陳腐な楽園
JUNK GARDEN
刹那はファーストイノベイターとしての長い人生を終えて、転生を果たした。新しく手に入れた自分の
世界は幸せに満ちていた。前世で自分が殺した父母に暖かく囲まれ、しかも弟妹も出来た。だが刹那は
いつも思っていた。もしかつての仲間達が自分と同じように転生していたとしたら、是非会いたいと。
無論自分のように、前世の記憶というものを全員が持っているとは限らない。それでも良い。新しく人
生を始めているのであれば、そっとそれを見るのも一興だ。そんな思いである夏休みに思い切って1人
旅をしてみた。
最初に選んだ場所、それはアイルランドだ。あの兄弟に会いたかった。自分を置いて行った彼と、自分
が置いて行った彼と。まるで彼らがいる場所を知っているのかと思うぐらいに、刹那の足は順調にある
住宅街へとやって来た。逸る心を落ち着かせながら歩いていると、見覚えのある後ろ姿を捕えた。
見つけた!
「ライル!ライル・ディランディ!」
自分を知っていても知らなくても、刹那には問題ではなかった。ただただ嬉しかった。刹那の呼びかけ
にその後ろ姿がビクリと震えた。ゆっくりと此方を向く。
「刹那・・・・・・か?」
「ああ・・・・。久し振りだ」
「そうだな・・・・元気そうだ」
「お前もな」
刹那はずかずかと近づいて、ライルに触れようとした。自分が置いて行ってしまった愛しい存在。しか
しライルは刹那の手を避けて、後ろずさる。
「?どうした、ライル」
「あーーー兄さん、呼んでくるわ。悪いけど此処で待っててくれ」
言うが早いが、ライルはさっと走りだした。
「ま、待ってくれ、ライル!」
俺はお前にだって会いたかったんだ!そう叫びながらライルを追いかけて角を曲がると、そこにライル
の姿はなかった。
「?」
確かにライルはこの角を曲がったはず。刹那も間を入れずに追いかけていったので、姿を見失う事はな
いはずだ。きょろきょろと困惑して見回すと、遠くに見える家から誰かが出てくるのが見えた。その人
物は困惑したように見回した後、刹那に気が付いたのだろう。
「刹那!」
ニールだ。ニール・ディランディ。自分を置いて行った大事な兄貴分。その彼が嬉しそうに自分に向か
って走って来る。
「久し振りだなぁ!」
そう言ってニールは刹那を抱き締めた。
「元気そうで何よりだ、ニール」
「ライルの奴が凄い勢いで家に入って来てさ、『刹那が訪ねて来たから会いに行ってやれ』って言われ
て、突き飛ばされる勢いで出て来たんだ」
刹那はそこで心に引っかかるものを覚えた。ライルを追って角を曲がっても視界に彼の姿が見えるはず
だ。それだけこの角と彼らの家は離れている。何故、彼の姿は見えなかった?
「どした、刹那?」
「いや、ライルは家にいるのか?」
「そのはずだぜ?ま、俺ン家に来いよ、刹那なら大歓迎だ。家族も紹介するな」
うきうきと楽しそうなニールに連れられて、刹那は彼らの家に向かった。
「母さん、エイミー!俺の古くからの友人の刹那・F・セイエイだ!」
「どうも」
リビングにいたらしい彼らの母親と妹が、立ち上がって挨拶をする。
「じゃぁ、母さんお茶を淹れてくるわね」
「私もお手伝いする!」
そう言って台所に消えた母子を見て、刹那は良かったと安堵した。前世で失われたものを自分と同じく
彼らも取り戻せた事に。台所へ消えて行く彼女達をニールが嬉しそうに見送っている。それだけでも刹
那にとっては来たかいがあったというものだ。
美味しいお茶と菓子をご馳走になり、色々と話をしている間に泊って行けという事になった。
「なぁ、母さん。ライルの奴はドコ行ったんだ?」
先程からしきりにライルの姿を探していたらしいニールがそう尋ねると、母親はきょとんとした。
「?母さん?」
「ニール、ライルって・・・・誰?」
「何言ってんだよ、母さん!ライルは俺の弟だろう?エイミーはライルを覚えているだろ!?」
ニールの縋るような言い方にエイミーは困ったように眉を寄せた。
「ごめん、お兄ちゃん。私も知らない」
「!」
ニールは立ち上がった。その顔が青褪めている。そのまま廊下を走って行くニールの後を、刹那は慌て
て追いかけた。刹那としてもライルが家族に忘れられているという事が信じ難かった。だってさっき会
ったじゃないか、言葉を交わしたじゃないか。ある部屋のドアを開けて、ニールはそのまま固まった。
「違う・・・・ライルの部屋だったのに、そうじゃなくなってる。どうなっているんだ」
訳も分からず、刹那もニールも呆然として立ちつくした。
次の日、固い表情のまま部活に行ったニールは、早々に帰って来て刹那に告げた。
「誰もライルを知らない。俺が双子だって事も知らない・・・・・」
その次の日からニールはライルを探し回るようになった。無論、刹那も同行して探したがライルは見つ
からなかった。日を追うごとにやつれていくニール。原因ははっきりしている。寝不足だ。どうなって
いるのか分からないが、ニールはライルが消えた次の日から眠らなくなった。どんなに注意しても頑な
に眠ろうとしない。このままではニールが倒れてしまう、そう周囲が懸念した時にある人物が現れた。
「久し振りだね」
50年間パートナーとして刹那を支えてくれた彼と同じ容姿をした存在。
「お前は・・・・リジェネか」
「覚えてくれて嬉しいよ、ファーストイノベイター。君達、ライル・ディランディを探しているのかい?
