なんだってこんな事に?
ライルさんの家庭の事情
「ふう」
やっと仕事を片付けて、ライルは溜息をついた。それを目敏く見つけて同僚であるクラウスが声をかけ
てくる。
「お疲れさん」
「ほんとだよ、やっとあのクレームが解決してさ」
思わずぼやくと、分かる分かると苦笑を返される。クラウスは同僚の中でも秀でた営業マンだ。何故か
最初からライルとは仲が良い。
「じゃ、明日は休みだし、久々に他も誘ってどうだ?」
グラスを傾ける仕草をして、クラウスは笑った。悪くない。ぱーっと発散してみるのも。
「良いねぇ〜、その話、乗った!」
「分かった、じゃ俺他の連中に声掛けてみるわ」
そう言ってクラウスはライルの傍を離れる。その隙にライルはメールを送った。
(今日は同僚と飲むので、遅くなる)
と。これをしておかないと、後で大変な事になるかもしれないから(特にクラウスが)
「ただいま〜」
ライルはちょっと前までは、一人部屋に一人で住んでいた。まあ、これは当たり前。たまに彼女やら彼
氏とこっそり同居している輩もいるが。ライルの場合はもっと違った。
「お帰り〜」
ドアが開くと、鏡がそこにあるのかと間違える程にそっくりな人物が現れる。
「遅かったな〜、これ以上遅かったら兄ちゃん、探しに行くところだったぞ」
成人男性であるライルにこの言い草。双子の兄のニールだ。ライルには過保護過ぎて周囲にドン引きさ
れても気にしない、男前の兄貴だった。
「これ以上って、まだ9時じゃんか」
「もう9時だよ。お前になにかあったら兄ちゃん、家族に顔向けできません」
「・・・・なにがあるって言うんだよ・・・」
「色々」
「またそれか」
部屋に入り、ドアを閉めると
「お帰り、ライル」
ソファに腰掛けて本を読んでいる黒髪の少年が、顔を上げた。
「ああ、ただ今、刹那」
纏わり着く兄を放置して、コートをハンガーにかける。刹那と呼ばれた少年が顔を覗き込む。
「顔が赤い」
「そりゃ結構飲んだしな、赤くもなるさ」
「そうか、少し酒臭い」
「そりゃ失礼」
するとニールが乱入してくる。
「顔赤くしちゃって可愛いな〜」
「同じ顔に可愛いはないだろう、兄さん」
「同じじゃないぞ?大丈夫ライルの方が可愛い」
「その意見に同意する」
「なにが大丈夫なんだよ・・・」
唸るように反論するが、2人には相手にされない。ライルは本日2度目の溜息をついた。
最初にこの部屋で暮らしだした頃は、当たり前だが一人だった。そこに最初に転がり込んだのは、刹那
だった。
何故かアパートの自分の部屋の前で転がっていた刹那。聞けば空腹すぎて動けないという。胡散臭さも
感じたのだが、結局は情に負けて一晩泊めた。礼儀正しいが、まったく表情を動かさないこの人物に興
味を覚えたものの、次の日は本人の同意を得て警察へ連れて行った。
そこで終わるはずだった。
その日の夕方、ライルはその警察に呼ばれて行くと驚愕の事実が待っていた。なんと刹那の身元引受人
が自分になっているというのだ。どこの誰とも知らない人物の身元引受人になるわけがない。しかも刹
那とは昨日出会ったばかりである。散々抵抗したのだが、刹那の持っている書類はどう見ても正式なも
ので、結局は一緒に部屋に帰る事になったのだった。どういうつもりだと問い詰めてみたが、本人はど
こ吹く風。そのまま居座ってしまった。
ただし刹那はキチンと仕事をしているらしく(訊いても教えてくれないのだ)生活費はちゃんと入れて
くるので、そんなに経済的に苦しくはない。問題は寝る場所だった。一人なので当然ベットは一つしか
ない。しかし住人は二人。そこでソファとベットで交代して寝る事に決めたのだが、朝ベットで目覚め
ると刹那の顔のドアップを拝む事になった(つまり刹那はベットに潜り込んでいた)
(何が悲しゅうて、男のドアップを朝一番拝まにゃならんのだ)
これが可愛い女の子なら大歓迎なのだが・・・・・。
