は控室でライルが出てくるのを
待っていた。その時だ。
「?」
違和感を感じて、刹那は耳を塞いだ。聞こえる音ではない、だが耳鳴りのような感覚がした後に、始祖
の部屋から血の匂いが漂ってきたのだ。遠慮などかなぐり捨てて、刹那はドアを開けようとした。しか
し刹那を拒絶するかのようにドアは開かなかった。ので、刹那は乱暴にもドアを蹴破って部屋に飛び込
んだ。その目にしたのは・・・・・
「・・・・ライルッ!!」
血まみれになったライルが唖然として、座り込んでいた。慌てて近寄りライルの身体を点検したが、ラ
イル本人に怪我はない。ほっとしたのもつかの間、ライルの目線を追った刹那の目に飛び込んできたの
は、血まみれになって倒れている始祖エイフマンだった。
「これは・・・・!?」
答えを欲してライルを振り向くが、ライルは茫然としたまま動かない。だがその身体に『天命のタブレ
ット』が宿っているのが分かった。『天命のタブレット』始祖の証しだ。欲深いヴァンパイアにとって
は喉から手が出るほど欲しいもの。だがライルは聖域から出たがっていたのだ。始祖になりたい等と、
思うわけもない。
「どうしたんだい・・・・。これはっ!?」
異変を感じたのか、始祖の助手であるビリーが現れて絶句する。そちらに弁解する余裕もなく聞こえて
きたのは、大人数の足音。
バンッ
派手な音をさせて、警備兵がなだれ込んでくる。
対応が早すぎる。
始祖はついさっきまで生きていたのだ。その死を察知したとしても、この大人数でなだれ込んでくる事
自体がおかしい。既に攻撃系の魔術を発動させている者までいた。

ハメられたっ 

刹那は舌打ちをすると、ライルの腕を引いて強引に立たせる。
「せ・・・・刹那。俺・・・・」
「分かっている。ここは逃げるぞ」
馬鹿正直に残ったとしても、ライルも殺される。弁明など聞く気もないのだから。咄嗟にライルを横抱
きにして、刹那は窓を破って外に飛び出した。そのまま全力で森の中に走りこむ。いつも暗い森はこう
いう時は味方になる。刹那の身長があまり無い為、ライルの足先が土にぶつかっているようだが気にし
てはいられない。立ち止まれば、すぐ把握される。
(守る。お前が俺を救ってくれたのだから、今度は俺が救ってみせる)
刹那は森を出るまで、止まらなかった。


そしてとうとう追い詰められた。ライルは自分も満身創痍だというのに、刹那に手を伸ばした。
「有難う、刹那。もう良いよ。刹那は生きてくれな。絶対だかんな」
最後の力を振り絞って、ライルは刹那を転移させたのだ。ライルの後ろから追って達の影が近づいてい
るのが分かった。転移の発動に集中していたライルは、彼らからは逃れられないはずだ。
「・・・・ライル」
無事でいてくれ、頼むから。生きていてくれれば、必ず助けに行くから。ライルは嫌がるだろうが、彼
を助ける為なら、ライルの兄でも利用してみせる(ただ兄はそう言えば積極的に利用させてくれるだろ
うが)


ガチャリと音がして、ライルの兄・・・ニールが部屋に入ってくる。
「よう、刹那。お客さんだぜ?」
「客?」
「あーんな美人とお知り合いとはね。やるなぁ」
話が見えない。きょとんと目を丸くした刹那に、美しい長い黒髪が映る。
「あんたは・・・・・」
彼女・・・・マリナはシーリンを従えたまま、刹那に優しく微笑みかけた。
「久しぶりね、刹那。あなたの願いを叶えてあげる為に来たの」
「俺の願い?」
それはライルを救う事。ライルと共にあり続ける事。
「ええ、だからまず貴方の怪我を治してあげるわ。そして行きましょう、今回の事件の真相を知る為に
 も、彼の・・・・ライルの元へ」
「マリナ・・・・」
微笑みをさらに深くするマリナ。その彼女をシーリンが急がせる。
「早く、此処を再び嗅ぎつけられるわ」
「ええ、分かっているわよ」
マリナが毛布をそっと剥いで、刹那の胸に手を当てる。
「力まないで、そう・・・・力を抜いて」
ぽぅ
マリナの掌から、温かい力の流れを感じる。その温かい力は刹那の全身を駆け巡る。それは決して辛い
事ではなく、母に抱かれているような安心感がある。
「さあ、行きましょう。ライルの元へ」
マリナは刹那の顔を覗き込んで、再び微笑んだ。

★過去の回想から一気に現実へ飛びました。ライルも刹那もお互いにひっつきすぎだ(笑)ライルは元  々ニールの分の力まで持っていたので、単純に2人分から1人分の力になっただけですが、寿命にど  ういう影響が出るかは未知数だったりします。 戻る