なら無駄だよ」
「何故だ」
「だってもうどこにもいないんだよ、彼は」
その言葉に先に反応を示したのは刹那ではなく、ニールだ。リジェネに近づきその胸倉を掴み上げる。
「どういう事だ!?ライルがいないだなんて!」
そのニールの剣幕にリジェネは複雑そうに笑った。
「僕は説明をしに来たのさ。転生したライル・ディランディはずっと刹那、君がニール・ディランディ
に会いたがっていたのを知っていた。だから君が転生してきたら会わせたいと思って、2つの契約を
結んだんだ。1つめの契約は君とライルが必ず出会う事。その契約に対して彼が払った代価は『現在
の自分の存在』君と出会った事によって、彼は肉体を失った。それを気づかれたくなくて、君が近づ
いたら逃げたんだ。あ、一応ニール・ディランディを呼ぶという名目もあったけどね」
なんとも信じがたい話ではある。が、それなら納得がいく。あの角を曲がってからディランディ家には
結構距離があった。精神体だったら物理的距離をジャンプしていけるだろう。
「何故、刹那が見つける相手がニール・ディランディではなく自分だったかというと、きっと会いたか
ったんだろうね。最期に1度だけでも」
「そんな・・・・・」
刹那は愕然とする。そこまでライルが刹那に気を使っていたなんて、気が付かなかった。
「もう1つは・・・?」
ニールが尋ねる。リジェネの胸倉にあった手は離れていた。
「もう1つは刹那・F・セイエイとニール・ディランディがどんなに転生しても、必ず会える事。これ
に対して彼が払った代価は『未来永劫の自分という存在』だ。分かるかい?過去にしか存在せず、現
代はおろか未来の転生すら無くなった存在の記憶など、世界には無用だろう?誰かが何かをしたわけ
じゃない。自然の摂理だ。ニール、君には分かっているんじゃないのかい?」
「なにを言ってるのか、わかんねぇな・・・」
そう答えながら心当たりがあるのだろう、ニールの身体が小刻みに震えている。
「1晩眠ったらライル・ディランディに関する記憶がゴッソリ削られていたんだろう?だから君は眠ら
ない。・・・・眠れない。今度眠ったら君の中のライルの記憶が完全に消えるから」
ニールは反論しない。真実だからだろう。
「なんで誰もアイツを止めなかったんだよ・・・・」
ニールの絞り出すような声に、リジェネは溜息をついた。
「止めたさ、ティエリアが必死にね。だけどライル・ディランディは聞く耳を持たなかった。ティエリ
アの隙をついて契約を結んでしまったんだ」
ティエリアが激怒して、叱り飛ばしてたけどね?とリジェネはなんでもないように言った。それはライ
ル・ディランディと仲間としての交流があったティエリアと、ライルと交流の全く無かったリジェネと
の違いだ。ティエリア程、リジェネは必死ではなかったという事だ。それは至極当然の事でもある。
「僕にしてみればライル・ディランディなんてどうでも良いけどティエリアがニールを心配していてね。
ついでに言えば、ライルのした事をまだ怒ってるよティエリア」
最初は余りにも似すぎていたライルにツンケンしていたティエリアではあったが、徐々に態度を軟化さ
せ同じイノベイドのアニューへのライルの愛情を見て、完全に『ライル・ディランディ』を大事な仲間
として認識していたのだ。ニールのやつれて行く姿を見るのも辛いのだろうが、ライルが消滅したとい
う事実はティエリアにとっても辛いのだろう。ましてや知りながら止める事もできなかったのだ。ふと
リジェネが動いた。ニールの額に手を翳し、少し困ったように笑う。
「眠って楽になりなよ、ニール・ディランディ。弟がいなくったって、家族がいれば寂しくないだろう?」
ニールはその言葉に目を見開いたが限界が来ていたのだろう、あっけなく倒れ込んだ。その身体を慌て
て支えながら、刹那はリジェネを睨んだ。
「睡眠は俺も毎日とっている。が、ライルの記憶は無くなっていないぞ。どういう事だ?」
「それは君のファーストイノベイターという肩書に対するご褒美みたいなものだね。君は寝ていても脳
への干渉を拒んでいるんだ。でも覚悟しておく事だね。流石の君でも転生する時は無防備になる。そ
の度にライル・ディランディの記憶は削られるよ。ま、僕としてはさっさと忘れた方が良いと思うけ
どね。・・・・・・・消えた彼の為にも」
言いたい事だけ言って、リジェネはさっさと刹那の前から消えていった。心が痛む。確かに前世の時は
ニールに会いたがった。だがそれを転生したライルが己を犠牲にして叶えてくれようとしていたなんて
思いもしなかったからだ。
「ライル・・・・・・」
世界から零れ落ちた存在。刹那にとってはどちらがより大切なんて事はない。ニールもライルも同じぐ
らい大切なのに。腕の中には眠っているニール・ディランディの姿。起きた時にあれだけ愛していた弟
の存在が彼から消えているなんて、にわかには信じがたい。
だが
翌朝、目を覚ましたニールは『ライル・ディランディ』に関する記憶を完全に失っていた。
★本編とリンクしていますが、一種箱庭のような世界です。この世界を維持する存在がいて、その存在
と人間との橋渡しをしているのが、ティエリアを筆頭とするイノベイド達。契約に払う代価は自分自
身のなにかでないと認められません。例えば親を対価にしようとしても駄目なのです。エゴの犠牲に
なる者がでるから。後編がありますが、バッドエンドなのかそうじゃないのか自分でも不明(苦笑)
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