永遠の楽園






 
JUNK GARDEN2



『あれ』から幾度となく転生をした。だがリジェネの言った通り、ライル・ディランディの姿は無かっ
た。そして必ずニール・ディランディと出会う。たった1人で産まれて来た彼と。


そして転生する度に削られていくライル・ディランディに関する記憶。刹那は焦りを感じていた。この
次の転生をしてしまえば、完全にライルに関する記憶を無くしてしまう。このままニール・ディランデ
ィのように、彼を忘れてしまうだろう。それは嫌だったが、だからといって良い解決策があるわけでも
なく。転生する度に刹那はライルを探しているがいつも徒労に終わり、彼を探す事を諦めて生を終える。
周りに祝福されて結婚し、子をもうける事だってあった。幸せだと感じながら、喪失感は刹那の心から
離れない。後悔と慙愧と。


ふと気が付くと、刹那は見知らぬ土地にいた。見渡す限りに咲き乱れる花々。花園という処だろうか?
だが良く見てみれば、花はプラスチックやガラクタで出来ている安っぽい造花だった。困惑し、きょろ
きょろと周りを見回す刹那の耳に優しく紡がれる歌が聞こえて来た。
「マリナ・・・・?」
必ずというわけではないが、何回か出会った心優しい彼女。刹那と結ばれて子をもうけた事もある。彼
女は歌が得意で、いつも子供達に歌っていた。だが声が違う。マリナ・イスマイールでもなさそうだ。
刹那は取りあえず歌の聴こえる方へ歩いて行く。満面に咲く造花達。


ガラクタの花園


薄紫色の髪を揺らしてその女は花園の中に座って、歌を歌っていた。刹那は女を知っている。自分の手
で殺した、女。
「アニュー・リターナー・・・・・」
女・・・・アニューは顔を上げて刹那を見た。悲しそうに微笑む彼女の膝に頭を乗せて、ある人物が眠
っていた。
「・・・・・・・ライル・・・ッ」
消えたと言われたライル・ディランディがそこにいた。思わず手を伸ばすと
「触ってはダメよ、刹那」
やんわりと止められる。
「何故だ」
「彼に触れれば貴方は此処に閉じ込められるわ。それは嫌でしょう?」
「・・・・・此処は一体?アニューは何故此処にいる?ライルは何故眠っているんだ?」
質問攻めにする刹那をアニューは困ったような顔をして微笑んだ。そしてライルに目を落とす。
「昔ティエリアに言われてね、ライルが結ぼうとした契約を止めるよう説得してくれって。でもティエ
 リアが私に相談した時に、ライルは契約を結んでしまったの。私はどんなに彼本人が良いって言って
 も、彼が消えてしまう事が耐えられなかった。だから・・・私は彼の存在を失わない為に自分の全て
 を代価にしたわ。でも不十分だった、消失は免れたけど彼はもう二度と目を覚まさないの」
リジェネが言っていたティエリアの隙とは、この時だったのかと刹那は初めて知った。この件に関して
ティエリアは刹那に詫びはするものの、詳細は口を開かなかった。
「刹那」
呼ばれてはっとし、アニューを見ると彼女の赤い瞳が真っ直ぐに刹那を捕えていた。
「こんな自分勝手なバカな男の為に、貴方が責任を感じなくても良いのよ」
「バカな男?」
「ええ、そうよ。貴方とお兄さんの幸せを勝手に決めて、こんな愚行をしたんですもの。少なくとも貴
 方とお兄さんにはライルの存在は大事だったのにね。それに関しては振り向く事もしなかった」
辛辣な事を言ってはいるが、アニューの左手がライルの右頬を優しく撫で続けている。愛おしそうに。
「なら何故、アンタは此処にいるんだ?」
刹那の疑問に、アニューはふふふと笑った。
「他人の幸せを勝手に決め付けて自分を投げ出してしまったバカな男の為に、全てを投げ出すバカな女
 が1人ぐらいいても良いでしょう?」
満足そうに微笑むアニューに、刹那はざわりとした感情を自覚した。多分それは、嫉妬と呼ばれるもの。
「なら俺が・・・」
「駄目よ」
言いかけた刹那を押しとどめて、アニューはピシャリと言った。
「例え貴方が全てを代価としても、ライルが目を覚ます事は無いわ。私の場合はライルの結んだ契約が
 履行される前だったから、有効だったの。でももう契約は2つ共履行されている。この契約に関する
 介入はもう誰にも出来ないの」
アニューには全てお見通しだったらしい。刹那は自分を代価にしてライルの目を覚ます事を考えていた
のだ。
「ライルの事は忘れて、刹那。お兄さんは忘れてしまったからこそ幸せなんだから、貴方にだって幸せ
 を享受できるのよ。大丈夫、ライルは私が覚えているから。一緒にいるから。だから・・・・さよう
 なら」
アニューの別れの言葉と同時に、刹那は後ろから見えない誰かに腕を掴まれて引きずられて行く。アニ
ューが刹那に微笑みながら手を振っていた。


