加速する状況
ヴァンパイア9
せつな。
今まで俺に付き合ってくれて、有難うな。
俺は後悔してるよ。
こんな事になるんだったら、俺は1人で良かった。
俺のエゴで刹那をこんな目に合わせちまって、本当にごめん。
お前は生きてくれ。
生きたくて、死にたくなくて、この運命を受け入れたんだから。
生きて新しい人生を始めてくれれば、それだけで良いんだ。
兄さんなら、きっと刹那の力になってくれるよ。
有難う、刹那。
さよなら
ふとライルは目を覚ました。最後の襲撃にあった場所ではない。明らかに室内だ。
「?」
「よう、お目覚めかい」
いきなり声がして、ライルはびくりと震えた。
「心配すんなって。此処はまあ・・・秘密の場所ってトコだな」
そう言いながら、覗きこんだ顔は見覚えがある。というか数少ない友人の・・・・・
「パトリック・・・・」
名を呟くと、その赤毛の人物は能天気な笑顔を見せて、無意味に胸をはった。
「ああ、そうだ!天才と名高いパトリック様だ!」
「天災の間違いじゃねーの」
「ああ!?」
言葉の響きが同じなので、いまいち分からない顔でパトリックが首を傾げる。
「つーか、何故俺は生きてるんだ・・・・?」
包帯でぐるぐる巻きにされ身動きすらままならない状態だが、確かに生きている。あの状況で何故助か
ったのか、良く分からない。
「そんなのは当たり前だ。なんてったって俺様が直々に助けてやったんだぜ」
「・・・・・・・・・・・」
パトリックは確かに外からスカウトされて聖域に入って来たのだから、そこら辺のヴァンパイアよりは
優秀ではある。しかし本人が言うよりもちょっと実力が追いついていないのが、玉にキズ。それなのに
尊大な態度を取るので、矢張り孤立しがちではあった。
「というか、なんでお前がお尋ね者の俺を助けるんだよ?」
今、ヴァンパイア界でライルは始祖を殺してその証しである『天命のタブレット』を奪った、重罪人で
ある。そのライルを助けるなんて、正気とは思えない。と、突然ドアが開いた。
「おや、目が覚めたのかライル」
金髪を揺らし、どこか安堵した表情でグラハムが部屋に入って来た。
「グラハム!?」
「その通り。頭は大丈夫なようだな」
「なんかムカつく言い方だな」
眉を顰めてグラハムを見ると、降参というように両手を上げる。
「そうは言っても、君の傷は半端がなかったんだ。死んでもおかしくはなかった」
それはそうだろうと思う。実際身体が動かなくなり、刹那を兄の処に跳ばす事が精いっぱいだったのだ。
その後は意識が飛んでしまったので、良く分からない。
「ほんと、なんで俺を助けたんだよ。俺の身体に『天命のタブレット』が埋め込まれているのを、見た
んだろう?」
「これは私とパトリックの独断で動いたわけではないんだよ」
「え?」
「まず今回の事件で疑いを持ったのはビリーだったんだ。彼は君の性格を良く知っているし、君が始祖
を慕っていたのも知っている。そしてなだれ込んできた者達の早すぎる対応だ。まるで君を犯人と決
めつけて、始末したがっているように感じたそうだ」
「そしてその事をカティ教官に相談したんだよ。俺がこの件に関わったのは、教官に頼まれたってのも
あるけどな!」
得意げに言うパトリックに、ライルはなんとなく納得する。パトリックは教官の1人であるカティに恋
焦がれているのは有名な話だ。本人が隠す気が無いのだから。そしてカティは有能なヴァンパイアであ
り、教官としての人格も優れている。
「君の大事な刹那と接触をして、資金援助等を行っていたのも我々なんだ。君には内緒にしていたんだ
がね」
刹那は前に言った。
『蛇の道は蛇だ』
と。それはこの事を指していたのか。なら何故自分だけハブにされていたんだと、ライルは思わず頬を
膨らませた。その顔を見てグラハムは苦笑し、パトリックは大笑いをする。
「我々は大っぴらに動いている事を知られたくなかった。だから渋る刹那を説得して、了承してもらっ
