あやつが登場




貴様という奴3


「と、いうわけだ。記憶が後退してもお前に惹かれてはいるらしい。良かったな、ライル。兄ちゃんは
 とてもとても複雑ですが」
ライルの部屋を訪れて、ニールは刹那から受けた相談をライルに告げた。喜ぶかと思いきや、そこは臍
が死ぬほど曲がったライルである。なんだか面白くなさそーな表情を見せるものの、目の奥が笑ってい
るのをニールが見逃すはずはなかった。まったく素直じゃないんだからと思いつつ、でもそこが可愛い
んだよなーと思うニールのブラコンは色々なものを突破して、ついには極めのレベルまで上がっていた。
「・・・・・まぁ、刹那の記憶が後退している今、あの人が来襲してこなくて良かったよ・・・ぶふぅ!」
ライルの口をニールは青ざめて切羽詰まった顔で、手で塞いだ。
「ライル・・・・・冗談でもそう言う事を言ってはならん。あやつ、本当に来るぞ」
なんせ刹那をもたじろかせる至極の電波変態である。常識人のディランディ兄弟では、とても立ちうち
できない。
「た・・・確かに。これ以上の騒動はごめんだ」
最近ライルは電波変態に対して非常に攻撃的になり、刹那を密かに喜ばせていた。無論、ライルの言葉
は相手には絶望的に届かないのが玉に傷。そんな会話をしていた時である。

ぴぴぴぴぴぴ

ライルの端末にコールがかかる。思わず顔を見合わせて嫌な予感を感じながら端末を開くと、そこには
顔面蒼白となって慌てているフェルトが映った。
「大変よライル!あの人が来てしまったの!」
フェルトの背後から「やあ、久し振りだな少年!」「誰だ貴様は!?」という言い合いが聞こえて来た。
流石電波変態、抜群のタイミングでの介入である。今の刹那でも対応に苦慮しているというのに、昔の
刹那が上手く捌けるはずもない。
「あのやろ〜〜〜!!」
ライルはそう叫ぶと端末をぽ〜いと放り出し、部屋から飛び出して行った。まだフェルト繋がっている
のを確認してから、ニールは彼女に呼びかけた。
「ライルが今、飛び出していったから、フェルトはそこから退散してくれ」
「え・・・・でも大丈夫なのかしら」
「俺も行くから、大丈夫だよ。フェルトは危ないから、そこから離れとけな」
「分かった、宜しくね」
通信の切れた端末を握り締め、ニールは深く深く溜息をついた。

一方その頃、刹那は驚愕の嵐に巻き込まれていた。廊下でフェルトと話をしていたら、見も知らないや
たらと派手派手しい男が突進して来たのだ。そしてガバァ!と抱き締められて、刹那の混乱は頂点に達
した。フェルトを庇う暇も無かった。
「会いたかったぞ、少年!」
更にぎゅうぎゅう抱きしめてくるので、たまらない。必死でその万力から逃れようとするのだが、それ
もままならなかった。
「ええぃ!誰だ、貴様!」
ようやく抜け出してその男の胸倉を掴み上げる。しかし口惜しい事に、相手の男はビクともしなかった。
「相変わらず、過激な表現だな少年!」
話が元に戻った気がした。

その時だ。

刹那の横を嵐が通り過ぎて行った。まさに駆け抜ける嵐。ふと気がつくとあのおかしな男を掴み上げて
いた手が何も掴んでいなかった。
「?」
「いい加減にしろ、お前はーーーーっ!乱れ撃つぞ、わりゃあ!!!」
凄まじい勢いで男の胸倉掴み上げているのはロックオン?だったのだ。さっきの駆け抜ける嵐はロック
オン?だったのか、と刹那は1人納得をする。その間にもロックオン?の罵声は続いていた。しかし男
はまっっっっったく通じてはいないっぽい。
「はっはっは、相変わらず少年の伴侶は過激だな」
「伴侶言うな!良いか、刹那は今記憶喪失なんだ!」
「ほぅ、それは一大事」
「だから帰ってくれ、ほれさっさと」
「しかし君が離してくれねば、身動きとれんのだが」
やはりロックオン?では歯が立たないらしい。それでも健気に男に噛みつくロックオン?を見ていて、
刹那の意識の中で空白の部分が、ぱちりと音を立てて嵌った。
「・・・・・・ライル」
ぽつん、と口を出たロックオン?の真の名前は小さな声過ぎて彼には届かない。大体大声で喚き散らし
ているのだ、聞こえているかどうかも怪しい。なんせ思考回路が基本から違う奴が相手なのだ。今も額
に青筋たててがなりたてているが、戦況はライルに不利になりつつあった。
「やれやれ、やっぱこうなってるか」
呆れたような声に振り向けば、苦笑しているニールの姿があった。
「ニールか」
そう声をかければ、目を丸くしておや?という顔をする。
「刹那、お前記憶が戻ったのか?」
「ああ、そうらしい」
そりゃあ、良かったとニールは笑う。しかし目の前で繰り広げられているライルとグラハムの戦いは終
わってはいない。そりゃそうだろう、なんてったって電波な刹那でも対抗しきれないぐらいだ。常識人
であるライルは歯牙にもかけてもらえないのが実情だった。それでもなんとかしようとするライルの姿
は刹那に喜びを味あわせていた。