刹那の目の前で花園への鋼鉄で出来た両扉が閉められ、上から鉄格子が降りてくる。その場所以外は暗
闇の覆われていた。いや後ろを向くとそこにはでこぼことしたドーナツのように円を描いている世界が
見える。どの世界も花園と繋がってはいなかった。此処は、あの花園は全てからリンクを外された世界
なのだ。刹那は思わず1歩扉へ向かって足を出す。次の瞬間、酷い勢いで転落した。



数日後、刹那は近所に住んでいるニール・ディランディを訪ねた。
「よぉ、刹那!どうした?」
朗らかに迎えてくれたニールの目をしっかりと見たまま、刹那は口を開いた。
「お別れを言いに来た」
その言葉にニールはきょとんとしたが、やがて納得したように困ったように笑った。
「また、例の奴を探しに行くのか?」
刹那は転生する度にライルを探して来た。探す旅に出る前にニールを訪ねて別れを告げるのは、最早旅
立ちの儀式のようになっていた。
「ああ・・・・・そうだな」
そう答えると短く「そうか」と相槌をうたれる。過去の経験から止めても無駄だと知っているからだろ
う。だが今回は目的が違う。その為に刹那には是非ともニールに言いたい言葉があった。
「お前には世話になった。俺の背中をいつも押してくれたのは、お前だった」
「刹那・・・・・」
ニールの言葉がどれだけ自分の背中を押してくれた事か。いつも足を踏み出す切っ掛けを与えてくれた
のは彼だったのだ。
「有難う」
素直な言葉にニールの目が丸くなる。
「じゃぁ、俺はこれで。幸せでいてくれ、ニール」
「あ・・・・ああ・・・・」
ペコリと頭を下げて刹那は去って行った。これからしなければならない事で頭の中がいっぱいだった刹
那は気が付く事が出来なかった。
「お前『も』俺を置いて行くんだな・・・・」
こうニールが寂しげに呟いた事を。


街の外れにある公園で刹那は声を張り上げた。
「契約を結びたい。願うのは『ニール・ディランディの幸福』払うのは『現在の俺の全て』そしてライ
 ル・ディランディの眠る花園に存在する権利を。払うのは『未来永劫の俺の存在』だ!」
周りに奇妙な感覚が流れ込む。刹那の周りを風のように纏いつく。

イイノカ、ソレデ?

声にならない声は明らかに咎めていた。刹那はこの存在に関してかなり重要なファクターらしい。ライ
ルの時のように「了解した」というわけにはいかないらしい。
「構わない。俺はアイツの傍にいたい。それだけなんだ」
声の主は困惑したようだが、やがてぽつりと宣言した。

ソノケイヤク、リコウヲキョカシヨウ。


その日、刹那・F・セイエイという存在は世界から姿を消した。



次の瞬間、刹那はあの扉の前に立っていた。鉄格子が上がり、扉がゆっくりと開いて行く。そこにはこ
の前見た安っぽい、造花で形成されたガラクタの花園が見えている。

ココニハイッテシマッタラ、ニドトヌケダセナイ。ソノカクゴハアルノカ?