た。しかしこの件はあとセルゲイ教官も一枚噛んでいるのだよ」
「え、あのセルゲイ教官まで!?」
セルゲイ教官は聖域を代表する、優秀なヴァンパイアだ。彼の判断は有能なカティ教官も、一目置く程
だ。始祖の信頼も厚く、その信頼をけして裏切らない。そんな大物が関わっていたなんて・・・。
「凄いメンツで、俺がしり込みしたいぐらいだ」
「なに、それだけ君というヴァンパイアを見る者は見ていた、という事だ。皆、一応に君がそんな野心
を持つとは思えない、と言ってね。勿論、私もその1人だ」
ライルの記憶の聖域は、冷たく寂しい世界だった。刹那が来てから、色づいてきたと思っていた。だが
どうだ、こんな不利な立場の自分にこんなにも手を差し伸べてくれる存在がある。ライルの瞳から、ポ
ロリと涙が零れ落ちた。知らなかっただけ、気がつかなかっただけなのかもしれない。もしくは一種強
引に聖域に入れられた事で、自分から壁を作っていたのだけかもしれない。だがライルをハーフと嘲る
連中の方が多かったのは事実だ。そういえば呼び出されて囲まれた時、相手を容赦なく叩き伏せたのだ
が、お咎めはライルには無かった。それはセルゲイやカティといった教官達が真実を知っていて、ライ
ルを庇ってくれていたのだろう。
「・・・・有難う、グラハム、パトリック」
そう言えば、一番最初に言わなければならない事をまだ言っていたなかった。と、ライルは素直に礼を
言った。パトリックとグラハムは顔を見合わせて微笑み、グラハムはふわりとライルの髪を撫でた。
「でも此処に俺がいて大丈夫なのか?」
そう尋ねるとパトリックがひょい、と顔を覗き込んで笑った。
「正確には良く分からないんだけどな、此処は一種の空間の狭間なんだと。だから連中は入っては来れ
ないはずだ」
「まったく両教官の本気の技量には恐れ入る。当たり前かもしれないが、授業等で見せていた力等、比
べものにはならなかったよ」
グラハムはライルの髪を撫でる仕草を止めずに、苦笑する。その時だ。ドアの外から、遠慮がちに声が
かかる。
「もう入っても良いかしら・・・?」
その柔らかい声は、治癒のエキスパートであるマリナの声だ。
「ああ、すまない。入って来てくれ」
ドアが開いて、マリナとシーリンが入ってくる。そしてその後ろには・・・・
「せつな・・・・・・」
まだ傷は癒えないのだろう、あちこちに包帯を巻いた刹那がいたのだ。刹那はライルの顔を覗き込むパ
トリックと髪を撫でるグラハムを見ると、途端に険しい顔をしてライルの傍に寄って来た。勿論、パト
リックの顔をどかせ、グラハムを傍から離してだ。
「やれやれ、君の騎士は本当に独占欲が強いな」
苦笑するグラハムの言葉を、刹那はきっぱりと無視した。そのままライルの顔を自分が覗きこむ。
「大丈夫か、ライル」
「うん。身動きできないけど」
「ごめんなさい、私の力ではライルを此処までしか治せなかったの」
申し訳なさそうに言うマリナに、シーリンがむっとした顔をした。
「感謝して欲しいわね。マリナがいなかったら、貴方は永遠に目を覚ます事もなかったかもしれないの
よ」
「シーリン・・・・」
マリナがたしなめるように言うと、シーリンはむっつりとした顔で黙り込んだ。だがシーリンの気持ち
も分かる。こんな危険な事件に、使い魔なら主人に首を突っ込んで欲しくないはずだ。
「まあ、そう言いなさんなって」
自分と同じで違う声が、ライルの耳を打つ。
「!?」
ひょこり、と顔を出したのは人間界にいるはずの兄の姿だった。
「兄さん!?なんで此処に?」
「そりゃ、刹那と彼女達と一緒に来たんだよ」
「そうじゃなくて!なんで兄さんまで首を突っ込んでるの?」
慌てる(とは言っても身体はピクリとも動かなかったが)ライルに、兄であるニールはのんびりとした
口調で答えてきた。
「だって、最愛の弟のピンチだぜ!?しかもなーんか陥れられたっぽいじゃないか。母さん達は流石に
