覚悟は良いか? アポトーシス(予定された死)


カチャリ、と額に銃口を当てられたライルは目を見開いた。銃口を当てているのは黒髪のイノベイター
刹那・F・セイエイ。
「せ・・・・刹那・・・・・」
縋るように呼んでも、刹那は反応を示さない。ライルの瞳にみるみるうちに涙が溜まる。
「や・・・やっぱり、俺なんかよりも兄さんの方が良いんだな」
「それは違うな」
ライルの震える声での言葉は、刹那から冷たい声で答えられる。
「俺が欲しいのはただ1つ。『本当』のライル・ディランディだけだ」
その言葉が終ると同時に、刹那は躊躇いも無く引き金を引いた。



「刹那、呼んだか?」
ふわり、とトレミーの刹那の個室に現れたティエリアは目を見張った。床に落ちているのは緑色のCB
の制服だ。自然に顔が不愉快に歪む。
「・・・・・・『また』来たのか」
「ああ」
答える声は澱みが無い。
「君は・・・・」
どうして最愛の存在と同じ姿をした者を戸惑いも無く撃てるんだ?という言葉をティエリアは飲み込ん
だ。前に同様の質問をしたからだ。その時の答は
「本物でない、俺に都合の良すぎるライル・ディランディなど欲しくはない」
あくまで、求めるのは本物のライル・ディランディなのだと。きっと今質問しても同様の答が返ってく
るだけなのだ。言うだけ無駄。


ライル・ディランディは兄であるニール・ディランディを知り、慕う者達に1線を引いていた。こちら
としてもどうしてもニールと被せてしまう為、最低限の礼儀としてその線を越える者はいなかった。

ただ1人、刹那を除いては

刹那はライルの引いた1線をあっけなく踏み越え、彼に手を伸ばした。欲しい、という激情を隠す事も
なく。ライルが引けば、その分更に近づく。延々と続く鬼ごっこは、刹那がライルを強引に腕の中に収
めてしまった事により、終結した。ライル自身は諦めたのか、その腕の中に収まったまま。どこか歪ん
だその関係にトレミークルーは眉を顰めたが、刹那は聞く耳を持たなかった。


ELSとの接触後、ライルは姿を消した。自分の意志で姿を消したという事であればなんの問題もない
のだが、ハロから齎された映像にはサバーニャから脱出したライルをイナクトが現れて攫って行ってし
まったのだ。あのような激戦を潜り抜けた直後では、注意力も無くなっているだろう。疲労困憊してい
ただろう彼は、ロクに抵抗もできなかったと思う。直ぐにCBの基地に帰りヴェーダを駆使して行方を
捜したのだが、何がどうなっているのかライルの行方は分からなかった。スメラギのツテでカティ・マ
ネキンやビリー・カタギリに軍内部に拘束されているかどうかを調べてもらったが、そんな事実は無か
った。特にカティは危ない橋を渡ってまでくれたのだが・・・・・。カタロン残党の可能性もあるとい
う事で、クラウス・グラードを頼ったがこちらも該当はなかった。焦るトレミークルー達。皆ライルの
事を心配していた。

ライルが姿を消してから3ヵ月ぐらいしてからだろうか?彼はひょっこりとCBに帰って来た。無論、
トレミークルーは彼の無事を喜んだ。しかし刹那だけは距離をとり、近づく事もしない。そんな刹那に
ライルが視線を向け、微笑んだ。
「せつ・・・・」
だが彼は刹那の名をキチンと呼ぶ事は出来なかった。額に穴が開いて、血を吹き出し倒れたのだから。
驚いて刹那を見ると、動揺した素振りも無く黙って銃口を向けていた。

刹那がライルを撃ったのだ。

フェルトやミレイナの悲鳴が上がり、スメラギは顔を蒼白させて倒れ込む。彼女を咄嗟にラッセが支え
た。
「刹那・・・・何故・・・・・?」
なんとか意識を保っていたらしいスメラギが絞り出すような声で訊ねた。
「こいつは『本当』のライル・ディランディではない」
きっぱりとしたその言葉に最初に反応したのは、ラッセだった。彼は元々の職業柄死体には慣れている。
スメラギをアレルヤとマリーに預け、死体に近づき色々調べていたが、やがてある1点で視線が止まっ
た。
「これか・・・・・」
ライルの右耳の後ろに小さなコードがあったのだ。ラッセは端末にそのコードを写し取り、フェルトは
目の前で起きた惨劇に蹲ってしまった為、彼女の指定席であるシートに座りそのコードを読み取らせる。
するとインプットしたらしいライルの性格情報が刻まれていたのが分かった。本物であればこんなコー
ドは必要ない。念の為に死体を保存して基地に持ち帰り調べたところ、遺伝子情報は確かにライル・デ
ィランディではあるが、クローニングされているものと分かった。つまり、ライルのクローンだったわ
けだ。確かに『本当』のライルではない。目的は刹那だろう。デカルト・シャーマンが既にイノベイタ
ーとしての驚異的な能力を証明している。失われた彼の後釜として狙われているのが、刹那というわけ
だ。ライルを攫ったのは偶然だと思われる。ガンダムから飛び出して来たのだから、安易に刹那に近い
人物であると分かる。1歩間違えれば攫われたのはアレルヤだったかもしれない。