「ある」
きっぱりと言い切った刹那に根負けしたらしい声は

ハイルガイイ。

と入園の許可をした。扉をくぐり抜け花園に入って行くと、後ろでドアが閉まる鈍い音がした。振り向
くとそこにはもう、扉は無かった。これで刹那はこの花園から出る事が出来なくなった。だが後悔はし
ていない。そのまま歩きだす。アニューとライルのいる位置は分かっている。程なく眠り続けるライル
の頭を膝に乗せてその髪を梳いているアニューを見つける。アニューは刹那の姿を見ると、悲しそうに
眉を寄せた。
「どうして来てしまったの?此処は牢獄のようなものなのに・・・・。刹那、貴方は馬鹿よ」
「ああ、俺は馬鹿だ」
即答した刹那にアニューが驚いたように、目を見開く。
「いつも失くしてから気が付く。失くしたものばかりを欲しがって、隣にいてくれた者達を振り向きも
 しなかった」
ELSの母星に行った時もそうだ。前ばかり見て、命がけで自分のフォローをしてくれたライルやアレ
ルヤ・ハレルヤ・ソーマや、支えてくれたトレミークルーを振り向く事も、感謝の言葉も言わなかった。
あそこでELSとの交流が成功したのは此処まで道を作ってくれた者達がいたからだ、ということを失
念していたからだ。
「俺の背中を押してくれたのはニール・ディランディだったが、俺の背中を支え続けてくれていたのは
 ライル・ディランディだった」
人は最初にしてもらった事に感謝をするくせに、それが日常になってしまうと感謝の気持ちを無くして
当たり前だと思い、してもらえない時は怒りだすものだ。刹那にとって恋人のアニューを殺した刹那を
許して、背中を支え続けてくれたライルの存在は『当たり前』になっていたのだ。最初は許された事を
あれだけ有難いと思ったのに。それは時間が経つと当たり前に思ってしまったのだ。だからこそ、振り
向く事をしなかった。口から出るのは失ったニールとの事ばかり。ライルが刹那が自分よりもニールを
必要としている、と考えてもおかしくはない程に。そこまで追いつめてしまったのだ、自分を永遠に放
棄してしまう程に。刹那は跪きライルの顔を覗き込んだ。穏やかな顔をして眠っている。
「触れても・・・?」
尋ねればアニューは諦めたように頷く。手の平でライルの頬を撫でる。覚えのある愛しい暖かさに刹那
はふいに目頭が熱くなった。何度も抱き締めたライルの体温。アニューがライルの身体を刹那に預けて
くれる。刹那はその身体を抱き締めた。
「ライル・・・・・・」







此処はガラクタの花園。

青年と兄の幸せを勝手に決め付けて押し付けるエゴを押し通した男と

その男の消滅が我慢できず中途半端に復活させてしまったエゴを持つ女と

女と同じように全てを切り捨てて男を見守り続ける事を選んだエゴを持つ青年が存在する

エゴの庭園。







此処はガラクタの花園。

プラスチックの安っぽい造花が咲き乱れる、陳腐な花園。

だがそこにいる女と青年にとっては

永遠の庭園なのかもしれない。







★私の書く話なのでどうしても刹那はライルへ行ってしまうんですよね。兄さんに関しては自分がいな  くても、さして影響は無いと判断しているのも入りますが。あと兄さんはライル関連の記憶があった  わけではありません。無意識に出てしまった言葉です。世界感としてはポン・デ・リングを思いだし  ていただけると分かりやすいかな(え?)丸い処が『世界』その繋ぎ目が『転生』その真ん中の穴に  ぽつんとあるのがこの花園。刹那も忘れ去られます。 戻る