奴らの監視から抜け出せないみたいだからなー」
そこで一旦、言葉を切り
「ふふふふ・・・・・俺の可愛い弟を貶めた連中は許さんからな」
とやたら悪人面でニールは笑う。ライルは頭を抱えたくなった。刹那を守って欲しくて頼ったわけだが
兄は既にこの件に首を突っ込んでいたらしい。既に両親には迷惑をかけているから、せめて兄だけでも
巻き込まないようにと思っていたのに。
「それにな、俺と組んだミス・スメラギが奴らにとっ捕まって、投獄されているからな。だが彼女はそ
れも見越していたのさ。彼女の集めた情報は、俺が全て握っている」
スメラギはヴァンパイア界ではかなり有名な、情報屋だ。何故彼女が聖域で起こったこの不祥事を嗅ぎ
つけたのだろう?そんなライルの疑問を、グラハムがあっさりと解決する。
「ビリーがな、彼女に情報を集めてくれるよう依頼していたんだよ」
話を要約すると、違和感を感じたビリーは自分では動けないので、知り合いの有能なジャーナリストで
あるスメラギを極秘裏に呼んで、取材を依頼。一般に公開された情報に、なんとなく違和感を感じてい
たらしい彼女は、その申し出を渡りに船とばかりに飛びついた。そして情報収集を秘密裏にしていたの
だが、つい先日彼女は不当に拘束されて閉じ込められているらしい。
「で、お兄ちゃん、の出番というわけだ、ライル」
ニヤニヤしながら「お兄ちゃん」というセリフに力を入れて、ニールは楽しそうに笑った。どうもライ
ル関係で刹那をからかう事が面白いらしい。刹那もそれを悟ってギロリとニールを見る。
「だがその送られてきた情報は、既に両教官が吟味しているんだろう。なら、早く人間界に帰った方が
良い。危険だ」
刹那自身は多分なんとか上手くごまかしたと思っているらしいが、そんな見え透いた事にニールが気が
つかないわけが無い。更にニヤニヤと笑って、刹那を見ている。
「兄さん、刹那をからかうな。でも人間である兄さんが此処に長居するのは危険だよ。俺も早く帰った
方が良いと思う」
これは本心だ。ヴァンパイアとの戦闘になれば、人間である兄は成すすべがない。どうも父親からハン
ターのスキルを受け継いだらしい事は刹那から聞いているが、それは1対1ぐらいしか有効ではない。
「うん、お前が俺を心配してくれるのは分かる。だけど俺も譲れねぇ。俺の弟をこんなにも追い詰めた
奴らは許せないからな」
どうやら滅多に怒らない兄の逆鱗に触れたらしい。ヴァンパイアよりも悪人顔でニヤリとニールは笑っ
た。・・・・・・殺る気、満々だ。
と、突然ドアが開いた。入って来たのはセルゲイ教官と、カティ教官。
「あ・・・・」
「目が覚めたかね、ライル」
「はい、お手数をかけました」
セルゲイ教官にそう告げると、カティ教官がおかしそうに笑う。
「手数ではないぞ、ライル。心配をかけたと言うが良い」
言外に心配していた、と言われてライルは笑った。
「はい、心配をおかけしました」
「よろしい」
満足そうに頷くカティ教官の隣には、いつの間にやらパトリックがちょこん、と立っていた。相変わら
ずこういう事に関しては、行動が素早い。
「教官、なにか分かりましたか?」
グラハムが尋ねると、セルゲイ教官は1つ頷いた。
「この事件の仕掛け人だ」
「誰だ?ライルを此処まで追い詰めたのは?」
「こら刹那、教官には敬語使えって言ってるだろ?」
「いや、構わんよ。スメラギは知りすぎたのだろうな・・・。この事件の仕掛け人は、アレハンドロだ」
「は・・・・・・?」
ニールを除くその場にいた全員が固まった。
★本当に辛い時、苦しい時に手を差し伸べてくれる人がいるというのは幸せな事。まーそれを利用しよ
うと近寄って来る輩がいるのも本当ですが。ヴァンパイア界でのライルの世界は狭いけれど、深いの
かもしれませんね。
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