それから何度も『ライル・ディランディ』は刹那の元に現れた。そして刹那に撃たれて死んでいく。最
初のクローンは死体が残ったが、次からは機密保持の為か死亡と同時にその身体は砂のようになって消
えていった。
「何度目だ、全く・・・」
「12体目だな」
思わず口に出した言葉に、刹那が嫌な事実を伝えてくる。彼に動揺は見られない。ティエリアは思う。
例えクローンだと分かっていても、自分にはニール・ディランディと同じ姿をした者を撃てないだろう。
それは弱さなのか、当たり前なのかティエリアには判断が付かない。ただ動揺も無く引き金を引き続け
る刹那が強いのか?と言われれば首を傾げざるを得ない。
「今回は情報が得られた」
刹那の声に、ティエリアは我に返った。
「なんだと?」
「あちらが痺れを切らすまで待っていた甲斐があった。脳量子波に乗せて自分達の居場所を寄こして来
 たからな。当然、罠も張ってあるだろう。今からヴェーダに情報を移すから、スメラギに戦術を立て
 てもらってくれ」
「だが動かすMSがあまりないぞ?」
「エクシアリペアとデュナメスリペアを使う」
「なに?」
エクシアは元々刹那用にカスタマイズされているから問題はないが、デュナメスの場合はライル用にカ
スタマイズしてあったはず。機体はELS戦で使っていないので問題はないが、パイロットはどうする
のだろう?疑問は刹那には筒抜けであったらしい。
「デュナメスには、悪いがアレルヤに乗ってもらう。アイツは機動力にモノを言わせた戦闘が得意では
 あるが、射撃の腕もロックオン・ストラトスよりは少し劣るぐらいだ。問題はない。仲間の救出だと
 頼めば、きっと乗る」
確かにアレルヤは万能型のパイロットだ。どんなミッションでもこなしてみせるだけの技量は十分だ。
それに今は彼専用のMSは無い。アレルヤの戦闘能力は是非とも欲しいが、フラッグ等では機体がアレ
ルヤのスペックに遠く及ばない。そういった意味では彼こそ『ガンダムマイスター』なのかもしれない。
「分かった、話を僕からしておこう」
「頼む」
ティエリアは現れたのと同じように、ふっと消えた。その間に刹那は無造作に床に落ちた制服を掴み、
ダストシュートへ入れた。


暫くして刹那の元にはアレルヤがデュナメス搭乗を了承した事と、スメラギの戦術予報が送られて来た。
知らずに口の端がつり上がる。

ライル・ディランディを連れ去った時点で、彼らの死は予定されていたのだ。トレミークルーは穏便な
方法での奪還を目指しているが、刹那は今回に限ってそういう考えはない。殲滅し、二度と馬鹿な真似
をしないようにしなければならない。刹那に情報を寄こした彼らは、刹那1人で来ると思っているかも
しれない。確かに自分1人でも殲滅は可能だろう。だが刹那は冷静に仲間達の力を借りる事にしたのだ。
ライルを確実に取り戻す為に。


さあ、思い知るが良い。
楽には死なさない。
後悔と恐怖を焼きつけて、死んで行け。
お前達のアポトーシスを受け入れろ。

刹那の目が獰猛に光り輝いていた。


★実は兄さんも本物でなければ、撃つ事が出来ます。ただ刹那のように待つ事はせず、3・4体目の時  にわざと誘いに乗って乗りこんでしまいますが。寧ろ、ライルのクローンは兄さんの逆鱗に触れてし  う。あ、ライルはきちんと救出されますが、この組織は完膚なきまでに潰されます。黒刹那は一応大  変計算高く、罠を周到に用意するタイプ。しかし書いている人間が単純なので、そう見えないのが困  りものです(苦笑) 戻る