女の子の日






 
お雛祭り


一体どこまで日本儀式を白状させられたのか、とライルは溜息をつく。相手は不幸なアクシデントでC
Bに属する事になってしまっていた沙慈・クロスロード。スメラギは元々日本人の血を引くそうで、な
にかと沙慈に絡んでいた。要は酒を飲む理由が欲しいのだろうと推測する。というのも、刹那達の話を
聞いていると前は理由も無く飲んだくれていたらしいから、理由をつけようとするだけマシなのかもし
れない。招集をかけられた為、ブリーフィングルームへの道をレバーに従って進んでいると・・・

「ライル〜〜〜vvvv」

能天気な声がする。振り向くとそこにはお内裏様とやらの格好をしてニコニコ上機嫌で笑っている実兄
の姿があった。立ち止まるとやっぱり嬉しそうな顔をして、ライルの前にやって来る。
「似合うか?」
「はいはい、似合うよ」
実際、想像していたよりもしっくりとくる。もう少しピエロっぽくなるのかと思っていたのは内緒だ。
「なんだよー、もっと心をこめて言ってくれよなぁ」
「ココロヲコメテ、ニアウヨゥ」
心などちっとも込めずにコメント返ししてくるライルに、兄はめげずに言葉を継いだ。
「あれ、ところでライルはいつ着替えるんだ!?」
「は?」
そんな事は初耳だ。一体なにに着換えろというのだ。鬼はリボンズがノリノリでやっていたではないか。
首を傾げるライルを見て、ニールも首を傾げる。
「いや、ミス・スメラギがさ。ライルがお雛様コスプレするから、ニールはお内裏様しなさいねと言っ
 ていたから、俺このコスプレやる気になったんだけど・・・」
スメラギからはそんな要請は来ていない。つか来ても絶対にしないだろう。お雛様役を知っているライ
ルは固くそう思った。
「そんな話聞いてないし、やりたいとも思わない。つか、同じ顔の30過ぎの野郎の女装した姿が見た
 いわけ?」
そう言うと、ニールは目を丸くした。
「いいや、俺は他の奴の女装なんて見たくないぞ。ライルだから見たいんだ」
「それって良くある『男が好きなわけじゃない。たまたま好きになったのが男だった』っつーお約束の
 台詞みたいだなぁ」
「でも発言者が女でも大問題な台詞だな。思わず『お前はレズだったんか』と突っ込まずにはいられな
 い」
「確かに」
なんだか良く分からない納得の仕方をしているのは、やはり兄弟だからだろうか。
「あ、そうだ。お雛様役はフェルトだよ」
「ええっ!?」
実はこの企画、スメラギが酒を飲む口実以外にフェルトのいじらしい恋心になんとかしてあげたいとい
うスメラギのお姉さんな思考があったのだ。なにせフェルトの恋のお相手ときたら、白昼堂々と実の弟
に頬ずりするような男なのだ。口から出る言葉もライル中心。勿論フェルトの事も大事に思っているの
だろうが、どうしても妹の枠から離れない。弟に関してあれだけバカになれるのだから、考えれば妹に
関してだってバカになれるはずだ。・・・・・とはいえニールがバカになれる妹なんて、エイミーだけ
なのだろうが。なにをどうしてもニールの優先順位は血の繋がりなのだ。ライルとてニールの事を好き
だとは思うが、流石に兄に頬ずりをしたいとは思わない。される事に関してはもう諦めた。それよりも
もっと大胆な接触を計って来るイノベイター様の方が大問題だった。
「兄さん」
「ハイ」
「フェルトに粗相したら、100回殺す」
「兄ちゃん、99回も生き返れません」
「・・・・・なら50回殺す」
「49回でも無理です。つーかさーフェルトに最初に粗相したのお前だろう?」
「だからだよ」
自分にニールを重ねてくるフェルトに忘れていたイラツキを思い出し、無体をしたのは確かにライルの
方だ。だが彼女はそれを許してくれた。それまでに大いなる葛藤があった事は、想像に難くない。なの
でライルは贖罪の意味も含めて、他人のフェルトへの粗相を許さないのだ。ニールは自分の感情がライ
ルに集約してしまっている為、悪気なくフェルトの前でライルに抱きついたり頬ずりをした挙句
「やっぱ、ライル最高〜vv」
などとほざくのだ。その度にフェルトが寂しそうに目を伏せるのを知っているライルとすれば、そんな
兄の言動や行動を許すわけにはいかない。いない時は諦めて大人しくしているので、聡い兄はフェルト
の前ではライルにひっつかなくなった。まあ、フェルトの前でライルにひっつき、弟に良いパンチを貰
ってしまうのでは割合わない事を学んだらしいが・・・。
「さてお雛様がお待ちだよ。さっさと行こうぜ、お内裏様」
ニールは可哀そうなぐらいしゅんとしていたが、のろのろと頷いたのだった。