一方その頃、ライルは全く進展しないこの状況に辟易し始めていた。こちらがいくら必死になっても、
目の前の男はのほほんと聞き流している。こんな悲しい状況にいつまで耐えられるのか、と思ったそ
の時だ。

ひゅん

なにかがライルの顔の横を通り過ぎて行った。見ればそれは投げ縄だった。そしてぽとん、ニールの首
に先の輪っかがおちる。
「ん?」
ニールがなにこれ状態のまま、その縄がきゅっと締まった。当然ニールの首はきゅっと締められる事に。
「〜〜〜〜〜〜〜????」
「わーーーーー!!!兄さーーーーーん!!!?」
締められた喉にニールがあたふたと暴れ出すと、驚愕したライルはグラハムを思いっきり前に吹っ飛ば
してニールの元へ急ぐ。後ろでぎゃっという声を聞いた気がしたが、無視する。今優先すべきなのは、
ニールの救出だからだ。
「しっかりしろ、兄さん!!」
パニックに陥ったライルがその混乱のまま、縄を思いっきり引っ張るからさあ大変。
「〜〜〜!?〜〜〜〜!!!!!」
ニールの状況は更に悪くなっていった。
「わーーーーー!!!」
「ライル!取りあえず縄を引っ張るのは止めろ!」
しかし更にパニックに陥ったライルは刹那の言葉を聞く余裕がない。その間にもニールの危機はどんど
ん高まっていく。仕方ないので刹那はライルの頬を軽くはり、驚きで緩んだ縄を握る手を離させた。
「大丈夫か、ニール」
「・・・・ああ。実弟に悪意なく殺されるところでした」
「・・・・・・悪かったな。しかし誰だよ、こんな縄投げたの」
ライルが憮然として言うと「あ、それ僕」という呑気な声が返って来た。いつの間に来たのか、ぽにて
眼鏡ことビリー・カタギリが縄をしっかし握り締めたまま、立っていた。実はさっきライルが聞いた悲
鳴はグラハムに激突されたカタギリの声だったのだ。
「ごめんね、グラハムを狙ったんだけど」
「!?なんで1番手前にいるグラハムじゃなくて、1番奥にいた兄さんにジャストヒットすんだよ!お
 前の眼鏡壊れてんじゃね!?」
確かに常人だったらこんな事はできないだろう。
「はっはっは、君は相変わらず不思議なセンスをしているな」
「笑いごとかい」
一応カタギリのフォローなのだろう、グラハムがそんな事を言って来るがライルの八つ当たりを含んだ
怒りが消える訳も無い。
「まあまあ、私に良い考えがある」
グラハムの良い考えなど、他人から見たら迷惑極まりないんだろうなと思ったライルの身体に、ひょい
と縄の輪っかが引っかかった。
「ん?」
謎に思う暇などない。あっという間に引き寄せられて、身体にかかる圧迫感に「ぐえ」等と言っている
間に、ライルはグラハムによって荷物のように脇に抱えられていた。
「少年!伴侶を助けたくば、追って来るが良い!」
「「ライル!!」」
2つの声が叫んだが、これまたグラハムはあっという間に消えてしまった。慌てて追うものの運動音痴
と思われるカタギリを連れていた割には、どこにも姿が見えなかった。
「俺の春がーーーっっ!」
刹那の絶叫がトレミーに響き渡っていた。きっとこの時、憎しみだけで殺せたらっとか物騒な事を考え
ていたに違いない。それほどまでの殺気だった。


★刹那が無事記憶を取り戻しました。しかしグラハム出て来ると話が進むなぁ・・・。 戻る