ライルの双子の兄ニール。次に転がり込んだのは実兄だった。まだ幼い頃に事故で両親と妹を亡くして
しまったのだが、ライルも重傷を負って暫く入院を余儀なくされた。そしてその後も体が弱くなってし
まった為に、ニールは過保護になってしまった。風邪をひこうものなら、この世の終わりのような顔を
して大騒ぎになる。兄の愛情は有難いものだったが、もうちょっと自重してくれと思うのは罪ではない
とライルは思う。兄は進学を諦め就職し、ライルの進学を支えてくれた。ライルは兄さんが進学しない
なら自分も働く、と言ったのだが兄は頑としてそれを受け入れなかった。
それなりの大学に行き、それなりの就職をした。兄の援助に報いれるように、ライルは会社の中でもバ
リバリ働いた。それが評価されて、会社から本部への勤務移動が下った。その時もえらい騒ぎになって
しまったのだ。兄は離れ離れに暮らす事をどうも想定していなかったらしく、会社へ抗議しに行って来
ると激怒した。実はライルは兄がなんの仕事をしているか知らない。訊いてもはぐらかされてしまうか
らだ。だがその時の態度で、どうもカタギではない仕事であるという事は確かなようだ。だがそれにつ
いて責める権利はライルにはない。どんな事情であろうとも、ライルの進学と就職を支えてくれたのだ
から。
仕事での異動は大体誰でも経験するもんだ、と必死で説得した結果、ようやく兄が折れた。しかし条件
として「メールは毎日」「電話は休日にはかけるよう」がつけられた。なので刹那との同居が始まった
時は、素直にその事を兄にメールで伝えた。返事は「そうか、大変だろうけどガンバレ」と返って来た
ので、安心していたのだが・・・・・。
それから一ヶ月後、部屋に戻ってくると不機嫌極まりない顔をした刹那と兄が陣取っていた。すったも
んだの挙句、兄はここにいついてしまった。仕事はどうしたと聞くと、ここでもできると返される。な
にがなにやらさっぱり分からないが、こうして奇妙な同居生活がスタートしたのである。
しかしやはり1人部屋に180オーバーの野郎二人と小さいとはいえ野郎一人では狭い。寝る時も以前
以上に大騒ぎとなった。ともかくベットとソファと兄が買って来た寝袋を順番に使う事になったのだが
、やはりライルがベットの時は他二名が潜り込んでいる。いつベットが壊れるかライルは気が気ではな
い。それでもなんとかなっているのは、三人とも仕事の都合で出張等が頻繁にあるからだ。毎日こんな
狭い場所に三人顔をつき合わせていたら、気が滅入る。
なのでライルは提案をしてみたのだ。
@3人共それなりに収入があるので、一軒家を借りる。
だが都会のど真ん中で一軒家を探すのは難しい。それなりの家を考えると、やはり通勤には不便な所に
しかない。しかも刹那と兄が頑として反対した。目が行き届かない、と口を揃えて言うのだが都会の方
が目が行き届かないと思う。
A3LDKの部屋を借りる。
これなら都会のど真ん中でも大丈夫。ライルは賛成してもらえると自信満々に提案したのだが、何故か
却下された。理由はライルと密着できないからとかなんとか・・・・。
いい加減高い人口密度に辟易したライルが、二人が出張などでいない時に一人で引越しを強行した事も
1度や2度ではない。それこそ着の身着のままに近い状況で出て行ったというのに、あっという間に見
つかって勝手に契約を解除されていた。
そして実はクラウスの部屋に転がり込んだ事もある。ライルの話を聞いて、クラウスがひどく同情して
提案してくれたのだがやっぱりすぐに見つかった。それからというもの兄はクラウスを非常に敵視して
いるのだ。兄だけではない、刹那も同様だ。
そんなこんなで未だに狭い部屋にぎゅうぎゅうと詰め込まれた生活が続いている。
★というわけで、こういうお馬鹿さんなお話です。ライルさん、人気者です。
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