「ニール・・・・ごめんなさい」
畳とやらの上に座らされ、屏風とやらが自分達の後ろを眩しく照らし、お内裏様役のニールとお雛様役
のフェルトが並んで鎮座していた処、フェルトからぽつんと言われた。自分達をサカナに宴は盛り上が
っていた。そんな宴をニールは睨みつけている。何故って刹那がライルの隣に陣取って、ぴったりと引
っついているからだ。うかうかしていたら、いつの間にやらライルの腰に手を回している。ライルはラ
イルで酒が入って陽気になってしまい、そんな刹那のアピールを笑って受け止めている。危ないライル!
そいつはその後、契るつもり満々だ!と叫ぼうとした時での、フェルトの謝罪。すっかり毒気を抜かれ
て、ニールはフェルトを振り返った。
「え、なんでフェルトが謝るんだ?」
「だってニールも皆と一緒に、お酒とか飲みたかったでしょう?」
どこまで健気なんだと、ニールは目頭が熱くなる思いだった。
「いいや、あそこでミス・スメラギに絡まれる事は明白だし、なによりもフェルトみたいな可愛い子と
 隣り合わせっていうのも、良いもんだぜ?」
ニールのその言葉に、フェルトの白い頬にうっすらと紅が浮かぶ。可愛いなぁ・・と素直に思う。出会
った頃は刹那と同じで表情がまったくなかった少女をここまで変えたのは、今は亡きクリスティナ・シ
ェラだろう。自分の死を悟っても、最期までフェルトを気遣って逝ってしまった元オペレーター。彼女
は逝ってしまったが、フェルトの中には彼女の笑顔が残っていると思う。クリスの思いはニールにも良
く分かる。自分がライルを兄として愛するのと同じように、クリスもフェルトを姉として愛したからだ。
(クリス・・・君の血の繋がらない妹は、こんなに可愛い女性になったよ)
ふと神妙な気持ちになって、ニールはクリスの明るい笑顔を思い出した。
「本当にフェルトは可愛くなったよな。きっと良い彼氏が見つかるよ」
「え?・・・・・うん、有難う」
ニールは此処でライルの言う『粗相』を炸裂させてしまった。フェルトが自分に恋心を持っていると気
がつかない、相手からしてみれば無神経な言葉。罪な男である。


ふとニールがライルに目をやると、何故か皆の手に棒みたいなものが握られている。
「?ライルー」
首を傾げて弟を呼ぶと、ライルが振り返る。心なしか顔色が悪かった。
「なにしてんだ?」
「んー?王様ゲーム」
「王様ゲーム?」
王様ゲームとは大体大学生の合コンなどで流行っているお遊びである。しかしニールは十代後半には殺
し屋稼業をしていた為に、王様ゲームを知らない。ライルに再び問おうと口を開いた時だった。
「3番の人が6番の人にちゅーして♪もちろん、唇にね♪」
という1番厄介な人物の声が聞こえた。
「誰だ、3番」
ラッセが問うと
「あ、俺」
ライルが更に顔を青ざめさせて、答えている。
「6番って誰だ?」
そう言ってライルは周囲を見回した。
「あ・・・・私ですぅ」
次の瞬間、クルーのみならずお内裏様もお雛様も固まった。
「ミス・スメラギィ!!俺、これ以上犯罪者になりたくない!」
ライルの悲鳴は尤もといえる。ミレイナの母の顔は笑顔のまま固まり、ミレイナの父の顔は最早修羅を
超えていた。しかもミレイナはまだ14歳である。29歳のライルがちゅーなんぞかましたら、それだ
けで犯罪だ。
「そんな事したら、許さないんだから・・・・・ライル」
お雛様が低音を響かせて呟き、お内裏様を恐れ戦かせていたが誰も気がつかなかった。流石にスメラギ
も困った顔になる。これが例えば6番がラッセなら、問答無用で遂行させるのだろうが(そして両者共
に卒倒するであろう)そのぐらいの節度はちゃんと持っている。なんとも困った雰囲気に包まれていた
時
「あ、窓にリボンズ」
それまで黙っていた刹那の声がして、瞬間的に全員が窓を注目する。そんな事は決してあり得ないと知
っていても、思わず反応する人間の悲しい性だ。そしてその涅槃寂静の間、刹那は素早くミレイナの手
から棒を抜き取り、自分の持っていた棒を挿す。
「しまった・・・・うっかり、うっかり乗ってしまった」
悔やむライル達。刹那は澄ました顔で、ミレイナに改めて顔を向けた。
「ミレイナの番号はいくつだ」
「え?6ば・・・・・あれ?いつの間にか2番になってるですぅ」
「そうか、なら問題は解決だな。スメラギ?」
「ええ、そのようね。じゃ、宜しく」
スメラギは勇者なので、刹那の言わんとしている事を瞬時に理解。ライルを煽ってきた。ライルはなん
ともいえない顔をしている。ミレイナにちゅーして犯罪者になるのは免れたが、今度は刹那にちゅーを
しなければならない。ライルとて今の刹那とスメラギの会話で6番が誰なのかくらい、見当がつく。
「そんな事!お兄ちゃんは許しませんよーー!」
という絶叫ともの凄い音がした。驚いた宴会組がお内裏様を見ると、畳の上で行き倒れていた。どうも
慌てて立ちあがったは良いが、足がそれなりに痺れていたらしく見るも無残にひっくり返ったらしい。
後で判明するのだが、お内裏様はご丁寧にも自分の裾も踏んづけていた。

ちゅ

ライルはその瞬間、刹那の顔に自分の顔を寄せてちゅーをした。流石に刹那の目が丸くなる。
「確かにしたからな!」
顔を真っ赤にしてライルは言った。刹那は薄く微笑んだ。
「了解した」


★涅槃寂静は1番小さい単位です。本当です、だって「にほんごであそぼ」でそう歌っていたもん!ラ  イルは兄さんが失神している間に、刹那にお持ち帰りされる事でしょう。つーかこれのドコが桃の節  句なのか・・・・・。 戻る